大学生楽郎×社会人百。
「百さん。来週の火曜日なんですけど、晩ごはんに何か食べたいものはありますか?」
「ふむ、実は毎年この時期はチョコレートマシマシスウィートカレーヌードルが限定発売していてな」
「…………」
「最初は怖い物見たさで買ってみたんだが、中々どうして悪くない味なんだ。年々改良を重ねてマイナーチェンジを繰り返すその姿からは企業の並々ならぬ努力が感じられて――」
「………………」
「……冗談だからそんな途方に暮れた顔をするな」
楽郎からの問いかけに即座に返事を投げ返せば、処理落ちしたゲームのように彼の身体が固まった。
その姿に悪戯心が湧いてついつい冗談を長引かせてしまったものの、楽郎から迷子の子犬のような哀愁が漂い始めている。惜しいがここらが潮時だろう。
「……安心しました。このままだとせっかくの恋人の誕生日をカップ麺とコンビニケーキで祝う羽目になるところでしたよ」
「流石の私とてそこまで空気が読めない人間ではないぞ」
「いやあ、百さんなら本気で言い出しても不思議じゃないので」
「まあ、独り身だった時分であれば当日に食べていた可能性を否定しないが……なに、カップ麺ならば買い置きしておいて後日改めて食せばいいだけの話だ」
「あっ、その珍妙な謎ヌードルを食べること自体は既定路線なんですね」
「?何を当たり前のことを……そうだ、せっかくだし楽郎も一度食べてみるといい」
「ぐっ、純然たる厚意で言っているのが分かるだけに断り辛い…っ」
未知の味への恐怖と関心が綯い交ぜになった表情で楽郎が葛藤する。
せっかくの期間限定カップ麺。一人でじっくり味わうのも悪くはないが、せっかく感想を共有できそうな相手が出来たのであれば話は別だ。
ふふふ、私から逃げられると思うなよ?
「何事も経験だ、多少のチャレンジ精神は人生を豊かにするスパイスだぞ」
「格言っぽく言ってますけど限定カップ麺の話ですよね?」
「そうだが」
「いや、そんな堂々と言い切られましても」
「楽郎だってお気に入りのクソゲーメーカーが新作を出すと聞いたら心惹かれるだろう?」
「そう言われるとちょっと同意してしまうような……はぁ、わかりましたよ。俺もそのチョコマシマシヌードルとやらに挑戦してやりますよ」
「そうか!よし、言質は取ったからな?これが買える近隣の店舗は後ほど端末に送っておく。私も見つけ次第買うようにするが、何分限定な上にそこまで入荷量も多くない。楽郎の方でも買い物の際には気にかけておいてほしい。とはいえ買い占めのような行為は厳禁だ。可能であれば複数回味わいたいところではあるが、そのために他の顧客の購入機会を奪うようなことはあってはならない。この手の商品はより広く、より多くの人々からの需要があってこそ次の製品開発に繋がって――」
「わ、分かりました!分かりましたから!」
おっといけない。
いつの間にか身を乗り出すようにして諸々の注意事項を話す私の権幕に楽郎がすっかりたじろいでしまっている。
私としたことが柄にもなく興奮してしまったようだ。
「済まない。私としたことが少々熱くなりすぎた」
「いえ、カップ麺とリュカオーンが絡んだ時の百さんはいつも大体こんな感じなので構わないんですが……結局、百さんの誕生日当日の食事はどうしましょう?」
「ああ、元はそういう話だったな」
誕生日の食事か。食にはそれほどこだわりのある性質ではないが、せっかくこう言ってくれるのならば少しくらい豪勢にいくことも考えるか。
しかしこれは少々意外だな。
「なんだ、今年は随分とストレートに聞いてくるじゃないか」
「一応サプライズも考えたんですけど、百さん意外と鋭いから毎年すぐ気づいちゃうじゃないですか」
「意外と、は余計だ。それに気が付いても黙って乗ってやる程度の度量はあるつもりだが?」
「男としては微笑ましい物を見るような目で見られながらバレバレのサプライズを進行するのはちょっと悔しいものが……」
「ふふっ、それなら精々もっといい男になることだな」
「精進します……あと、最近百さん仕事の方が忙しそうなので予定を合わせる為にも事前に話を通しておいた方がいいかなって」
