※昨年3/16の春コミで発行した「京の都は今日も賑やか」のweb再録です。
発行から一周年ということで本日は今話を含めて全四話更新予定となっております。
楽郎が意外とモテると気が付いたのは、僕たちが高校一年生の時だった。
──陽務君って結構よくない?
クラスの女子の口から放たれたその言葉を聞いた時、僕は初めは全く意に介していなかった。
中高生の女の子なんてミーハーな物だ。やれあの先輩が格好いいだの、やれ隣のクラスのあいつは女癖が悪いだのと噂話には事欠かない。
僕自身も男っぽい見た目や普段の立ち居振舞いで同性からの熱い視線を集めがちだったし、そうして集まる人の大半は一過性の熱に浮かされその場のノリに合わせただけに過ぎないのだと経験から学んでいた。
だから楽郎に興味を抱いた女子が現れた時も、僕はそれをどこか冷めた目で見ていたのだ。
……そして、それがあまりにも楽観的な予想だと気がつくのには、そう時間はかからなかった。
◆
例えば、ある日の体育の授業中。
「ふーい、ちょっと休憩」
「おつかれー、男子の方は盛り上がってるよ」
「どれどれ……おお、いい勝負」
その日は女子の担当の先生が休みだったことにより、自習とは名ばかりの自由時間のようになっていた。
一応名目上はバドミントンをすることになっているけれど、真剣にラケットを握っている生徒はそう多くない。
友人と緩くラリーをしているのはまだいい方で、中には早々に運動を切り上げてお喋りに興じている者や、のんきに隣で行われている男子の様子を眺めている者までいる有り様だ。
そんな中、少数派に属する真面目な生徒の一人である僕はバド部所属のクラスメイトとの試合を行っていた。
流石の僕も相手の土俵で勝てるほどスポーツに習熟している訳ではない。惜しくも敗北を喫してコートを出ると、先の海輪が耳に飛び込んできて、釣られるように視線を移す。
その先では、我がクラスの男子達がバスケの試合をしているところだった。スコアボードを確認すると現在の点数はAチーム18点に対してBチームが20点……なるほどこれは接戦だ。
手持ちぶさたになった僕は、先客に倣って見るとはなしに試合の様子を眺める。
Bチームの生徒が追加点狙いでゴール付近の仲間にパスを出し……
(おっ、やるじゃないか)
Aチーム用のゼッケンを着けた楽郎がボールをカットし、そのままドリブルで敵陣へと切り込んでいく。相手は慌てて止めようとするものの、楽郎は緩急を織り混ぜたステップで巧くかわした。
スリーポイントラインの手前にたどり着いた楽郎はそこで足を止め、斜め後方の味方へ目配せする。でもそれはフェイクで、パスを警戒した相手が釣られた隙をつき、綺麗なフォームでジャンプシュートを放ち……見事リングの中央にボールが吸い込まれていった。点数はこれで21対20、逆転だ。
丁度そのタイミングで試合終了の笛が鳴る。授業内のミニゲームとはいえ勝ちは勝ちだ。勝利の立役者となった楽郎は、クラスメイト達に囲まれ口々に称賛を浴びていた。
爽やかな汗を流して無邪気に笑う楽郎は子供のようで、けれどちょっとだけ──
「わっ!陽務君格好いい!」
格好いい、と思ったのは僕だけじゃないようで、同じように楽郎達の試合を見ていた女子達の一部から黄色い歓声が上がる。
「あれで帰宅部なんだよね……何かスポーツやってるのかな?」
「いつもはゲームの話ばかりしてる印象だったけど……」
「そういえば、前に陸上部の子が自主連してたらランニング中の陽務に会ったって言ってたような」
その時の僕は口々に楽郎について語る彼女達を見て、なんとも言えない感情を抱いたことを覚えている。
楽郎が普段頑張ってることなんて、僕はもっと前から知っていたのに。
◆
