過眠症のヒカルの碁   作:turara

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天帝戦(初戦)

 ヒカルは、久しぶりに佐為のもとを訪れていた。まさに今日、天帝戦の第一試合目が開催される。2週間にわたって開催されるこの大会は、これから2年間の位が決定されるということもあり、この世界にとって最も重要なイベントである。みんなこの日のために自分の囲碁を磨いてきたと言っても過言ではなく、何ともいえない緊張感が漂っていた。

 

 「久しぶりですね。ヒカル。」

 

 佐為はヒカルを見つけると微笑んだ。

 

 ヒカルはいつもとは少し違う佐為の雰囲気を感じ取り、どぎまぎした。どこかいつもとは違う。見目、姿形は全く変わっていないのにどこが変わったのだろうか。ヒカルは、感覚的にいつもとは違うと感じてはいたが、いざ言葉にすると、具体的に言うことができない。ただ、何か凄いことが起こるかもしれないという何の根拠もない予感だけが胸の中に渦巻いていた。

 

 ヒカルは一週間ぶりの佐為と再会し、どこか変わった佐為を見て、少し反応が遅れてしまった。

 

 「ひ、久しぶり。一週間ぶりだな。」

 

 ヒカルの緊張を感じ取ったのかはしらないが、佐為から放たれる異様な雰囲気は一瞬でなりを潜め、佐為は笑顔でヒカルに向き直った。

 

 「本当に!久しぶりです!」

 

 ヒカルは、いつもの佐為に戻ってくれたようで少し安心した。

 

 「一週間あわなかっただけで随分久しぶりな感じがするな。佐為、この一週間どうだった?」

 

 ヒカルもヒカルなりの方法で強くなったとは思っているが、それは佐為も同じである。ヒカルは、自分が強くなっているという意識はあったが、それ以上に佐為に何か変化があったのではないかと感じていた。

 

 佐為とあったときのあの異様な雰囲気。あれは、何か佐為の中で相当な事が起きたのだろうと確信に至るのに十分なことだった。

 

 佐為はヒカルにそう問われ、なにから話そうか思案しているようだった。

 

 「いろいろありましたよ。ありすぎて、全部語るのに時間が足りません。」

 

 そう言う佐為は、少し吹っ切れているようだった。

 

 ヒカルは、なにがあったにしろ、プラスの方向に動いているようで安心した。ヒカルが、新しい環境で色々なことを見いだしたように、佐為も、ヒカルの知らない間に何か見いだしたのだろう。

 

 ヒカルは、何があったのか聞きたかったが、これから天帝戦の幕開けである。聞かなくても、自ずと結果として何があったのか現れてくるだろう。

 

 

 ヒカルは、何かが起こるであろう予感に胸を躍らせた。

 

 「佐為。お前も相当強くなったらしいな。」

 

 ヒカルは、にいと笑った。

 

 「ヒカルこそ。相当強くなったんじゃないです?」

 

 佐為は、しれっとした態度でそう言った。ヒカルは、白々しいなと思いながらも、久しぶりに会えた佐為に嬉しく、気分が上がっていくのを感じた。

 

 何故か負ける気がしない。佐為といると、自分は無敵のように強くなれるような気がした。

 

 「俺、今日負ける気がしねーよ。佐為も覚悟しとけよ。」

 

 佐為は、そう言ったヒカルを見て、本当にかなり強くなったのではないかと思った。一週間前、知人がこちらへ訪問した際、ヒカルのことを言っていたのを思い出した。

 

 「ヒカルくんは、なかなかおもしろい子じゃな。今に一気に才能が開花しそうだ。」

 

 佐為は、その時自分の弟子を誉められて嬉しかったが、本当の意味でその言葉を理解してはいなかったのではないかと思い始めていた。

 

 (ヒカルは、私が思っているよりもずっと囲碁の実力があるのかもしれません。)

 

 一番近くでヒカルを見てきたと自負する佐為であったが、一番多く、近くでうっているからといってヒカルの棋力のすべてを把握できているわけではない。ヒカルの未知なる才能の大きさを計りきれていない、と言うことを佐為は改めて感じた。

 

 佐為はヒカルの成長をうれしく思いながら、自分の闘志もわき上がってくるのを感じた。

 

 ヒカルをここまで変える、ヒカルの世界の碁とはどんなものなんでしょう。

 

 佐為は、自分の知らない囲碁への期待に胸を膨らませた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 天帝戦の組み合わせはくじによって決められる。ただ、階級が同じ、または一つ下か上のもの同士であたるようになっている。所属する階級が下位なほど、人数も多く、自然と戦う戦局も増える。逆に佐為のように上の階級だと、本当に数局しか行われない。何週間もの準備期間が与えられ、一局一局が重要視される。

 

 佐為はヒカルと分かれた後、自分の手を胸に当てふーと一息ついた。集中力が高まっていくのを感じる。ヒカルは、佐為の変に気負った空気を変えてくれたようで、ヒカルと会う前に比べて気持ちがすっきりしているのを佐為は感じた。

 

 「頑張ります!」

 

 佐為はこれから対戦することになる、安葉京という場所へ向かった。安葉京は、古くから神聖な都として神様の間で有名なところだ。大事な行事の際にこうやって開かれる。

 

 安葉京は、山の頂上の少し下に位置し、自然に囲まれた場所だった。

 

 「ひさしぶりです。ここへ来るのは。」

 

