もし桜が呼び出したのが盾持ちの英霊だったら   作:猿野ただすみ

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一応今回も短編扱いです。


防御特化と聖杯戦争。

遠坂凛に促され、英霊達も含めた皆が衛宮邸の居間へと集まった。その中で一人、メイプルだけが浮いている。

確かに身に着けた鎧や手にした大盾を見れば、英霊の一人と言われて納得出来るものの筈なのだが、家の内装を見て興味深そうにキョロキョロとする仕草は一般人のそれである。

 

「ええと、メイプル、だったか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと気になって、つい…」

「いや、別に構わないけど…」

 

右手を後頭部に当て、愛想笑いを浮かべて言い訳を言うメイプルに、士郎は毒気を抜かれる。

 

「さて、それじゃ説明を始める、と言いたいところだけどその前に。

メイプル、あんた未来の英霊とか言ってたけど、もしかして日本の英霊じゃないの?」

「あれ? よくわかったね? 冬木の聖杯は本来、日本の英霊は召喚しないって、聖杯からの知識でもあるのに」

 

メイプルは隠そうともせずに、あっけらかんとしている。

 

「ま、何事にもイレギュラーはあるものだし、そもそも見た目も然る事ながら、貴女の言動や仕草が典型的な日本人のものだからね」

 

そう。黒髪、黒目の日本人顔である事に加え、興味深くキョロキョロしたり、愛想笑いを浮かべたり、というのは日本人に多く見られる行動だ。特に愛想笑いは、西洋人には理解できないものらしい。

 

「そっかあ。んー、私個人としては話してもいいんだけど…」

「私が言うのもなんだが、サーヴァントがマスター以外に自らの情報を開示するのはいかがなものかね」

 

赤い服の男、アーチャーがしかめっ面でツッコミを入れる。

 

「いや、争う気が無いなら構わないんじゃないか?」

 

士郎がそれに異を唱えるが、アーチャーは鼻で笑い、凛が呆れたとばかりにため息を吐く。

 

「衛宮くん。今貴方は、そして間桐さんも、聖杯戦争という儀式に巻き込まれているの」

 

そう言って凛は、聖杯戦争の概要を説明する。とは言っても飽くまで概要、である。

召喚した英霊をサーヴァントとして使役し、聖杯を手にするためにマスター同士が殺し合うこと。

そのサーヴァントを律する、絶対命令権である三画の令呪。

その儀式に、士郎と桜は巻き込まれたという。

 

「……てっきり間桐は、慎二がマスターになると思ってたけど」

 

凛のその呟きに、桜がぴくりと反応する。

 

「ちょっと待ってくれ、遠坂。なんでそこで慎二が出てくるんだ?」

「? 何言ってるの、衛宮くん。間桐も魔術師の家系じゃない。……え、あれ? もしかして知らなかったの?」

「ああ。俺は遠坂が魔術師だっていうのも、さっき知ったばかりだぞ?」

「あ…、そうだったわね」

 

凛はしくじったとばかりに、苦渋の表情を浮かべる。

 

「……え、それじゃあ桜も魔術師なのか?」

「あ、いえ…」

 

桜は首を横に振り。

 

「私はお祖父様から、魔術の事は教わらなかったので。ただ、私が英霊の召喚をして、兄さんにマスターとしての権利を譲渡するはずだったんです。そうしたら…」

 

ちらりとメイプルを見る桜。

 

「桜のお兄さんが、魔道書を使って私を使役しようとしたから、悪食使って魔道書吸収しちゃったんだ」

 

メイプルの説明に先程の光景を思い出し、士郎と凛が「うわあ…」と呟く。アーチャーは目頭を押さえ、一見澄ました表情のセイバーにも一筋の汗が流れる。

 

「ええと、それでお祖父様が、『それなら代わりに、お前がマスターになれ』と仰ったんですが、そうしたらライダーが怒って」

「だってそうじゃない。私は桜のサーヴァントだよ? 桜の為になら戦えるけど、あのお爺さんの為には戦いたくはないよ」

 

その時のことを思い出してか、メイプルがプリプリと怒っている。

 

「それで私、ライダーに引っ張られる形で家を飛び出してしまったんです」

「だから学校にも来てなかったのか。……って、ちょっと待てよ。それじゃあ寝泊まりはどうしてるんだ?」

 

