徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽玲、楽永、楽紅、楽京、楽百+αのポッキーゲームの詰め合わせ。



ポッキーゲームはクソゲーなりや?

【斎賀玲の場合】

 

 それは、ほんの些細な冗談のつもりだった。

 たまたま家にポッキーがあって、たまたま今日がポッキーの日で、たまたま、それを食べている時に玲さんの顔をみて、ちょっとした悪戯心が湧いてきて。

 何気ない一言を装って「玲さん、ポッキーゲームをしてみない?」なんて言ってみたのは、本当にただの出来心だったのだ。

 

「ど、ど……どうふぉ!」

 

 だから、今にも顔から火が出そうなほどに赤面してポッキーを咥えた玲さんの姿を見て、俺は今更ながら罪悪感に襲われていた。

 

「いや、あの、俺から提案しておいてなんなんだけど……やっぱり止めとかない?」

「そっ、そんなご無体な!?……あっ」

 

 俺の言葉を聞いた玲さんは、この世の終わりのような絶望的な表情を浮かべて叫ぶ。その拍子に彼女が口にしていたポッキーが盛大にへし折れた。

 悲し気な玲さんの様子に胸が痛むものの、これも彼女の為を思えばこそだ。

 

「いや、だって玲さん、このままだと今にも倒れちゃいそうで」

「わ、私なら大丈夫ですから!」

「本当に大丈夫……?」

 

 今も尚熱の引かない顔で言われても正直全く説得力が無い。

 さっきまで咥えていたポッキーも、持ち手側を口にしていた筈なのに何故かチョコが既に溶け始めてるし……

 

「だ……大丈夫です!万事問題ありましぇん!」

「まあ、そこまで言うのなら……ふぁい、ろうぞ」

「ししし、失礼…します……!」

 

 結局、彼女の剣幕に押し切られて俺はポッキーを咥えて玲さんの方に顔を突き出した。

ちなみにこれは玲さんがどうしてもというからであって、決して俺が下心を抑えきれなかったからではない。うん、止めたら彼女が悲しむからこれは仕方のないことなんだ。

 

「……んぐ……もぐ……」

「…………………………」

 

 黙々とポッキーを食べ進める。

 玲さんはといえば、やはり相当に恥ずかしいのかぎゅっと目を閉じたままプルプルと震えるばかりで一向に自分から動く気配がない。

 まるでキスを待ちわびているかのようなその表情に思わずドキッとした俺はごくりと唾を飲み込んで……

 

「あっ、折れた」

 

 その拍子にうっかりポッキーを折ってしまった。残念だがポッキーゲームはこれにて終了である。

 

「…………すみま、せん…」

「まあそんな気にしない……うわ玲さん顔赤っ!?」

 

 うわごとのような謝罪の言葉に気楽に返事を返そうとして、耳の先から首元に至るまで、見える範囲を一面朱に染め上げた玲さんの姿に反射的に叫んでしまう。

 玲さんはぼうっと熱に浮かされた表情のまま、くずおれるようにして俺にその身を預けた。

 

「も、もう……限、かい…で……きゅう」

「ちょっ!?玲さん?玲さーん……ダメだ、気絶してる」

 

 

 玲さんが目を回して気を失ってから数分。

 さてこれはどうしたものかと思案に暮れていると、俺の膝の上(・・・)で寝ていた玲さんが軽く身動ぎしながら目を開けた。

 

「う、うーん……」

「おっ、玲さん気が付いた?」

「はれ…?ええっと……私、は…!?」

「はい落ち着いて、無理して起き上がらない方がいいよ」

 

 寝ぼけ眼でぼんやりしていた玲さんは一拍遅れて状況を把握するやいなや、慌てて身を起こそうとする。

 床に寝せるのは忍びなくて深く考えずに膝枕をしてみたのだが、玲さんのこの反応を見るにもしかしなくとも逆効果だったらしい。

 あたふたと慌てふためく玲さんをどうにか宥めすかしていると、彼女はようやく諦めたようにぽすりと仰向けのままに頭を落とした。

 

「……ごめんなさい、不甲斐ない所をお見せしました」

「いやいや、元はと言えば俺が変なことを言いだしたせいなんだし」

「そんなことは!せっかく楽郎君とお付き合いしてるのに、ポッキーゲームの一つもろくに出来ないなんて……」

 

 う、うーん。本当に些細な好奇心と悪戯心交じりの何気ない提案だっただけに、こうも深刻に捉えられると胸が痛む。

 とはいえ口で慰めたところで玲さんは納得しないだろう。

 何かいい切っ掛けでもあれば……おや?

