徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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バニー服を着た京極のお話。


ファニーなバニーとハニーな夜を

 時折、疑問に思うことがある。

 

 ──楽郎は、()のどこが好きなんだろう。

 

 お淑やかとは到底言い難い奔放で生意気な態度、女性らしい丸みに欠けたなだらかな身体。

 己の容姿が客観的に見て優れている方だという自覚はあるが、それだってどちらかと言えば王子様然とした、異性よりも同性から人気が出るタイプのものだ。

 一方で楽郎はといえば、本人は気づいていないがあれで意外と異性からの評価は高い。

 僕がファンの女の子達に囲まれている様子を見て「モテる女は大変だな」なんて笑っていたあいつは、高校時代に僕が裏でどれだけ虫除け(・・・)に苦労していたかなんて知りもしないだろう。

 大学に進学した今だって、同期や先輩の女の子にカラオケや飲みに誘われたと聞かされることもしばしばで、その度に僕は彼と同じ大学に行けなかった自分の学力に忸怩たる思いを抱いている。

 幸い、楽郎はその全ての誘いを断ってくれてはいるけれど。

 

「楽郎と一緒のキャンパスライフ、楽しかっただろうなぁ……」

 

 それでも、楽郎との関係が良好であるという自負はある。

 高校時代に彼と恋仲になって早数年。デートも、キスも、ハグも、その先のことだって数えきれないほどに重ねてきた。

 今は学生の身分であることもあり同棲こそしていないものの、互いの家の合鍵は渡し合っており、生活の大半を二人で一緒に過ごしている。

 親友よりも尚近く、恋人を越えて家族にも近い楽郎との距離感は本当に心地よくて、今ではこの世界の誰よりも愛していると胸を張って言える。

 そしてだからこそ、僕はこの関係が風化していくことを何よりも恐れていた。

 僕の大学の友人曰く、男女の仲には「慣れ」は天敵で、マンネリをこそ恐れるべき……らしい。

 正直な所いまいち実感は湧かないけれど、現状に甘んじていてはいけないという意見には頷けた。

 とはいえ、今更女の子らしいアピールなど急に思いつくはずもなく。

 話の流れでその友人達に何かいいアイデアは無いかと相談してみたのだけれど……

 

「いくら何でも、これは無いよねぇ……」

 

 姿見の中の今の自分の姿を改めて確認し、僕はぽつりと呆れ交じりに一人ごちる。

 水着のようにぴっちりと肌に張り付いた肩出しのボディスーツに、お尻に丸い毛玉の尻尾、そして頭にはぴょこんとウサギの耳を模したカチューシャが。

 ──紛うことなきバニーガールが、そこにいた。

 

「パーティの余興用に買ったって言ってたけど、あの子一体どんなパーティに行くつもりだったんだろう……」

 

 友人に半ば押し付けられるようにして渡された衣装の由来を思い出し、疑問と心配が胸に浮かぶ。なんでもそのパーティ自体は中止になって、出番を失ったこの服の処分に困っていたところに丁度僕が相談してしまったということらしい。

 出会いの少ない女子大という環境にもめげず、日夜恋人探しに邁進する彼女がおかしな男に捕まらないことを祈るばかりだ……本人が大概おかしい点は見ないことにする。決して悪い子では無いのだけれど。

 

 閑話休題。

 

 経緯はともかく、せっかく僕の為にとプレゼントしてくれたのだからと着てみたはいいものの、流石にここまで大胆な服装で楽郎に迫るというのは些かならず気恥ずかしい。

 元々あまり露出の多い服を好まないこともあり、これほどまで手足を露にした上に色々と際どいこの格好は、僕の感覚でいえば最早下着も同然だ。

 こんな破廉恥な姿をわざわざ楽郎に見せる、なんて……

 

「楽郎はこういうの好き、かな……」

 

