徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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斎賀玲の日記、又の名を陽務楽郎観察記録
或いはストーカーの犯行手記


純情な感情は空回り

《7月○日 大雨》

 今日は不思議な男の子に出会った。

 いや、出会ったいうと少々語弊があるだろうか。今日の下校時に見かけた彼……陽務楽郎くんは、元々私のクラスメイトだったのだから。

 とはいえ私は今日に至るまで陽務君と私的な会話を交わした記憶は無く、彼の名前さえも家に帰ってクラス名簿を見るまでうろ覚えだった。

 これには我ながら少々他人に無関心過ぎたと反省したので、これからはもう少し他の同級生にも気を配ってみよう。

 それにしても、彼はあの土砂降りの雨の中、傘も持たずにどうしてあんなにも楽しそうに笑っていたのだろう?

 今日は気が付くと脳裏に彼の笑顔が浮かんできて、稽古にも課題にもどうにも身が入らなかった。おかげで学校で出された大量の課題もあまり進んでいない。

 明日は文机に向かい続けることになりそうで今から少し憂鬱だ。

 ……陽務君なら、こんな時も笑っているのだろうか?

 

 

《7月×日 晴れ》

 この日は台風一過で雲一つない晴天だった。

臨時休校も昨日で終わり、今日からまたいつも通りの日々が始まる。

 一見して何の変哲もない日常だけれど、ほんの少しだけ私の生活には変化があった。先日見かけた陽務君だ。

 朝、送迎の時間をいつもより30分早めてもらい、自席で本を読むふりをしつつ陽務君の登校を待ってみた。

 私が読むともなしに文庫本を流し見し始めてから15分程経ったころ、陽務君は大きなあくびをしながらやって来た。

 どうやら寝不足気味なのか、彼は教室に入って親しい友人と軽く挨拶を交わすと自席に着くなりすぐさま机に突っ伏した。背中が微かに上下しているからどうやら本当に眠ってしまったようだ。

 幸いなことに彼の席は私の席より前だったので、授業中でも不自然にならずに彼の様子を窺える。

 国語の授業中に居眠りする姿も、数学の応用問題を当てられ答えを間違う姿も、やけに流暢な発音で英文を読み上げる姿も、その全てが何故だか私の意識を捉えて離さなかった。

 明日は陽務君に話しかけてみようかな。

 

 

《7月◇日 曇り》

 結局私は大雨のあの日から今日に至るまで、一度も彼に話しかけることは叶ってない。

 幾度となく声をかけようと意気込んではみたものの、陽務君の前に出ようとするたび動悸が激しくなり、手は震え、まるで熱病にかかったかの様に顔が熱くなり、最後には足が竦んで動けなくなってしまう。

 もちろん、別に私が本当に風邪をひいたり体調を崩しているわけでは無い。むしろ最近は絶好調と言ってもいい程で、稽古の時も普段厳しい師範代から動きにキレが増したと褒められたくらいだ。

 お母様からも先日の夕食の際に「何かいいことでもあったのかしら?」と何処か楽し気に聴かれたけれど……これは果たして『いいこと』なのだろうか?

 全くの未知の感覚に理解が追い付かず、私は曖昧に笑ってその場を誤魔化した。

 

《7月△日 晴れ》

 やったやった、やりました!緊張で心臓が破裂するんじゃないかと思ったけれど、とうとう私は成し遂げた!。

 今日は一学期の最終日。つまり今日を逃せばこれから凡そ一か月半もの間、私は陽務君と話す機会を失ってしまうことになる。

 勇気が出なくてズルズルと行動を先延ばしにしていたけれど、もうこれ以上躊躇っている時間は無い。意を決した私は放課後ついに行動を起こした。

 友人たちに別れを告げ、一人昇降口に向かう陽務君の後を追う。

 いつもはこのまま彼を見送ってから迎えの車を待つだけだったが、今日の私は一足違う。邪魔が入らないように、迎えの人には徒歩で帰る旨を連絡済みだ。

 私は急いで靴を履き替えると、帰路に就く陽務君のあとを追って……彼の家を突き止めることにことに成功した!

