京極がアイドルをやってる楽郎のライブに行くお話。
「……そこをどいてよ、兄さん」
「それは無理な相談だ。月並みな言葉だが敢えて言おう……ここを通りたくば、兄を倒してからにしてもらおうか、
命を懸けた果し合いに赴かんばかりに戦意を滾らせた兄さんが僕の行く手を阻む。
その手に握った獲物は流石に真剣では無く竹刀だけれど、本気モードの兄を前にしてはそんなことは何の慰めにもならない。
心の底から悔しいが、今の僕では未だ目の前の兄を突破することは叶わないだろう。
「なんで、そんなに僕の邪魔をするのさ」
負け惜しみと分かっていながらも、思わず怨嗟の声が零れ落ちる。
兄さんはそんな僕を見て、臨戦態勢は解かないままで困ったように眉根を寄せた。
「僕だって何も京極が憎くてこんなことをしている訳じゃない。だけど、愛する家族が間違った道を進もうとしているのなら、力ずくでも止めてやるのが家族の……兄の務めだ」
「このっ…分からずや……!」
やはり説得は不可能か。
こうなってしまっては仕方がない。
僕は一つため息を吐くと、一歩後ずさってから余所行き用の靴を脱いだ。
その様子を見た兄さんが今日初めて相好を崩した。
「京極…!僕の気持ちが分かってくれたのかい!」
「うん、兄さんに引く気が無いってことはよく分かったよ」
「そうかそうか!いや、無粋な真似をして済まなかったね。お詫びと言っては何だけど代わりにこれから僕と一緒に抹茶でも飲みに……」
「だから僕は裏口から行くね、ちなみにお母様に足止めを頼んであるから追ってきても無駄だよ」
「待ってくれマイシスター!?」
家の玄関の前で仁王立ちしている兄さんを放置して、脱いだ靴を持って家の裏手の通用口に向かう。
ご近所迷惑だから外であまり大声を出さないで欲しい。
「待たない!兄さんのせいで待ち合わせの時間がギリギリになっちゃったんだから!」
「そんな待ち合わせキャンセルすればいいじゃないか!チャラチャラした男に会いに行くなんてお兄さん許しませんよ!!」
「ライブに行くだけで人聞きの悪い言い方しないでよ!友達に強引に誘われたから付き合いで行くだけだってば!」
付け加えて言うとその友人は女の子である。
最近一押しのアイドルグループのチケットが二枚手に入れたという彼女の誘いでたまたま僕に白羽の矢が立ったというだけで、正直なところ僕自身はアイドルなんてものに興味はない。
「……信じていいのかい、妹よ」
「信じるも何も、兄さんは僕がアイドルなんて浮ついたものに現を抜かすと思うの?」
心外だと言うように呆れ交じりに問いかけてみれば、兄さんはぶんぶんと勢いよく首を左右に振って否定した。
「思わない!思わないとも!!」
「納得した?いい加減僕は行くからね」
「いってらっしゃいマイシスター!くれぐれも事故やナンパ男には気をつけて、もし何かあればいつでも僕を呼んでくれていいからね?いやいっそ僕が会場までエスコートし――」
「いってきまーす」
また話が長くなりそうだったので兄さんをスルーして今度こそ僕は家を出た。
はぁ、出発前から無駄に疲れた……
◆
「京極ちゃん!もうすぐ始まるよ!」
「はいはい、にしても凄い熱気だね……」
なんとか約束の時間通りに友人と合流した僕は、人生初のライブ会場入りを果たしていた。
今回のライブを開いたアイドルグループは結構な人気のようで、辺りを見ればペンライトやうちわを持って楽し気に開演を待つ人々でごった返していた。
男性アイドルのライブなのだから若い女子が多いのかと思いきや意外と男性の参加者も少なくなく、老若男女問わず愛されているグループであることが伺えた。
確かグループ名が……
「『Survivors』だっけ?たまに名前は耳にするけど、ここまで人気だとは知らなかったな」
「一度聴いたら絶対ハマるよ!京極ちゃんは誰推しになるかなー?学校だとカザヤとかも人気だけど、私はなんといってもますみん推し!」
「いや、推しとか無いから」
