過眠症のヒカルの碁   作:turara

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碁会所

 「ヒカル!聞いてください!私もヒカルの世界にいけるかもしれません!」

 

 佐為はそう興奮げに話す。ヒカルは、そのことを聞いて、少し嬉しくもあり、心配な面もあった。

 

 「佐為が?神様が人間の世界に来ちゃだめなんじゃねーの?」

 

 「そうなんですけど。しつこく直談判したんです。すると、次の天帝戦で正三位の位まであがれたら、ヒカル監視の下行っていいといってくださいました!」

 

 位は、上から、天帝、正一位、従一位、下が少初一まで、天帝を除き、30の位にわけられている。上の位ほど、人数が少なく、ほとんどの神が、半分から下の位に振り分けられる。

 

 佐為は、実際、囲碁界でも、かなり上位の位に位置し、発言力もある。佐為は、ヒカルをここへ通わせることも、かなり天帝に無理を言ったようだ。一度決めたことは、何があっても退かないため、周りの人間も、とても苦労している。

 

 「また、無理言ったんじゃねえの?」

 

 ヒカルは、呆れたようにそう言った。佐為が我が儘を言っている様子が、目に浮かぶようで、「ご愁傷様。」と思う。

 

 とは言っても、佐為は今の位から正三位に上がるには、2つ位を上げなくてはならない。1つ位を上げるのにも、かなりの時間と労力を使う。ふつうに考えれば、不可能のように思える。それを見越して、そう提案したのかもしれないが、当の本人は、達成する気満々である。

 

 「いえ。快く認めてくれました!」

 

 佐為は、いつもにもまして、やる気で燃え上がっている。

 

 ヒカルは、そこまで、自分の世界に行きたいのかと呆れたが、少し楽しみでもあった。平安時代に生きた佐為が、現代の姿を見てなにを感じるのか興味を持ったからだ。

 

 「でも、勝たなきゃ駄目なんだろ?2つ位を上げるのって相当大変だろ。」

 

 ヒカルも、天帝戦に出ていたので、位を上げる厳しさは重々承知していた。ヒカルは、過去2回ほど出たが、ずっと、最下層である、少初一のままである。ヒカルは、神ではないので、剥奪という危機はない。しかし、選りすぐられた才能を持つ神様の中で、勝ち上がり位を上げるのは、本当に大変なことだ。位の下の方では、移り変わりが激しいが、上位の人達になるとほとんど移り変わりがない。ここ何年も、上位の位は安定している。

 

 「私、最近、自分が強くなっているのを感じます。ヒカルだって、2年前とは大違いですよ。きっと、一つぐらい位が上がってもおかしくないと思います。」

 

 ヒカルは、佐為とかなり実力が離れているため、佐為がどれほど強くなったのか分からなかった。ヒカルは、佐為が他人と戦うときの対局は、あまり見ていない。というのも、この世界で、他人に自分のうった碁を見せるということは、あまりしないからだ。なので、棋譜というものも存在しない。対局相手と自分との間でうった碁は、大切に自分の中にしまい込むのだ。

 

 ヒカルが、塔矢に見られた棋譜も、ヒカルが囲碁を始めて間もない頃、間違って、対局部屋に入ってしまった偶然で知った棋譜である。ヒカル自身も、神様同士がうった対局も数えるほどしか知らない。だから、テレビで堂々と碁を流していたのを初めてみたとき、ヒカルはとてもびっくりしたのだ。ヒカルが現実の世界で、他人の棋譜をみたり、テレビ中継を見たりしなかったのは、どこかしてはいけないと思っている部分があったからである。

 

 「佐為が強いのは知ってるけど、おれ、佐為が本気でうってるとこ見たことねーや。」

 

 ヒカルは、これだけ一緒に佐為といて、佐為の強さを正確に分かっていないことに愕然とした。佐為の本気の碁が見てみたいと思うが、佐為にきいてもきっと教えてくれないだろう。自分が強くなって佐為の力を引き出すしかないのだ。