 ボディスーツを脱ごうと透明な肩紐に手をかけたところで、もしもこれを楽郎に見せたらどうなるのかが気になって思わず動きが止まる。

 あいつは喜んでくれるだろうか、それともはしたないと怒るだろうか。

 

(普段はゲームとエナドリのことしか頭に無いように見えても楽郎だって男なんだからこういうセクシー系は好きなのかなでもあんまりあからさまにえっちな物を見ると何故か微妙な顔をしてたようなだけど僕が道着や着物を着るのに髪を結った時とかちらちらとうなじを見てたりするし首元が空いてるのは好感触の可能性もでもやっぱり恥ずかしいしこういうのはもっと胸の大きな人が着るものでいやでもスレンダーだからこその腰や脚の魅了があるって雑誌に書いてあったようなそもそも──)

 

 そうして、己の思考に囚われていたのが失敗だったのだろう。

 僕は玄関からがちゃりとノブを回す音がしたことにも、足音がこちらに近づいていることにも気が付かず──

 

「ただいまー。京極、今日も来てた……の、か…?」

 

 とさり、と軽い音を立てて楽郎の手から通学用の鞄が滑り落ちるのを、僕はどこか遠い世界の出来事のように茫然と眺めていた。

 楽郎はといえば自分が鞄を落としたことにも気が付かず、ぽかんと口を開けたまま静止している。自分の家に帰っていきなり珍妙な格好をした不審者(恋人)に遭遇すれば困惑するのも無理はない。

 数秒か、数分か、果たして一体どれほどの時間そうしていたのか。

 永遠にも思える硬直の果て、ギギギと錆びたロボットの様に鈍い動きで再起動を果たした楽郎は踵を返し、今来た玄関に戻ろうとする。

 

「……お邪魔しました」

「待って楽郎!見なかったことにしようとしないで!?」

 

 スルーされるのは一番傷つくよ!!

 

 

 すったもんだの末、どうにか楽郎を部屋に引き戻すことに成功した僕はリビングで彼と向き合っていた。

 ちなみに着替えるタイミングを見失ったため僕は未だバニー姿である。

 

「で、なんだってそんな格好を?」

 

 ……ここで「マンネリ防止のために楽郎を悩殺しようとしてました」と明け透けに答えられるほど僕は羞恥心を捨てられてはいない。

 あー、うーと唸りながらどうにか言い訳を捻りだす。

 

「こ、これは……そう、余興!パーティーの余興で仕方なく」

「……余興?」

「そう!実は、大学の友達にパーティーの余興で着るやつだって渡されてさ」

 

 うん、嘘は言っていない。

 隠し事をする時は嘘をつかず、省略した真実だけを話すと良いとはペンシルゴンの言だ。

 その教えを参考に、僕はバニースーツを渡された経緯を大幅に省いて楽郎に伝える。

 

「そのパーティとやらは男もいるのか?」

「へっ?ええっと……うん、いるんじゃないかな?」

「………へぇ」

 

 詳細は聞いていないが、彼氏欲しさに合コンや飲み会を繰り返している彼女が参加しようとしていたパーティなのだから、予定してた面子の中にはきっと男もいたことだろう。

 ……そんな風に他人事として言い訳の中身を考えていた僕は、楽郎がいつの間にか僕との距離を詰めていることに気が付かなかった。

 

「それは聞き捨てならないな」

「っ!?……楽郎、何か怒ってる?」

 

 楽郎がいつになく低い声で不機嫌そうに告げる。事ここに至って僕はようやく彼が剣呑な雰囲気を漂わせていることに気がついた。

 戸惑う僕の質問に答えないまま、楽郎はじりじりと僕を壁際に追い詰めると、逃げ道を塞ぐようにどんっと顔の横に手をつく。彼の表情は依然として険しいままだ。

 

「俺以外の男にその姿を見せるのか?」

「!?ち、違っ……んんっ!?」

 