 

「……あっ」

「どうかしましたか?」

「口の端、何かついてるよ」

「ええっ!?な、なんでしょう、もしかしてリップが崩れて……」

 

 自分の唇の横を指でちょいちょいと指し示しながら告げると、玲さんはわたわたしながらティッシュか何かを探そうとする。ここで乱雑に手で拭わない辺りに彼女の育ちの良さが見て取れた。

 

「玲さん、ちょっとだけじっとしててね」

「え、あの、楽郎く──んっ!?」

 

 俺はそんな玲さんの肩を押さえて動きを止めると、軽く啄むように彼女にそっと口付けた。

 

「うん、溶けたチョコだったみたいだね。甘くて美味しかったよ……って、聞こえて無いか」

 

 

 

【天音永遠の場合】

 

 偶然にも永遠の休みと大学の休講が重なった、ある平日の昼下がり。

 永遠の住むマンションのリビングでソファに座って適当なファッション誌を見るとは無しにパラパラと捲っていると、背後から唐突にそれを取り上げられた。

 

「おい、何すんだよ」

「君がお洒落に目覚めてくれるのは大歓迎だけど、せっかくのおうちデートなんだから、もう少し違うコトをしてもいいとは思わない?」

 

 背もたれに身を預けるようにして犯人を見上げれば、雑誌の表紙と同じ顔がニヤニヤと何か悪巧みをしていることを隠そうともしない笑みを浮かべていた。

 

「違う事ねぇ……で、何がお望みだ?」

「よくぞ聞いてくれました!……さてここで問題です、今日は何の日でしょう?」

「なんだ藪から棒に」

 

 はて、今日は何か特別なイベントでもあっただろうか。

 互いの誕生日や俺たちが付き合い始めた日のような、プライベートな記念日ということはないだろう。特に心当たりは無いし、仮にそれを俺が忘れていた場合、こんな和やかな問答で済むとは考え難い。

 となると世間一般での何か、今日の日付は十一月十一日か。この日は確か……

 

「電池の日、だっけ?漢字の十一をプラスとマイナスに見立てたとかで」

「ぶっぶー!外れ……でもないんだけど、聞きたい答えはそれじゃないんだなぁ」

「それじゃあうまい棒の日か?」

「ちょっとだけ惜しいっ!というかラク君、本当は分かってて言ってるでしょ」

 

 俺のすっとぼけた回答は彼女のお気に召さなかったようで、呆れ交じりのジト目で見下ろしてくる。

 

「はて何のことかさっぱり」

「素直じゃないなー、正解はポッキーの日でした!」

 

 ポッキーの箱を掲げながら、永遠がソファの横に腰を下ろす。

 いやまあ、そうだろうとは思ったけどよ。

 

「ということで……はい、どーぞ」

「むぐっ……」

 

 一体何が「ということで」なのかという問答をする間もなく、俺の口にポッキーを一本すっこまれる。

 俺はそれをポリポリと食べ進め……

 

「たまに食うと美味いな」

「コラコラ、全部食べちゃダメでしょーが!君、案外照れ屋さんだよね」

「別に照れてねーよ!よーし、そんなに言うなら付き合ってやろうじゃねーか!」

「そう来なくっちゃ!」

 

 別に?ちょっと甘いものが欲しかっただけだし?

 しかし舐められたままで居るのは俺の性分に合わない。

 尚もニヤニヤと邪悪に笑う永遠に対し、売り言葉で買い言葉で彼女の思惑通りポッキーゲームに乗ってやることにした。

 彼女は改めて新しいポッキーを一本取りだすと、今度は自分でそれを咥えて俺の方に顔を向ける。くそっ、そんな顔ですら絵になるとかこいつの顔面はどうなってやがるんだ。

 

「あむ」

「はむ」

「…………」

「…………っと、折れちまったか」

 

 三分の二ほど黙々と食べ進めたところで、本当にうっかりポッキーが折れてしまう。

 ちょっとだけ残念な気がしないでもないが、とりあえずゲームはこれで終了だ。

 

「ありゃりゃ、これは失敗だね」

「だな……で、これで満足か?」

「うん、ありがとう──と見せかけてっ」

「んんっ!?」

 

 大人しく引き下がったと思ったのも束の間。

 折れたポッキーの残りを食べていた俺の唇を唐突に永遠が奪ってきた。

 

