(ダメな)大人の夏休み
近年の気温の上昇は留まることを知らず、外では灼熱の太陽が容赦なく大地に照り付けている、そんなある日の昼下がり。
百さんと共にマンションの一室でクーラーという文明の利器の恩恵を存分に享受しながら昼食のカップ麵を啜っていると、突如部屋の中にオートロックのチャイムが鳴り響いた。
特に来客や荷物が届く予定もなく、セールスか何かかと思ながらカメラの映像を確認する。そこに居たのは…
「……………何の用だ、永遠」
『やあ百ちゃん、君の親友が遊びに来てあげたよ!とりあえず暑いから早く開けて—』
「わかったわかった、今開けるからエントランスで騒ぐんじゃない」
頭痛を堪えるように頭を振りながら百さんが入り口のロックを解除する。俺たちの束の間の平穏が終わりを告げた瞬間だった。
「まったくあいつは…せめて事前に連絡を寄こせ。」
「ペンシルゴンのやつ何しにきたんですかね」
「経験上、この手の急な来襲のときは大体がしょうもない理由だよ。重要な用件があるときは事前の根回しを怠らない奴だからな」
「ああ…それはなんとなくわかります」
そんな会話を交わしながら食べかけの昼食を平らげていると、程なくして部屋のインターホンが鳴った。
それを聞いた百さんは渋々ながらも立ち上がって玄関の鍵とドアチェーンを外し、望まぬ来客を受け入れた。
「いやあ今日も暑いねえ、クーラーの効いた室内は天国のようだよ」
「天国か…お前には縁遠い場所だから今のうちに疑似体験できてよかったな」
なみなみと麦茶を注いだコップを渡してやれば、外を歩いて失われた水分を取り戻すように一気に呷っておっさんのごとき声を上げた。
「ぷはーっ!生き返るぅ…ふっふっふ、清く正しく生きている私のような人間の元にはパトラッシュとネロのように天使たちが直々にお迎えに来てくれるよ」
「寝言はルーベンスの絵の前で言え」
財布を拾った瞬間に躊躇いなく豪華なディナーの算段をつけそうな奴が何を世迷い事を。
「遠回しに死ねと申すか…ってちょっと待って」
「なんだよ」
「いや、何で君が当たり前のような顔して百ちゃんの家で寛いでるのさ」
「…別に、付き合ってるんだから家に遊びに来るくらいするだろ」
「それにしたってTシャツに短パン姿は砕け過ぎじゃない?百ちゃんも相変わらずの学生時代のジャージだし、これもう家デートを通り越して家族みたいな……え、ひょっとして君たち同棲して」
「同棲ではない」
何やら俺達の現状を邪推し始めたペンシルゴンの言葉を百さんが食い気味に一刀両断する。
しかしそれであっさり「はいそうですか」と納得してくれないのが天音永遠という人間だ。彼女は素早く室内に目を走らせると、持ち前の洞察力で余計な物を見つけ出した。
「ええー?それじゃあベランダに干してある大量の男物の服はどういうことかなぁ?」
「ぐっ、目ざとい奴め」
「百ちゃんは不審者避けにわざわざトランクスを用意するようなタイプじゃないし、一日二日のお泊まり程度にしては数が多すぎるよねえ…ほらほら、私たちの間に今更隠し事なんて水臭いよ?」
う、うざい…
こいつが鬱陶しいのはいつものことだが、今回はそれに女子の恋バナへの熱意がプラスされて余計にしつこい。これはある程度の事情を話さない限りは追及の手が止むことはなさそうだ。
百さんも同じことを考えたのか、俺と一瞬のアイコンタクトを交わした後に諦めたようにため息を一つついてから頷いた。
その意を汲んで、俺は嫌々ながらも重たい口を開く。
「本当にまだ同棲って訳じゃなくてだな、俺の大学が夏休みに入ったからちょっと長めに滞在させて貰ってたんだよ」
「世間ではそれを同棲って言うんじゃないのー?しかしあのお堅い百ちゃんが若い燕を囲い込むなんてねぇ」
