徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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まだ付き合ってない頃の楽郎と百が夏祭りに行くお話。


縁日の夜に紡ぐ縁

「あ、これを伝えておかないと」

 

 ある日の夕食後。最早家主の私以上に我が家のキッチンの勝手を知る楽郎が洗い終えた食器を片付けながら、ふと思い出したようにそんな呟きを漏らした。

 何事かと彼に視線を向ければ、丁度こちらを振り返っていた楽郎と視線がぶつかる。

 微かに下げられた眉からは彼の申し訳なさそうな気持ちが伝わってくるが、彼に謝られるような覚えの無い私は些か困惑する……まさか、戸棚の奥にしまっておいたとっておきの限定カップ麺を食べてしまったわけでもあるまいに。

 

「すみません百さん。来週末はちょっとこっちに来れなさそうです」

「……何だ、そんなことか。好意に甘えている私が言っても説得力はないかもしれないが、別に毎週通わなければならないルールがある訳じゃないんだ、気にすることはない」

「でも百さん、俺が来なくて大丈夫ですか?ちゃんと毎日ご飯を食べてくださいね。ジャージも洗濯しないとダメですよ。ゲームに熱中する気持ちは痛い程分かりますが適宜休憩をとって……」

「お前は私の母親か。そこまで気を使わなくていい」

「ですが……」

 

 雪崩のように楽郎の口から飛び出す所帯じみた心配事の数々に、実家の母親や姉の姿が重なって苦笑が漏れる。

 これでも一人暮らしを始めて数年になる身だ、楽郎の手料理がおあずけになってしまうのは少々惜しいが今更困るほどでは無い。

 

「大丈夫だと言っているだろう……ところで、それを事前に申告してきたということは何か用事でもあるのか?」

「ええ、クラスの連中と神社の夏祭りに行くことになりまして」

「ああ、もうそんな季節なのか……わかった、私のことは気にせず楽しんでくると良い」

 

 私は楽郎の言葉を聞き、まもなく町内の例大祭の時期だったということを思い出す。

 社会人になってからはすっかり足が遠のいていたが、高校生にとっては定番の夏のイベントだろう。

 現に、私にその予定を話す楽郎もどこかわくわくと浮足だった雰囲気を漂わせている。

 ゲームの中では私や永遠とも対等に渡り合う年下の友人の年相応な姿に微笑ましい気持ちを抱きながら、楽郎の淹れてくれたコーヒーを片手にしばし歓談に興じたのだった。

 

 

 ──それが、今から一週間前の事。

 

 

「……しまった、今日は楽郎は来ないんだったか」

 

 無駄な残業をすることも無く定時上がりを果たした金曜日の夜。

 駅を出て早歩き気味に家路に着いていた私は、遠く聴こえる祭囃子に足を止める。

 近頃は毎週欠かさず楽郎と顔を合わせていたこともあり、先週の会話をすっかり失念してしまっていた。

 ここから家までの間にはめぼしい飲食店やスーパーの類は無い。かといって今から駅に引き返すのも億劫だ。

 

(まったく、楽郎に偉そうなことを言っておいてこの有り様とは……)

 

 どうやら自分でも気が付かないうちに私は随分と楽郎に依存した生活を送っていたようだ。年上の社会人として、流石に少々気を引き締め直すべきであろう。

 

「まあ、今夜は近所のコンビニに寄って……いや、せっかくなら少し覗いていくか」

 

 仕方がないのでいつものようにカップ麺で済ませようかと考えたが、時折すれ違う浴衣の人々を見て、久しぶりに祭りの出店を冷やかそうと思い直した。

 屋台の具の少ない焼きそばや、何の肉を使っているのか定かではないようなチープなフランクフルトの類も嫌いではない。

 急遽ルートを変更し、十五分程歩くと夏祭りの会場である神社にたどり着いた。

この辺りでは比較的規模の大きい祭りということもあり、境内は沢山の人でにぎわっている。

 流行りのキャラクターの袋に詰められたわたあめを親にねだる幼子や、真剣な顔で型抜きをする小学生男子たち、SNS映えのしそうなドリンク片手に写真を撮る女子高生など、皆思い思いにひと夏の祭りを満喫していた。

 食べ物の屋台の数も多く、漂う揚げ物やソースの匂いに空腹を刺激され、さて何から食べようかと視線を巡らせる。

 すると──

 

「……あれが楽郎の学友達か」

 

 たこ焼き屋の屋台の前で数人の友人らしき同年代の少年少女に囲まれている楽郎を見つけ、思わずその場で立ちすくむ。

 一度家に帰って着替えて来たのか、楽郎は紺色の落ち着いた雰囲気の浴衣に身を包んでいた。

 雑踏に紛れて会話は聞こえないが、それでも十二分に楽しそうな雰囲気は伝わってくる。

 ピアスを開けた男子生徒からたこ焼きを一つ強奪した楽郎は悪戯っぽく笑っていて、いつも私といる時よりもよほど自然体のように見えた。

 

「……楽郎も、同世代同士の方が気楽だろう」

 

 そんな当たり前の事実を、口に出すことで今更ながらに実感する。

 ゲームという共通の趣味があるとはいえ、七つも歳の離れた女と同い年の学友たち。そのどちらが付き合いやすいかなど比べるまでも無い。

 にもかかわらず、どうしようもないほどの寂寥感が胸の裡を覆う。

 談笑する楽郎に自ら話しかけることもできず、さりとて踵を返して立ち去る気にもなれないままその場で立ち尽くしていると、不意にこちらを向いた楽郎と目が合った。

 楽郎は驚きで目を丸くすると、友人たちに一声かけてから私の方へ駆け寄ってくる。

 