 

 ヒカルは、どうしたら強くなるのだろうと考える。塔矢と対局した時、ヒカルがめったにプロの棋譜や対局を見ていないということを知り、塔矢はとても驚いていた。塔矢が言うには、対局するだけでなく、他人がうった碁の研究や、棋譜の勉強をしないとうまくなれないらしい。ヒカルも、うすうすはそう思っていた。強い人の棋譜を見ることは、とても勉強になるだろう。それでも、躊躇してしまうのは、ヒカルが一つの対局への価値を誰よりも高く見積もる神の世界で、囲碁を学んだからなのである。

 

 ヒカルは、神様の世界だけでなく、強くなるためには、現実の世界で、多くの棋譜や対局にふれることが必要ではないかと思った。

 

ーーーーーーーーー

 

 現代の囲碁を学ぶことを決めてから一週間、ヒカルは一度も、佐為のもとへ訪れていなかった。佐為の邪魔をしないというのも、その理由だが、現代の囲碁を学ぶことに必死だったからでもある。ヒカルは、現代で、多くの棋譜を読みあさっていた。図書館に行って、一日中読んでいたり、また時々、塔矢とうったりと、ヒカルは佐為からはなれ、武者修行をしていた。

 

 ヒカルがたまたま、家の近くの碁会所を訪れたのは、母親の買い物の待ち時間のお陰だった。暇を持て余したヒカルの目に留まったのが、小汚い碁会所の看板だった。ヒカルは碁会所という存在を塔矢から聞いたばかりだった。塔矢の父親も碁会所を営んでいるらしい。

 

 「ヘー。こんなとこに碁会所なんてあったんだ。」

 

 碁会所に強い人はそういないということは分かっていたが、少し興味が湧いた。塔矢の話では、碁を打つのが好きな人が集まり、対局するらしい。実際に見に行ったことがなかったヒカルは、見に行ってみようかと考えた。ヒカルは、母親に、少し抜けるということを伝え、少し見に行ってみることにした。

 

 碁会所はどうやら地下にあるようで、階段が下へと続いている。ヒカルは、怪しい場所だなと感じた。狭い階段を降り、ヒカルは古びたドアをぎぎぎと開けた。

 

 「いらっしゃい。」

 

 ヒカルの心配とはよそに、意外としっかりした所だった。ただ、煙草の煙で空気が濁っているように感じた。かなりたばこ臭い。ヒカルは、囲碁好きのおじさんばかりが集まるところなんて大抵こんなものだと、勝手に納得する。丸いメガネに新聞を読んでいるおじさんがこの店のマスターのようで、ヒカルに声をかけた。

 

 「おや、子供かい?」

 

 マスターは、横目遣いでヒカルに目線をやる。しかしマスターは、どこか歯切れの悪い様子だった。ヒカルを見て、少し動揺しているように感じる。

 

 「ここって、碁会所?」

 

 マスターは新聞を置き、ヒカルに体を向ける。

 

 「ああ、あってるよ。それより君、囲碁打てるのかい?」

 

 ヒカルは、最近この質問ばかりされていると感じた。確かに、子供が囲碁を嗜むのは少ないだろう。また、ヒカルの容姿も囲碁と結びつけにくかったに違いない。少しうんざりした気持ちで、ヒカルは「打てるよ。」と答えた。

 

 マスターは、少し言いにくそうに、ヒカルに向き合った。

 

 「ここ、参加費500円いるんだよね。君、持ってる?」

 

 ヒカルは少し焦った。まさか、お金がいるとは考えていなかったからだ。ポケットの中を漁るが、やっぱり、なにも入っていない。

 

 「知らなかったから、持ってきてないや。俺、碁会所来るの初めてなんだよね。」

 

 マスターは、少し困ったようにヒカルをみる。

 

 「残念だけど、帰ってもらうしかないね。これでも一応商売だから。」

 

