「ヒカル。そろそろ起きたほうがいいんじゃないです?学校の時間ですよ?」
「ええー。いいとこだろ?それに、来月には天帝戦があるし、ちょっとでも鍛えときたいんだよ。」
佐為は、少し心配そうにヒカルを見つめた。しかし、佐為も大の囲碁好きなので、囲碁をしたいというヒカルに頭を悩ませていた。少し悩んだ結果、どうにか囲碁欲を押さえ込み、ヒカルを学校に行かせることにしたのはそれから5分後のことだった。
「やっぱり駄目ですよ!学校はちゃんと行かないと。ここにくるの出入り禁止にしますよ!」
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佐為がヒカルと出会ったのはヒカルが5才の時だった。ヒカルは、どうやら夢を通じて、この世界に紛れ込んでしまったらしい。たまたま、庭の池の側を歩いていると、どことなく子供の泣き声がするのが聞こえてきたのだ。
「どうしたんです?」
佐為は、ずいぶん小さい子が迷い込んだと少し驚いた。この世界に人が迷い込むことはとても珍しいことではあるが、無いことではなかった。数百年に数回、夢の中から迷い込んでこの世界に人がやってくる。大抵は、すぐに人間の世界に帰してそれで終わりだ。彼らは、夢を見ていたのだと思い込み、この世界に来たことをいずれ忘れていく。
しかし、佐為はあまりにも泣きじゃくるヒカルを不憫に思い、落ち着かせようと部屋の中へ招き入れた。
「落ち着いてください。名前はなんて言うのです?」
佐為はヒカルを怖がらせないよう、とても優しく、微笑みながら訊ねた。ヒカルは、そんな佐為を見て少し安心したのか、ぐずぐずと鼻水を垂れ流しながら、小さな声で「ヒカル」と答えた。
「とてもいい名前ですね。そうだ、とても美味しいお菓子があるんですよ。少し待ってください。とってきますから。」
佐為は、ヒカルの頭を少しなでて、昨日お裾分けで貰った、饅頭をとりにむかった。佐為は、あまりに小さく可愛いお客さんにとても胸を躍らせていた。この世界には、佐為のような強い囲碁の神はごろごろいても、子供はいなかった。
「あー。とっても可愛い。」
佐為は、なんとかヒカルを餌付けできないかと心の中で企んでいた。そして、あわよくば囲碁を教えてあげるなんてことができたらいいなと、考えていたのだ。
佐為は、お盆に皿にのせた饅頭と、お茶を入れ、再びヒカルの元へ向かった。ヒカルは、泣きやんでいるようで、大人しく体育座りしている。
「いい子ですね。これ口に合うか分かりませんが、どうぞ。」
ヒカルは、佐為のことを受け入れているようで、おずおずと饅頭に手を出した。
「ヒカルは、とっても可愛いですね。大丈夫ですよ。ここは夢の中、いつでも元の世界に戻してあげられますから。」
佐為は、小さい口でもぐもぐと食べているヒカルを安心させるようにそう言った。ヒカルは、佐為の事を信用したのか、少し緊張がとけたみたいだった。
「本当に僕、おうちに帰れる?」
「ええ。いつでも。私がちゃんとヒカルをお家まで返してあげますよ。」
ヒカルは、それを聞き、安心したように「良かった。」と呟いた。
そこからのヒカルはとても元気だった。学校のことや家族のこと、そしてサッカーが好きと言うことを楽しそうに佐為に話した。佐為もヒカルが自分に心を開いてくれたことが嬉しく、「うんうん」と微笑ましく聞いていた。
一通り話し終えて、佐為はそろそろヒカルを元の世界に戻そうと考えた。一瞬、やましい考えが浮かんだが、気のせいである。ちゃんと送り届けると約束したのだ。
「ヒカル。そろそろ、帰りますか?もうすぐ朝なんです。」
ヒカルはまだまだはなしたりなそうにしていた。少しうつむいている。
「もう、会えないの?」
ヒカルは佐為の事をとても気に入ったようで、もう会えないのかと泣きそうになっていた。
そんなヒカルを見て佐為は我慢できるはずもなかった。佐為は、どれだけ天帝に怒られようと、ヒカルをまた、この場所へ来れるよう頼み込むよう心に決めた。
「大丈夫ですよ。寝ている間、ちゃんとあえるよう、しときますから!」
「ほんと!またあえる?」
「ええ。いつでも来てください。喜んでお出迎えしますよ。」
ヒカルは、そのことを聞き、とても嬉しそうに佐為に飛びついた。
「絶対だよ?明日、また会おうね?」
ヒカルに抱きつかれ、上目遣いでそう言われて、佐為は、絶対離すものか、と思うのだった。
佐為は、計画通り、ヒカルを手懐けることに成功しました!