「おまっ、いきなり何を!?」

「んふふ、私に隙を見せるなんてラク君もまだまだ甘いなぁ……ご馳走様でした」

 

 自分の唇をぺろりと舐めながらそう告げる永遠の姿は大人びた魅力があり、悔しいことに大変サマになっていた。

 だがそれはそれとして一方的にやられっぱなしというのも悔しいもので。

 

「いやー、ラク君の可愛い反応も見れて大満足だよ!」

「……そうかよ」

「ほらほら拗ねないの、大人のおねーさんの魅力にやられて悔しいのは分かるけどこればかりは──」

 

 得意気に話していた永遠の言葉が途切れる。

まあ、俺がいきなり彼女の顔の横に手をついて変則的な壁ドンの姿勢に持ち込んだせいなのだが。

 

「ほう?それならその大人の魅力とやらをじっくり教えてもらおうじゃねーか」

「けい…けん、の……あの、ラク君?なんだかお顔が怖いような」

「どうした?経験豊富なお姉さんの力を見せてくれよ」

「いや、その……ちょっ、近い近い⁉ねぇ、からかいすぎたのは謝るからちょっとタンマっ!」

 

 先ほどまでの余裕は何処へやら、頬を紅潮させながら途端に慌てふためく永遠の姿を見て少しだけ溜飲が下がる。

 俺は更なる追撃を加えるべく、意識して声を低くして彼女の耳元にそっと囁きかけた。

 

「隙を見せた方が悪いんだろ?お前も俺に甘いよな」

「やっ…こんな昼間から、しかもソファの上なんて……」

「……目、瞑れよ──永遠」

「っ……」

 

 諦めたように──或いは、期待するように永遠が瞼を閉じた。

 彼女の頬に左手を添えれば、一瞬ビクッと震えた後に体温が高まっていくのを感じる。

 そんな永遠の口に、俺は……

 

「むぐっ!?」

 

 右手にこっそり握っていたポッキーを突っ込んだ。

 予想だにしない感触に永遠は目を見開いて驚きを露わにしている。

 

「……ぷっ、ははははは!ほら、ポッキーゲームの経験を見せてくれよ!前に百さんに聞いたけど、お前学生時代に百さんとポッキーゲームの動画取られたんだって?」

「よおし、そんなに死にたいならお望み通りにしてやろうじゃないの!!」

 

 

 

【隠岐紅音の場合】

 

 それは、たまたま紅音の陸上部の練習が休みだったある日のこと。

 一緒に勉強をするという名目で放課後に我が家で家デートをしていると、そろそろ休憩にしようかと思ったタイミングで紅音が何やらごそごそと自分の鞄を漁り始めた。

 ペンを置いてその様子を窺っていると、目的の物を取り出したらしい紅音が俺にそれ──新品のポッキーの箱──を差し出しながら、元気いっぱいに告げる。

 

「楽郎先輩!ポッキーゲームしましょう!」

「……一応確認しておきたいんだけど、紅音はそれがどんなゲームか分かってるのか?」

 

 無邪気な笑顔で突然大胆なことを言いだした紅音に面食らった俺は、何か誤解があるのではないかという疑いの元、彼女の認識を確かめる。

 もしかするとあの外道共、あるいはクラスのおませな友人などから中途半端な入れ知恵をされたのではないかと思ったのだが、そんな疑惑を彼女の言葉が一蹴した。

 

「はいっ!ポッキーの両端を二人でくわえて、最後まで食べきるゲームです!」

「ああうん、分かってて言ってたのね」

 

 端的な彼女の説明は俺の知っているポッキーゲームと同じであり、つまり紅音はそれをちゃんと分かった上で俺とポッキーゲームをしたいと言い出した訳で……いかん、なんだかすごく照れ臭い!

 

「うーん、ポッキーゲームかぁ」

「先輩は私とポッキーゲームするの、嫌ですか……?」

「別に嫌って訳じゃ、ただちょっと恥ずかしいというか」

「…………」

 

 煮え切らない俺の態度を見て、嫌がっていると勘違いをした紅音が悲しげなうるうるとした瞳で俺を見上げてくる。ぐっ、そんな捨てられた子犬みたいな反応をされると弱い。

 

「……わかった、やってみようか」

「ありがとうございます!」

 

 俺が首を縦に振ったのを見た紅音は輝かんばかりの満面の笑みを浮かべてポッキーの箱を開けると、チョコの付いていない持ち手側を口にくわえて「んっ」と顔を突き出した。

 