 マスターはそういい、机の上にあったあめ玉をヒカルに渡す。

 

 「君、お母さんは?一人できたのかい?まあ、これでも食べなさい。」

 

 マスターは、ヒカルが一人でここに訪れたことに心配しているようだった。

 

 「母さんの買い物待ってる間、暇だから来てみたんだ。伝えてあるから平気。」

 

 「じゃあ、迎えにくるまで、ここに座ってるといい。」

 

 マスターは、ヒカルにいすに座るよう促す。

 

 ヒカルは、大人しくそれに従った。ヒカルは、改めて碁会所の中を見渡す。

 

 「あれ?子供いるじゃん。」

 

 茶髪に後ろ髪を少し跳ねさせた、ヒカルと同級生ぐらいの子供が対局をしている。対戦相手は、60代ぐらいのおじさんのようで、のけぞった姿勢で碁を打っていた。片手でたばこを吹かし、偉そうに子供を見下しているようだった。

 

 「三谷君って言うんだよ。碁がとても上手くてね。」

 

 マスターは、どこかたどたどしい態度でヒカルにそういう。

 

 ヒカルは、この碁会所の、どこかぎすぎすした雰囲気を感じ取っていた。

 

 ヒカルは席を立ち、2人の対戦する碁盤に近づく。対局は中盤。かなり三谷という少年のほうが劣勢だった。少年は苦しそうな表情をし、賢明に碁を打っている。それとは違い、対戦相手のおじさんはいやらしくにやつき少年を見下ろしている。

 

 (気分が悪い碁だな。)

 

 少年が碁石をうつと、素早く、対戦相手は急所へ打ち返す。ヒカルは、この碁の不自然な石の並びに気がついた。

 

 「なんか、石の並びが滅茶苦茶だね。」

 

 ヒカルは、思わず、そう言う。対戦相手のおじさんは、ぎろりとした目をヒカルに向けた。

 

 「ん?何かおかしいところでもあるのかね?」

 

 おじさんは、ヒカルに煙を向けながら、「ん?」と、さらに追い打ちをかけるようそういう。ヒカルは、さっきからのおじさんのあまりに横柄な態度に、ヒカルはかちんときていた。大して強くもないくせに、弱いものをいたぶるように碁を打つ。ヒカルは、そんな碁に出会ったこともなかったし、存在すること事態に吐き気がした。

 

 「変に決まってんだろ。ここも、あそこも、どう考えたって、碁石流れがおかしい。おじさん、なんかやったんだろ?」

 

 おじさんは、ヒカルをじろりと見る。

 

 「さあ?おじさんよくわからないな。おじさんが何かやったという証拠でもあるのかね?」

 

 そういい、さらに、三谷という少年に話を振る。

 

 「おじさんは、君と同じように勝負した。ただそれだけだろ?」

 

 少年はうなだれており、細々とした声で「ああ。」と答えた。

 

 「本人がそういうんじゃ文句言えねえよな?」

 

 ヒカルとおじさんのけんかに、周りの空気は凍る。マスターは慌てて、「もういいじゃないか。だけさん。その辺にしといてやんな。」と仲裁に入る。しかし、その仲裁は全く意味をなさないほど、2人には届いていない。

 

 ヒカルのほうも黙ってはいられなかった。

 

 「おい。三谷っていうんだろ?悔しくねえの?いかさまされて負けても。」

 

 ヒカルは三谷に、そう問いかける。しかし、三谷はおじさんに反論するどころか、こぶしを握り締め、「別に。」といった。

 

 ヒカルは、腹が立ったが、そこまで本人に言われると、何も言い返すことができなかった。

 

 「なんだよ。むかつく碁を打ちやがって。」

 

 ヒカルはそう悪態をつく。

 

 2人の対局は続き、やはりどんどん形成はおじさんのほうに傾いていく。そして、意地の悪いおじさんの嵌め手に三谷がかかってからは勝負がつくまであっという間だった。ヒカルは、少年がどんどん追い込まれていくのをただ黙ってみているしかなく、やるせない気持ちでいっぱいだった。