 その言葉で、僕は自分の言い訳がとんでもない誤解を生んでしまったことに気が付いた。

 慌てた僕の弁明は、噛みつくような乱暴な口づけで塞がれる。逃れようと身を捩っても、楽郎に強引に抱きすくめられて身動きを封じられた。

 ぴちゃぴちゃという舌と唾液の絡む水音と互いの荒い呼吸だけが二人きりの部屋に響く。

 

「んっ…ぁ…ぷぁっ……ま、まって楽郎!話を聞いて!」

「……なんだ」

 

 息継ぎの為に唇が離れた一瞬を見計らい、どうにか誤解を解こうとする。

 楽郎は未だ怒り心頭な様子だけれど、こちらの話に耳を傾けてくれるつもりはあるようだ。

 

「その……パーティ云々は、僕じゃなくて友達の話なの」

「友達?」

「うん、大学の友達が参加する予定だったらしいんだけど、中止になったからって貰ったの」

「それじゃあ、男がいるっているのも」

「その中止になったパーティの話……紛らわしい言い方してごめん」

 

 伏せていた部分の情報を改めて楽郎に伝える。

 これで誤解は解けただろうかと、恐る恐る楽郎の様子を窺うと……

 

「…………よかったぁ」

「わわっ!?ら、楽郎……?」

 

 先ほどまでの様子から一転、詰めていた息を吐き出しながらくずおれるようにそっと優しく抱きしめられる。

 おずおずと僕も抱き着き返すと少しだけ楽郎の腕の力が強まった。露出の多い格好のせいで彼の手が直接僕の背中に触れて熱い。

 

「悪い、早合点して怒っちまって」

「ううん、元はと言えば僕のせいなんだし」

「ってか、貰った経緯は分かったけど何でわざわざ着てたんだ?」

「……言わなきゃダメ?」

「ダメじゃないけど、気になる」

「…………楽郎が、僕に飽きちゃわないように」

「……はい?」

 

 恥を忍んで正直に動機を告白すれば、なんとも気の抜けた声が返ってくる。むぅ、僕が誰の為にここまでしてると……!

 

「なあ、言ってる意味がよく……」

「……友達が、マンネリには気を付けろっていうから」

「……えっ、お前まさか俺に見せる為にバニー姿に…!?」

「~~っ!!」

「痛い痛い!?俺が悪かったから落ち着けって!」

 

 恥ずかしさが頂点に達した僕は、照れ隠しに全力で楽郎の首元に噛みついた。

 わざわざ言葉にしなくていいから!

 

「いつつ……これ歯形残ってないか?」

「ふんだ、デリカシーの無い楽郎が悪いんだからね」

「そうは言ってもだな……そうかそうか、京極は俺の為にその服を着てくれたのか」

「…………うん。まあ、僕なんかじゃ似合わないだろうけどさ」

「そんなことねーよ、凄く似合ってる。思わず存在しない男に嫉妬するくらいには」

「……そんなに?」

「ああ、絶対他のやつに見せるなよ?」

「えへへ、僕を一人占めできるのは楽郎だけだよ」

 

 思わぬ誤解を生みかけてしまったけれど、これは結果オーライというやつではないだろうか。

 今まで知らなかった楽郎のやきもち妬きな一面を知れてご満悦な僕の耳元で、楽郎が意味ありげにそっと囁く……あれっ?

 

「……そっか、それじゃお言葉に甘えてもっとよく見せてもらおうか」

「ら、楽郎?なんだか目が怖いよ?」

「そんなエロい恰好してるお前が悪い。さっきから俺がどんだけ我慢してたと思ってるんだ」

「えろっ!?ねえ、見るだけだよね?なんか手つきがいやらしいんだけど!?」

「…………京極、お前明日は確か午前中の講義取って無いよな?」

「何で今それを聞くのっ!?……ま、待って!せめてシャワーを……んあっ!」

 

 

 ──可愛いうさぎがどうなったのかは、狼だけが知っている。

 

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