 陽務君のあとをつけている間は気づかれてしまうのでは無いかとハラハラドキドキしていたけれど、付かず離れずの距離を保ち続けたおかげで無事彼が自宅に辿り着くまで私の追跡を気取られることは無かった。

 彼の家が私の家からもほど近かったのは幸いだ、これならば偶然を装って彼に声をかけることも不自然ではない。

 明日からの夏休み、なんだかとっても楽しみになってきた。

 

 

《8月○日 曇り》

 夏休みが始まって早二週間、学校で出された課題は全て終わらせて、ここ数日は自主学習と稽古を繰り返すだけの日々が続いている。

 「ちょっと散歩がしたいから」と言い訳して稽古への行き帰りには陽務君の家の近くを散策してみているが結果は芳しくなく、夏休みになってから未だ一度も彼に会うことは叶っていない。

 ご家族で旅行や帰省をしている可能性も考えたけれど、家の中に人の気配はあったし、郵便物が溜まっているようなことも無いので家にはいるみたいなのに……

 

《8月□日 晴れ》

 久しぶりに陽務君に会った。

 大学の夏休みで帰省していた姉におつかいを頼まれて、家からやや離れた場所にあるコンビニに足を運ぶと、店の窓越しに雑誌コーナーで立ち読みしている陽務君を見つけた。

 予想外の遭遇にその場で咄嗟に身を隠してしまい、陽務君と会話することは叶わなかったものの彼が普段使っているコンビニを知れたことは幸いだ。

 これからは彼の家からこのコンビニまでの道のりを散歩コースに加えよう。

 この幸運を運んでくれた姉に、頼まれていた限定カップ麺を渡しながら感謝の言葉を告げると、お使いしてきた側がお礼をすることになんとも不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 

《8月×日 晴れ》

 散歩コースを変更した甲斐あって、あれ以降何度か陽務君を見つけることに成功した。

 夏休み中ということもあってか、どうやら彼はやや不規則気味の生活を送っているようだ。

 日の出て間もない早朝に菓子パンとコーヒー牛乳を買っていることもあれば、夕暮れ時にカップ麺と大量のエナジードリンクを買い込んでいたこともある。

 今日は遅くまで寝ていたようで、お昼過ぎに二階の自室の窓を開けて日光を浴びながら大きなあくびをしていて、なんだかちょっぴり可愛かった。

 

 

《9月△日 曇り》

 今日から新学期。久しぶりの学校には自分の足で歩いていきたいと嘯いて、送迎を断って幾分早めに家を出る。

 陽務君の通学路と私の通学路の合流地点にたどり着くと、手近な電柱の陰に隠れて彼の登校を待つ。

 それから10分ほどして現れた陽務君は、眠たそうにしながらもやはり楽しそうに笑っていて、見ているこちらまで自然と笑顔になる不思議な魅力を持っている人なのだろ改めて思った。

 今日こそは彼に声をかけてみようと思っていたのだけれど、1週間ぶりに見る陽務君の姿に私は胸がいっぱいで。結局彼と5メートルほどの距離を保ち続けたまま学校にたどり着いてしまい、自分のヘタレっぷりにがくりと肩を落とした。

 でもこれからは毎日学校で会えるんだから、きっと話をするチャンスはある筈…!

 

《9月×日 雨》

 今日は厄日だ。

 新学期も始まったことだからと担任の先生が席替えを言い出した。それはまだいい。

今の席は怪しまれずに陽務君の様子を窺うにはベストに近いポジションであるが、彼に話しかけるには些か遠いのも事実。

 ならばここで彼の隣、せめて前後になれればと期待を込めてくじを引き……結果は惨敗。

 私は中央最前列で陽務君は窓際の後ろから三番目。これでは彼と接触することはおろか、授業中にうとうとする姿や、朗々と教科書を読み上げる姿を見る事さえも叶わない。

 先生に当てられて板書する姿を間近で見られることはせめてもの救いだろうか。

 嗚呼、次の席替えはいつだろう。

 

 

《9月◇日 晴れ》

 陽務君が怪我をした。

 教室に戻ってくるのがやけに遅いなと思っていたら、体育の授業で盛大に転んで保健室に行っていたらしい。

 そのことを聞いた瞬間、全身からさあっと血の気が引く思いがしたけれど、怪我自体は軽い物だったと聞いてそっと安堵の息を吐いた。

 放課後、心配する私をよそに、彼は怪我していることなど微塵も感じさせない軽快な足取りで元気に教室を飛び出した。

 陽務はどうして……一体何に対して、あんなにも楽しそうな笑顔を浮かべているのだろうか。

 