 

 (佐為なら、黙ってこの碁を見逃すはずがない。)

 

 ヒカルは、試合が終わるまでずっと、黙っていたが、三谷が「参りました。」と、小声で言った瞬間、耐えきれなくなった。

 

 「おじさん。俺と勝負しようよ。」

 

 ヒカルは、こぶしを握り締めそういう。

 

 「俺が勝ったら、三谷に謝れ。」

 

 おじさんは、俺の発言にニタニタ笑っている。

 

 「へえ。ずいぶん生意気な口きくやつだな。」

 

 マスターは、つい耐え切れなくなったのか、再び仲裁に入る。

 

 「その辺でやめとくれ。だけさんも、もういいだろ。そろそろ帰りな。」

 

 「ひどいな。マスターが、俺を呼んだんだろ。いかさま使うガキがいるから成敗してくれって。」

 

 おじさんは、マスターのほうを向き、そういう。マスターは、「何を言ってるんだ。」と、慌てて弁解する。三谷は、そのことを知って相当ショックを受けたようで、うつむき、ただただ、こぶしを握り締めている。ヒカルは、この少年も悪いと思ったが、こんなやり方で、仕返しをする大人のほうが、腹が立った。こんな囲碁を打たれて、三谷はこれから、囲碁を楽しんで打てるわけがい。そのまま終わることだけは、ヒカルは許せなかった。

 

 ヒカルは、佐為ならどうするだろうと考える。佐為は、一度、ヒカルに魅せる碁を打ったことがある。勝つためではなく、石の流れを相手に考えさせる碁。俺はその時、囲碁の美しさに、感銘を受けたのだ。

 

 ヒカルは、それを2人に感じさせることができれば、2度と、あんな碁を打つ気がなくなるだろうという確信があった。ただ、ヒカルの技量でそれができるかどうかは、疑問があったが、どうしてもヒカルは、囲碁の美しさを、この2人に感じさせたかった。

 

 だけさんは、三谷に1万円を要求する。どうやら、賭けをしていたようだ。

 

 「三谷。渡す必要はないよ。」

 

 おじさんは、「何を言ってるんだ。」とヒカルに突っかかる。

 

 「いくら子供といっても、賭けは賭けだ。ちゃんと払ってもらうよ。」

 

 おじさんは、早く有り金をよこせというように、碁盤を強くたたいた。ヒカルは、負けじと言い返す。

 

 「じゃあ、俺と一万円をかけて勝負しようよ。俺が勝ったら、三谷が返す必要はないだろ。」

 

 マスターは、慌ててヒカルを止める。マスターにも、良心があるようで、これ以上、子供を傷つけたくないのだろう。

 

 「おいおい、やめとくれ。君も見ていただろ。だけさんも、これ以上、子供から金を巻き上げないどくれ。」

 

 しかし、ヒカルは、やる気満々だった。ヒカルは、三谷を椅子から追いやると、だけさんの前にすわる。おじさんは、自分が勝つと疑っていないようで、やはりエラそうな態度でヒカルを見下している。

 

 「坊主に、一万円も払えるとは思えんな。ちゃんとママに聞いてくるんだな。」

 

 そう、ヒカルを馬鹿にする。ヒカルは碁石を握ると、三谷に向き合う。

 

 「三谷。俺の碁ちゃんと見てろよ。」

 

 ヒカルは、おじさんに向かって「握れよ。」といった。ヒカルの生意気な態度が頭にきたのか、ダケも、ヒカルに従い碁石を握る。さっきの態度とは違い、少し苛ついているようだった。

 

 「坊主。あとで泣くことになっても知らんぞ。」

 

 2人の対局を止められる人はおらず、周りにいた人もかたずをのんで2人のけんかを見守っている。マスターもあきらめたようで、「どうなってもしらないよ。」というように、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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