VRシステムの終了処理により、泡沫の夢から目覚めるようにして意識が
ヘッドセットを外せば、そこには先程まで激しい剣戟を交わしていた雪降る城下町の風景では無く、見慣れた学生アパートの天井が広がっていた。
枕元の時計を確認すれば、時刻は深夜三時を過ぎたところ。十九時頃に夕食を食べてからすぐにログインしたのでかれこれ八時間ほどぶっ続けでゲームし続けていたらしい。
これは連続ログインによる警告が出るギリギリのラインだ。一瞬の判断の遅れが生死を分ける戦闘の最中に余計なアラートが出なかったのは幸運だろう。
長時間のプレイにより喉が渇いて若干掠れた声のまま、俺は
「いやぁ、今年は惜しかったなぁ」
「ほんとだよ!あと一歩であの憎たらしいトナカイの首を叩き切ってやれると思ったのに……!」
俺と同じく先程まで幕末の世界でトナカイとサンタを相手に大立ち回りを繰り広げていた京極が心底悔しそうに吐き捨てる。
最早数年越しの因縁のボスと化した北鏖聖伐飛将軍サンタクロース御一行様にあと少しで一矢報いることが出来たのだから無理もない。俺だって正直なところかなり悔しいものがある。
「不覚だった、部位破壊による行動パターンの変化の可能性を見落とすとはな……」
最低限のサンタの足止め役を除いた、数多のプレイヤーによる波状攻撃、そして最後にはレイドボスさんによる斬星竿での一閃でトナカイのあの強靭な角を両断したところまでは良かった。
だが次の瞬間、奴は歓声に沸く志士達を嘲笑うかのように怒りの咆哮を上げた。
破壊力と速度、更には頑強さまでも数段強化されたあのトナカイによってそれまでの奮戦も虚しくプレイヤー達は城下町の染みとなり果てていった。
「刀は通らない、銃も歯牙にもかけない、あんなのどうやって倒せって言うのさ!」
「……多分、あれは真正面から攻略するのは想定してないな、一定の条件を満たせば勝利扱いになるタイプだ」
恐らくは時間経過、シャンフロのウェザエモン戦に近いだろうか。
先程は考察する間もなく虐殺されてしまったが、思い返すと終盤になるにつれてトナカイの息が上がってきて、突進の間隔も若干だが空いてきていたように思う。
そんな考察を伝えると、京極も心当たりがあったようで得心が言ったように頷いた。
「言われてみると確かに……実は、最後の方に一度だけトナカイが膝をついたように見えたんだよね、てっきりまた新しい攻撃モーションかと警戒してたんだけど」
「流石のあのトナカイもあそこまで激しく動き回れば消耗するってことだろうな……確認できるのはまた来年だが」
残念ながら今年のサンタたちは散々暴れ回った挙句に意気揚々と帰って行ってしまった。とはいえ今回は過去一番の戦果であることは違いない。この経験はどうにかして有志達とコンタクトを取って今後の攻略に生かすべきだろう。
「さて、幕末の反省会はこのくらいでいいとして……これからどうする?」
「うーん、変な時間だけどこのまま寝ちゃうのも勿体ない気分、楽郎は?」
夜更かしと呼ぶには遅すぎて、徹夜したと呼ぶには早すぎる時間帯。幸い俺も京極も通う大学は既に冬休みに突入しているので明日の心配をする必要はない。なんなら徹夜上等で遊び倒すのもアリだろう。
というのも……
「俺も、ぶっちゃけ全然眠気が来ねぇ」
「もう、調子に乗ってエナドリを飲み過ぎるからだよ」
「ぐっ……返す言葉もない」
バックドラフトとトゥナイトのミックスはやはり効く。このまま年末まで眠らずに過ごせそうな気さえもしてくるのだから本当に合法なのか時々疑わしくなってくる。
さて、ひとまず夜更かしを続行すると同意がとれたはいいものの、これから何をしたものか。流石の俺もあの激戦の直後に別のゲームを遊ぶ気にはなれない。
「ケーキでも食うか?さっきはデザートまでたどり着かなかったし」
夕飯には京極手製のローストチキンやミネストローネなどに舌鼓を打ったが、イベント開始の時刻が迫っていたため用意していたクリスマスケーキは手付かずだ。
長時間ログインで酷使された脳が糖分を欲していることもあっての提案だったのだが、京極の反応はいまいちだった。
「うーん、この時間にケーキかぁ」
「たまにはいいんじゃないか?散々ゲームして小腹も減ったし」
「まあ、それも悪くはないんだけどね……隙ありっ!」
「へっ?……うぉっと!?」
悩んでいると見せかけて、京極が不意に俺をベッドに押し倒す。突然の狼藉に俺が混乱していると、彼女はそのまま俺の隣に寝転がった。その際、ちゃっかり俺の右腕を枕にするのも忘れない。
悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべ、京極は互いの息がかかるほどの至近距離で囁きかけてくる。
「ねぇ、せっかくのクリスマスなんだし、もっとこうしてだらだらしようよ」
「……ん、京極がそうしたいならいいぜ」
「やった……ほら、もっとこっち詰めなよ」
答えるや否や、京極が俺の首に両腕を回して額と額をくっつける。空いた左手を彼女の背に回し抱きしめ返せば、僅かに残っていた二人の距離は完全にゼロになる。柔らかで温かな京極の体温が心地よい。
「はいはい、ケーキは明日だな」
「うん、そういえばプレゼントもまだ渡して無かったね」
「そういやそうだな」
一応プレゼント自体は既に用意して別室に置いてある。まあ、プレゼントの存在自体はどうせ京極に気付かれているのであろうがこういうものは様式美が大事なのだ。
今渡す流れなのかとも思ったけれど、京極は抱き合った姿勢のまま動く気配がない。これもケーキ同様明日だろうか。
そんな風に考えていると、京極が俺の耳元に口を寄せ、なにか重大な秘密を打ち明けるかのようにぽそぽそと話しかけてくる。
「……あのさ、楽郎」
「なんだ、京極?」
「えっと、その……プレゼントの代わり、というか……その」
言うべきか、言わざるべきか。そんな逡巡を漂わせながらも京極はやがて意を決したように挑発的に艶然と微笑む。
──今夜は私のこと、楽郎の好きにしてもいいよ。