本来彼女的には地雷な日とのことですので何でも許せる人向けです。
『Tchaikovsky Op.71,Act2:No12』
二月某日。
この日、ヴァッシュからちょっとしたお使いクエストを受けた俺は、単身キャッツェリアの城を訪れていた。
忌々しい刻傷の効果により相変わらず一般市民の皆様には遠巻きにされてしまうものの、この国では既に俺の顔は知れ渡っているので以前ほどのパニックが起きることは無い。
特にトラブルに見舞われることもなく王城にたどり着いたのだが、ここで俺はまたしても客室で長いこと待ちぼうけを食らう羽目になってしまった。リアルを追求するのはいいがこういったタイムロスはもう少しどうにかならないものか……
そうして30分以上経過しても未だ目的のNPCが現れず、いい加減こちらから何らかのアクションを起こそうとしたその時。
「ん?この音は……ピアノか?」
どこからともなく聞こえてきたどこか聞き覚えのあるその旋律に引き寄せられるようにして、俺は客室を抜け出した。
近くにいたケット・シーのメイドに尋ねてみたところ、城の端に今は使われていないピアノの置いてある部屋があるらしい。
如何にもゲームのフラグらしいその出来事に、長時間待たされた不満も忘れてそっと廊下の奥のその部屋の戸を開けたのだが……
「あれ?サンラクくぅん、こんな所でどうしたのぉ?」
「お前かよ!!!」
そこに居たのは謎を秘めたやんごとなき御方なNPCでも、この世に未練を残す霊体型モンスターでもなく、ネチャっとした笑みを浮かべた一体の変態(ディープスローター)だった。
クソッ、新しいユニークを期待して損した!
「なんだってお前はゲームの中でピアノなんて弾いてるんだよ」
「これぇ?別に深い意味は無いんだけど、用事を済ませるまで時間が空いちゃってねぇ、あんまり退屈だからお城の中を散策してたのさ」
「……お前と同じような思考をしてしまった自分を今すぐ全力でぶん殴りたい」
「まさに以心伝心だねぇ!心だけじゃなくて体もひとつにぃ!!」
「おっと手が滑ったぁ!」
これ以上不快な言葉を吐き出させないため、うっかり躓いた勢いのままその口を強制的に閉じさせる。
「ってかお前ピアノなんて弾けたのかよ」
「ほんの慰み程度だけどねぇ、君も慰めてあげようか?」
何時もの戯言はスルーしつつもその内容には素直にちょっと感心する。
以前こいつの大まかなスキル構成を聞いたことがあったがその中には特に楽器の演奏に関わるようなものは無かった筈だ。
つまり今こうして楽譜も見ずにスラスラと流麗な音色を奏でているのはこいつ自身のリアルの技能ということになる。
「へー、お前にも声真似以外の特技があったんだな」
「惚れ直した?サンラク君が望むのなら、もぉっと凄いことだってしてあげるよぉ?」
「ん、それじゃせっかくだし他の曲も何か聴かせてくれよ」
そんな風に思っていたからだろうか、らしくもなくそんなことを言ってしまったのは。
俺の言葉を聞いたディプスロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「……えっ」
「どうした?」
「いやあ、まさか君からそんな素直なおねだりが聞けるなんて思わなかったから驚いちゃって……サンラク君も欲しがりさんだねぇ」
「ちょっと別のユニーク思い出したから俺行くわ」
「わー!!ごめんごめん!せっかくだから一曲くらい聞いて行って!!」
ウザ絡みにイラっと来たので踵を返して去ろうとするとディプスロが慌てて俺の腰に縋り付いてきた。
半ば本気で帰ってやろうかとも思ったが、元はと言えば俺が勝手に部屋に入ったのが発端だ。それに、さっきのこいつの演奏は不覚ながらも少々聞き入ってしまう程度には上手かった。
「わかったよ、それじゃ一曲頼むわ」
「う、うん!何かリクエストはあるかなぁ?」
「あー、俺音楽は全然わかんないからお前に任せる」
手近なところにあった椅子に腰を下ろすと、ディプスロはそんな俺をちらちら見ながらピアノの前に戻る。
「えーっと何がいいかなぁ……嗚呼、そういえば今日って…」
人差し指をあごに当てながら暫し悩んでいたディプスロだったが、ふと何かに思い至ったかのような顔を見せると軽く鍵盤を叩きながら音の調子を確かめ始める。
今日って何かあったっけ?
「ふふふ、あんなの只の忌々しいだけのイベントかと思ってたけど……たまにはこういうのも悪くないよねぇ」
ぼそりと何かをひとりごちたかと思えば、一拍置いてディプスロは弾むようで楽し気な旋律を奏で始めた。
俺もこいつも余計な口を挟むことなく暫しその音色に耳を傾ける。
やがてその演奏が終わると俺は無意識のうちにパチパチという軽い拍手をもってその演奏を称えていた。
「お前ほんとにすごいな…いいもの聴かせてもらったよ」
「そんなに素直に褒められると照れちゃうなぁ!お礼は体でいいよぉ?」
「………………具体的には?」
反射的にアラドヴァルを抜きそうになるものの、良い演奏を聴かせて貰ったのは事実。仕方なしにその衝動をグッと堪えた。
また下ネタで返して来るのならば容赦なく根性焼きの刑に処そう。そう心に決めたはいいが、次の瞬間こいつの口から放たれたものはそんな俺の予想に反し、実に平凡でなんてことのないものだった。
「今日から丁度一か月後、その日は私と一緒に遊んでくれる?」
「……そんなことでいいのか?」
「うん、ああでももう一つだけわがままを言っていいのなら——」
そして最後にディープスローターはここではないどこかで見たような、どこか腹立たしくも懐かしい、心の底から楽しそうな笑みを浮かべて俺に告げる。
「——久しぶりに、君の