※昨年3/16の春コミで発行した「京の都は今日も賑やか」のweb再録です。
発行から一周年ということで本日は今話を含めて全四話更新予定となっております。
それは何かと多忙で家を開けがちな我が家の面々が珍しく、家族全員が勢揃いしたある日の夕食の席でこと。
龍宮院家は一般家庭に比べれば食事の際のマナーや行儀作法にも厳しいところはあるものの、流石に家族水入らずの団欒の席でまで口煩く小言を言われるほどでは無い。寧ろ、せっかく皆が揃っているのだからと各々の近況報告も兼ねた談笑が交わされるのが通例となっている。
この日も鰆の西京焼きに舌鼓を打ちながら、やれ最近の門下生は弛んでいるというお父様の愚痴や、新しく出来た服屋にいっしょに行かないかというお母様からの誘い、今度バイクの免許を取ろうと考えているという柾宗兄さんの話など、様々な皆の話に耳を傾けていた。
そうして粗方の食事を終えて食後の番茶を飲んで一息ついていると、お婆様が愛用の湯呑をことりと卓に置いて、何やら感慨深げにしみじみと呟いた。
「京極は、随分とそのヒヅトメくんって子が好きなんだねぇ」
「……はい?」
「「ごほっ、けほっ!?」」
「おい、親父も兄貴も汚いぞ」
唐突なその発言に、心当たりの無い僕は訝しげに首を傾げる。
一方で、その言葉を聞いた瞬間にお父様と國綱兄さんは揃ってお茶を吹き出した。
飛沫の直撃こそ避けたものの、二人の近くに座っていた柾宗兄さんは心底迷惑そうに顔を顰める。
「あの、お婆様突然何を……?」
「そうですよ!京極がどこの馬の骨とも知らない男にけけ、け……懸想をしているなど!そんなこと僕は認めません!!」
「兄さん、話がややこしくなるから黙ってて」
相も変わらず熱烈過ぎる家族愛に目覚めた兄さんを窘める。とはいえ、突拍子もないことを言われて困惑しているのは僕も同じだ。
尚も言い募ろうとしてお母様にげんこつを落とされている國綱兄さんと、口には出さずとも関心を隠しきれずにいるお父様を尻目に、僕はお婆様に対してやんわりと先の言葉を訂正する。
「こほん……確かに楽郎とはそれなりに仲がいいけれど、別に何か特別な気持ちを抱いてたりはしないですよ」
「あら、そうなの?」
「本当に?恥ずかしがらなくてもいいのよ」
「お母様まで何を言い出すんですか……」
正直な気持ちを伝えたにも関わらず、お婆さまは何故か不思議そうだ。おまけにお母様まで便乗してきた。ワクワクとした表情を隠す気もない辺り、こちらは完全に面白がっているのが見て取れる。
まったく、本当にいきなり何を言い出すのだろうか。
年甲斐も無く恋バナで盛り上がる学生のようにはしゃぐ二人を呆れた顔で見ていると、それまで我関せずとばかりに事態を静観していた柾宗兄さんがおもむろに口を開いた。
「……自分で気が付いていないのか?」
「なんでそこで兄さんも乗ってくるの!?僕と楽郎はそんなんじゃ──」
「
思わぬ不意打ちで面食らいつつ、尚も反論しようとして……端的な柾宗兄さんのその呟きに口を噤んだ。
僕のその反応を見た兄さんはニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべ、わざとらしく僕の言葉を反復する。
「京極が家族や親族以外を……それも同世代の男子を名前で呼ぶなんて、珍しいこともあるものだな」
「そうよね!この子の口から出る男の子の話なんて、誰それと喧嘩したとかあいつを泣かせてやったとかばかりだったのに、こんなに楽しそうに名前を呼ぶようになって」
「お母様!それは小学校の頃の話でしょ⁉」
「……聞けば、向こうの男にもお前のことを名前で呼ばせているらしいな」
「お父様まで⁉ そ、それは苗字だと他の家族と紛らわしいからで……」
「他の同級生や門下生には『龍宮院さん』と呼ばれているのにか?そして、その言い分だとまるでお前以外の家族とも交流する前提のようじゃないか」
「ご、ご、ご挨拶だとぉ‼⁉ いい度胸だ、僕の目の前に阿保面下げて現れた暁には、しかと龍宮院流でおもてなしをして──」
「國綱、行儀が悪いですよ」
「しかしお婆様、この一大事に……」
「
「……し、失礼しました!」
柾宗兄さんの言葉を皮切りにお母様にお父様、更には國綱兄さんまでもが加わって食卓が混沌に包まれる。
お婆様の鶴の一声でどうにか落ち着きを取り戻したものの、皆の視線は未だ僕に向けられており、興味が尽きた訳では無いことは明らかだ。
そして家族全員の注目の的である僕はといえば……
「ご馳走様でした!明日朝練あるからもう寝るね!」
三十六計逃げるに如かず、空の食器もそのままに脱兎のごとくその場を後にした。
◆
「まったく、みんな好き勝手なことばかり言って……!」
どうにか無事自室に逃げ込んだ僕は、先程の下世話な追及に対して今更ながらに沸々と怒りが湧いてきた。
楽郎が僕にとって初めての異性の友人であることは認めるけれど、純粋な友情を色恋沙汰に絡めて邪推されては堪ったものじゃない。
やり場のない憤りを抱えた僕は、衝動のままに机に置いてあった端末を手に取った。
不満は早々に吐き出してしまうに限る。そのままいつものように楽郎に電話をかけようとして……はたと気付く。
(……楽郎に、なんて事情を説明すれば?)
馬鹿正直に『僕が君を好きなんじゃないかと家族に疑われてる』なんて伝えた日には羞恥で死んでしまいそうだ。どう考えても今回の話題に関する話し相手として楽郎は適当な相手ではない。
それに、いくら仲の良い友達とはいえ夜分に突然愚痴を吐き出す為に通話をするというのは流石に彼に悪い気もする。
思い返せば近頃は何かある度に楽郎に電話していたし、こんなことだから兄さん達が誤解するのかもしれない。
そうだ、今日は大人しくゲームでもして気を紛らわせよう。
僕はそんな風に考え直して──
「……ゲームのお誘いなら、きっと迷惑じゃないよね」
結局、楽郎に電話をかけている僕が居た。いや、これはあくまで遊び相手が欲しいだけで深い意味はない……筈だ。
誰に言うでもなく心の中で言い訳を並べたてながら、端末を耳に当てて彼の応答を待ちわびる。
数回のコール音の後、最早すっかり慣れ親しんだ、声変り途中のやや掠れた声が耳朶を打つ。
『もしもし、京極か?』
「こんばんは、楽郎」
『今日はどうした?俺は今から新しいクソゲーにでも挑戦しようかと思ってたんだが』
「ちょうど良かった、僕もゲームをしたい気分でさ──」
ああ、楽しいなぁと素直に思う。
他愛もない会話を交わしているだけなのに、どうしてこんなにも胸が弾むのか。
──僕がこの温かな気持ちの正体に気が付くのは、もう少しだけ未来のお話。