デート本編もその内書きたい。
「えっ!?玲さん、来週誕生日なんですか?」
三月某日。高校三年生への進級を間近に控え、「受験勉強」の四文字が段々と重みを増してきた頃。
そんな重圧も息抜きという免罪符を盾に跳ねのけた楽郎は、長くはない春休みを全力で謳歌するべく新たなクソゲーを求めてロックロールを訪れていた。
まだ見ぬバグや理不尽なシナリオを想像し胸を高鳴らせながらワゴンを漁る楽郎であったが、真奈によってもたらされた情報に驚きの声を上げて探索の手を止める。
「その様子だとやっぱり玲ちゃんは伝えて無かったみたいね……あの子、四月四日生まれよ」
「まあ、玲さんそういうの自分からアピールするタイプじゃないっすからね。お互い誕生日の話とかしたことありませんでしたし」
「…………そうね」
玲ちゃんは毎年あなたの誕生日に渡せないプレゼントを抱えて右往左往してたわよ。という言葉をグッと堪えて、真奈は楽郎の台詞に苦笑交じりで同意する。
世の中、知らない方がいい事も往々にしてあるものだ。
「でも聞けて良かったです……すいません、ゲーム買うのはまたの機会で」
「そうしなさい、福沢諭吉もクソゲーなんかより女の子へのプレゼントに使われた方が余程有意義だわ」
「それ、ゲームショップの店長が言っていいんですか?」
「覚えておきなさい陽務君、若人の青春は何よりも優先されるものなの」
「言葉に謎の重みがある……」
自らの
そんな真奈の圧に押された楽郎は、ただひたすらにコクコクと頷くことしか出来なかった。
「とりあえずプレゼントは今週中に用意するとして……あ、四日だとまだ春休み中か」
「あの子、ちょくちょくここにも顔を出すからそれとなく呼び出してあげましょうか?」
「いえ、シャンフロ内で会った時にでも予定を確認しますよ。それが無理ならメールで直接聞いてもいいですし」
「……玲ちゃんに君の十分の一でも勇気と行動力があればねぇ」
即断即決。微塵も気負いを感じさせないその返答に、数年に渡りなんら具体的なアプローチを起こすことの叶わなかった少女との落差を感じて嘆かずには居られない真奈であった。
「え、今何か言いました?」
「気にしないで、こっちの話よ」
「……?分かりました。それじゃ岩巻さん、今日はもう行きますね」
「はいはい、玲ちゃんによろしくね~」
◆
その言葉を聞いた時、サイガ-0は自分が都合のいい夢を見ているのではないかと本気で疑った。
「あっ、あの…すみませんサンラク君、ちょっと戦闘音が邪魔で聞こえなくて……その…今、なんと…?」
現実を疑い、己の正気を疑い、我が耳を疑いながら、サイガ-0は声の震えを必死に抑えつつ再度サンラクに確認する。
極度の緊張と動揺の最中であっても淀みなく恐竜型モンスターを切り伏せていくのは流石は最大火力といったところだろうか。
一方、彼女の心の内で哲学にも似た懊悩と葛藤が繰り広げられていることなど知る由もないサンラクは、迫りくる蟷螂の鎌を紙一重で躱しながら特に気負うことも無く先と同じ言葉を返した。
「おっと、危ない……えっと、来週の木曜、玲さん予定空いてるかなって…隙有りッ!」
「────」
「よし、これでとりあえずは戦闘終了かな…あの、玲さん?」
聞き間違いでも勘違いでもなく、本当にサンラクが
遅まきながらその現実を認識したサイガ-0は、まるでVRシステムが誤作動をおこしたかのごとくピシリと固まった。
「えっと、もし忙しいなら無理にとは──」
「大丈夫です空いています何ら問題有りません」
「あっ、はい」
この千載一遇の好機を逃してなるものかと、サイガ-0は食い気味に返答する。
幸いその日は稽古の類も無く一日フリーだったはずであるし、たとえ何らかの予定があったとしてもそれは楽郎からの誘いよりも優先されることはまず有り得ない。