「はむ」

「それじゃいくぞ……むぐ…もぐ……あっ」

「ああっ!途中で折れちゃいました……」

「これ、思ったより難しいな」

 

 至近距離から見つめ合う恥ずかしさに耐えながら半ばまで食べ進めたものの、互いの食べるタイミングのズレでうっかりポッキーが折れてしまった。

 紅音はくわえたままのポッキーの残りを食べながらしょんぼりと項垂れている。俺はと言えば残念な気持ちと安堵した気持ちが半々といったところか。

 ──なんて、突拍子もないゲームはこれで終わりだと思っていた俺は、隠岐紅音という少女の不屈の精神と俺に対する愛の深さをまだまだ甘く見ていたらしい。

 

「でも大丈夫です!ポッキーはまだまだありますよ!」

「箱単位で!?」

 

 部活もないのにやけに荷物が多いような気はしていたのだが、どうやらそれは全てこのポッキーの山だったらしい。

 よく見たらトッポとかプリッツなどもあり、およそスーパーやコンビニで買える細長い棒状の菓子は全て網羅しているのではないかというほどの数だ。

 想像の斜め上を行く展開に目を白黒させる俺に向かって、快活に笑いながら告げる。

 

「だから、成功するまで何度でもチャレンジしましょうね、楽郎先輩!」

 

 

「ただいまー」

 

 ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた数十秒後、帰宅した瑠美が俺の部屋に入ってくる。

 些か長くなった休憩を終えて再び勉学に励んでいた俺と紅音は、ペンを置いて彼女を出迎えた。

 

「おかえり、遅くまでお疲れさん」

「おかえりなさい、瑠美ちゃん!」

「せっかく来てくれたのに悪いわね、急なバイトが入っちゃって……退屈してなかった?」

「ううん、楽郎先輩と一緒にお勉強してたから大丈夫だよ!」

 

 二人が会話しているのを尻目に勉強道具を片付けていく。瑠美も帰ってきたことだし、今日はもう切り上げ時だろう。

 瑠美は荷物を置きながら適当なクッションに座ろうとして、部屋の片隅にうず高く積まれたお菓子の山に気が付き目を剥いた。

 

「そっか、それならよか……この大量のポッキーは何事!?」

「紅音のお土産、さっきまで二人で食ってたんだ」

「いやいや、流石にこれは食べ過ぎでしょ……」

 

 常軌を逸したその量に、瑠美が呆れた様子を隠しもせず、ため息交じりに苦言を呈する。

 俺としても元々は流石にここまで食べるつもりは無かったのだが。

 

「……まあ、気が付いたらこうなってたというか」

「えへへ、つい夢中になっちゃって(・・・・・・・・・・・)

 

 もう一度、もう一度だけと繰り返すうちに気が付けばご覧の有様である。

 恥ずかしそうに紅音がぽりぽりと頬を指でかいているが、きっと俺も似たような表情を浮かべていることだろう。

 

「それにしたって三箱(・・)も空にするのはどうなのよ、二人ともちゃんと夕飯入る?」

「うーん、まだお腹いっぱいかなぁ」

「もう、何事もほどほどにしておきなさいよ?」

「……そうだな、今後はもう少し自重するよ」

 

 

 

【龍宮院京極の場合】

 

「京極、ポッキーゲームやろうぜ」

「ポッキーゲームぅ?君はまた随分と俗っぽいことを……」

 

 それは、稽古までまだ時間があるということで京極の部屋で雑談がてら時間を潰していた時の事。

 俺が土産がてら持ち込んだポッキーを食べながら告げたその言葉に、京極は胡乱な目つきで呆れ声を漏らした。

 

「そう固いこと言うなよ、ちょっとしたお遊びみたいなもんだって」

「遊びにしたってもうちょっと何かあるでしょ、何だってあんなくだらないゲームをしなくちゃならないのさ」

「いや、せっかくポッキーの日にこうしてポッキーを食ってるんだし、ちょっと興味があったというか」

「しょうがないなぁ、楽郎がどうしてもというならお菓子会社の策略に乗ってあげようじゃないか」

「よっしゃ、言質は取ったからな」

 

 しぶしぶではあれど京極の口からきっちり「やる」という言葉を引き出した俺は、気が変わらないうちにと早速ポッキーの端をくわえた。

 京極は尚も仕方ないなという態度を崩さず俺の正面に座り直すと、軽口を叩きつつも反対側を口に含む。

 

「はいはい、こんなことの一体何がそんなに面白いのやら」

「ほら、ほっひくわへろよ」

「わかったよ……あむ」

「………もぐ……」

「……むぐ……はぐ…」

 