例えば、ある日のお昼休み。
「楽郎!お昼ごはん一緒に食べない?」
「悪い、今日は別の奴に誘われてるんだ」
授業が終わって早々に楽郎をお昼に誘った僕は、すげなく断られてしまったことに肩を落とす。とはいえ、楽郎は友達が多い方だから先約があることは珍しくない。今回は大人しく引き下がるとしよう。
「ありゃ残念、今度の幕末のイベントの話がしたかったんだけど」
「放課後に道場行くから、稽古の後にでも話そうぜ」
「うん、分かった」
あてが外れて肩透かしを食らった僕は、放課後の稽古を楽しみにしながら自分の席に戻ろうとして……背後から聞こえた会話に思わず足を止めた。
「陽務君、お昼どこで食べる?」
「どこでもいいけど俺弁当じゃないから飯買ってくるわ」
「それじゃあ今日は食堂にしない?私、席取っておくよ」
「おっけー」
反射的に振り返りそうになる身体を気合いで押さえつけ、必死に何食わぬ顔を取り繕いつつ視線の端で様子をうかがう。
楽郎と並んで教室を出ていった子には覚えがある。確か前にも楽郎のことを噂していた生徒だったはずだ。てっきりいつもつるんでいる男子達が相手だと思っていたけれど、先の会話を思い出せば楽郎は相手が誰かは言っていなかった。
……別に、楽郎が悪いわけじゃない。
前から約束していたのでもないし、楽郎が誰と一緒にご飯を食べようと、それは彼の自由だろう。
理性ではそう解っているのに、心の中の燻りは消えてくれなくて。
その日のお弁当は大好物のう巻きが入っていてたにも関わらず、ちっとも美味しく感じられなかった。
◆
思い出したら段々腹が立ってきた。
楽郎の何が性質が悪いって、あいつ自身が自分の魅力に無頓着なところだ。
今までにも何度か本人に面と向かって注意したことはあるのだが、楽郎は「お前の方がよっぽどモテるだろ」と真面目に受け取ろうとはしなかった。
そんな楽郎だから高校時代は散々やきもきさせられたし、大学に進学した今でもいつの間にか知らない女を引っかけていたりする。
──今、目の前の状況のように。
「陽務君、今夜空いてる?」
「グループワークの打ち上げに皆で飲み会でもどうかなーって話してたんだ」
たまたま来鷹の近くに用事があった帰り道。ちょっと楽郎を驚かせてやろうと思って構内に立ち寄った僕は、楽郎が同期らしき女子二人を侍らせている現場を目撃した。
聞こえてきた会話の内容はあくまでも大勢での飲み会に誘っている風を装ってはいるものの、瞳の奥のギラギラとした肉食獣のような眼差しと、やけに楽郎に身体を寄せる素振りから、彼女達の真の狙いは察するに余りある。
「ごめん、俺はパスで」
「えー、陽務君って普段あんまり絡み無いし、たまには親睦を深めよーよ!」
「そうそう!」
流石の楽郎もこうもあからさまにアプローチをされれば警戒心を抱くようで、腰の引けた態度でやんわりと誘いを断ろうと苦心している。
それでもめげずに誘い続ける姿勢は敵ながら天晴れと言うべきか。僕ももう少し積極的になってもいいのかもしれない。
「いやほら、家で彼女が待ってるから……」
「連絡すれば大丈夫だって!友達付き合いも大事だよ?」
「陽務君の彼女さんって結構束縛するタイプ?」
「……そんなんじゃねーよ、俺が早くあいつに会いたいだけだ」
話の矛先が
ぶっきらぼうに告げられた惚気混じりの反論に、地雷を踏んだと気がついた女の子達がたじろいだ。
……ずるいなぁ。
そんなに嬉しいことを言われたら、常日頃からの脇の甘さも許すしかなくなってしまうじゃないか。
しょうがない、他の女に取られないよう僕が手綱を握るとしよう。
さしあたっては、楽郎の彼女として、あいつの
突然背後から抱きつかれた楽郎がすっとんきょうな悲鳴を上げて驚くまで、あと五秒──