過眠症のヒカルの碁   作:turara

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緒方

 囲碁において、碁石の流れを感じたのは初めてだった。次にうつべき場所が自然と感じ取れる。どこにうてば繋がるのか、石と石の調和。感じたことのない感覚だった。

 

 「これは・・・・」

 

 周りの観客は、2人の対局に固唾をのんで見守っている。そして観客一人一人、それぞれが囲碁に対する何か熱い思いがわき上がってくるように感じた。

 

 ただの囲碁ではない。

 

 ただそれだけは、みんなが共通する思いだった。

 

 勝ち負け、勝負にとどまらない何かがこの碁にはある。

 

 あえて言葉をつけるとしたら、「美しい」とそう表現するしかない。石と石が、なぜこんなにも綺麗に繋がっていくのか。個々の石、繋がるはずのない石が、繋がることがまるで運命だったかのように、当たり前に、結びついていく。

 

 奇跡とも呼べるような石のつながりで、この碁は成り立っていた。少しでも打ち間違えれば、この調和は一瞬で崩れるだろう。今にもきれそうな、繊細な目に見えぬ糸を大切に引いていくように、紡いでいく。今、この碁が存在する事が、奇跡のような存在に思えた。

 

 この碁に立ち会えてよかった。そう思わざるをえない。これまで碁をうってきて、今、この瞬間のために自分は囲碁をしてきたのではないか。そう錯覚してしまう。

 

 上手な囲碁は、どこにでも転がっている。プロがうった囲碁は、どれも高度で計算高いものだろう。ただ、囲碁の強さを追い求めれば、今2人がうっている碁は、大したことがないといえるのかもしれない。所詮は、アマチュアレベルである。しかし、囲碁の強さを追い求めるだけではたどり着けない何かがここにはあった。

 

 気づけばいつの間にか、2人の囲碁に観客は魅せられていた。

 

 「何なんだ。この碁は・・・」

 

 そうこの場にいるヒカル以外の全員が思った。それは、当の本人のだけさんも同じであった。

 

 

 

 (なんだ?この感覚は?)

 

 だけさん自身、自分のうつ碁に信じられない気持ちでいっぱいだった。うつ、そしてヒカルが打ち返す。一手一手から伝わるヒカルの意志と、いくつもの可能性。答え方次第では、全部が台無しになってしまうような感覚。

 

 (この碁を最後まで作り上げたい。)

 

 そう思ってしまう自分をどこかバカらしく感じでいるが、心の高揚を抑えることができない。

 

 (こんなはずではなかった。)

 

 ダケは、そう思った。ガキが気づかないうちにいかさまをして、それでも、いついかさまを行ったのかわからなく、ただただ落ちていく。そんなガキを見て笑ってやろうと思っていたのだ。調子に乗って、自分に喧嘩を売ったことを後悔させてやりたかった。ただ、生意気なガキをぶっ潰してやろうと思っていたのだ。

 

 しかし、いかさまなんて使えるはずがなかった。勝ち負けなんて些細なものと思えるほど、この碁を完成させることに意味を感じていた。この碁を台無しにすれば恐らく、自分は一生後悔する。そう感じていた。

 

 ダケ自身、いかさまを使ってはいるが、ふつうに囲碁が強い。最初から、いかさまを使っていたわけではなかった。純粋に囲碁が好きで、囲碁を学び、棋譜を見、強くなっていったのだ。

 

 ダケは、いつからそうなってしまったのかと考える。昔は、囲碁が好きでうっていたのだ。好きだからうつ。それが変わったのは、お金が絡んだからなのかもしれない。いつからか、ただ好きだった趣味がお金を生む道具に、そして、弱いものをいたぶって楽しむためのものになってしまった。

 

 (楽しい。)

 

 そう思いながらうつのは本当にひさしぶりだった。どこにうてば石が繋がるのか、石が意志を持ったかのように教えてくれる。何かに導かれるように、だけさんは碁石を運んでいく。

 

