徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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Happy Birthday 紗音ちゃん!


ディープスローターこと彬茅紗音ちゃんの誕生日ss。


在りし日のユメ

 ──ユメを、見ていた。

 

 ひらひらの服にふわふわとしたぬいぐるみ、目を覆いたくなるほどのパステルカラーで彩られた部屋の中、ビスクドールのような豪奢なドレスを纏った少女が無邪気な笑みを浮かべている。

 傍らには少女に比べると幾分か簡素な——それでも相当に仕立ての良い服に身を包んだ夫婦が、柔らかな慈愛の籠った眼差しではしゃぐ少女を見つめていた。

 

 現実(ユメ)は嫌いだ。それは理不尽で、残酷で、唐突で、何時だって私を苛立たせる。

 

「紗…、お誕……おめ…とう」

「…なたが…に育っ……れて嬉……」

 

 そんな最高にクソッタレな悪夢だけれど、こいつらの言葉が途切れ途切れの雑音と化しているのは不幸中の幸いか。

 しかしそれでも、ごてごてとした装飾を施された苺のケーキや大きなリボンのついた袋などを見せられれば、この光景が一体何時の記憶なのかをまざまざと突き付けられてしまう。

 これがフルダイブVRシステムの見せる幻覚であったなら、過剰なストレスが齎すバイタルの変化によって間違いなく安全機構(セーフティ)が作動していただろうに。

 だけどこの過去(ユメ)は外部からの電気信号に依らず、自らの脳髄が産み出したもので。

 それ故に無情にも今すぐ目覚める(ログアウトする)ことはなく、絶えず私の心を苛み続ける。

 

「美味……で…、お母…ま、…父さ…!」

 

 目を逸らすことさえもままならない視界の中、吐き気がするほど甘ったるいケーキを頬張り少女は笑う。

 自分自身が砂糖とスパイスと素敵な物で出来ていると信じて疑わないような、まるで「幸せ」というものを具現化したかのようなその姿は実に浅はかで、愚かで、滑稽で。

 

(…………最悪の気分、なんだって今更こんなものを)

 

 何とも不自由で不愉快なこの明晰夢(ユメ)が終わること、それだけをただ只管に願い続ける。

 と、その時。

 先程まで胸糞悪い家族ごっこを続けていた筈の少女(わたし)が、そのガラス玉のような瞳で真っすぐ自分(わたし)を見つめていた。

 何故?と疑問に思うよりも早く、とてとてと覚束ない足取りでこちらに駆け寄ってきた少女はどこからともなく取り出した便箋をそっと私に差し出してきた。

 こんなもの、今すぐ破り捨ててこの忌まわしい世界ごと焼き払ってしまいたい。

 だけど、そんな衝動を嘲笑うように、私の指はまるで別の生き物であるかのように二つ折りになっていたそれを開いてしまう。

 嫌に見覚えのあるその便箋に、胸の奥へと沈めたナニカが見るな見るなと警告を発っしている。

 

 如何にも幼い子供らしい拙い文字で綴られた、その言葉は──

 

 

 

『おとなになったわたしへ

 

  おひめさまには、なれましたか?

 

        あきがや しゃのん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたぞ、ディープスローター」

「んー…あれ?サンラクくん、こんなところで奇遇だねえ」

「奇遇だね、じゃねえよ!お前なんだってこんな辺鄙な所に…」

 

 臨界速(プラディオン)で新大陸を往復することおよそ三回。

 着地に失敗しもみじおろしになること五回。

 出会い頭にモンスターに衝突すること二回。

 合計二時間超に及ぶ捜索の果て、新大陸北部にある無人の里で俺はようやくディープスローターを見つけ出した。

 普段なら呼んでも居ないのに飛んでくるくせに、どうしてこちらに用のあるときに限って捕まらないのか。

 

「あれぇ、ひょっとして私を探してたのかなぁ?」

「探してた…っていうかその様子だと送った手紙(メール)も見てないな?」

「メール?……ああ、ごめんねぇ。間違って破棄しちゃったみたいだよぉ」

「破棄ってお前なぁ………ディプスロ、なんか調子悪い?」

「いやいや、私は何時でも絶好調だぜぇ」

 

