「サンラクくぅん…TRICK OR TREATぉ!今日はたあっぷりと悪戯しちゃ」
「TRICKだオラァ!」
「あ゛あ゛っ!熱烈ぅ!」
叫ぶや否や、悪霊退散とばかりに目の前の
猫耳の生えた魔女の帽子とかぼちゃを模したアクセサリー、それに先の台詞を鑑みるに今日のこいつはハロウィン仕様らしい。
ハロウィンとは本来魔除けの為のイベントの筈だが、逆に
こんなことなら京極の誘いに乘って幕末のハロウィンイベの方に顔を出せばよかったか。
今回はいつかのイベントの用に一度死ぬと亡者としてリスポンするのだが、以前と違い亡者になった後も生存プレイヤーとの物理的接触が可能らしい。
一応建前としては死者と生者が力を合わせて南蛮からやってきた蕪の化生を倒すため…ということになっているがそこは幕末。間違いなく悪辣な罠が仕掛けられていることだろう。
今からでもログアウトしてあっちに…と現実逃避気味に考える俺の視界では顔面に刃物を生やしたディプスロがのそりと起き上がった。
「おっ、さっきより本格的になったじゃないか、中々迫真のゾンビだな」
「ふふふふふ…私の想いはゾンビよりも不滅なのさ。今も君の愛が私を激しく燃やしているよぉ」
「クソッ、皮肉が効かねえ…!」
「さぁて、君からの愛も嬉しいけれどそろそろイタズラの時間だよぉ…!」
迫るディプスロにホラー的な物とは別種の恐怖を感じる。
どうにかこの場を切り抜ける方法を考えるものの、今日のこいつはどこに逃げても追いつかれてしまいそうなオーラがあった。
「隙ありぃっ!」
「しまっ……くっ、放せ!」
これ見よがしにぬるぬる動かす指の動きに気を取られた隙をつかれ、奴の三本目の腕が俺の左手を拘束する。
これはもうPKもやむなしかと、カルマ値と引き換えにアバターの貞操を守る覚悟を決めかけた、その時。
(そうだ!確かさっき買ったあれが!)
武器を取り出すためにメニュー画面を操作しながら、俺は今更ながらこの場における切り札を持っていることに気が付いた。
インベントリ内に保存されていた為に未だ温かいそれを、さながら桜の印籠のように突き付ける。
「ストップだディプスロ!お前にはこいつをやろう!」
「えっ、これは…アップルパイ?」
「そうだ、ハロウィンで悪戯されるのはあくまでお菓子を渡せない時…!これならお前は俺に手出しできまい!」
たまたま蛇の林檎でアップルパイをホールで買った一時間前の自分を褒め称えたい…!
気勢を削がれたディプスロはあからさまに残念そうにしながらもそれ以上のこちらに手出しをしてくる様子はない。
正直お菓子程度でこの変態を止められるのかは不安だったのだが、一応こいつもこの手のお約束を守るつもりはあるらしい。
「ざぁんねん、だけどありがとうサンラク君。これを君だと思ってじぃっくり味わっていただくよぉ」
「……もう好きにしろよ」
一々無駄に如何わしい言い方が気になるが、そこに突っ込んでもきっとこいつを喜ばせるだけだろう。
しかしげんなりしながらもディープスローターの表情を窺うと、そこにいつものニタニタとした笑みはなく、まるで普通の少女のように微かに綻んだ顔で手の上のケーキを見つめていた。
「あー…よかったら一緒に食うか?」
「!?い、いいの!?」
それに毒気を抜かれたからか、俺はらしくもなくそんな誘いの言葉をかけた。
「おう、というか元々それ俺のなんだから半分寄こせよ」
「いやあまさか君がお菓子をくれるなんて思ってなかったからねぇ…
そうだ、お礼に私はとっておきの紅茶をご馳走するよ」
かくして、今年の俺のハロウィンイベは電脳世界の片隅でのお茶会と相成った。
切った張ったのイベントもいいが、たまにはこうしてのんびりするのも悪くはない。
ディープスローターが慣れた手つきで淹れた秘蔵のルートで手に入れたというそのお茶は、悔しいことに美味しかった。