二十歳になった京極が宅飲みするお話。
時は六月二十四日、二十三時四十一分。
普段であれば次の日に備えてそろそろ床に入っているか、或いは電脳の世界に飛び込みゲームに興じている真っ只中な時間であるのだが──
「楽郎、サラダ出来たから持ってっちゃってー」
「分かった、取り皿もついでに出しとくな」
「ありがとう。あとは揚げ物だけだから先に座っててよ」
「いや、今回の主役を放って一人で待ってるのもな……この辺の調理器具片付けとくよ」
決して広いとは言い難い学生向けアパートのキッチンで、楽郎と京極は肩を並べて食事の支度を進めていく。
楽郎が使い終わったボウルやざるなどを洗っていると、カラカラという揚げ油の音と共に醤油の焦げたいい匂いが辺りに立ち込めてきて彼の鼻孔を擽った。
「あー、めっちゃ腹減ってきた」
「ふふっ、唐揚げちょっと食べる?はい、あーん」
「あむ。はふっ、むぐ……うん、美味い」
「それはよかった…っと、もうこんな時間か。急がないと」
日付が変わるまであと十分を切っていることに気が付き、京極は急いで揚げたての唐揚げを大皿に盛り付けてリビングへと移動した。
飲み物の缶を手に持った楽郎があとに続く。
「さて、これで準備は万端だね」
「あと二分くらいか、ギリギリ間に合ったな」
楽郎と京極はテーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろす。
卓上にはサラダと唐揚げに加え、ひじきの煮物やきんぴらごぼうの小鉢に枝豆などのおつまみ類、更にはお寿司までもが並んでいた。
夜食としてはあまりにも豪勢なラインナップを前に食欲が刺激されるのを感じつつ、
残り一分
三十秒
二十秒
十秒
五、四、三、二、一、────
「京極、ハッピーバースデー!」
「ありがとう、楽郎!それじゃ早速…」
「「乾杯っ!」」
カシュッ、と小気味良い音を立てて二人はそれぞれの飲み物の口を開け、缶と缶をぶつけ合う。
楽郎はいつも通りのライオットブラッドを、そして京極は缶チューハイを。
今日は京極の記念すべき二十歳の誕生日。日付が変わったその瞬間、深夜の二人きりのホームパーティが始まった。
「で、初めて飲んだアルコールの感想は?」
「うーん、なんかただのジュースみたい。これアルコール入ってるんだよね?」
「國綱さんも柾宗さんもみんな酒には強かったし、お前も結構強いのかもな」
「みたいだね。次はもう少し強いお酒にしようかな」
初めての飲酒に思ったよりも感動が無かったことに拍子抜けした顔で首を傾げつつ、京極はチューハイを喉に流し込んでいく。
適当に料理をつまみながら飲んでいれば、ものの数分で最初の缶は空になった。
「あ、もう無いや」
「おいおい、初めての酒なんだからあんまり飛ばすなよ?」
「このくらい平気だよ、というかどうせなら少しくらい酔ってみたいじゃない」
「ほどほどにしておけよ…」
「大丈夫だって、ええっとビールはなんか苦そうだし……この白ワインをいってみようかな」
京極はこの日の為に用意しておいたアルコール類の中から青いワインボトルを取り出した。ワインのことはよく分からないが、ラベルの黒猫がなんだか実家の愛猫のようで思わず買ってしまった一本だ。
ワイングラスに中身を注ぎ、匂いを確かめつつ恐る恐るワインを口に含むと京極は目を瞠り感嘆の声をあげた。
「甘くて美味しい!それになんだかちょっとふわふわするような、これがお酒かぁ」
「へえ……なあ京極、一口だけでいいから──」
「だーめっ、お酒は二十歳になってから!僕と違ってまだお子様な楽郎はエナドリで我慢しなよ」
「ぐぐぐ……数か月生まれたのが早いだけだろ……」
「数か月でも僕の方がお姉さんなのは事実だもんねー。嗚呼、お酒が美味しいなあ!」
悔し気な楽郎の顔を肴に、見せつけるようにしてワインを煽る。
アルコールによる仄かな酩酊も手伝って、京極は実に気分よく盃を重ねていった。
そして────
「あっはは!らくろー!おさけおかわり!!」
「飲みすぎだからもうやめとけ!」
お手本のような酔っぱらいと化した京極に、楽郎は頭を抱える。
己の
「えー、楽郎のけち…」
「ケチで結構。ほら、一旦水飲めよ」
「むう……」
子供の様に頬を膨らませ不満を露にする京極を宥めすかしながら、楽郎は彼女の口元に水のコップを差し出してどうにか酔いを醒まそうと苦心する。
先ほどのワインを飲み切ってなお酔う気配を見せない京極に油断して、龍宮院家から送られてきた日本酒に移行したのがまずかった。
そう反省する楽郎をよそに、京極は赤らんだ顔で好き勝手に物を言う。