 これまでうってきた碁は本当の碁ではなかった。そう、ダケは直感的に感じた。

 

 そしてダケは、この少年の計り知れない棋力におののく。こんな碁を打てるのは、自分より遙か高みからうたなければならない。一見碁盤上では、ほぼ互角に見える。だけさん自身も、いつもの何倍も神経が研ぎ澄まされ、うまく打てている自信がある。それでも、勝てないだろうと思うのは、この少年はおそらく、指導碁を打っている、そう思うからだ。

 

 最初は気がつかなかった。自分がいつもの何倍もうまく打てている。そう感じていた。しかし、何回か指導碁をうけたことのあるだけさんは、薄々そうかもしれないと思うのだ。

 

 しかし、そんなことがあり得るのかと思う。彼はまだ少年で、決して碁のプロではない。自分相手に指導碁を打ち、その上で、こんなに指導相手をうまく導く。

 

 自分自身が、手加減されているされていないに、昔から敏感だったからこその疑惑。おそらくここにいる誰も、この少年が指導碁を打っているなんて思いもしないだろう。

 

 ダケは自分の性格上、相手から手加減されていることが許せないし、どれだけ隠していても見破る自信がある。

 

 だが、この碁に関して、指導碁をされているというバカな話は、とうてい信じられない。自分の勘が、どれだけそう訴えようとも、理性でそれを押さえつけてしまう。

 

 もし、この碁が指導碁だとすれば、それは、この少年は、怪物か何かだと思う。プロではない、ただの少年にこんなことができてはプロも頭を下げるしかない。

 

 「化け物だ。」

 

 ダケは、そうつぶやく。ヒカルの表情。それがすべてを物語っていた。

 

 

 ヒカルの表情は、まるで互角の相手に苦しんでいるようでも、楽しんでいるようでもない。真剣だということに変わりはないが、どこか計算しているような。そんな表情。

 

 ダケは、自分がされていやな手加減というものをされていると分かっても、怒りは湧いてこなかった。怒りを通り越して、驚愕である。自分の考えすらしなかった囲碁が、ここにある。そして、それはこの少年から放たれる一手から生まれている。そのことに対する驚愕だった。

 

 (本物とはこの少年のことをいうのだろう。)

 

 ダケは、近い将来有名になるであろうこの少年と囲碁が打てたことを誇りに思った。

 

 

 碁は、互角のまま、中盤へ、そしてダケの「完敗だ。」という声で対局は終了した。

 

 

ーーーーーーー

 

 アキラにライバルがいる。緒方は、そのことを、同じ門下である芦原から聞いていた。

 

 「アキラ君にライバル?」

 

 緒方は、思い返してみれば、確かに。と思う。もともと、飛び抜けて上手ではあったが、ライバルらしい存在がいないせいか覇気がない感じだった。どこかくすぶっている。そんな感じがしていた。いくら緒方がアキラに「早く上へあがってこい。」と言っても、何かと理由を付けてそれを拒んでいた。とっくにプロとしてやっていく実力はあったが、先延ばしにしていたのは、恐らく囲碁を強くなりたいという意識が少し欠けているからだろう。

 

 だが、最近のアキラは囲碁に対してやる気を見せ始めている。研究会でも、受け身な体質のアキラが、ここ数回の研究会では、棋譜を持ち込んだり、対局を自分から志願したりと、上達しようという意志が見えていた。

 

 「アキラ君の変わりようは、それが原因か。」

 

 緒方は、同じ門下であるアキラをアキラの年の割には強いと思っていた。しかし、その程度である。あと何年かしたら分からないが、今のアキラにさほど脅威を覚えることはない。それが、本人に上達の意志が見えないなら尚更である。

 

 しかし、そんなアキラにもライバルが出来たらしい。恐らく、それはアキラにとっていい影響を与えるだろう。

 

 「それにしても、アキラ君がライバルと認める存在か。院生にそんなやついたかな?」

 

 芦原は、興味深そうに答える。

 

 「何でも、同じ学校の同級生らしいですよ。」

 