「おい、人聞きの悪い言い方をするんじゃない」
「だってサンラク君の学校が休みなのはまあいいとして、なんで百ちゃんまで仕事を休んでるのさ」
会社に遊びに行ったら受付の人に『百ちゃんはしばらくお休みです』なんて言われたからびっくりしたよ。
そう続けるペンシルゴンの顔は本当に驚いた表情をしていた。聞けば今まではゲーム内での大規模イベントや時限式のユニークが絡まない限り、まとまった休暇をとることはほとんどなかったらしい。
「私は法律と社則で定められた正当な権利を以て休暇を取得しているだけだ、後ろ暗いことなど何もない」
きっぱりとそう言い切る百さんの姿に、ペンシルゴンは呆れと関心を綯い交ぜにした視線を向ける。
実のところ未だ成人していない身で恋人の家に入り浸っているというのは些か外聞が悪い気がしないでもないが、百さんとの交際に関しては既に互いの家族からも公認された身である。
長期休暇に際して俺が彼女の家に半ば住み込む形になっていることについても、彼女の祖父と釣り仲間になっていた我が父を経由して暗にだが了承を得ていた。
「まあ私としても二人の関係にとやかく言う気は無いけどさぁ、それにしたってせめてもう少し健康的な食生活を送ろうよ…」
「む、別に食事を抜いたりはしていないぞ、三食きちんと摂っている」
「三食全部カップ麺が体に悪いって言ってるの!!あのプラ容器の山はなんなのさ!」
そう言ってペンシルゴンが指差した先にはゴミ箱から伸びる白い巨塔。
カップ麺の容器がうず高く積み重なって出来たそれは、ここ数日の自分たちの食生活を何よりも雄弁に物語っていた。
「というかサンラク君も一緒に生活してるなら百ちゃんのことを止めてよ…君エナドリ中毒なことを除けば舌は割とまともだったでしょ」
「中毒とはなんだ、ライオットブラッドは合法だぞ」
「うん、もう手遅れなんだということがよく分かったよ……いや、インスタント&エナドリ漬けはちょっと本気で君たちの健康が心配なんだけど」
「待て永遠、確かに今は少々食事が偏っているが、普段楽郎は私の為にちゃんとした料理もしてくれていたんだ」
「えっ」
「得意って訳じゃないけど俺だって最低限の料理くらいは出来るわ」
だからUMAが火を使う場面を目撃したような顔をしてんじゃねーよ!
ついでに言えば親父が釣った魚をおすそ分けとして大量に持ってくるので献立は魚料理が多めである。
「家に帰るとエプロン姿の楽郎が出迎えてくれて、食卓には豚汁や焼き魚、それに炊き立ての温かなご飯が並んでいる…誰かが自分の帰りを待っている幸せというものをつくづく実感したよ」
「おっと、それは未だ独り身な私への当てつけかな?」
「お前もいい人を見つければいいだろう」
「私に釣り合う人間はそう簡単に見つからないんですぅー!」
よかった、あの悪魔に捕まった哀れな犠牲者はいなかったんだ。
醜い嫉妬を晒したカリスマモデル様は、しかしそんな醜態など無かったかのように気を取り直して話を続ける。
「はぁ…で、それがどうしてこの有り様に?サンラク君が家事ほっぽり出してゲームばっかりするようになったとか?」
「おい」
「違う、私から頼んだんだ」
「へ?逆なら分かるけどそりゃまたどうして」
「私も仕事がある日は大変ありがたく楽郎の厚意を受け取っていたんだがな…こうして私も有給を取って一日中家に居るようになって気が付いたんだ、これでは勿体ないと」
「勿体ない?」
「ああ、私達は社会人と学生という立場の違いもあって普段は中々一緒に過ごせない。それがせっかくこうして24時間行動を共に出来る貴重な機会を家事などに割いてしまうのは時間が惜しくてな」
それならば多少不摂生でも三食カップ麺に甘んじるさ、と実にキリっとした表情で百さんが告げる。