どうやらメンバーの愛称らしい『ますみん』とやらの魅力を熱く語り始めた友人に苦笑する。僕自身は全く興味の無い世界の話でも、ここまでの熱量を持って何かを好きになるその姿には好感を抱いた。
「!ほら、始まるよ!!」
やがて会場にイントロが流れ始め、観客達のボルテージが急上昇する。
勢いに押されるままに友人に押し付けられたうちわを振りつつステージへ目を向けると、音楽と共に三人の男性が姿を現した。
「あれが『Survivors』か……確かにちょっと格好いいかも」
舞台の上で鮮やかに踊りながら歌声を響かせる三人を見て、少しだけアイドルと言う存在への認識を改める。
事前に写真は見せられていたが、実際に生で歌って踊る姿を見ると一段と違う印象を受けた。
すらっとした細見の『カザヤ』は、一見すると頼りなさそうにも見えたけれど、その実無駄のない体捌きと、激しい動きに関わらずブレない声は一本芯の通った大人の男としてのスマートさを感じさせる。
友人の推しだという『ますみん』は、アイドルではなく格闘家の間違いじゃないかと言いたくなるほどに体格が良い。というか剣の道を志す者として言うが、あれは絶対に戦いを知っている者の目だ。本当に一体どうしてアイドルなどやっているのだろうか。
しかし野生の獣を思わせるその風貌にも関わらず、彼の歌声は低く落ち着いた響きを以て美しいハーモニーを奏でていた。
そして誰よりも僕の目を惹いたのは、背中合わせの彼らに挟まれるようにしてセンターから会場を見渡すグループ最年少の少年……『楽』だった。
彼は他の二人と比べて特別体格がいい訳でもなければ声が良いという訳でもない。
だけど彼の笑顔は何故か目を離せなくなるような、そんな不思議な魅力を湛えている。
気が付けば僕は全力で音楽に乗っていて、一曲目が終わる頃には軽く息を弾ませているほどだった。
興奮冷めやらぬままにステージを見上げると、楽が額に爽やかな汗を滲ませて感慨深げに観客席を見渡している。
と、その顔がこちらを向いた、その瞬間。
「え!楽くん今こっち…というか京極ちゃん見たよね!?」
「え、いや……うん、多分目が合った」
「きゃー!!ファンサいいなー!私ますみんからファンサ欲しい!」
僕を射抜くように真っすぐ見据えて右手を差し出す仕草に、心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥る。
一瞬気のせいかとも思ったけれど、幕末の直感システムにも似た背筋にビビッとくる理屈を超えた感覚が、彼が僕を見ての行動だったという確信を抱かせた。
端から端まで会場に視線を向けた後、ステージの上の三人がおもむろに話し始める。
『みんなー!今日は来てくれてありがとう!』
『ありがとよ!』
『ありがとー!』
口々に告げられる感謝の声に観客が大歓声で答える。
一拍遅れてその歓声の中に自分の声が混ざっていることに気が付いて、僕はらしくない自分の行動に戸惑ってしまう。
いや、これはあくまでこの場の空気に当てられただけで、お祭りごとではしゃぐのは至るって普通のことであって。
誰に言うでもなく内心で謎の弁明を繰り広げる
『ライブって、クソゲーのエンディングみたいだよな!』
『クソゲーのし過ぎで狂ったか?』
『エナドリの飲みすぎじゃない?だからカフェインは程々にしろとあれほど……』
頓珍漢な発言に左右の二人から容赦無いツッコミが入る。
観客はせっかくのライブをクソゲー扱いされて怒ることもなく、彼らのそんな一挙手一投足に黄色い歓声を上げていた。
『楽』は歓声が少し落ち着くのを待つと、幼子が家族に大切な秘密を打ち明けるような無邪気で得意げな笑みを浮かべながら語り始める。
『クソゲーってほんとクソなことだらけでさ、理不尽なバグに襲われるわ無茶苦茶な強さの敵が出てくるわ、ほんとVRマシンを外しながら「こんなクソゲー二度とやらねえ」って一体何度叫んだことか』
