徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎と百ちゃんの年越し風景


ゆく年くる年どんな年

「えーっと割り箸は……あった」

 

 湯沸し器から聞こえるこぽこぽという音をBGMに、キッチンの戸棚から割り箸を探し当てる。

 冬のキッチンの寒さに身震いしながら二つのカップ蕎麦にお湯を注ぐと、湯気で少しだけ乾燥と寒さが和らいだ気がした。

 きっちり三分にセットしたタイマーがなると同時に蓋を開け、あと入れのかき揚げを乗せれば完成だ。

 つゆを溢さないように気を付けながリビングに運ぶと、こたつに入って寛いでいた百さんが腕だけを伸ばしてカップ蕎麦を受け取った。

 

「お待たせしました、年越し蕎麦が出来ましたよ」

「ありがとう、楽郎」

 

 いつもと変わらぬジャージ姿の彼女には、いつも外で見せるバリバリのキャリアウーマンとしての姿は見る影も無い。

 だけどそれだけ自分に気を許してくれているのだと思えば悪い気はしなかった。

 百さんはそばに二振り程の七味をかけると、待ちきれないとばかりにすぐさまパチンと箸を割った。

 

「よし、では早速頂こう」

「そうですね、それじゃ俺も…頂きます」

 

 百さんに倣って俺も軽く七味を振りかけて伸びる前にとそばをたぐる。そばつゆを吸って少し柔らかくなったかき揚げも美味い。

 

「……………ずっ…」

「……ずずっ………」

 

 暫しお互いのそばを啜る音だけが部屋にこだまする。

 実家だと年越しは自家製身欠きにしんを使ったニシンそばや、父さんが釣ってきた魚やイカで作った天ぷらそばを食べることが多かったのだが、中々どうしてインスタントも悪くない。

 

「今年ももう終わりだな…」

「あっという間でしたねぇ」

 

 百さんのしみじみとした呟きに、心の底からの同意を以て頷きを返す。

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、過ぎ去っていったあれこれがまるで昨日のことのようだ。

 今年は本当に色々なことがあった。

 一世一代の大勝負に、その後のてんやわんやの大騒ぎ、関係各所への挨拶周りに……

 

 あ、そういえば。

 

 俺は瞬く間にそばを食べ終え、名残惜し気に残りのつゆを飲む百さんの姿を見ながら、ふと気になったことを尋ねる。

 

「ところで百さん、実家の方には本当に顔出さなくて良かったんですか?」

「問題ない、頃合いを見計らって正月中に一度くらいは顔を出すさ」

「そんなもんですか」

「そんなもんだ、親戚連中への挨拶は主にお爺様と仙姉さん達が受け持ってくれているからな」

「それならいいんですが、俺も親戚連中と顔を合わせるのは年越してからですし」

「……楽郎は、私と二人で過ごすのは不満か?」

「ごほっ!?そ、その聞き方はズルいですよ……」

 

 百さんらしからぬ台詞に思わずむせる。そばを口に含んでいなかったのは幸いだった。

 しかしどうしたことだろう、彼女の口からこんないじらしい台詞を聞ける日が来るなんて……

 

「ならば良し……おかげで今年は面倒な雑事にかかずらうこともなく、思う存分ゲームが出来る」

「それが本音ですか」

 

 純情な俺のときめきを返して欲しい。

 

「そうは言うがな楽郎。盆と正月に帰る度にイベントNPCのごとくワンパターンな言葉で見合いを勧められ続けていたんだ。それから解放されたなら好きなことをして過ごしたいと思うのが人情だろう」

「あー、うちだとその辺の悩みは無縁でしたからね」

 

 我が一族は自分の趣味語りに全力過ぎてその手のやり取りを差し込むだけの余地は無い。

 中には俺より年上で未だ独り身の人もザラに居るが、彼ら彼女らも周囲に何かを言われることも無く順風満帆なシングルライフを謳歌している。

 

「何度聞いても羨ましい限りだな……」

「あれはあれで各々の拘りが強いのでギスりがちですけどね」

 

 平時はそうでもないんだが、正月は集まる人数が多い上に酒も入るので毎年どうしてもカオスになる。

 

「でも百さん、それなら今年は帰ってもよかったんじゃありませんか?だってほら——」

 

言いながら俺は自分の左手を百さんの目の前に翳す。

すると電灯の明りを受けて、薬指の根元でシルバーのリングが煌めいた。

今はこたつの中に入っていて見えないが、百さんの左手薬指にもこれと同じデザインのものが嵌められている。

 

「これからはもう、結婚をせっつかれることも無いでしょう?」

「……まあな」

 

 今年は本当に色々なことがあった。

 シルヴィア・ゴールドバーグをついに撃破した俺はその場でテレビ越しにプロポーズ。

 面白がった友人達と親類一同の後押しも受け、あれよあれよという間に入籍&挙式も執り行われた。

 おかげで今は夫婦として百さんと二人で新婚生活を楽しんでいる。

と言っても俺が大学生の頃からずっと共に生活していたので、それほど新鮮味があるという訳ではないけれど。

 

「おや、もうこんな時間か」

「紅白いつの間にか終わってましたね」

 

そんな他愛もない話をしているうちに、テレビでは除夜の鐘の映像が流れ始めた。

 俺と百さんは一つ一つ鐘の鳴る音を聞きながら、互いに居ずまいを正して年越しの瞬間を待つ。

 そして最後の鐘が鳴り……

 

「明けましておめでとうございます百さん。今年も一年よろしくお願い致します」

「明けましておめでとう楽郎。こちらこそ、末永くよろしくお願いします」

 

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