過眠症のヒカルの碁   作:turara

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過去との決別

 補佐役の神が、すっと息を吸うと、透き通るような声で囲碁開始の合図をした。

 

 「握りまして、初手東雲殿。制限時間は御座いません。両者、共に対局を開始してください。」

 

 補佐役の神は、言い終わると目をつぶり、しずしずと後ろへ下がる。

 

 対局を監視するのはこの補佐役の神のみ。天帝に遣わされた側近の神でもあり、嘘をつけず、平等の立場でこれを監視する。

 

 神同士の対局を見る事の出来る神だが、自身、囲碁をうつことが許されてはいない。それほどまでに神同士の対局というものには価値があり、自身の囲碁の道を捨てるという覚悟のあるものしか勤められないようになっている。

 

 

 佐為と東雲の視線が交わる。両者共冷静に見えるが、内の中では、誰よりも熱い熱が渦巻いていた。強いものと戦える興奮と緊張、そしてこの二人がぶつかることで出来上がる奇跡のような棋譜。お互いが認め合っているからこそ、この先の対局に、出来上がる棋譜に胸の昂揚を抑えられない。

 

 この対局を経て、恐らく両者ともに何か特別なものを得ることになるのだろう。

 

 

 東雲、佐為、両者ともに袖を直し、改めて向き直る。バサッという音が静寂の中に響き、二人は頭を下げる。

 

 「お願いします。」

 

 

 再び、両者の視線が交差する。

 

 

 東雲は、雅な動作で碁石をとると、すーと碁盤の上へ腕を伸ばす。

 

 右上隅小目。

 

 美しく白い指から放たれる真っ黒い碁石。ぱちんという深く透き通った碁石の音が放たれる。これからの荒々しい対局の嵐の前を示すようなその音に、両者、なにともいえない予感を感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 佐為は、知人の紹介である神社を訪れていた。

 

 朝俵神社。そこは木々が生い茂り、周りにはなにもない小さな神社である。こまめには手入れがされているようで、ある程度の清潔感があり、ちゃんと神社としてなりたっているようだった。

 

 佐為は、衣服を整え直し、軽く一礼する。佐為は、入り口にある鳥居を潜り境内にはいった。中央にはがらんとしたなにもない土地が広がり、右端に、手水舎が設置されている。正面には、参道、拝殿と続く。

 

 佐為は、古くからの参拝マナーに従い、雅な動作でそれを行う。

 

 

 

 「ここに来いとは言われましたが・・・。」

 

 佐為は、戸惑っていた。知人から何も聞かされず、この場所に来るように言われたのだった。

 

 佐為が途方に暮れていると、神社の奥の方から小さな人影が現れるのが見えた。まだ小さなこの神社の神のようだ。

 

 小さなこの神は、愛嬌のある笑顔に、黒く程良く長い髪の毛を上の方で結んでいる。青い服装が彼に良く似合っていた。

 

 「お待ちしておりました。佐為殿。」

 

 小さな神が佐為に対し、軽く挨拶をする。

 

 「私、この神社を担当している神です。白と申します。」

 

 可愛らしい自己紹介と笑顔に、佐為もつられて笑顔になる。佐為も軽く挨拶をかえす。

 

 「私、佐為と申します。知人の紹介でここへ来るように言われたのですが。」

 

 そう言うと彼は、「聞いております。」といい、佐為を本殿のほうへ案内する。

 

 若い神は、佐為によく話をふる。ここにくるまでどうでしたか?とか、最近囲碁の調子はどうですか?とか、不自然でない程度に佐為に質問をする。

 

 佐為は、若さの割りに、随時感じのいい神だと感じた。

 

 佐為は囲碁の神であるから、この神とはまた管轄が違う。囲碁の神は、みんな自己中心的で、自分の欲望にまっすぐな人が多い。それは佐為も同様である。

 

 だからこそ、このように気が利く穏やかな神に会うのはひさしぶりだった。佐為は、改めて囲碁の世界の特殊さを感じる。

 

 

 

 若い神は、佐為を本殿まで招き入れると、南京錠のかかっている扉を慎重に開ける。

 

 かなり重要な所であることが窺えた。

 

 格子で作られた木の扉を開けると、そこには、こじんまりとした木造の空間があった。

 

 中央には囲碁盤、そして向かい合うように二つ紫色の座布団がしかれてある。

 

 「実は、佐為殿と戦っていただきたい人物がいるのです。」

 

 佐為は、少し面食らう。まさか囲碁をうつとは思ってはいなかったからである。

 

 若い神は、佐為を囲碁盤の前へと誘導する。少し、申し訳なさそうにしていた。

 

 「佐為殿にとっては、会いたくもない人物かもしれません。」

 