普段なら何を馬鹿なことをと切って捨てるような戯言なのに、幕末をしているときの自分と重ね合わせて彼とのおかしな共通点に胸が熱くなる。おかしい、僕は一体どうしてしまったんだ。
『そんで、こうやってライブを開くまでもクソゲーに負けず劣らず大変なことが一杯なんだ。レッスンは疲れるし、大人の事情も色々あるから自分の思い通りにならないことなんてしょっちゅうで、何度も挫けそうになったよ』
疲れを滲ませる物憂げな表情に母性本能が擽られる。彼を癒してあげられたらいいのに。
『でも、どんなに過程が苦しくてもどんだけ酷いクソゲーでも、最後の最後のエンディング……たった三分間だけの報酬があれば、それだけで俺は報われる、頑張れるんだ』
辛そうな顔から一転、瞳をキラキラと輝かせて笑う彼の姿に胸の高鳴りを抑えきれない。
『俺にとってはこうやってみんなの顔を見て、一緒に笑えるライブが何よりの報酬でさ、だからその……なんか上手く言えないけど、みんな今日は本当にありがとう!!』
『言いたいことは分かった……でも始まって早々勝手にエンドを迎えるんじゃねーよ!』
ますみんのツッコミで会場が笑いに包まれる。そんな他愛ないやり取りをする楽がどうしようもなく愛おしくて……認めよう、僕は欠片も興味を抱いていなかったアイドルと言う存在に、すっかり惹きつけられてしまったらしい。
続いてカザヤが一歩前に出ると、ちらりと二人を一瞥してから観客たちに向き直った。
『そうそう、僕らのライブはまだ始まったばかりだよ?ということで、二曲目行こうか……【Sweet poizon】』
再び歌い始めた彼らへと、僕は今度こそ自分の意思で盛大な歓声を送り全力でライブを楽しんだ。
◆
「ただいまー」
「おかえりマイシスター!夕飯もいらないなんていうから心配したよ、どこぞの馬の骨に絡まれなかったかい?」
「友達とご飯食べてきただけだってば……ちょっと今夜は観たい動画があるから部屋に誰も入らないでね」
「妹が冷たい……おや?その『μ』の字の入ったリストバンドはどうしたんだい?それに随分と沢山買い物をしてるような……」
「ちょっと色々欲しいものが出来て…………楽、かっこよかったなぁ」
「!?ちょっと待つんだ京極!楽って誰だい?男!?男なのか!!??」
「な、なんでもない!私はもう部屋に行くから!」
「話はまだ終わってな……おぉぉのぉぉぉれぇぇぇ!!可愛い妹をたぶらかしたのは何処のどいつだああああ!!!」
・以下読まなくてもいい設定
◆グループ名
【Survivors】
津羽目風矢、美澄真澄、陽務楽郎の三人組アイドルユニット。
ひょんなことから出会った鯖癌出身の三人が孤島出身者に向けて「俺達はここに居るぞ」と示すためにスワローズネスト社を筆頭スポンサーにして活動中。
警察のお偉いさんにファンが居て広報ポスターに採用されたり、デスゲーム物に定評のある漫画家が何故かグッズのイラストを手掛けたりしている。
◆メンバー
・津羽目風矢
ファンからの愛称は「カザヤ」
スポンサー社長の息子にしてこのユニットの立役者。本編におけるスクラップガンマンのノリで何故かアイドル始めました。
関連グッズには「γ」の文字が記されている。
・美澄真澄
ファンからの愛称は「みすみん、ますみん」
鯖癌閉鎖でやさぐれてたら偶然風矢と遭遇して成り行きでアイドルに。
幼女好きは健在で、トーク番組でうっかり女児アニメについて熱く語って以来ネット上では「ただの俺ら」扱いされている。ユニット内の男性人気No.1。
関連グッズには「φ」の文字が記されている。
・陽務楽郎
ファンからの愛称は「楽」
コンビで活動していたアトバードとバイバアルをネット上で偶然見つけ、話しかけたらアイドルの道に引きずり込まれた。
ライブ中のMCやSNS上の発言で悪気無くクソゲーを一般人に布教しては犠牲者を増やす。
厄介ファンが多いのだが本人はあまり気にしていない。だから余計変なのホイホイするんだぞ。本当に危険なファンは風矢と真澄を筆頭に周囲の人間がガードしている。
関連グッズには「μ」の文字