「ああ、その気遣いは正直助かる。実を言うと14日も外せない会議が入ってしまっているんだ」
これが個人で任された仕事ならばどうとでもなるのだが、他の人間が複数関わっている予定となるとそうもいかないのが辛いところだ。
「え、それなら日程ずらしましょうか?」
「いや、当日で構わない。とはいえいつもよりは確実に遅くなってしまうから、私の仕事が終わり次第適当なレストランで待ち合わせということでどうだろう?」
「了解です、ではそれで」
「ふふふ、楽しみにしているよ。今日は泊まっていくか?」
「大変魅力的なお誘いなんですけど、明日はちょっと朝一で大学の方に顔を出さなくてはいけなくて」
「そうか、残念だがその分来週に期待させてもらおう」
「わあ、プレッシャー。それじゃ百さん、今日はお暇させていただきますね」
「もう暗いから帰り道に気を付けてな。おやすみ楽郎」
「はい、おやすみなさい百さん」
◆ ◆ ◆
――そんな約束をしたのが、今から一週間ほど前のこと。
そして約束の当日である今日、本来ならば今頃は楽郎と幸せな一夜を過ごしている筈だったのだが……
「くそっ!よりによって何故この日に限って…!」
今日は朝から運が悪かった。
通勤電車は事故で一時間遅れ。ようやく会社にたどり着いた私を、妙に空席の目立つオフィスが待ち受けていた。
只でさえ出社が遅れてタスクが詰まっているというのに、上司の急な出張や後輩の体調不良による休みなどが重なりフォローしなくてはいけない仕事も激増。部署全体がてんてこ舞いで、どうにか全ての仕事を片付けた時にはデスクの時計は既に23時を過ぎを示していた。
こんな有り様では当然ながら呑気に自分の誕生日を祝っているような余裕がある筈もなく、定時を過ぎた時点で楽郎には断りのメッセージを送ってある。
(今年の誕生日はこれで終わり、か…)
私ももう二十代も後半だ。今更自分の誕生日に特別な意味を見出すような歳でもない。
現に数年前までは書類に書く数字が一つ増えるだけの、なんてことの無い一日だった。
だから今年もいつもと何も変わらない。
ただ、それだけのことなのに。
「……寂しいなぁ」
職場の同僚や部下……或いはシャンフロ内での左程親しくない知人などからは、まるで冷徹な完璧超人であるのように思われている節がある私だが、れっきとした一人の人間だ。人並みに寂寥感を覚えることだってある。
それに何より、そんな私を心から祝ってくれようとする楽郎の厚意を無下にしてしまったことが悔しくて堪らなかった。
「楽朗には後日改めて詫びを入れなくてはならんな」
「別にお詫びなんていいですよ、お仕事だったんですし仕方ないでしょう」
「それでは私の気が済まない。大体、仕事なんぞ昨日までに片付けて今日は溜まりに溜まった有休を使ってしまえばよかったんだ」
「いやいや、そんな無茶したら幾ら百さんでも死んじゃいますって。それに今日は会議があるって言ってたじゃないですか」
「ふん、狸親父共が無駄話をしているだけの会議なぞ知らん」
今日だってさっさと決めることを決めてしまえばいい物を無駄に会議を躍らせおって…!
思い出したらだんだん腹が立ってきた。イレギュラーの多い一日だったとはいえ、あれさえ無ければ今頃は楽郎と……
「…………ん?」
「百さん?どうかしましたか?」
独り言に何故か相槌が返ってくる現状に疑問を覚え、深夜の路上でふと立ち止まる。
声のする方に振り向けば、そこには今まさに私が会いたいと願って止まない相手が立っていた。
「楽郎!?何故ここに…今日の予定はキャンセルだろ伝えた筈だろう」
何か行き違いがあったかと思い端末を確認してみるが、そこには確かに数時間前の私の簡素な謝罪の言葉とそれに対する楽郎からの諾のメッセージが残っていた。
「いやあ、最初は素直に帰ろうかとも思ったんですが、やっぱりこういうのは当日のうちに伝えたいじゃないですか」
「お前は一体何を言って……」
予期せぬ遭遇に戸惑う私に、楽郎は悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを湛えて告げる。
――お誕生日おめでとうございます、百さん。