 

《10月○日 晴れ》

 これが、この気持ちが──(字が崩れて判読できない)

 

 

《10月△日》

 昨日は気持ちの整理が付かなくて一睡もできなかった。

 こうして日記を書いている今も、頭の中にはあのゲームショップの店長さんに言われた言葉がリフレインし続けている。

 

「ははーん。君、陽務くんのこと好きでしょ」

 

 私が、陽務君に、恋をしている。

 文字にすると至って簡素なその一言は、天地がひっくり返るほどの驚愕と、唐突に自分の居場所を思い出したかのような、言葉にしがたい奇妙な納得を私に齎した。

 恋、恋、これが恋。

 斎賀家の女は恋愛とは縁遠いと言われている。

 仙姉さんはお見合い結婚だし、百姉さんからは欠片ほども男性の影を感じない。

 私自身も今まで異性と親しくした経験など皆無で、いつか時が経てばお見合いをして適当な相手を見つけるのかなぁ、なんて漠然とした未来予想図を描いていた。

 だけどこの、胸を焼き焦がすほどの熱情と息が詰まりそうなくらいの切なさが恋だというのなら、彼と共に歩む以外の未来など考えられない。

 明日から陽務君へのアプローチを頑張ろう!

 

 

《12月○日 晴れ》

 最近陽務君が眠たそうにしていることが増えた。

 ゲームの為に夜更かしするのは以前からあったけれど、先月当たりからその頻度が明らかに上がっている。基本的に授業は真面目に受けていたのに、最近では居眠りしてしまって先生に注意されることもしばしばある。

 気になって真奈さんに何か知らないか聞いてみたところ、どうも最近とあるゲームに熱中していて他のゲームには目もくれず、その延々とそのゲームを遊び続けているらしい。

 今までにない異様なまでの熱中ぶりに、真奈さんも少し心配そうにしていた。

 陽務君、大丈夫でしょうか…?

 

 

《2月13日 曇り》

 明日はバレンタイン。この日の為に方々に手を尽くして最高の材料と道具を用意した。

 陽務君はお昼に菓子パンを食べていたり、放課後にたい焼きを買い食いしていたりもするから甘い物は嫌いじゃなはず。

 数度の試作を経て満足のいくチョコレートは出来た。明日に備えて今日は早めに床に就こう。

 

 

《2月14日 雪》

 臆病な自分が恨めしい。結局、私は陽務君にチョコレートを渡すことが出来なかった。

 朝、誰よりも早く陽務君にチョコを渡そうと通学路のいつもの電柱で待っていた。しかし珍しく降った雪にはしゃぐ陽務君を見ている間に学校に着いてしまった。

 ならば学校でと思ったものの、友人の多い陽務君は一人になるようなこともなく中々タイミングを図れない。

 クラスの女子から陽務君がチョコを受け取る度に、そこに本命が含まれていたらどうしようという不安が胸を苛んだ。

 放課後、いつものように駆け足で家路に着く陽務君を追って彼の家の前まで行ってみたけれど、ついぞインターホンを鳴らす勇気が出せず、渡せなかったチョコを鞄にしまい込み、とぼとぼとその場をあとにした。

 明日は真奈さんのお店で反省会だ。

 

 

《3月14日 晴れ》

 今日はホワイトデー。

 とはいえ、楽郎君にチョコを渡せなかった私には当然お返しが返ってくることも無く、彼がチロルチョコを返して回る姿を指をくわえて見ていることしか出来なかった。

 来年こそは、私もきっと…!

