「ヒカル。お前また寝てんのか?ノート見る?」
「ん。ああ。サンキュー」
ヒカルは学校の中でかなり浮いた存在だった。派手な髪色はもちろんその原因であったが、一番はこの眠り癖である。かなりの進学校である海王中で、ヒカルのように堂々と寝ている生徒はほとんどいなかったためである。
「いい加減起きとけよな。来週の期末試験やばいんじゃねえの?」
「んー。まあ、優秀な先生がいるから。多分、赤点は大丈夫。」
「何?そんないい塾あるのか?教えろよ。」
「やだね。教えねーよ。」
ヒカルは、テスト前日に、勉強の神である菅原道真という人に勉強を教えてもらうのが常だった。余りに勉強のしない、というか出来ないヒカルに佐為が紹介したのが菅原道真である。囲碁も嗜むそうで、佐為と仲がよいみたいだ。この神様のおかげでヒカルは赤点を免れている。
「て言うか、来週のテストが終わった後、囲碁大会あるだろ。その日抜けてゲーセンでも行こうぜ。テストの鬱憤、全部はらしてやる。」
「囲碁大会とかあんの?」
ヒカルは囲碁という単語に少し反応した。ヒカルは海王中学校に囲碁部があることも知らなかったし、力を入れていることも知らなかった。
「知らねーの?毎年数回あるらしーぜ。この学校、囲碁に力入れてるからな。」
「ふーん。」
「ここの囲碁部、全国で優勝するぐらい強いらしいぞ。まあ、俺は興味ねーけど。」
ヒカルは少し囲碁部というものに興味がわいた。ずっと、夢の中でしか、囲碁に関わってこなかったので、現実に囲碁というものにふれるには初めてだった。テレビで囲碁の戦局をやっているのを見るぐらいで、実際、ヒカルの周りに、囲碁を誰かとうつという環境自体なかったのである。
「囲碁部か........。」
(全国で優勝するぐらいだから、かなり強いのかもしれない。)
ヒカルは、少し見学に行ってみてもいいかもしれないと思った。
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放課後、いつもは、速攻で帰って佐為と囲碁を打つのだが、今日は、囲碁部へ見学に行こうと考えた。
「ええと。囲碁部、囲碁部。」
「ここか。」
囲碁部と書かれたプレートを見つける。ヒカルはなんとなく入るのに気弱になってしまい、ドアの隙間から覗いてみることにした。かなり広く、何十面もの碁盤が並べられていた。すぐに来たこともあって、まだ数人しか部員はいないようだった。
「すげー。めっちゃ碁盤あるな。」
それに、囲碁の資料らしきものもかなりあるようだった。ヒカルにとって、現実でこんなにも囲碁のにおいのある場所に来るのは初めてだったので、とても新鮮な感じがした。
(佐為すげー喜ぶかもな。)
ヒカルがドアの間から部室に見入っていると、後ろからガラガラとドアが開けられた。振り向くと、3人ぐらいの部員と思われる生徒がたたずんでいた。
「す、すみません。」
ヒカルは、すぐに入り口を開けた。
「君、何か囲碁部に用?見たところ一年生だよね。」
ヒカルは少したじろいだ。
「えっと、囲碁部に興味があったので、見学しようかと思って。」
3人は少し顔を見合わせていた。それはそうかもしれない。もう、入学してから4ヶ月も過ぎているし、今の時期に部活に入る人はそうそういない。また、囲碁部は全国レベルの強さであるので、入る部員もまた、経験者が多く、この中途半端な時期となると、かなり物珍しかったに違いなかった。
「全然、興味を持ってくれて嬉しいよ。今の時期に珍しいと思ってね。どうぞ、入って。」
少し後ろにいた、人当たりの良さそうな青年がそう言ってヒカルを部室に招き入れた。
「どうして囲碁部に興味を持ったの?」
青年はヒカルに椅子を用意しながらそう言った。
「いや、俺、囲碁部あるって知らなかったし。すげー強いらしいからちょっと見学でもしようかなって。」
「へー。経験者?」
「まあ、少しは。」
青年はヒカルが囲碁の経験者であることに少し驚いてるみたいだった。海王中が、囲碁が強いことは、囲碁経験者なら誰もが知っていることだったからである。そのためか、その青年は、ヒカルが経験者と言っても、かなり弱いだろうとたかをくくっていた。
「そうなんだ。経験者なら大歓迎だよ。けど、ここの囲碁部は全国レベルだから、君には少し難易度が高いかもしれない。入学すぐに入っていたなら、初心者も何人かいたんだけど、今の時期からとなると難しいこともあるかも。」
青年は、善意でそういっているようだった。ヒカルの髪の毛や態度から囲碁をするように見えなかったのもあるかもしれない。だいたいの囲碁部員はメガネをかけていたり真面目そうであったりする人ばかりである。
「そんなに強いんだ。じゃあ、俺ついていけねーかも。いつも、負けっぱなしでろくに勝ったことないし。」
ヒカルは、実際に中学生の囲碁の実力を全く分からなかったので、そんなに強いときいて、少しワクワクしていた。いつも、年老いた爺さんや、佐為など、訳の分からない着物を着て、扇子を振りかざしている人たちとばかり戦っていたからである。
(たまには、同じぐらいの年齢の奴とやるのも楽しいかもしれない。)
「じゃあ、適当に見学していって。質問あったらいつでも僕に聞いていいから。」
とても面倒見の良さそうな青年は、そういうと、ヒカルの元から離れていった。
少し座っていると何人か人が集まり始めた。それぞれ、囲碁に話をしながら、碁石の準備をしたり、昨日の課題か何かである詰め碁について討論したりしていた。
「あれ?進藤君?何かあったの?」
同じクラスの人たちが数人入ってくる。ヒカルは、知り合いがいた事に少しほっとした。
「ちょっと見学でもしようかなって。」
「え?進藤君囲碁できるっけ?」
「まあ、少しは。」
ヒカルが囲碁をすることに少し意外だったようだ。
「へー。知らなかったな。」
「やっぱ強えーの?」
「うん。めちゃくちゃ強いよ。流石全国ってかんじ。僕、囲碁教室通ってて、そこで負けなしだったんだけど、ここでは全然歯が立たなかった。」
もう一人もそれに賛同する。
「そうなんだよ。特に部長なんてやべーよ。俺、この前、後ろから見てたけど、一生敵わないって思ったもん。」
「そんなに強いんだ。」
ヒカルは同級生から囲碁部について一通り聞いていると、他の部員も集まってきたようで、集合がかかった。部長はまだ来ていないらしく、副部長が仕切っているようだった。
「それじゃあ、昨日の反省を踏まえて、一局始めましょう。」
そう言って、部員が同じ実力同士の人と組み試合をし始めた。ヒカルは、後ろからその囲碁を観戦する。
しかし、ヒカルは一通り見たけど、強い人が一人もいないことにすごくショックを受けた。確かに少し強いかな?と思う人はいたかもしれないが、自分の相手になる人はいないと感じ取っていた。
(やべー。全然大したことねえ。)
ヒカルは、あまりに、強い強い、と聞かされていたので、その分の期待値もあり余計がっかりした。
(中学校の囲碁部もこんなもんか。)
ヒカルは中盤まで、部室をうろうろしていたが、佐為と囲碁をうったほうがいいなと思い出て行くことにした。