徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎が百にとある悩みを相談するお話。


持てる者の悩み

「百さん、つかぬことをお聞きしますが……運動するとき胸の揺れ対策ってどうしてます?」

「なんだ楽郎、藪から棒に。新手のセクハラか?」

 

 それは仕事も順調に終わり、無事に定時で帰ることの出来たとある週末の夜のこと。

 骨まで食べられるように圧力鍋で柔らかく煮込まれた楽郎手製の秋刀魚の甘露煮に舌鼓を打っていた百は、向かいに座る楽郎から投げ掛けられた唐突な問いに怪訝な顔をして箸を止めた。

 己の平均を大幅に超越したサイズの胸に関して下賤な欲望混じりの揶揄を受けることは大変不本意なことに珍しくもなんともないのだが、楽郎はそういった不埒な輩ではないはずだ。

 現に今も胸のことを話題にしつつも楽郎の視線は胸に向くことも無く、真っ直ぐに百の目を見つめていた。

 

「違いますよ!?いや、そう取られても仕方ない質問ではありますけど!!」

「冗談だ……しかし、それなら何故急にそんなことを知りたがる?」

「ええっと、シャンフロで青聖杯を使った時のことなんですけど……」

 

 あらぬ疑いをかけられた楽郎の弁明を要約すると「シャンフロ内で性転換したときアバターの胸が揺れて邪魔」ということらしい。

 それは確かに学生時代の体育の授業や武道の稽古の度に百の頭を悩ませた問題であり、何かしらの対策を求める気持ちは彼女としても理解のできるものであった。

 

「楽郎は今まで他のゲームでも女アバターを使った事はあるだろう?その時はどうしていたんだ?」

「自分でキャラメイク出来るときはわざわざ重り(デッドウェイト)と当たり判定が増えるような姿にはしないですし、たまに巨乳キャラを使ったとしてもシャンフロほどのクオリティも無いのでそこまで影響無かったんですよね」

「ふむ、なるほど……」

 

 これは、シャンフロが神ゲーであるが故の弊害の一つであった。

 他のゲームであれば胸が大きかったとしてもせいぜい被弾面積が増すか、足元の視界が悪くなる程度で済むのだが、毛の一本に至るまで妥協を許さず作りこまれたシャングリラ・フロンティアの世界においては胸の揺れやそれに伴う重心の変化までもが精密に再現されてしまう。

 そこで、ゲームとリアルの違いはあれど同種の悩みを抱いているであろう斎賀百(サイガ-100)へとアドバイスを求めた楽郎であったのだが……

 

「楽郎」

「はい」

「結論から言おう、何事も諦めが肝心だ」

「ええ……」

 

 真剣な表情で語り始める百に期待を寄せたのも束の間。

 無情にも一言で切って捨てられて、楽郎は思わず半目になって、彼女に無言で抗議の視線を送る。

 

「そんな眼で見ても結論は変わらないぞ……まあ、本来ならばそれなりにホールド力の強いブラでも着ければ気休めにはなるんだが」

「……俺の場合は装備制限の問題が付いて回る、と」

 

 最も手軽で確実な手段が奪われていることに、楽郎は「おのれリュカオーン」と宿敵へのリベンジの決意を新たにした。

 言われてみれば、確かにエリュシオン謹製のメイド服の着用時などはインナー状態に比べてはるかに動きやすかった。

 しかしながらあの装備は長時間使用にはリソースが必要な為、周回や探索と言った普段使いには不向きであり、結局は女体化時には他の使い捨て装備かRIPに固定せざるを得ないのが現状だ。

 

「あとは動く時に歩法などで重心の移動を最低限に抑えるというのも有効だが、楽郎のプレイスタイル的にはそれも難しいだろう」

 

 現実の運動の範疇を飛び越えて飛んで跳ねて回転するサンラクのキャラビルドでは、考慮するだけ時間の無駄だと告げられて、楽郎はがくりと項垂れる。

 そこまで深刻な悩みという訳では無かったものの、一切改善の余地が無いと言われれば落ち込むものだ。

 

「大きすぎるってのも苦労しますね……」

「まあな、永遠などは羨望と嫉妬の籠った目で睨めつけてくるが、楽郎の言うように激しい運動には不向きだし要らぬ注目も集める。服や下着一つ買うにも難儀したりと、そんなに良い事ばかりではないよ」

「た、大変なんですね」

 

 今までの人生でこの胸に悩まされたことは枚挙に暇がないと、つらつらと日頃の労を述べていく百に、楽郎は気圧されつつも同情する。

 ところが、

 

「──だが、実は最近はこの胸もそう悪くないと思えて来てな」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、それというのもな……」

 

 急に話の方向が変わり、驚きと疑問の声が楽郎の口から零れる。

 すると百はおもむろに腕を組み、胸を強調するように軽く持ち上げた。

 そんなことをすれば当然ながら百の豊かな胸部装甲はゆさりと揺れる。

 

「…………」

「……そこまでまじまじと見つめられると少々照れるな」

「はっ!?い、いや!これはその……!」

 

 重力という名の物理エンジンがもたらす動きに合わせ、楽郎の視線が胸を追う。

百がそれを見咎めると、楽郎は一瞬遅れて気まずげに目を逸らしてぽりぽりと指で頬を掻いた。

 楽郎があまりにも思惑通りに素直に動いてくれるものだから、百の口からは自然と笑いが漏れる。

 

「ふふっ、自分の身体で惚れた男を夢中にさせられるなら、女冥利に尽きるというものさ」

「……俺、別に百さんの身体目当てで付き合ってるわけじゃないですからね」

「無論分かっているさ。だが、嫌いでは無いだろう?」

「その聞き方はズルいですよ……」

 

 純情を弄ばれた楽郎は眉をへの字に曲げて情けない声を上げる。

 そんな楽郎に対し、百は意味ありげな流し目と共に艶然と微笑んだ。

 

「そう拗ねるな。お詫びと言ってはなんだが、今日はこれを好きにしてもいいんだぞ?」

「……っ!!??」

 

 百からのストレートな誘い文句に、楽郎は思わずごくりと生唾を飲み込む。

 自分の言葉が彼の目にギラギラとした欲望を滾らせたのを感じた百もまた、背筋にぞくりとした愉悦が走った。

 

「…………いいんですか?」

「ああ、幸い互いに明日は休みだしな……ただ、それなりにデリケートな部位なんだ。あまり激しくしてくれるなよ?」

「……努力はします」

 

 冗談めかした会話を交わしつつ、どちらからともなく互いの手を取ると、テーブルの上の空いた食器もそのままに寝室へ向かう。

 

 ──その後、二人が眠りに落ちたのは朝日がすっかり昇ってからのことだった。

 

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