 

 

《4月○日 晴れ》

 今日から三年生になった。私の中学生活もあと一年だ。

 私たちの中学校は三年生への進級時にはクラス替えが無いため、嬉しい事に陽務君とは再びクラスメイトになれた。

 今年こそは彼とお話できたらいいな。

 

 

《6月×日 雨》

 学校で進路希望調査票が配られた。

 私たちも来年は高校生、受験に向けて真剣に考えなくてはいけない時期だ。

 前回の調査ではとりあえず百姉さんの通っていた高校を第一志望にしていたけれど、今回はどうしたものだろう。

 陽務君はどの高校に行くのかな?二年生の学年末テストではやや成績が下がっていたから、このままでは今の私と志望校が被ることはないだろう。

 我が家は学業について然程厳しくないとはいえ、個人的な感情だけで無理を通すのは少々気が引けてしまう。

 結局彼とは未だ一言も話せていないし、私の悩みは尽きない。

 

 

《7月△日 曇り》

 先日から楽郎君の元気がない。

 晴れの日も雨の日も、いつだって眩い笑顔を浮かべていた彼の姿は見る影もなく、どこか別の世界に魂を置き去りにしてきてしまったかのように生気を感じられない。

 あまりの変わりように居ても立っても居られなくなり、何があったのか尋ねてみたけど「……なんでもないよ、大丈夫だから気にしないで」とけんもほろろに返されてしまった。

 そうはいっても明らかに大丈夫とは思えなくて……陽務君、どうしてしまったんでしょう。

 

 

《7月×日 雨》

 学校帰りに真奈さんに相談してみたところ、陽務君の変調に心当たりがあるようだった。

 なんでも、彼が熱中していたゲームの運営に問題が発覚して、オンライン用のサーバーが閉鎖されってしまのだという。言われてみればそんなニュースを耳にしたような…?

 気分転換に別のゲームをオススメしたからその内元に戻るだろうと真奈さんは言っていたけれど……

 

 

《8月○日 晴れ》

 今日はコンビニで陽務君を見かけた。

 夏休みに入ってから一度も外で姿を見かけることがなく、部屋の窓も閉めきっていて心配していたけれど、一ヶ月ぶりに出会った彼は先日の落ち込みようが嘘のようにキラキラと目を輝かせていた。

 それはあの雨の日に見た、私が憧れたあの笑顔で。

 陽務君が元気になってくれたことが嬉しくて、喜びのままにロックロールに駆け込むと、真奈さんが微笑ましげに目を細めて「良かったね、玲ちゃん」と優しい言葉をかけてくれた。

 うん、本当に良かったです。

 

 

《9月○日 晴れ》

 新学期が始まり、再び進路希望調査用紙を配られた。

 陽務君に気配を消して近づいて、彼の友人達との会話に耳をそばだててみたところ、どうやら真檜高校を受験するつもりらしい。

 真檜高校は最難関というわけではないが、それなりの進学校なので夏前までの陽務君では合格は難しいだろう。

 だけど去年までの彼の成績と、何よりもあのワクワクとした笑顔を見れば、きっと大丈夫だと確信できた。

 ならば私の取るべき選択肢は一つ。

 目の前の用紙の第一志望欄に「私立真檜高等学校」の文字を記して担任の先生に提出した。

 

 

《11月◇日 雨》

 試験本番まであと三か月を切り、校内は完全に受験ムードだ。

 当初の志望校よりは余裕があるとはいえ私もまだまだ油断は禁物。護身術の稽古も頻度を減らし、放課後のロックロールへの寄り道も近頃は控えている。

 陽務君も今頃勉強してるかな。先日の模試では順調に成績を上げていたから、きっと頑張っているんだろう。

 勉強会とか開いて楽郎君から頼られたりして…なんて想像に胸を高鳴らせながら、いつか来るかもしれないその日を夢見て、私ももっと頑張ろうと決意を新たにした。

 

 

《3月○日 晴れ》

 今日はとうとう真檜高校の合格発表。

 合否はオンラインで確認することも出来たけれど、陽務君が高校前まで確認に行くと話しているのを耳にしたので私もそれに倣うことにした。

 校門前にたどり着いたのは受験番号が張り出される十分前。同じように現地で合否を確かめようと考えた人は少なくないようで、それなりの数の受験生やその親御さんが固唾を吞んで審判の時を待っていた。

 陽務君もそんな人々の中、私服姿にコートを羽織って一人静かに佇んでいた。

 やがて高校の先生が今どき珍しいアナログのホワイトボードに合格者一覧を張り出すと、集まっていた人々は祈るようにして自分の番号を探し始める。

 合格した人の喝采や落ちてしまった人の慟哭が入り混じる中、私は無言のままに湧き上がる喜びを嚙みしめていた。

 そう、ちゃんと合格していたのだ……陽務君が!

