徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

57 / 101
中学生時代の楽郎と京極が猫を拾うお話。


いのちの名前

 それは台風が接近して激しい雷雨が降りしきる、ある秋の日のことだった。

 

 いつものように剣道部の稽古を終えた京極は、あまりの天候の荒れ具合を見て家の者に迎えを頼んでいた。

 天気予報に従って傘を持って来てはいるものの、雨に加えて横殴りの風と段々と近づく雷鳴には流石に些かばかりの危機感を覚えた故だ。

 彼女の通う中学はそれなりに名の通った私立ということもあり、周囲には同じように迎えを待つ生徒の姿がちらほらと見受けられる。

 程なくして龍宮院家の使用人が運転する車が彼女の中学校に到着すると、京極は謝意を告げて後部座席に乗り込んだ。

 

「わざわざありがとう、こんな天気なのに悪いね」

「いえいえ、むしろこの天気の中ご自分で歩かれた方が私共の心臓に悪いですから、お呼びいただいてホッとしております」

「そんな大袈裟な、傘はあるからその気になれば歩いても帰れるよ」

「……そう言って水浸しになって帰宅して、翌日熱を出したのは誰でしたかな?」

「うぐっ」

 

 古くから務めてくれている使用人の指摘には反論の余地がない。

 小学生時代の無茶を掘り返された彼女は、誤魔化すように視線を窓の外に向けて黙り込んだ。

 しばし無言のまま窓に打ちつける水滴を眺めていた京極だったが、帰路の途中で見覚えのある人影に気付き、慌てて声をあげた。

 

「え……あれってまさか……?」

「お嬢様、どうしました?」

「やっぱり……!ごめん、ちょっと車停めて!」

 

 京極の声に従い車が道路脇に急停車するやいなや、彼女は傍らの傘を差しつつ飛び出した。

 向かう先には彼女と同じ中学校の学ランに身を包んだ、ここ数か月ですっかり意気投合したクラスメイト──陽務楽郎が、傘も差さずにうずくまっていた。

 この悪天候の中、微動だにせず道の脇でしゃがみ込んだ楽郎の姿に、もしや体調でも悪いのかと心配した京極だが、彼に近づくにつれてどうにも様子がおかしいことに気が付いた。

 

「楽郎!こんなところでどうしたのさ!?」

「っ!その声、京極か!」

 

 雨音にかき消されないよう大声で楽郎の名を呼べば、彼は暗闇に光明を得たかのようにその表情を輝かせた。

 泥が跳ねるのも気にせずに楽郎の元に駆け寄ると、京極は次第に状況を把握していく。

 濡れ鼠になった楽郎の姿に、てっきり傘を忘れたのだと思っていたがそうではない。彼は左手で持った傘を、自分では無い何かを雨から守るように目の前に差し出していた。

 楽郎の足元には、暴風雨によって半ば崩壊しかけている小さな段ボール箱がある。彼の隣に立った京極がその中を覗き込むと、中には……

 

「子猫?」

「ああ、微かだけど鳴き声が聞こえて探してみたら道の脇に捨てられてたんだ」

 

 恐らくは生後まだ一年も経っていないであろう、小さな黒猫が楽郎のジャージにくるまれて横たわっていた。

 よく見れば微かに動いている者の、明らかに衰弱しきっておりこのままでは命が危ないということは素人目にも明らかだ。

 

「なあ京極、この辺に動物病院ってあるか?」

「調べれば見つかるとは思うけど……ここからなら僕の家の方が近いよ、一旦そこで温めてあげよう」

「悪い、頼めるか」

「任せて!というか君も家でシャワー浴びてきなよ」

 

 傘と身体で子猫を雨から守っていた楽郎は最早プールに飛び込んだかのように全身ずぶ濡れだ。猫も心配だけれど、このままでは楽郎も幼少期の京極のように体調を崩してしまうであろうことは想像に難くない。

 シートが汚れると変なところで遠慮を見せる楽郎を強引に車に放り込むと、京極は家の者に風呂とタオル、更には猫用のミルク等の用意を頼むと連絡を入れて、腕の中の小さな命を抱きしめた。

 

 

 この日、高校から帰宅した柾宗は思わぬ珍客の存在に目を丸くした。

 

「おかえりなさい、兄さん」

「お、お邪魔しています……」

 

