徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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ある寒い日の楽郎と京極のお話。


「寒いね」と話しかければ「寒いな」と答える君の手の温かさ

「寒いね」

 

 京極は剣道部の練習を、俺は図書室での勉強を終えての高校からの帰り道。

 すっかり日も落ちて街灯が辺りを照らす中、白い息を吐き出しながら京極がぽつりと呟いた。

 

「寒いな」

 

 言葉にしたことで改めて冬の寒さを実感し、微かに身を震わせながら彼女の言葉に同意を返す。雪こそ降っていないものの、身を刺すような空気の冷たさは冬の訪れを何よりも雄弁に物語っていた。

 

「こうも冷えると温かいものが恋しくなるよな」

「だよねぇ、ラーメンでも食べてく?」

「魅力的なお誘いだけど今そんなもん食ったら夕飯入んなくなるからパスで」

「残念、最近新しく出来たお店が気になってたんだけど」

「ああ、駅前のあそこか…それはまた今度な」

「おや、それはデートのお誘いと受け取っていいのかな?」

「こないだデートでラーメン屋は下の下とか言ってなかったかお前」

「はて、なんのことやら……ラーメンのことはおいといて、ちょっと温かい物でも飲んでいこうよ」

 

 そう言って京極は通学路の道すがらの公園を指し示した。自販機でホットの飲料を買ってベンチで小休止していこうという誘いだろう。

 ちなみにこの公園に設置されている自販機は小さいながらも謎にラインナップが充実しており、常時ライオットブラッドを補給出来るため日頃ジョギングの際などにも世話になっている。定番のみならずバックドラフトやクァンタムなどといったラインナップまで定期的に補充されており、一部有識者の間では設置者の合法堕ち説がまことしやかに囁かれている……

 

 閑話休題。

 

 京極の提案に一にも二にもなく頷いた俺は、彼女と共に公園に足を向ける。子供が遊ぶような時間はとうに過ぎていることもあり、公園内に他に人影は見当たらない。

 俺は小銭入れから取り出した五百円玉を自販機に投入すると、まずはホットのほうじ茶を、その次にコーヒーとの二択で少し悩んでからコーンスープのボタンを押した。

 ガガゴン、という金属のぶつかる音がした後、二つの缶を取り出してお茶の方を京極に手渡す。市販の飲料をあまり口にしない京極だが、その中では比較的この銘柄を好んでいた筈だ。

 

「ほれ、勝手に選んだけどこれでよかったか?」

「あ……その、お金を……」

「いいって、このくらいは奢りってことで」

「……うん、ありがと」

 

 おずおずとお茶を受け取った京極が嬉しそうにはにかんで礼を言う。不意打ち気味の笑顔の破壊力にどきりとさせられた俺は、側のベンチに腰を下ろすと気恥ずかしさを誤魔化すようにコーンスープの缶を開けた。

 ……頬が熱いのは缶の口から立ち上る湯気のせいということにさせてほしい。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、京極は俺のすぐ隣に腰を下ろすと、お茶の缶を両手で持ってカイロ代わりにしながらちびちびと飲み始めた

 

「ふう……もうすっかり冬だねぇ」

「そうだな……そろそろクリスマスイベントのシーズンだ」

 

 クソゲー凡ゲー神ゲーを問わず、この時期になるとオンラインゲームではクリスマスにちなんだ様々なイベントが催される。まあ、ここ数年はもっぱら幕末がメインとなっているので今年もサンタとトナカイをしばき回しにいくことになるだろう。

 そんな風にゲームのことや日頃の稽古のこと、間近に迫った期末テストのことなど他愛もない雑談をしていれば、瞬く間に時は過ぎる。

 気がつけば俺も京極も飲み物を飲みきって、手の中の空き缶からはすっかり温もりが失われてしまっていた。

 

「さて、そろそろ行くか、もう夜も遅いしな」

 

 空き缶を公園のゴミ箱に放り込みながらそう告げる。比較的放任主義な我が家と違い、京極の家は遅くなると夕飯を抜かれることもあるというからいい加減帰宅した方がいいだろう。

 

「ええっと、その……それは、そうなんだけど」

 

 しかし何故だか京極の反応は鈍く、視線を宙に彷徨わせたり、所在無さげに指先を弄んだりしながらも一向にその場を動く気配を見せない。

 

「どうした?」

「あー、うー…………えっと、寒いね」

「寒いな」

 

 夜も更けてきた事により気温は下がり、風もいっそう鋭さを増してきた。だからこそ早く帰ろうと言っているのだが、その選択はどうにも彼女のお気に召さないらしい。

 察しの悪い俺に対して、京極は焦れたように再び同じ言葉を繰り返す。

 