……うん、これ連休初日に言われたときは感動したけど改めて聞くとただのダメ人間だな。
百さん、今夜は俺が飯作りますから。
内心自らの不摂生を反省している俺だったが、最初に苦言を呈したはずのペンシルゴンはワクワクとした下世話な興味を隠そうともせず瞳を爛々と輝かせていた。
「おやおやぁー?百ちゃんってば『ゲームが恋人です』とでも言いだしそうな顔してからに、意外と情熱的だねえ」
「…?私の恋人は楽郎だ、お前だって知っているだろう」
「ブフォァ!?」
「おおっと、ここまで男前な返しは予想外。愛されてるねえ、ら・く・ろ・う君?」
「…うるせえ」
にやついた笑みがひっじょーーっに腹立たしいが、今はこの顔の熱を引かせるのに精一杯で反論に割くだけのキャパが無い。百さん、不意打ちはズルいっす…
「かーっ!この部屋クーラー効いてないんじゃないの?ああ暑い暑い」
「知ってるか、失血死するときって震えるほどに涼しいんだぜ」
おお怖い、なんてわざとらしく身震いをするペンシルゴンを見ているとここがゲームの中では無いことがつくづく悔やまれる。
やり場のない殺意を持て余した俺を他所に、話の矛先を百さんへと向けて詰問は続く。
「ひょっとして昨夜もお楽しみだったとか?」
「まあな、実は楽郎に一本貰ってライオットブラッドなるものも飲んでみたんだが…あれは凄いな、つい年甲斐も無く徹夜してしまったよ」
おかげですっかり寝不足さ、なんてさらりと告げる百さんにペンシルゴンは大盛り上がりだ。今にもテーブルに身を乗り出しそうな勢いで百さんに話の続きを促している。
「ほうほう、後学の為にももうちょっと詳しくお話をだね…」
「お前さっき当てつけがどうとか言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれ。ほらそんなことより百ちゃん、昨夜はどんな熱いプレイをしたのか微に入り細を穿つ説明を頼むよ」
「いや、そこまで詳しく話す気は無いんだが…まあいい。昨日はリュカオーンとの決戦に備えてスクロール等の消耗品の素材を回収していたんだが…思わぬ所でイベントフラグを踏んだようでな。二人でそのユニークにまつわるクエストを攻略しているうちに…」
「はいストップ」
「む、なんだ。ユニークシナリオの詳細は流石にただでは話さないぞ」
「そっちも気になるけどそうじゃなくって!え、改めて確認するけどこれ昨夜のお話だよね?」
「さっきからそう言っているだろう」
「…………え、まさか百ちゃんが徹夜した理由って夜通しゲームをしていたから?」
「最初からそう言っているだろう。いやはや、普段はクランの違いもあってあまり行動を共にすることもなかったんだが彼は凄いな。次から次へと新しいフラグを立てていく姿は嫉妬を通り越して最早感動してしまったよ」
「~~百ちゃんのゲーム馬鹿!リュカオーンと結婚しちゃえ!」
自らの勘違いを恥じるやら筋金入りのゲーマーと化した親友に呆れるやらで、ペンシルゴンが顔を赤くしてプルプルと震えている。
そんな愉快な光景に耐え切れず、俺は思わず噴き出した。
「…ぷっ、くくっ……」
「あーっ!サンラク君さては最初から分かってたな!?」
「いやあ何のことやら、百さん昨夜のゲームも楽しかったですね!で、天音永遠さんはいったいナニを想像してたのかなぁ?」
「ぐぬぬ…」
…実のところ、若い恋人同士が一つ屋根の下で過ごしていれば何も起こらぬわけもなく、ペンシルゴンが想像したこともあながち間違いでは無いのだが、それをわざわざ教えてやる義理はない。俺にはどこかの誰かさんみたいにわざわざ自爆する趣味もないのでね。
余計な情報を与えぬように気を付けつつも煽っていた俺だったが、ペンシルゴンが何やら底意地の悪さの滲み出た笑みを浮かべるのを見て口を噤む。