 若い神は、ひざを折り、佐為に向かい合う。

 

 「それでも、相手側にはこの対局が必要なのです。お願いします。」

 

 佐為は、これから来る人物の予想が全くつかなかった。それよりも、この神の土下座までしそうな態度に少し焦る。

 

 「そんなにかしこまらないでください。」

 

 佐為は、慌てて頭をあげさせる。ここまでするなんて一体なにが起こるのだろうか。

 

 若い神は、佐為に言われ頭を上げる。佐為の目をじっと見つめていた。

 

 「わかりました。誰があいてでもうちますよ。」

 

 佐為は、上目遣いのお願いにとても弱い。佐為は、会ったときからこの青年がとても気に入っていたのでなにをされても許してしまう感じがした。

 

 それにしても、彼の言う相手側とは、まだ来ていないのだろうか。ここにくるまで、彼以外と出会ってはいない。

 

 佐為と戦いたいと言うほどであるから、囲碁が強いのであろうか。

 

 佐為は、いろいろな想像を巡らせる。しかし、どれも、はずれることになった。

 

 「その対戦相手は、いつ来るんですか?」

 

 佐為がそう問うと、若い神は、胸に手を当てこういった。

 

 「実は、もうあなたの目の前にいるのです。」

 

 佐為はどういうことか分からなかったが、その若い神様は続けて言う。

 

 「菅原顕忠という名前に覚えは御座いますか?」

 

 彼は、少し眉を下げてそう問う。

 

 佐為はその名前に良く覚えがあった。忘れるに忘れられない因縁の相手である。

 

 かつて平安時代、佐為が大君の囲碁指南役をつとめていた頃、もう一度の囲碁指南役として有名だったのが菅原顕忠である。

 

 彼が、大君に囲碁指南役は一人でいいと進言し、いかさまを使い佐為に勝利をした。

 

 佐為は、彼のせいで命を断つことになったのである。

 

 「ええ。存じておりますよ。」

 

 佐為は、彼に勿論いいイメージを抱いてはいない。佐為の人生を歪めるほど、ひどいことをした相手なのだ。

 

 佐為は、いまでも彼のことを忘れられないでいる。佐為の囲碁につきまとう一つの黒い陰が彼なのかもしれない。何十年も、何百年も時が経とうとも、佐為の胸のどこかで彼が巣を作っていた。

 

 佐為が、死ぬ要因となった相手。佐為にとって忘れられるはずもなかった。

 

 時々思い出す、あのときの光景。濡れ衣を着せられ、見物人、全員が佐為を責めるような目つきで見つめる。負けたものがなにをいっても信じてくれることもなく、佐為一人、冷たい視線を浴びせられる。

 

 佐為は、再びあの光景を思い出し冷や汗を流す。

 

 「実は、彼の生まれ変わりこそ、この僕自身なのです。」

 

 若い神様は、俯き、そう申し訳なさそうに言う。

 

 佐為はとても驚いた。以前の彼とは全く容貌も、性格も、話し方もなにもかも違っていたからである。

 

 「普通は、生まれ変わると前の記憶は失われるのです。しかし、彼、菅原顕忠の記憶は、私が何回生まれ変わろうと、私の中で居残り続けました。」

 

 彼は、目をつぶり、自分の胸を押さえる。彼の表情はとても苦しそうで何かと戦っているようだった。

 

 「私の中の彼は、いつも何かに苦しんでいます。恐らく彼が生きていた頃の記憶。失うに失えないほど強い思いがあったのだと思います。」

 

 彼は、菅原顕忠の魂の感情に引っ張られツーと涙を流す。俯く彼の床に涙がぽとりと落ちる。

 

 佐為は、それを呆気にとられて眺めていた。

 

 「私は、彼が可哀想で仕方がないのです。何百年も気持ちの整理がつかず、悔やみ続けている。私には、彼の気持ちが痛いほどわかるのです。」

 

 彼は、ついに涙が止まらなくなり、嗚咽をつき始める。

 

 「彼と会っていただけませんか?彼は、何百年もひとりで戦い続けているのです。」

 

 彼は、泣きながら佐為に向かって頭を下げる。

 

 佐為も彼が不憫になってしまった。

 

 「頭をあげてください。私も、彼のことは自分の中で清算できないでいるんです。私も彼に会わせていただきたい。私達は、きっと話し合う必要があります。」

 

 そう言うと、彼は、頭を上げ「ありがとうございます。」と佐為に感謝をした。

 

 すると、彼は、先ほどの人格が薄れていくように消え、自らの体を意識的に手放した。彼は、どさりと崩れ落ちる。

 

 再び起きあがってきた彼は、先ほどとは違う、佐為のよく知る男の気配をしていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒカル書いた!
誰か書いてくれないかな(>_<)
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