 さわさわと小川が流れ、そこには赤と金で装飾された小さな橋が架けられている。その先は、竹林がずらりと並んでおり、竹林がすれる心地の良い音が聞こえる。安葉京は、そのさらに奥に細々と存在していた。

 

 対戦相手は先に来ており、もうすでに碁盤の前に座っているらしい。気合いが入っているのは佐為だけではないようだった。

 

 佐為は、一度深呼吸をし、落ち着いた気持ちから囲碁をうつモードへ切り替えた。

 

 佐為は、ゆったりとした足取りで安葉京へと繋がる階段をのぼっていく。石段一つ上るごとに重い何かが佐為にまとわりついてくるように感じた。一段一段、上るごとに体が重くなる。更に上っているはずなのに、全く安葉京に近づいている気はせず、むしろ遠くなっていくような気さえした。

 

 佐為は今までにない感覚にひとりと汗を流す。思ったより佐為自身プレッシャーを感じているようだった。

 

 今ままでこんなにも囲碁をうつことに対して怖いと思ったことがあっただろうか。佐為は、あんなにもやる気で満ちあふれていたのに、いざ安葉京を目の前にすると足がすくんだ。

 

 石段を登り終わり、安葉京の入り口までつくと、二人の案内人が見えた。彼らは、囲碁の神になったばかりの若い神である。こうやって経験を積ませるため若い神に役割を与えているのだ。案内人二人が佐為に気がつくと深々とお辞儀をした。

 

 「お待ちしておりました。佐為殿。」

 

 少し緊張したような面もちの二人を見、佐為は少し肩の力が抜けた。

 

 二人は佐為を一番奥の部屋へと案内する。ぎしぎしと静かに板のきしむ音が聞こえる。つきあたりの和室まで来ると、二人の案内人は中の人に声をかけた。

 

 「佐為殿が到着いたしました。」

 

 少しの間の後、中にいる補佐役の神が返答した。

 

 「どうぞお入りください。」

 

 二人の案内人は、扉へと手をかけ、息ぴったりにすーとふすまを開けた。

 

 

 あけた瞬間すーと部屋の中に風が入り込み、小さく掛け軸を揺すった。静寂な間にかたかたという掛け軸が揺れる音が聞こえる。

 

 内装はとてもシンプルで最小限度。碁盤と碁石、そして、対戦する2人がこの部屋の要だと主張しているかのようだった。

 

 中には、補佐役の神が一人、そして佐為の対戦相手である東雲殿が静かに目をつぶり碁盤の前に対座していた。

 

 佐為は、内なる闘志を燃やし、対戦相手である東雲殿を見つめた。何ともいえない空気が和室に流れる。

 

 「ご無沙汰ですね。東雲殿。」

 

 佐為がそう声をかけると、東雲はその鋭い目を薄く開け佐為の方へゆったりと向いた。口は薄く微笑している。東雲は何か妖艶な雰囲気を持つ男だ。真っ黒く透き通るような長い髪が妖しくひかる。

 

 「本当に。4年ぶりぐらいですか?あなたと対戦するのは。」

 

 東雲はその雰囲気同様、囲碁にもその特徴が現れる。美しく、それでいて難解な囲碁をうつ。「妖艶」その言葉が似合う男はこの男以外いないだろう。

 

 東雲は、佐為より一つ位が高い神である。以前、佐為がくしくも敗れた相手がこの男であった。

 

 「ええ。あなたと打てること心待ちにしていましたよ。」

 

 東雲は、そんな佐為の返答に苦笑する。

 

 「いつも思うのですが、あなたのそのどこから出てくるのか知らない自信にはうんざりしますよ。自分が勝って当然と思っているのでしょうね。」

 

 東雲は、佐為にそう挑発を仕掛ける。しかし、そう思っているのは本当だろう。東雲は、佐為の脳天気さに昔からついていけないようだった。

 

 「そんなことないですよ。前に負かされた相手です。」

 

 東雲は佐為の返答に「どうですかね。」鼻で笑う。

 

 佐為はこういう対局前の挑発は苦手であった。

 

 「あなたも、相変わらず元気そうでよかったです。」

 

 佐為は、戦いの場となる安葉の間へと足を踏み入れた。

 

 佐為が、ヒカルのいる世界に行くために必要なのは2つ位を上げること。これは、8回の対戦のうち7回勝利することが必要となる。今日で負けているようでは話にならないのだ。

 

 佐為は、すっと流れるような動作で東雲の前へ対座した。碁盤を挟み二人の間に重い空気が流れる。

 

 これでもう挑発などと言う遊びは終わりだ。これからは純粋な囲碁の真剣勝負のみである。

 

 佐為は、対戦相手である東雲を前に、いつもの何十倍も神経が碁へと研ぎ澄まされていくのを感じた。安葉京へ入る前のプレッシャーが嘘のように抜け、ただ目の前の碁盤しか見えなくなる。

 

 (なんだか碁盤が小さく見えます。)

 

 佐為は碁石をいくつかカチャリという音を立ててつかんだ。そして、碁盤の前に手を伸ばす。

 

 ふと東雲と視線が交差する。先ほどの妖艶な笑みは消え、ただ、闘志むき出しの強い目線が佐為を見つめる。

 

 東雲も佐為と同じように碁石をつかむ。カチャリという音が静かなこの間を支配する。

 

 「私が先行ですね。」

 

 佐為が出した5つの碁石に対し、東雲は一つ。東雲の先行で対局はスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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