「らくろー、座り心地が悪い!」
「俺は椅子じゃないからな。そろそろ降りてくれないか」
「や!ここは私の特等席なの!ほら、もっとぎゅっとして!」
「さいですか……ほら、これでいいか」
「よし!」
いい加減足が痺れてきた楽郎だが、京極はすっかり彼の膝の上が気に入ったようで梃子でも動きそうにない。
それどころか、より一層の密着感を求めて楽郎にハグを強請る始末だ。
楽郎が呆れ半分役得半分でそれに応じると、京極は満足げな笑みを浮かべて脱力し完全に彼にもたれかかった
「らくろーは私のなんだから、ちゃんと構ってくれないとだめなの!」
「はいはい」
「む、なんかやる気がないなぁ……えいっ」
「おわっ!?」
酔っぱらいの戯言は聞き流そうと言わんばかりの楽郎の態度に憤った京極が、振り向きながら強引に楽郎を押し倒す。
不意を突かれた楽郎はされるがままに仰向けに倒れこんだ。
「いきなり何を……ひゃうっ!?」
「あははっ!楽郎の声、女の子みたい。ほら、もっと声を聞かせてよ」
「お前いい加減に……んぶっ!!?」
楽郎が抗議の声を上げようとしたものの、シャツの中に侵入してきた京極の手が腹筋を撫で、その触感に思わず悲鳴を上げる。
生娘のようなその反応に気をよくした京極は、セクハラ親父のような手つきで楽郎の身体をまさぐりながら己の口で楽郎のそれを塞いだ。
「ぷあっ、さ、酒臭え……」
「んん……らくろう、もっと………」
「っ……ったく、お前は本当に…!」
京極の瞳の中に酒による酩酊とは別の熱情を見てとった楽郎は、湧き上がる衝動に抗うことなく彼女の頬に手を伸ばして──
「……すぴぃ」
「あぶなっ!?……おい、嘘だろ!?」
くずおれるように眠りについた京極の身体を慌てて抱き留めた。
「おーい、京極?京極さんや?」
「……むにゃ…ううん……らく、ろう……」
「ここで寝るか、普通…!」
軽く体を揺すって声をかけるものの、京極は完全に寝こけており目を覚ます気配は無い。
男の純情を弄ぶだけ弄んでおいてすやすやと夢の世界に旅立った京極になんとも言い難い感情を抱いた楽郎であったが、程なくして諦めたように脱力すると、胸の上で広がった京極の髪を無造作に手櫛で整える。
外で酒を飲むときは京極に飲ませ過ぎないようにしようと心に誓いながら、アルコールで火照った京極の身体を抱き枕にして楽郎もそっと瞼を閉じた。
◆
(…………ん、もう朝かぁ)
外から聞こえる小鳥のさえずりとカーテンの隙間から顔に当たる朝陽で京極は緩やかに目を覚ます。
とはいえ昨夜の深酒の影響もあり、その意識は未だ朧気だ。
(ん、うう…………きもちわるい…あたま、いたい……)
人生初の飲酒により見事人生初の二日酔いを経験することになった彼女はガンガンと痛む頭と軽い吐き気を伴う胸焼けに眉を顰める。
それらの苦しみから逃れるように目の前の
満足げに口元を緩めた京極は、そのまま再び夢の世界に旅立つべく意識を手放そうとして──
「おーい京極、そろそろ起きてくれ」
「うう…もう少し寝かせてよぉ……って、あれ?」
楽郎に下から身体を揺すり起こされて、瞼を開けることを余儀なくされた。
不満気に睡眠不足を訴える京極であったが、予想以上の至近距離……というかうつ伏せに寝る自分の真下に楽郎がいることに気が付くと、束の間二日酔いの辛さも忘れて目を丸くした。
「目が覚めたか?」
「う、うん……あれ?昨夜はお酒を飲んでそれから……!?」
数瞬の後、酔った自分の痴態を思い出し、京極は羞恥で身悶えする。
彼女のその反応で酔っている間の記憶をなくした訳では無いと気付いた楽郎は、悪戯な笑みを浮かべて京極を揶揄った。
「いや、昨夜は俺も反省したよ。これからはちゃんと京極に構ってやるからな」
「ちっ、違っ!あれは酔っておかしくなってただけだから!」
「へぇ?それじゃ『ゲームだけじゃなくてリアルでももっとデートがしたい』とか『他の女の子とあんまり仲良くしないで欲しい』とかは全然京極の本心じゃなかったわけだ?」
「それは…その……あながち間違いでもなく…って、もういいでしょ!昨夜のことは忘れてよ!」
「いやいや、可愛い彼女の貴重な我が儘はしっかりと記憶しておかないと」
「うううう……もう絶対飲み過ぎない……!」
「それはほんとに気を付けような。俺と飲んでるときはいいけども」
「ふんだ、楽郎が二十歳になった時は酔っぱらった姿をしっかり映像で残してあげるから覚悟しておきなよ」
「ふはははは、
「いやいや、別にエナドリを飲んだからって酔わなくなるわけじゃないでしょ」
「えっ?」
「…………えっ?」