 少しづつ、しかし着実にポッキーを食べ進める。

 最初は平気な顔をしていた京極だが、ポッキーが短くなり段々お互いの顔が近づいてくるにつれ、徐々に顔を赤くしてぷるぷると震え始めた。

 しかしそれでもポッキーは折れることなく、あと一口で全て食べ終わる。

その瞬間。

 

「………っ!ぷあっ……あー、残念失敗しちゃったなー」

 

 勢いよく仰け反りながら顔を離し、京極がやや棒読みでそんなことを宣った。

 俺の口に残ったポッキーは確かにあと一歩という所で折れている。

 しかし……

 

「お前、今自分から折って……」

「ななな、何のことかな!?」

「ってかギリギリだったけど心なしか柔らかいものが唇に当たったような」

 

 京極が離れる寸前、俺の口にはぷにっとして尚且つ温かな感触が伝わっていた。

 それを告げれば京極は慌てて立ち上がると、脱兎のごとく部屋を飛び出した。

 

「!?ぼ、僕はもう稽古に行かなくちゃ!それじゃ楽郎また後でね!」

「……逃げたな」

 

 

「ふぅ、今日の稽古も終わったことだし、汗を流したら帰ってクソゲーでも……」

「ね、ねえ楽郎」

 

 龍宮院家の道場にて。一日の稽古を終え、着替える為に更衣室に向かおうとする俺を京極が呼び止めた。

 振り返ると、京極は最近伸ばし始めた髪の端を指先でくるくると弄びながら何やら口を開こうとしてはまた閉じてを繰り返している。

 

「どうした?」

「その……さっきのポッキーって、もう全部食べちゃった?」

「いや、まだ半分箱に残ってるけど」

「そ、そっか!」

 

 封を切った方は全て食べてしまったが、一箱に二袋入りのものだったのでもう一つの方は残っている。

 そう伝えてやれば京極はあからさまに嬉しそうな声を上げた。

 

「で、それがどうかしたのか?」

「……あの、楽郎も知っての通り、今日は國綱兄さんは出かけてるんだよね」

「まあ、そうじゃなきゃ迂闊にお前の部屋に遊びに行けないからな」

 

 いつぞやの夜に彼女の部屋へと誘われた時にも話したことだが、あの人がいないと俺はおちおち京極と二人きりにもなれやしない。俺も兄という身として妹を大切に思う気持ちは理解できなくも無いが、國綱さんのそれは想像の埒外のレベルに達している。

 

「逐一壁の向こうの気配を探りながら会話する羽目になるからね……」

「あの人のお前に関する第六感はマジでどうなってるんだろうな」

「私もそこは心底疑問だよ……まあ、兄さんのことは置いておいて」

 

 脱線しかけた会話の内容を元の内容に戻すべく、京極はこほんと一つ咳ばらいをして当初の目的を話し始める。

 実のところ俺は彼女が何を言いたいのか既にほぼ察しているのだが、あえてそれを伝えることはせずに京極自身の言葉を待つ。

 

「ええっと、その……私としては、些細なゲームとはいえ失敗したままだと悔しいというか」

「……つまり?」

「うううう……!だからさ……その、もう一回……私とポッキーゲーム、してみない?」

 

 

 

【斎賀百の場合】

 

「お邪魔しまーす」

「おかえり、楽郎」

 

 道中でスーパーに立ち寄り夕飯用の食材を買い込んだ俺は、いつものように百さんの家を訪れた。

 いつものように合鍵を使って入室すると、今日はまだシャンフロにはインしていなかったようでジャージ姿の百さんがリビングで出迎えてくれる。

 俺はひとまず冷蔵庫に生ものを仕舞おうとキッチンに向かい……そこで、真新しいカップ麺の空き容器を発見した。

 

「あっ!百さん、またカップラーメンでお昼を済ませましたね?」

「……新作が出ていたんだ、仕方ないだろう」

 

 まるでつまみ食いが見つかった子供のようなバツの悪い顔で百さんが言い訳をする。

 そう言って今までどれだけの数の新作カップ麺が彼女の胃に消えていったのだろう。

 

「まったく、カップ麺を食べるなとは言いませんけど、ちゃんと野菜とかお肉も食べて下さいよ」

「善処する」

「そう言いながら今は何を食べ……って、百さんがその手のお菓子食べてるの珍しいですね」

 