こいつ、今度は何を考えてやがる。
「あーあー、せっかくこの私が良い物を持って来てあげたのになー!仲良くマンションに籠ってゲームに興じる二人には余計なお世話だったかなー?」
「「良い物?」」
ペンシルゴンはなんともわざとらしい明るい声を出したかと思えば、ポシェットから思い硬質なリストバンドのようなものを二つ取り出した。
俺にはそれが何なのかは皆目見当もつかないが百さんの方はどうやら見覚えがあったらしく、関心したようにまじまじとそれを見つめている。
「それは…AR内蔵型リストバンドか?まだ一般に出回るような代物では無かったと記憶しているが」
「スワローズネスト社が自社技術を総動員して作ったとっておきの新製品だよ。来月オープンする大型レジャー施設でお披露目予定」
ヤシロバードのところの製品か。
ペンシルゴンの言うレジャー施設は俺もCMで見た覚えがある。確か水中対応のARを駆使して屋内型プールでありながら世界中の海へダイブ出来るという触れ込みで、事前予約分のチケットは即日完売だったと聞いた。
「で、これはそこのプレオープンの招待状と入場券を兼ねています」
「あー、JGEの優待チケットみたいなもんか」
「そうそう、実は私ここの広報でお仕事しててその伝手でね。お友達も誘って是非って言われたから百ちゃんのところに突撃したってわけ」
「「……」」
予想外のその言葉に俺と百さんは無言で顔を見合わせる。
どうやらこいつにしては本当に珍しいことに、なんの裏も無い純粋な厚意でわざわざチケットを私に来てくれたらしい。
「永遠…お前はやるときはやる人間だと信じていたよ」
「えーっと、その、なんだ……ペンシルゴン、そこはかとなくいいと思うぜ!」
「ヘイヘイ君たちもっと語彙力絞り出して!もっとこの私を崇め奉って!」
「ってか本当に貰っちゃっていいのか?これ貴重なものなんじゃ」
改宗を迫る邪心の戯言は無視するが、実際これは一般人がおいそれと手に出来るものではあるまい。
一応の遠慮を見せる俺に、ペンシルゴンはそんなことは気にするなとカラカラ笑う。
「どうせただで貰ったものだからいーのいーの」
「そんじゃまあ有難く頂くよ」
「プールか…新しい水着を買いに行かなくてはな」
「おお…あの百ちゃんが自分からお洒落を…!」
「いや、単純に胸の所がキツくて今までの水着が入らないんだ」
「……」
今もジャージのファスナーが閉まらない原因となっている百さんの胸を、ペンシルゴンが殺意さえ込められているかのような凍てついた視線で睨みつける。
持つ者と持たざる者の格差とはいつだって残酷だ。
「まあ理由は何であれ水着買うなら私も一緒に行くよ」
「私としては別に一人で買いに行ってもいいんだが…」
「百ちゃんに任せとくと着やすさをとか動きやすさを重視して見た目が二の次になりそうだからダメですー」
「む、そんなことは…」
「言い淀んだってことは自覚あるんでしょ!せっかく
やいのやいのと言いながら楽し気に買い物の予定を立てる二人の姿を眺めていると、俺も段々とワクワクしてきた。
いつの間にか俺も二人の買い物に連行されることが決定事項として話が進んでいるのは気になるが、チケット分くらいは働いてやろう。
俺も瑠美に流行りの水着でも聞いておくかな、なんてことを考えながらまだ見ぬプールに思いを馳せる。
今年もまた、楽しい夏休みになりそうだ
「そういえばこの招待状全部で四つあるんだけど、あと一人誰か誘う?」
「カッツォ辺りに声かけてみるか?」
「私はそれで構わないが」
「それじゃメールしとくね…おっ、サンラク君ハーレムじゃん」
「チケットありがとよハーレム要因その3」
「カッツォ君より序列が下なのはなんか腹立つなぁー!」