 居間の暖房の前に陣取り、緊張で固くなりながらも京極と共に挨拶してきた少年(楽郎)のことは知っている。夏にこの町に引っ越してきた楽郎は、あの京極が珍しく気に入った同世代の男ということで、我が家の面々──特に父と兄──を随分と騒がせていた。

 以前京極が我が家の道場に彼を連れてきた時などは、柾宗もそれはそれは様々な意味で驚かされたものだが、今この場に於いては関係の無い事象であるため回想は割愛する。

 何故なら、今柾宗が目を丸くしている原因は楽郎自身ではなく、彼がその手に抱いている小さな黒猫だからだ。

 

「その猫は一体どうしたんだ?」

「道端で弱ってるのを見つけて、病院に連れていこうと思ってら京極が通りすがりまして」

「うちの方が近いからとりあえず連れて来たんだよ」

 

 先ほどまで虫の息だったその猫は、二人の献身的な介抱の甲斐もあって未だ弱ってはいるものの、差し出された哺乳瓶からミルクを飲める程度には体力を取り戻していた。

 雨と泥にまみれていた体もぬるま湯で清められ、艶やかな毛並みが黒く美しい。

 京極が喉をこちょこちょと撫でてやれば、子猫は楽郎の腕の中で心地良さそうに喉を鳴らした。

 

「事情は大凡把握した、その猫も無事で何よりだ」

「いやぁ、動物のお世話なんてしたこと無いから焦ったよ」

「ありがとな、あそこで京極が助けてくれなかったらこいつも危なかったかもしれない」

 

 ひとまずの危機を脱したことで和やかな会話を交わす楽郎と京極だが、柾宗はここで現実的な問題を二人に突き付ける。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「どうするって……」

「猫を助けるのはいい。だが一時捨て猫の世話をして、そのあとはどうする?」

「それは……」

 

 柾宗からの問いかけに、京極は返答に窮する。目の前の命を救うことで精いっぱいで、そこまで思考が及んでいなかったのであろう。だが実際、それは避けては通れない問題だ。

 言い淀んだ京極に代わるように、楽郎が猫の頭を撫でながら答える。

 

「元気になるまで俺が引き取って、その間に里親を探そうと思います」

「まあ、それが無難だろうな」

「えっ!?」

 

 至って冷静な結論を出した楽郎に、特に感慨も無く柾宗が頷く。そんな二人のやり取りに京極は思わず非難の籠った叫びをあげる。

 

「楽郎、この子を飼ってあげられないの?」

「俺としてもそうしたいのはやまやまなんだけど……うち、母さんが虫を飼ってるから基本動物はNGなんだ」

 

 一時的な保護程度であれば許可も下りるだろうが、今後も年単位で飼い続けるとなれば話は別だ。

 残念そうにそう話す楽郎と、早くも彼に懐いて安心しきった様子で抱かれる子猫を交互に見比べ、京極は決意する。

 

「それじゃ、この子はうちで引き取るよ!」

「えっ!?」

 

 今度は楽郎が驚愕の声をあげる番だった。

 今でさえ彼女に迷惑をかけているというのに、この上猫の飼育まで押し付けてしまうというのは些かならず心苦しい。

 そう言って京極の申し出を断ろうとする楽郎だが、思わぬところから彼女に援護の声が上がる。

 

「いいんじゃないか?」

「ええっ!?」

「柾宗兄さん!それ本当?」

 

 一見して冷淡とも思える態度を取っていた柾宗からの後押しに、京極が驚き交じりに歓喜する。

 そんな妹の反応に、柾宗は微かに笑みを浮かべつつ首肯した。

 

「ああ。勿論、お前がきちんとその子の世話をするという前提だが……」

「するよ!ちゃんと毎日散歩にだって連れていくから!」

「京極、それは犬だ」

「ならばいい、母さんたちの説得が必要なら俺も手伝おう」

「ありがとう、兄さん!よかったね、君は今日からうちの子だよ」

 

 楽郎のツッコミも華麗にスルーして、京極は兄に礼を言いつつ子猫をそっと撫でまわす。

 この日、龍宮院家に新たな家族がやって来た。

 

 ──数日後、子猫に(ウルトラ)と名付けたと聞き、やはり自分が引き取るべきだったかと頭を悩ませる楽郎であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。