 散々無駄足を運ばされたことに対する愚痴の一つでも溢そうかと思ったが、どうもこいつの様子がおかしい。

 いつものディプスロならばこれを口実に「ああっ!ごめんよぉ、お詫びになぁんでもしてあげる。精一杯ご奉仕するねぇ」くらいは間違いなく言ってくるだろうし、何ならもっとどぎつい下ネタを振ってくるはずだ。

 普段の癖で構えていたアラドヴァルをインベントリに仕舞いながら様子を窺うと、口では平気なふりをしつつもやはりその言葉には覇気も邪気も欠けていた。

 

「本当に大丈夫か?今日のお前はおかしい……いや普段からおかしいんだけどおかしくないのがおかしいというか」

「ふふふっ、ナ・イ・ショ。女の子には秘密がいーっぱいあるんだよぉ?」

「………まあ、無理に話せとは言わねえよ」

 

 冗談めかしてはいるものの、その瞳の奥に本気の拒絶の意思を感じた俺はそれ以上の追及はせずに引き下がる。

 なんだろう。今日のこいつと話しているとディープスローターともナッツクラッカーとも違う、今までに見たことのない誰かと向き合っているような心地がして妙に落ち着かない。元よりキャラの定まらない奴ではあるのだけれど。

 

「…………ごめんねぇ」

「本当に調子狂うな…まあいいや、それじゃ手短に用件だけ済ませちまおう」

「嗚呼、そういえば私に手紙をくれていたんだっけ。なんだろう、君の頼みならなんだって聞いてあげたいんだけど……」

「今回は別に頼みたいことがあった訳じゃねーよ…ほれ」

 

 ぎこちない軽口を叩きつつ、インベントリから取り出したアイテムをディプスロに向かって放り投げる。

 意図的に所有権を放棄したそれは、ディプスロが反射的に受け取ったことによってシステム上の譲渡が成立した。

 

「わわっ、と。これは……首輪?」

「首輪っつーかチョーカーな。アクセサリー枠で装備できる」

「へえ、これがどうしたの?ひょっとして私へのプレゼントかなぁ?」

「そうだよ」

「なぁんちゃって……………………え?」

「それ、お前にやるよ───誕生日だろ?」

 

 しげしげと投げ渡されたアイテムを眺めていたディプスロが、どこか既視感のある挙動でフリーズした。玲さんも時々ああなるが、何か隠された意味があるのだろうか。

 

「え、サンラクくん、なんで…知って…」

「何でも何も、前にお前が言ってたんじゃねーか、9月16日生まれだから自分はクリスマスベイビーだとかなんとか」

 

 覚えたくもないこいつの誕生日を覚えてしまっていたのはその余計な情報のせいだ。

 そのインパクトで俺が日付を覚えることまで見越していたのならとんでもない策士だと畏怖していたところだが、当人のこの驚きようを見るに別に深い意味はないただの戯言だったらしい。

 VRシステムの不調を疑うレベルでフリーズしていたディプスロはそれを聞いて再起動を果たしたが、未だ混乱冷めやらぬようで手元のチョーカーと俺の間で視線を彷徨わせている。

 

「まあ、スペクリでは最後まで敵だったけどシャンフロじゃ不本意ながら何かと世話になったからな。その礼ってことで」

 

 ラピステリア星晶体をベースに魔力と親和性の高い希少鉱物を使用したそれは魔法職ならば間違いなく有用であろう幾つもの機能を備えた逸品だ。

 現在の装備との兼ね合いもあるとはいえ、純魔としてキャラビルドをしたディープスローターならばきっと無駄にはなるまい。

 こいつが暇ならばそのまま試運転がてら狩りに付き合うことも考えていたのだが、今日はあまり本調子ではなさそうだしまたの機会にするとしよう。

 

「それじゃあまたな、調子悪いなら無理すんなよ」

「……あ…うん、その…ありがとう、サンラク君」

 

 こいつに素直に礼を言われると何だか変に恥ずかしい。

 鳥頭で表情が隠れていることに密かに感謝しつつ、俺は来た時と同じように臨界速(プラディオン)を起動して一歩踏み出し……

 

「あ、これ言うの忘れてた───誕生日おめでとう、ディープスローター」

 

 

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