 その答えを聞いて緒方は意外に思う。確かに、海王中囲碁部は強く有名だが、アキラに敵うような相手はいないはずだ。

 

 「へえ。確かアキラ君は海王中だったかな?囲碁部か?」

 

 「それが、帰宅部らしいですよ。凄いですよね。そんな環境で強くなるなんて。」

 

 

 「誰かプロが教えているのか?」

 

 「さあ?アキラ君がどれだけ聞いても教えてくれないらしいですよ。指導者はちゃんといるみたいですけど。」

 

 緒方は、「なるほど。」と思う。恐らく引退したプロが趣味でそいつに教えてるのではないだろうか。

 

 芦原は、続けて言う。

 

 「何でも、アキラ君が認めるだけあって相当強いらしいですよ。アキラ君、最近負け越すことが多くなってきて悔しいって言ってましたから。」

 

 緒方はそれを聞いて驚いた。少しアキラに勝ったぐらいだと思っていたのだ。まさか、アキラと同等かそれ以上だとは思いもしなかった。

 

 「へえ。それは凄いな。あのアキラ君を・・・。」

 

 自分の脅威ではないと思っている緒方だが、アキラを認めていないわけではない。恐らくプロに行っても勝ち抜いていく実力は十分備わっている。そのアキラに勝ち越すのは相当な実力者でないとそんな芸当は出来ない。アキラのライバルという奴も、プロで十分勝ち抜いていける実力を持っているということだ。

 

 「どこに隠れていたんだろうな。全く噂にもならなかったが。」

 

 普通は、アキラと同じ学年でそこまで強いとなると、噂になるはずである。囲碁界という狭い世間でそこまで名前が出なかったのは、疑問である。

 

 「ですよね。本人は趣味でうってるって言ってたらしいですから。」

 

 「趣味?プロにはならないのか?」

 

 緒方は驚く。そこまで強くてプロにならなと言うことなどあるのだろうか。

 

 「さあ?ならないって言ってたらしいですよ。睡眠をとるので忙しいとか何とか。」

 

 「睡眠?」

 

 緒方は訳の分からない理由に困惑する。芦原は、俺をからかっているつもりなのだろうか。

 

 

 「いや、ほんとそうらしいですよ。過眠症っていってました。眠くて、帰ったら早く寝ないとだめなんですって。」

 

 過眠症、聞いたことはあったが、プロになるのを諦めるほどのものなのだろうか。ただ人より睡眠時間が多いだけで、プロになれないなんてことはないだろう。

 

 「別に過眠症でもプロになれないわけではないだろう。」

 

 「まあ、そうですよね。プロにあんまり興味ないんじゃないです?」

 

 緒方は勿体ないと思う。最近、若いものの台頭が少ない。プロリーグもほとんど10代20代はいない。囲碁界の高齢化は進んでいく一方である。

 

 「勿体ないな。ただでさえ、そんな環境なんだ。プロで鍛えれば相当上に行けるんじゃないか?」

 

 芦原は、同意する。

 

 「絶対そうですよ。アキラ君のライバル、まともに棋譜さえ読んだことないっていってましたからね。毎日、同じような相手と指導碁をうってもらってるだけらしいですから。」

 

 緒方は信じられないと思う。指導碁だけでうまくなっていけるほど囲碁は甘くない。多くの人と対戦し、自分で反省勉強、その繰り返しの中で強くなっていくのだ。

 どれほど師がよくてもそれは変わらない。

 

 「信じられんな。」

 

 緒方は、アキラのライバルにかなりの興味を抱いていた。

 

 「研究会に呼べばいいんじゃないか?アキラ君ほど強いのなら大丈夫だろう?」

 

 芦原は、苦笑いをする。

 

 「やっぱり忙しいって断られたらしいですよ。やることがあるんですって。」

 

 緒方は、同じパターンかといい加減怒りを覚える。

 

 「睡眠か?」

 

 「そうらしいです。」

 

 緒方は、ため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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