まさかのサンラクからのお誘いに天にも昇る心地になるサイガ-0であったが、実は彼女はここで一つ勘違いをしていた。
「それで、その日は何の御用でしょう?周回ですか?それとも何かのクエストのお手伝いとか?もう何時間でもおつき…おっ、お付き合い!しますよ!」
想い人から誕生日の予定を聞かれ、最初に出てくる発想がゲームの周回ということに哀愁が漂うが、こればかりは普段の楽郎の言動を見ている人間であれば無理からぬことでもある。
事ここに至って玲の勘違いに気が付いたサンラクは、気まずげに頬を指でぽりぽり搔きながら訂正する。
ちなみに彷徨う視線に合わせて
「あー、その、玲さん?」
「はい!」
「出来たらその日はゲームじゃなくてリアルの方で会えないかなーって」
「分かりました!ではログインしたら…リア……ル…………
サイガ-0、再度のフリーズ。
この瞬間、脳波異常のシステム検知による強制ログアウトに至らなかったのはひとえに彼女が幸運であったと言う他ない。
されど不幸なことにその硬直を見たサンラクは、彼女がその日をゲームに費やすつもりであったが故の困惑と受け取ってしまった。
「あー、ゴメン。そっか玲さんなら休み中はシャンフロしてるよね」
高校最後の春休みをゲームに全力投球。
クソゲーと神ゲーの違いこそあれ、奇しくもそれは当初楽郎が予定していたものと同じであり、楽郎は玲のその廃色の情熱に敬意と共感を覚える。
しかしながら、言うまでもなくサイガ-0にとっての最重要事項はサンラクと一緒の時間を過ごすことであって、リアルとゲームの違いなど些細な事。
「いっ、いえ!リアルで……リアルで大丈夫です!」
「そう?俺の方から頼んでることだし別に無理にとは……」
「無理なんかじゃありません!私も楽郎君に会いたいので!!……!??いえっ、別にこれは深い意味は無く!でも嘘という訳でも無くてですね!?」
「わ、分かった!それじゃリアルの方で待ち合わせで!」
慌てるあまりやや大胆なことを口走ったサイガ-0が混乱してさらにまくし立てる。
サンラクは驚きで仰け反り気味になりつつも、どうにか話を纏めて先に勧めた。
「す、すみません…お見苦しいところを……」
「いやいや、気にしないで……悪い気はしなかったし」
「んひゅっ」
「それで当日は何時ごろ会おうか?玲さんは希望ある?」
「……っ!……ええ、と…本当にその日は他に予定も無い…ので、楽郎君におまかせします」
「そっか、それなら……駅前に11時頃待ち合わせでどうかな。お昼を一緒に食べるってことで」
玲が忙しいようならば斎賀家の近くで雑談がてらプレゼントを渡して終わりにしようと考えていたサンラクであったが、これまでの会話でどうやら本当に時間があると判断し、ランチを兼ねたお出かけにプランを変更する。
……もしもこの瞬間、サンラクが頭装備を外していたのならば、シャンフロの精巧な感情表現エンジンによる貴重な赤面差分が見られたのだが、幸か不幸かそのことに気が付く者は誰もいなかった。
「わ……分かりました…!」
「よかった、それじゃ木曜日に」
「ふぁいっ!……ふっ……不束者ですが……っ…よろしくお願い…いたします……!」
「そんな決戦に赴く武士みたいな覚悟を決めなくても」
今までのような一人相撲ではない。真奈が聞けばクリュッグを空けて祝う程に明確なデートの誘い。
サイガ-0は喜びのあまり吹き飛びそうな意識を必死に繋ぎ止め、どうにか会話を進行させる。
「俺はもう少しこの辺のモンスターの素材を集めようと思うけど、玲さんはどうする?」
「本日はこの辺りで…失礼します……!」
その日の夜、玲は38.1℃の熱を出した。