徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎の恋愛トークを聞かされる京極のお話。

※楽玲前提の京極の片想い。


アイスクリーム シンドローム

 お前は嘘が下手くそだな、と彼は笑った。

 

 最初はシャンフロで、その次は幕末で。

 ゲームが紡いだ僕と楽郎の縁は、それからもネフィリム・ホロウや幾つかのゲームでの交流を経て、最後には現実世界で出会うに至った。

 普段は兄二人に押し付けてのらりくらりと交わしていた面倒な親戚付き合いを利用して彼の住む町にまで押しかけたその出会いは運命……と呼ぶには些か恣意的に過ぎるものの、何はともあれ龍宮院京極と陽務楽郎は、あの日ゲームのアバターという殻を脱ぎ捨てて真の友誼を結んだのだ。

 楽郎の馴染みのゲームショップで声をかけた時の彼の間抜け面は今でもはっきり覚えていて、時折僕を思い出し笑いさせてくれる。

 僕をからかって怒らせたり、意地の悪いことをして僕の反応を楽しんだりとまるで小学生男子のようなところのある楽郎だけれど、僕は不思議と彼のことを嫌いにはならなかった。

 むしろ、これまでの学友や道場の仲間達よりもよほど馬があったくらいだ。僕が進学先に彼のいる大学を目指してしまうくらいには。

 結局、理数系の成績が芳しくないことが足をひっぱり楽郎と共にキャンパスライフを過ごすことこそ叶わなかったけれど、それでも彼と同様に都内の大学へと進学した僕は、月に何度か会って遊ぶ程度には仲の良い友人関係を維持していた。

 

「それで、こないだ玲さんがさぁ──」

 

 そう、こうして彼の惚気話を聞かされる程度には、僕は楽郎の良き友人(・・)であった。

 氷が溶けてすっかり薄くなったカフェオレを飲みながら、やれ玲さんが何をした、あの時の玲さんが可愛かったと、彼の口から放たれる「玲さん」という言葉の濁流を聞き流していく。

 何が悲しくてせっかくの二人きりのお出かけで別の女の話を延々と聞かされなければならないのか。

 率直に言って到底愉快とは言い難い状況にも関わらず、毎度懲りることなく彼の呼び出しに応じ、時にはこちらから誘いをかけている僕も大概大馬鹿野郎だ。

 

「って、俺ばっかり話して悪いな」

「別に、仲がいいのは良い事でしょ。君が楽しそうで僕も嬉しいよ」

「いやいや、そんな引き攣った笑顔で言われても説得力無いから、顔に『このバカップルがよ……』って書いてあるから」

「あ、分かっちゃった?」

「分かるに決まってるだろ、京極は相変わらず嘘つくの下手くそだな」

 

 内心が顔に出すぎだ、なんてからからと笑う楽郎に、僕は安堵と落胆が綯い交ぜになったため息を吐く。彼は僕の表情までは読めても、僕が何故そんな顔をしているのかまでは推し量れない。

 

「いやぁ、京極相手だと色々相談もしやすくてさ」

「相談、ねぇ……彼女自慢の間違いじゃない?」

 

 だから、いつも僕が君の恋愛トークをどんな心境で聞いているのかなんて、きっと知る由も無いのだろう。

 僕の目の前で無邪気に笑う君の笑顔は、いつもは僕じゃないあの子に向けられている。それをこの瞬間だけは独り占めできることが嬉しくて、悔しくて。

 近くて遠い親友の距離に甘んじたままの僕からの、友情という儚い嘘がバレないように、信じてもいない神に密かに祈った。

 

 

 

 

 うだるような暑さの、夏の日のことだった。

 

「俺、玲さんにプロポーズしようと思うんだ」

 

 僕と楽郎が大学を卒業して早数年。互いに社会人としてそれぞれの道を歩み始めたにも関わらず、僕たちの交友は変わることなく……否、年月を重ねることにより、一層親密な信頼と友愛を気付き上げていた。

 それこそ、今ちまたを賑わせている新進気鋭のプロゲーマーがプライベートな相談相手に真っ先に僕を選ぶほどに。

 今僕たちが座っているカフェテラスは店の裏庭のやや奥まった場所にあり、他の客の声が届くことは無い。

 唐突な彼の言葉を聞いて言葉を失う僕の耳に、木々の騒めきや蝉時雨、グラスの氷が解けてグラスにぶつかるカランという音だけが虚しく響いた。

 

「……で、僕はそれを聞かされてどうしろと」

「別にお前に何かして欲しいって訳じゃないんだけど、しいて言うなら、うーん……決意表明?」

「なにさ、それ」

 

 じくじくと痛む心から目を逸らしつつ、呆れた風を装って苦笑を顔に張り付けた。

 ざっかけない楽郎のその言いぐさが、彼から向けられる信頼が、長年に渡り築き上げてしまった親友としてのキャスティングの結末を僕に伝えてくる。

 いつか、きっといつの日かこの想いを伝えられれば。

 たらればを願い、されど動くことを怖がって。いつまでもモラトリアムを謳歌して、足踏みしていた結末がこれだ。

楽郎も、あの子も、皆はちゃんと前に進んでいたというのに。

 

「──今度の世界大会で、俺はシルヴィア・ゴールドバーグに勝つ」

 

 高らかに、画用紙に子供が描いた夢物語のような未来を語る楽郎は、その実誰よりも大人びていて。

 出会った頃よりも少しだけ低くなった声が、高くなった背が、されど変わらぬ熱い瞳が、目の前にあるにも関わらず、どうしようも無く遠ざかって見えた。

 

「勝って、世界一になって……そんで、優勝賞金で指輪を買って帰るんだ」

「また随分な大言壮語を……まあ、君が負けてもあの子に振られても、残念会ならいつでも付き合うから気軽に呼びなよ」

「結婚式の招待状を速達で送りつけてやるから楽しみにしとけ」

「はいはい、期待しないで待ってるよ」

 

 期待しないとは言ったものの、きっと彼なら成し遂げてしまうという、長年の友情に基づいた悲しくも確かな信頼が決別の予感を感じさせる。運命は、いつだって残酷に僕を置き去りに進んでいく。

 

 別れの時は、すぐそこに。

 

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