徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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眼鏡姿の百さんのお話。
Twitterで仕事中は眼鏡姿との情報があったので。


眼鏡な彼女

 大き目の片手鍋で湯を沸かしつつ、トントンと具材を刻んでいく。

キャベツは一口大のざく切りにしてにんじんは薄い輪切り、長ネギを斜め薄切りにしてまな板の端に寄せ、中途半端に残っていたもやしはざるにあけて軽く水洗いする。

 

「あとは何かタンパク質が欲しいな、冷凍庫に確か……あったあった」

 

 冷凍室から先日朝食に使った残りのベーコンを発掘し、凍ったまま短冊切りにする。

 そうしているうちに湯が沸いた。油をひいたフライパンでベーコンと野菜を炒めつつ、袋ラーメンの麺を二玉投入。

 麺が茹で上がる一分前に鍋に炒めた具材を追加する。程よく火が通ったところで付属のスープの素を加えれば、インスタントながらもそれなりに栄養のある具沢山ラーメンの完成だ。

 

 「百さんは…まだ仕事中かな」

 

 時刻は17時を少し過ぎたところ。百さんの自室の様子を窺うが、未だリビングに現れる気配は無い。

 残業を嫌い、リモートワークの日には定時と共に部屋から出てくるのが常である彼女にしては珍しいこともあるものだ。

 少し待っていようかとも思ったけれど、さりとてこのままではラーメンが伸びてしまう。

 

 やや控えめに百さんの部屋のドアをノックすると、一瞬の間の後に戸が開き百さんがひ顔を出した。

 今日はweb会議等は無かったのか、これまで仕事をしていた筈の彼女はいつも通りのラフなジャージ姿で……おや?

 

「どうした楽郎、何か用事か?」

「……あっ、その、晩ごはんが出来たんで呼びに来ました」

「む、もうそんな時間か。ありがとう、仕事はもう終わったから私も……私の顔に何かついているか?」

 

 ぽかんとしたまま百さんの顔を凝視する俺にそんな言葉を投げかけられる。

 その問いに答える代わりに、俺は思ったままの疑問を口にした。

 

「百さん、目悪いんでしたっけ?」

「いや、生まれてこの方視力がA以下になったことはないが……ああ、そうかこれ(・・)のことか」

 

 そう言って百さんは目にかけていた眼鏡の蔓に手を当て、クイッと上下に動かした。

 俺が大学生になって百さんとルームシェアをするようになり数か月、高校時代に百さんの部屋にお邪魔していた期間も含めると二年近く彼女の身の回りのお世話をしてきたが、百さんが眼鏡をかけている姿を見るのはこれが初めてだ。

 

「仕事中だけはかけているんだ。といっても視力矯正の為ではなくARグラスだがな」

「なるほど、道理で見たことが無いと思いました」

 

 思い返すと仕事で使うものに関してはノータッチだった上に、最近まで百さんはオフィス通勤だったので仕事中の姿というのは見たことが無かった。

 納得と共に改めて百さんの顔を見る。

 元々キリっとした顔立ちの彼女の顔に細めの眼鏡が加わると、着古したジャージ姿であるにも関わらずいつもより数段凛々しく見えた。

 

「百さん、眼鏡似合ますね」

「そうか?」

「ええ、まさにデキる社会人って感じです」

「……おだてても何も出ないぞ」

 

 ぷいとそっぽを向く百さんは、表情にこそ出さないものの珍しく少し照れているようだった。

 百さんはそんな照れ臭さを誤魔化すように、コホンと軽く咳ばらいをして話題を元に戻す。

 

「と、それより夕飯が出来たんじゃなかったか」

「そうでした、ラーメン伸びちゃうので早く食べましょう」

「ラーメンだと!?何故それを早く言わない!」

「と言ってもインスタントですけど…ってもう行っちゃった」

 

 急かされるままに足早にリビングに移動する。

 こんなに喜んでくれるのならもう少しラーメンの頻度を増やそうかという気持ちと、ラーメンばかりは体に悪いという理性がせめぎ合う。

 そんな俺の内心など知る由もない百さんは「いただきます」と言い終えるや否や、待ちきれないとばかりにラーメンを啜ってい……あっ。

 

「………前が見えん」

「ぶふっ」

「おい、楽郎」

「…くっ……ふふっ…なんですか百さ……あ痛っ!?」

 

 うっかり眼鏡をかけたままラーメンを食べ始めた百さんが、レンズを白く曇らせている。

 その姿に思わず噴き出した俺は、まるで銃弾で撃ち抜かれたかと錯覚するほどの手痛いデコピンを食らうのだった。

 ……これ、おでこ割れて無いよな?

 

 

 

・おまけ

 

「にしても最近のARグラスは凄いですね、傍から見たら完全にただの眼鏡ですよ」

「ユートピア社開発の最近型のスマートグラスだからな、外から内部に写っている映像を覗かれる心配もない優れモノだよ」

「へえ、やっぱり仕事の機密情報とか取り扱うならその辺のセキュリティも大事なんですね」

「それも勿論だが……ここだけの話、仕事中にシャンフロの情報収集をするのにも役に立っている」

「何やってんすか百さん」

「自分で文章や資料を作成しているときはともかく、会議中なんかは意外と暇でな…」

「いやちゃんと仕事しましょうよ……あ、でもつまんない講義の時とか良さそう」

「以前私が使っていたものでよければ使うか?型落ち品になるがこちらもユートピア社製で使用に問題は無いはずだ」

「良いんですか?」

「ああ、引き出しの肥やしにするのも勿体ないからな。今持ってくる」

「ありがとうございます!……来鷹大の教授、趣味に走りすぎて何言ってるか分かんない人多いんだよなあ」

「待たせたな、壊れてはいないと思うが一応ちょっと試してみてくれ」

「はい、どれどれ……おっ、大丈夫そうです。ばっちり見えます」

「そうか、それはよかった……ふむ」

「?どうかしましたか?」

「…いや、なんでもない」

 

(———お揃い、だな)

 

 

 

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