話を聞いた限りだと、お金を持って行く間もなかったはずだ。

 

「あ、ええと、外を歩いていたら藤村先生と会いまして…」

「今は藤村組にいるんだ」

 

藤村組は藤村大河の実家で、所謂ヤの付く職業である。

 

「ふ、藤ねええええ!」

 

桜を心配していた士郎は、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

士郎達は今、新都に向かって夜の街を歩いている。その目的地は、言峰教会とも呼ばれる冬木教会。

そんな彼らの中でも士郎と凛、桜は、年齢はともかく、町中を歩いていても違和感はない。メイプルは、大河の家で着ている服に着替えているし、アーチャーは霊体化して着いて来ている。

しかし一人、やたらと目立つ人物がいた。そう、唯一名前の挙がっていない、セイバーだ。彼女が言うには霊体化が出来ないらしく、その癖、鎧を脱ぐのを頑なに断っていた。

それで士郎は仕方がなく、セイバーに黄色い雨合羽を着せたのだ。

雨の気配のない夜中に、光を反射しやすい黄色の雨合羽を着ているのだ。今まで人とすれ違うことはなかったが、そうでなかったらかなり悪目立ちしていたことだろう。

 

「ここよ」

 

凛が示すそこには、立派な教会が建っていた。

 

「シロウ。私はここに残ります」

 

いざ、教会の中へ入ろうというとき、セイバーはそう言った。彼女が言うには、ここまでは士郎の護衛として着いてきたとのこと。目的が達せられたので、自分は外で待つ、と。

 

「あ、それじゃあ私も、セイバーと一緒に待ってるね。二人でいれば寂しくないでしょ?」

「いえ、一人でいようとも、別に寂しくなど…」

「またまた、強がっちゃってー」

「強がってなどいません」

 

そんな噛み合わない会話を聞き、呆れた凛は士郎と桜を引き連れて教会の中に消えていった。それを眺めていたセイバーは、ふぅ、とひとつため息を吐く。それに気づいたメイプルは苦笑いを浮かべ。

 

「あはは、ゴメンね。実はセイバーに聞きたいことがあったんだ」

 

そう告げたメイプルの言葉に、セイバーは僅かに驚きの表情を浮かべる。

 

「……何を聞きたいのですか。言っておきますが、今は聖杯戦争の最中。敵勢力には答えられないことの方が、遥かに多いですよ?」

 

そう釘を刺すものの、「そーだよねー」と軽く返すメイプル。セイバーはまたひとつため息を吐く。

 

「えっと、セイバーって前の聖杯戦争の時にも呼ばれてたんだよね?」

「はい」

「なんでセイバーには()()()()()()? 英霊の座には召喚時の事は記録されるけど、記憶は持ち込めないはずだよね?」

 

それは召喚された英霊としては、当然の知識だった。

 

「それは個人的な理由です。話す気はありません」

「あちゃー、そうかぁ」

 

そう言いつつ、それ程困った顔をしていないのは、この質問はダメ元で聞いたからだ。

 

「んー…、それじゃあ別の質問!

もしかして私、前の聖杯戦争で召喚されてた?」

「!!」

 

予想外の質問に、ほんの僅かだが動揺してしまうセイバー。

 

「あ、やっぱりそうなんだ。初めて私の顔を見たとき、なんか驚いた表情してたし、なんとなく私を避けてる気がしたから、もしかして前に会ったことあるのかなーって思ったんだよね」

「……意外と抜け目がないですね」

 

セイバーは少しだけメイプルを見直した。

 

「えっと、前回も私、ライダーだったの?」

 

メイプルの質問にセイバーは軽く考え込み。

 

「……まあ、話しても問題はないでしょう。

少なくとも貴女はライダーではありませんでした。むしろ私を含めた6クラスから考えれば、貴女はバーサーカーだったと思われます。しかし、普通に会話をしていた事を考えると、バーサーカーと呼ぶにはあまりにも…」

 

悩ましげに答えるセイバーに、「ああ、それなら」と前置きをしてメイプルは言った。

 

「私ってバーサーカーで召喚されても、普段は狂化が入ってないから」

「……は?」

 

今まで驚いたり呆れたりしても、キリッとした態度を崩さなかったセイバーが、かなり間の抜けた表情でメイプルを見返した。

 

