もし桜が呼び出したのが盾持ちの英霊だったら 作:猿野ただすみ
サブタイトル変えました。
間桐家の地下。そこには魔法陣が敷かれており、その前には長い紫色の髪の少女、青みがかった髪の少年、そして年齢が読み取れない老翁がいた。
---素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する---
少女、間桐桜が魔法陣の前で呪文を唱える。今行われているのは、聖杯戦争の為の、英霊召喚の儀だった。
ただ、今回の召喚にはイレギュラーが起きていた。この日のために手配していた触媒となる聖遺物が、輸送の最中に盗難に遭ってしまったのだ。
その後、触媒は発見されたものの、聖杯戦争の開始までの時間もなく、触媒無しの召喚という苦渋の決断を下したのだ。
---告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ---!
呪文を唱え終わると共に魔法陣が輝きを放ち、膨大な魔力が荒れ狂う。やがてそれが収まった時、魔法陣の中には人影があった。
その人物は女性、しかも桜と同じ年頃の少女で、片手に大きな黒い盾を持ち、胴体部分を覆うは黒いアーマー。手甲と具足も黒、肩当ては無い。
その少女を見て、桜とその兄である慎二は驚きの表情を浮かべ、祖父である臓硯は驚愕する。
少女は桜を見ると、ニッコリと微笑み尋ねた。
「あなたが私のマスターですか?」
と。
穂群原学園高等部。朝のショートホームルーム中、衛宮士郎は考え事をしていた。
(今朝もまた、桜は家に来なかった。弓道部や一年の教室にも行ってみたけど、どうやら学校にも来てないみたいだ)
毎日のように衛宮家へやって来て家事を手伝ってくれる後輩が、ここ数日、姿を見せない。それだけなら家の用事で済むのだが、学校にも来ていないとなると、心配も募ってくる。兄の慎二に尋ねてみても、
「家の事情に、何首突っ込んでんだよ!」
と言われてしまえば、それ以上深くは聞くことも出来ない。士郎は、なんとも言えないやるせなさを抱いていた。
「……やくん」
「……えっ?」
声をかけられたこと気がつき、伏せていた顔を上げれば目の前に、担任教師の顔があった。
「藤ね…、んんっ、藤村先生」
「えーみやくん? 先生の話は、ちゃーんと聞いてたのかなー?」
おどけたような口調とは裏腹に、その目は笑っていない。
「ええと、……ごめんなさい」
スパーンと、丸めた教科書で頭をはたかれた士郎だった。
どうしてこんな事になったのか、士郎は理解が追いつかずにいた。
慎二に頼まれた弓道場の掃除。思わず精を出しすぎて、日も沈み、気がつけば辺りはすっかりと暗くなっていた。
そして士郎は見た。グランドで二人の人物が、双剣と槍、互いの武器を振るい闘う姿を。
窺い見てることに気づかれた士郎は慌てて逃げる。あれは人間じゃない。あれは超常の者だ。逃げなければ殺される、と。
校舎の中へ入り、階段を駆け昇り、廊下の中程で立ち止まり、息を切らせながら周囲を見回し、誰もいないことを確認すると安堵のため息を吐き。
「追いかけっこは終わりだ」
ドキリと心臓の音が跳ね上がる。振り向いた先には、タイツに似た青い衣装に身を包んだ、槍使いの男が立っていた。
「運が悪かったな坊主。ま、見られたからには死んでくれや」
そう言って槍を突き出し---。
ギィン!
「何っ!?」
気がつけば。士郎と槍使いの間には、ボブヘアの少女が盾を構えて、士郎を守るように立ち塞がっていた。
「君、は…?」
士郎が尋ねると、顔だけこちらに向けた少女は苦笑いを浮かべて。
「ええと、……ごめんなさい!」
謝ったかと思うと大きな盾を振り上げて、盾の縁で士郎の頭を殴りつける。
「なんでさ…」
士郎は一言呟き、意識を手放した。
士郎が意識を取り戻したとき、周りにはあの槍使いの男も、盾の少女も居なかった。士郎は痛む頭を擦りながら、学校をあとにする。
家まで辿り着き、ひとつ息を吐き。
カランカラン、と鳴る呼子の音。それは、敵意を持った者が侵入したのを知らせる音。そして思い至る。自分を殺そうとした男が、果たしてこのまま見逃すのか、と。
慌てて、丸めたままのポスターに魔力を通し強化をかける。
突然天井から姿を現し、槍で突く男。士郎は慌てて身を躱し、ガラス戸を破り庭へ逃れる。
なおも執拗に攻撃をしてくる槍使いの男。その攻撃をなんとか躱し、あるいは強化したポスターで防いでいたが、男の蹴りが決まり、士郎は土蔵の前まで吹き飛ばされる。
土蔵の中へ逃げ込むと、男は士郎へ向け槍を突き出す。その攻撃を、ポスターを開き盾として防いだが、ポスターは粉砕され強化の魔術も解けてしまう。
「お前が七人目だったのかもな」
足を前に投げ出しペタリと座った状態の士郎にそう言って、男が槍を突き出そうとした時。突如現れた、鎧を纏った女性に槍を弾かれた。
「七人目のサーヴァントだと!? ……ってか、またこのパターンかよ!」
槍使いの男は毒づきながら、土蔵の外へと飛び出す。そして女性、……少女は。