「あれ?百さんも来てたんですか?」

「ああ、久方ぶりに出店の味が恋しくなってな」

 

 夕食の支度のことを完全に失念していたことを伏せて、簡素にこの場にいる理由を述べる。

 幸い楽郎は特に疑うことも無く、私の言葉に納得したように頷いた。

 

「なんだ、それなら俺に声かけてくれたらよかったのに」

「いや、お前は先約があったんだろう?私なぞの為に友人達との約束を反故にさせるわけにはいくまいよ」

「それは……でも俺はせっかくなら百さんと──」

「おい陽務!お前そのお姉さんと知り合いなのか!?」

 

 楽郎との会話の途中、こちらの様子を窺っていた楽郎の友人たちが興味と疑問をありありと浮かべて乱入してきた。

 同級生が明らかに年上なスーツ姿の女と突然親し気に話始めたのだから、気にかかるのも無理は無い。

 彼らは答えを待つことも無く口々に楽郎に質問をぶつけていく。

 

「そんな美人とどういう関係だ!!?」

「ご家族……じゃないよね?どうみても妹さんではなさそうだし」

「だー!うるせえな!」

「初めまして、私は斎賀百。楽郎とは……ゲーム仲間、のようなものだ」

「…………ってことで、百さんとは友達だよ。俺らのことはもういいだろ」

「いや陽務、お前その表情でただの友達は無理あるって」

「え、陽務くんマジ?私、応援するね!」

「頼むからお前ら黙ってくれ……!」

「ふふっ、随分と仲が良いんだな」

「まあ、悪くは無いですが」

「……そろそろ私はお暇しよう。楽郎、邪魔してすまなかったな」

「いえ、百さんが邪魔なんてことは……って足早っ!?」

 

 絵に描いたような青春の光景を眩しく思いながら、適当に話を切り上げてその場を離れる。

 楽郎が何やら言いかけたような気はしたが、私はそれを敢えて無視して彼らに背中を向けて競歩のようにスタスタと足早に移動した。

 ……これ以上彼らを見ていると、羨ましく思ってしまいそうだった。

 

「……結局、夕飯を食べ損ねてしまったな。帰ってカップ麺の買い置きでも──」

「待ってください、百さん!!」

「っ!?楽郎?」

 

 その声に驚いて振り返ると、楽郎が息を切らせて走ってくる。

 浴衣姿でそんなことをするものだから、やや着崩れて空いた首元から汗の滲んだ鎖骨がちらりと見えて、私は不覚にもどきりとしてしまう。

 

「百さん、逃げなくてもいいじゃないですか」

「別に逃げたわけでは無い、それよりも友人たちはどうしたんだ。私のことより自分の交友関係を大事にしろ」

 

 私としては至極当然のことを言ったまでなのだが、どういう訳か楽郎は不満気だ。

 そして次に楽郎の口から飛び出した言葉に、私は心底驚かされた。

 

「……お断りします」

「ら、楽郎!?お前は何をいって……」

 

 軽い意見の相違はあれど、楽郎がここまではっきりと私の言葉に反抗したことはこれまで全く記憶にない。

 戸惑う私を他所に、楽郎はさらに驚愕すべき言葉を口にする。

 

「ねえ百さん、確かにあいつらとの付き合いも大事ですけど……俺にとって、一番大事な交友関係は百さんと一緒にいることなんですよ」

「──!!?」

 

 今度こそ、私は完全に言葉を失う。

 走ってきたせいか、或いは別の何か(・・)が原因か、頬を軽く上気させた楽郎が、声変りを終えた低い声を優しく響かせる。

 

「だから、そんな寂しいことを言わないでもっと一緒に遊びましょうよ」

「……まったく、仕方のないやつだ」

 

 そう言って明るく笑う楽郎は、いつも通りのようにも、少し大人びたようにも見えた。

 若干冷静さを取り戻した私は軽く息をつくと、やれやれと首を振りながら遠回しに了承の意を示す。

 すると、楽郎は途端に表情を輝かせて私にとある提案をしてきた。

 

「百さん、再来週は花火大会があるらしいんです。今度は最初から二人で行きましょう」

「……花火か、学生時代に永遠達と見て以来だな」

 

 夏祭りと同様、社会人になって以来とんと縁の無かったその誘いに年甲斐もなくワクワクしてしまう。

 昔日の思い出を振り返る私に、楽郎はしみじみとやや失礼な感想を告げる。

 

「学生時代の百さんかぁ、なんかイメージできないです」

「なんだ、私だって学生だった頃くらいあるんだぞ」

「それはわかってるんですけど、でも百さん当時からジャージで通してそうで」

「……学校では制服を着ていた」

「私服はやっぱりジャージじゃないですか」

「動きやすいんだから良いだろう」

 

 普段と変わらないやり取り。それが無性に楽しくて、愛おしい。

 

「それは俺も同意しますが……そうだ、花火大会の時は百さんも浴衣着てきてくださいよ」

「浴衣か?まあ、実家に行けば何とかなるとは思うが……」

 

 ここ数年着ていないので場合によっては仕立て直す必要があるかもしれない。

 明日辺り仙姉さんか母さんに連絡して箪笥から出しておいてもらおうか。

 

「じゃあ、決まりですね!俺もまた浴衣着てきますから」

「仕方ない。浴衣は動きにくくてあまり好みではないんだが……しっかりエスコートは任せたぞ?」

 

 私と楽郎は互いに笑い合いながら、楽しい未来を語り合う。

 

 ──私がこの胸に灯った暖かさの名前に気が付くのは、もう少し先の話だった。

 

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