「……寒いね」

「なんで二回言った?」

 

 率直な俺の質問に、京極は無言で立ち上がるとそっぽを向きながら両手を広げる。その顔は薄暗闇の中でもはっきりと分かるくらい、鮮やかな朱に色づいていた。

 

「『暖めろ』って言ってるんだよ」

 

 ……まったく、回りくどいやつめ。

 素直なようで素直じゃない、可愛い彼女のお願いに俺の方まで照れ臭くなる。返事代わりに抱き締めてやれば京極も俺の背に腕を回してきた。

 

「ねぇ、楽郎」

「なんだ、京極」

「暖かいね」

「暖かいな」

 

 

◆ 

 

 

「寒いね」

 

 いつもように近所のスーパーで夕飯の食材の買い出しを終え、二人揃ってアパートの部屋に帰還すると、京極はぶるりと身を震わせて開口一番ひとりごちた。

 

「寒いな」

 

 即座に暖房のスイッチを入れながらこくりと頷く。朝見たニュースによれば、なんでも最強寒波とやらが到来しているとのことで、今日はこの冬一番の冷え込みを見せていた。

 日中は大学に行くため家を空けていたこともあり、部屋の中はすっかり冷えきってしまっている。この分では部屋が暖まるまで幾分時間がかかるだろう。

 

「夕飯の支度……する?」

「材料だけ冷蔵庫入れておいて、作るのはもうちょい後にしようぜ」

 

 この冷えきった部屋の中、冷たい水道水を使って料理するのは勘弁願いたい。

 京極も異論は無いようで、手早く購入してきた食材を冷蔵庫に仕舞い込むと、そそくさとリビングに移動する。後に続けば彼女は早速上着を脱いでこたつの住人と化していた。

 

「ふぅ……生き返るぅ……」

「溶けてる溶けてる」

「あ、楽郎みかん取って」

「お前の方が近いだろうに……ほら」

「ありがと。いやぁ、一度入ったら抜け出せなくて」

「まぁ、気持ちは分かるけども」

 

 朝のベッドもそうなのだが、この時期の暖かい布団は最早拘束トラップの一種と言っても過言ではないと思う。哀れにもそんな罠に捕らわれた京極にみかんを一つ手渡すと、自分の分も忘れず確保し俺も彼女の対面に腰を落ち着ける。あったけぇ……

 

「あー……このまま寝そう……」

「やめときなって、どうせそのまま風邪ひくのがオチだよ」

 

 分かってはいるがそれでも抗いがたい魅力があるんだ。

 ぶっちゃけこうして京極が足繁く我が家に通ってきてくれていなければ、俺は毎日のようにこたつで寝落ちして速攻で熱を出していた自信がある。

 そんな馬鹿げたことを真顔で告げれば、京極は呆れたようにケタケタと笑った。

 

「まったく、楽郎は僕がいないと本当にダメなんだから」

「その台詞、ダメ男を養う彼女のテンプレだよな」

「それじゃあ楽郎はダメ男にならないようにもっと頑張って」

「へいへい、健気な彼女に見放されないようにせいぜいいい男になってやるよ」

「言ったね?それじゃそんな彼氏さんに一つ問題です」 

「……問題?」

 

 みかんを剥く手を一旦止めて顔を上げれば、悪戯っ気な笑みを浮かべた京極と視線がぶつかる。はてさて、今度はいったい何を言い出すのやら。

 訝しげに様子を窺う俺に、彼女は何かを期待するような眼差しで端的に告げる。

 

「……寒いね」

「そうか?さっきからこたつに入ってるし、結構暖かくなってきたような」

「こたつってさ、足先はよくても背中が寒いんだよ」

 

 あーあー、背中が寒いなー、なんてわざとらしく嘆く京極を見て、俺は得心がいったように頷くとしぶしぶこたつを抜け出しながら口を開く。

 

「わかった、暖房強くするな」

「…………」

「……冗談だからそんなに睨むなよ」

 

 空惚けた俺の返答に、京極は頬を餅のように膨らませて無言で抗議の視線を送る。

 俺は両手を挙げて降参の意を示すと、彼女の背後に回って、背中から首に腕を回して覆い被さるように抱き締めた。

 

「ほら、これでいいか?」

「……うん、暖かい。楽郎もやればできるじゃないか」

「へいへい、御満足頂けたならなによりで」

「あっ、ちょっと今隙間が空いた!ちゃんと私を暖めてよね」

 

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