「私、生前…、生前? とにかくその頃は狂った事なんてないんだけど、()()()()()()大暴れしたことはあってね。それが原因で狂化が後付けされちゃったんだ。だから狂化が発動するのは、その謂われになった宝具を開放した時だね」

「そう、ですか…」

 

疲れたとばかりにため息を吐くセイバー。思考の片隅では、「もう何度ため息を吐いただろう」などと、冷静な自分が冷静に考察していたとか。

 

「えっと、あとひとつ質問、いいかな?」

「……なんですか?」

「セイバーって、あの教会の中の人と、会いたくないのかなーって…」

 

セイバーは再びメイプルを瞠目する。

 

「何故、そう思ったのですか」

「え? だって護衛だったら、やっぱり教会の中に入った方がいいんじゃないの?

そんな事はないと思うけど、桜と凛と士郎さんはマスター同士なんだから、セイバーなら念のために着いて行きそうじゃない。だから、あの中に入りたくないんじゃないかなって」

「成る程。……リンならばまだしも、貴女に見抜かれるとは」

 

セイバーはメイプルを若干見誤っていた。確かにメイプルは特別頭がいいわけではない。そしてお気楽な性格だ。

だが、見るべき所は見ているし、理論立てて物事を考えるのも苦ではない。強いて言うなら、結果斜め上の発想をすることが多いだけである。

 

「……なんだか失礼なこと言われた気がするんだけど、まあいいや」

 

後はこの性格が、相手の警戒心を弱める事に繋がっているとも言える。

 

 

 

 

 

二人は話を終えると、セイバーはじっと佇み、士郎達が出て来るのを待っている。そうなるとメイプルは暇を持て余す。そしてポケットから、何故か持っていたチョークを取り出して、地面に絵を描き始めた。

最初は気にもとめていなかったセイバーだったが、その絵が完成に近づくにつれて見入ってしまう。

 

「……よし、完成」

 

そこに書かれていたのはダ・ヴィンチ作、[モナ・リザの微笑み]のかなり精密な模写だった。

と、ちょうどのタイミングで教会の扉の開く音がする。そちらを見れば、扉を出たところで神父の礼装を纏った男が、士郎に何やら語りかけているところだった。

やがて三人がセイバー、メイプルの元までやって来て。

 

「ちょ、何よコレ!?」

「モナ・リザ、凄いじゃないか」

「これ、ライダーが書いたの?」

 

三人は感嘆の声を上げる。しかし当のメイプルは。

 

「うん。暇だったから」

 

と、あっけらかんとしていた。

 

(才能の無駄遣いですね)

 

セイバーはその想いを、胸の内に秘めた。

 

 

 

 

 

「悪いけど、ここからは二人で帰って」

 

教会を出た先の坂の途中で、凛が言う。凛曰く、これで二人とは敵同士だから。

 

「俺は、遠坂とは戦いたくないぞ」

「私も、先輩と同じ気持ちです」

 

口々に言うふたりの意見に、凛はため息を吐いた。すると突然アーチャーが姿を現し。

 

「凛。倒しやすい敵がいるのなら、遠慮なく叩くべきだ」

 

そう進言する。しかし凛は煮え切らない態度を示し、挙げ句には借りがあるからと言う。しかしその意見は、()()()()()()()()()()()()。本来なら士郎が令呪を使いセイバーを止めたことを「借り」としていたが、こちらではメイプルの介入によって、セイバーの攻撃は中断したのだ。

 

「……まあなんにせよ、遠坂はいい奴だな。俺、オマエみたいな奴は好きだ」

 

士郎の無意識発言に凛は真っ赤になり、桜からは無言の怒気が発せられるが、士郎はそれに気づきもしない。

 

「じゃあな、遠坂。行こう桜」

 

そう言って士郎は立ち去ろうとし、セイバーが何かに気づいたのか反応をする。

 

「ねえ、お話は終わり?」

 

その声に振り向くと、十代前半くらいの銀髪の少女と、2メートルを遥かに超える大男が坂の上にいた。

 

「バーサーカー!?」

 

驚愕する凛。

今、聖杯戦争の真の戦いが始まろうとしている。それはとても激しく、そしてとても呆気ない幕切れの戦いでもあった。




メイプルは、アニメの世界線の彼女の人格がメインで召喚されてます。もちろん座の彼女は、原作やゲームの彼女との集合体です。

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