「問おう。貴方が私のマスターか?」
振り返り、士郎を見下ろしながら言った。
少女、セイバーと槍使いの男、ランサーとの闘いは苛烈を極めた。ランサーの槍をセイバーは見えない剣で弾き、また見えないために間合いがわからないながらも、ランサーはセイバーの攻撃を上手く躱していく。
やがてランサーは槍を構え直し、同時に魔力を高めていく。
「その心臓、貰い受ける」
そう宣言をし。
「
槍を穿つ。
……それは奇妙な感覚だった。士郎は確かに、セイバーが槍を躱したと認識していた。だが実際は、セイバーの左胸の、さらにやや左上、……肩に近い辺りを貫かれていた。
「その槍は呪詛…、いや、因果の逆転か!?」
「躱したな…! 我が必殺の、ゲイボルクを!!」
忌々しそうに吐き捨てるランサー。だが、槍の名前を漏らしたことにより、セイバーはランサーの正体に気づく。
「正体を知られた以上、どちらかが消えるまで遣り合うのがサーヴァントのセオリーだが、うちの雇い主は臆病者でな。槍が躱されたのなら帰ってこい、なんてぬかしやがる」
「逃げるのか、ランサー」
「追ってくるのなら構わんぞセイバー。ただし、その時は、決死の覚悟を抱いて来い」
セイバーの挑発も軽く受け流し、ランサーは撤退をした。
士郎は混乱していた。駆けつけ少女を見れば、瞬く間に傷は塞がり、自分のことをマスターと呼ぶ。また自分の名を名乗れば、彼女は険しい顔をする。
そうこうしていると、セイバーは衛宮家の塀を跳び越えていく。慌てて後を追った士郎が門を潜ると、右手側でセイバーが赤服の男に斬りかかっていた。慌てて止めようとする士郎。と、そこへ。
「やめてくださああああいッッッ!!」
「なっ」
「くっ」
セイバーと赤服の男が飛び退いたそこに、少女は着地する。……いや、地面にぶつかった。
「ううー、着地失敗しちゃったよぅ」
「なっ、盾のサーヴァント!? ……アーチャー!!」
赤服の少女が赤服の男、アーチャーに命令する。次の瞬間には白と黒、二振りの剣で盾の少女に斬りかかる!
少女は慌てて盾を突き出し。
「悪食ッ!!」
剣が盾にぶつかるのと、彼女がそう叫んだのはほぼ同時。
「なにっ!?」
アーチャーは驚愕する。盾に触れた瞬間、二振りの剣は消失してしまったのだから。
「吸収したの…?」
赤服の少女の呟きに警戒を高めるアーチャー、そしてセイバー。二人がジリッと距離を詰め…。
「待ってくださいっ!」
またもや上空から聞こえる声。再び見上げると、先程は気がつかなかったが、巨大な何かが浮かんでいた。そのシルエットはまるで。
「……亀?」
士郎がポツリと呟いた。そう、それはどう見ても巨大な亀だった。
ゆっくりと降下してくる亀の背中から、ひょっこりとこちらを見下ろす人影がある。
「衛宮先輩、遠坂先輩、お二人を止めてください。私達には、争う意思はありません」
「桜!?」
「……間桐さん?」
間桐桜だった。
亀の背から降りた桜に駆け寄る、盾の少女。しかし。
(……遅い)
少女の、あまりにもの足の遅さが気になる士郎。
「桜、大丈夫?」
「うん、平気よ。この子、大人しくていい子だから」
そう答えて亀を優しく撫でる桜。亀は気持ちがよさそうだ。
「お疲れさま、シロップ」
少女も亀…、シロップを撫でながら、ねぎらいの言葉をかけてあげる。
「カメ~~~」
((鳴いた!?))
士郎と遠坂と呼ばれた少女、……凛は内心で同時にツッコんでいた。
二人が驚いている間に、シロップは20センチくらいの大きさにまで縮小する。
「ええっと、桜。その子は一体誰なんだ?」
士郎の疑問に、しかし答えたのは盾の少女だった。
「あ、私は桜が召喚したサーヴァント、ライダーのメイプルです!」
「……ライダーのサーヴァントは、真名を明かすのが習わしなのですか?」
セイバーは、疲れたといった表情でツッコミを入れた。最もこの発言の意味を知る者は、この場にはいなかったが。
「えっと、私は未来の英霊で、しかもこの世界線じゃ誕生しないから、真名明かしても問題ないんじゃないかなぁ?」
「そういう問題でもなかろう」
「ええ~?」
呆れるアーチャーにメイプルは不満気だった。
「はいはい、みんな落ち着いて!」
手を打ち鳴らし、凛が話の主導権を握る。
「こんな所でぐだぐだ話してたって、
衛宮くん、ここってあなたの家よね? 済まないけど、話をするのに使わせてもらえないかしら」
「あ、ああ。構わないけど…。って遠坂!?」
「ちょっと、今更!?」
「先輩…」
本当に今更な発言に、凛どころか桜まで呆れてしまった。
「……まあ、いいわ。さ、中に入りましょう? どうせ衛宮くんは、何も分かってないんでしょうから」
そう言って凛が促し、みんなは衛宮邸の中へと足を踏み入れた。
……ライダーのメイプル。彼女がこの聖杯戦争に加わったことで、この物語は正史のどのルートとも大きく道を違える事になるのだが、それはまた別の話である。
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