 夏休みが開けて以来、目が覚めたように真剣に授業に打ち込んでいた。

放課後にロックロールへ寄り道する頻度も減り、真っすぐ家に帰って今までの遅れを取り戻そうと必死で毎日頑張ってきた。

 そんな陽務君の努力が報われたことが嬉しくて、今にも叫び出してしまいそうだ。

私も合格していたので、これからまた三年間同じ学び舎に通うことが出来るということも、その喜びを加速させる。

 家族や真奈さんも私の合格を喜んでくれて、後日改めてお祝いしてくれることになった。

 ああ、今日はなんていい日だろう。

 

 

《4月□日 晴れ》

 今日はとうとう真檜高校の入学式。

 登校した私は最初に自分のクラスを確かめて、心の底から幸運の神に感謝した。

 夢じゃないのかと頬をつねって、見間違いじゃないかと何度も何度も見返した。

 それでもやっぱり「陽務楽郎」と「斎賀玲」が同じクラスになっているのは紛れもない現実で、思わずその場で小さくガッツポーズをしてしまった。

 教室に行くと既に楽郎君は登校していた。

 真新しい制服に身を包んだ彼の姿はとても新鮮で、その姿を写真に収めたい衝動と戦うのに必死だった。

 また一年、楽しい日々になりそうだ。

 

 

《5月△日 曇り》

 緊急事態が発生した。

 お昼休みにクラスメイトの女の子たちとお話していると、気になる男の子の話になった。

 それだけならよくあるガールズトークだったのだけど、そこで女子の一人が「陽務君結構良くない!?」と言い出したのだ。

 その気持ちは痛いほどに分かる。陽務君は格好いいし朝ジョギングをしたりして体もそれなりに鍛えている。普段はちょっと子供っぽいところもあるけど不意に見せる真剣な表情や、郷愁を覚えているかのような切なげな顔のギャップも堪らない。何よりも全身全霊でゲームを楽しんでいることが伝わってくる笑顔は素敵すぎてあの姿を一目見れば誰だって陽務君の魅力に取りつかれてしまうことは想像に難くない。

 だけど、私は今まで自分が陽務君に近づくことに必死で、他の誰かも同じように彼に惹かれる可能性について深く考えずに来た。

 これは由々しき事態である。どうにかして対抗策を考えなくては…!

 

 

《6月○日 晴れ》

 今日は真奈さんからオススメされた「シャングリラ・フロンティア」というゲームを始めてみた。

 今まで挑戦したゲームは私には難し過ぎてどれも途中で断念してしまったけれど、今度こそちゃんとプレイしたい。

 とりあえずキャラクター作成とチュートリアルを終えて──

 

 

 

「玲さーん、荷物整理終わったー?」

「ぅわひゃいっ!!?」

 

 唐突に後ろから聞こえた声に、慌てて目の前の日記帳を閉じる。

 振り返ると、ジャージ姿に軍手をした楽郎君が目を丸くして私を見ていた。

 

「ご、ごめん。驚かせちゃった?」

「いっ、いえ!私の方こそすみません!ちょっと懐かしい物を見つけてしまって……」

「懐かしい物…って、もしかしてそれ、玲さんの日記?」

「はい、ついつい読みふけってしまって……」

「あるある、大掃除の時に昔のアルバム見ちゃったりね」

「ごめんなさい、引っ越しの準備の途中なのに」

「気にしないで、あっちは粗方終わったから今度はこっちを手伝うよ」

 

 大学生活に向けて荷物を纏めるはずが、日記を見ていたせいで予定の半分ほどしか作業が進んでいない。

 それを謝る私に対し、楽郎君はひらひらと手を振って笑っていた。

 

「ありがとうございます、それではお言葉に甘えますね」

「よしきた、ところで玲さんの日記とやらがちょっとばかし気になるんだけど……」

「これはダメです!!楽郎君といえど、これだけは絶対見せられません!!」

「見るなと言われると余計に気になる…もしかして俺のことを書いてあったり?」

「!!?も、黙秘権を行使します!!」

 

 

 乙女の秘密を死守するための戦いがどうなったのかは────また、別のお話。

 

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