 会話の最中で百さんが何かを口にしていることに気が付き、テーブルの上に視線を移す。

 するとそこには至って普通のポッキーの箱が半ばまで食べられた状態で鎮座していた。

 普段はそれほど甘いものを食べず、食べるとしても本格的なパティスリーやショコラトリー、ないしは老舗の和菓子屋さんのものが多い彼女にしては珍しい。

 

「カップ麵を買おうとコンビニに寄ったらポッキーの日だと宣伝していてな、つい買ってしまったんだ」

「ああ、そういえばそんなイベントもあったような」

 

 特にゲーム内のイベントに反映されることの無い行事なので深く意識したことはなかったが、確かに今日立ち寄ったスーパーでも十一月十一日というゾロ目にかこつけた売り文句のポップを見かけた気がする。

 

「良かったら楽郎も食べるか?」

「いいんですか、ではお言葉に甘えて」

 

 なんてことの無いようにそう言う百さんだが、何故か彼女は俺にポッキーを渡してはくれない。

 そればかりか、ポッキーを俺では無く自分で食べ始め──

 

「んっ」

「あの、それで俺にどうしろと」

 

 何故かポッキーを咥えたまま俺に向かって顔を突き出す百さんに疑問を呈する。

薄々とその意図を察しつつ、百さんがまさかそんな……という思いもある。

 そんな俺の内心の葛藤を知ってか知らずか、百さんは一度ポッキーを手に持つと、挑発的ににやりと笑って俺に告げる。

 

「どうした?食べないのか?」

 

 そう言って再び百さんはポッキーを口にする。

 ここまで言わては俺の答えは一つしかない。

 

「……いただきます」

 

 

 ポッキーが無くなり、二人の距離がゼロになる。

 ぴとりと触れ合った唇が熱い。

 

「んっ」

「っ……んむっ!?」

 

 ぬるり、と唇の隙間から百さんの舌が俺の口内に侵入してくる。

 彼女の舌はまるで軟体動物のように俺の中を這い回り、俺の舌を見つけるや否や決して逃がさないとでも言うかのように執拗に互いを絡め合わせていく。

 口に感じる甘味がポッキーの残滓によるものなのか、それともこの状況により脳が齎す錯覚なのか、酸欠と熱に浮かされた頭では最早判断が付かなかった。

 

「んっ…じゅるっ……」

「……む………ぷはっ」

「ふふっ、甘いな」

 

 空気を求めて口を離せば、互いの唇から名残惜し気に銀色の橋が一瞬伸びてぷつりと消えた。

 ぜえはあと喘ぐ俺を見下ろしながら、百さんは獰猛な肉食獣のように艶然と微笑んでいる。

 

「あの、百さん」

「なんだ、楽郎」

「……おかわりしても、いいですか?」

 

 率直な俺の懇願に、彼女は一層笑みを深くして俺の頬に両手を添える。

 互いの息のかかる距離まで近づいたことで、彼女の汗やチョコの甘い匂いの混じった香りが俺の鼻孔を擽った。

 

「勿論だとも、私としてもこの程度で満足するつもりはない」

「言いましたね?最初に煽ったのは百さんの方なんですから、今日はとことん付き合ってもらいますよ……!」

「ああ、望むところっ!?……んむっ……ちゅる……」

「……んっ……はぁっ…」

「おいおい、そうがっつくな。私は逃げないぞ?」

 

 話し終わるのも待たずに食らいついた俺を、揶揄うような口ぶりで百さんが窘める。

 だが、今の俺にそんな余裕は存在しない。

 

「生憎、こちとらご馳走を目の前にして『待て』が出来るほど従順じゃないんですよ」

「やれやれ、とんだ狼に目を付けられてしまったものだな」

「狼は、お嫌いですか?」

「愚問だな……今更私にそれを聞くのか?」

 

 

 

 

 

・おまけ

 

【魚臣慧の場合】

 

「なあ慧、ポッキー食うか?」

「おっ、サンキュー楽郎。ちょうど何か甘いものが欲しかったんだよ」

「そいつは良かった、ほれ口開けろ」

「いや自分で食べられるから」

「ああん?俺のポッキーが食えないってのか?」

「何故そこで喧嘩腰、わかったよほら……あむ」

 

パシャッ

 

「どうだ、美味いか?」

「うん、美味しいけど……今なんかシャッター音しなかった?」

「さあ?気のせいじゃないか?」

 

 その日、顔隠しのSNSにアップされたポッキーを咥える慧の画像で魔境は多いに盛り上がったという。

 

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