もし桜が呼び出したのが盾持ちの英霊だったら 作:猿野ただすみ
「今晩は、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」
銀髪の少女が微笑む。が。
「士郎さん! あんなに幼い子を誑かしてたんですか!?」
「なんでさ!?」
メイプルが、ピントのずれた疑問を投げかけた。
「あー、メ…ライダーは黙っててくれる? 今、大事な場面だから」
顔を引きつらせつつも、こめかみを押さえながらに凛は言う。すると少女が数歩前に出て、スカートの裾を持ち上げ西洋式の会釈をし。
「初めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。『アインツベルン』って言えばわかるでしょ?」
「えー、わかんないよぅ」
挨拶を交わしたイリヤに、メイプルが文句を言う。
「アインツベルンは錬金術に特化した魔術師の一族。つまり、聖杯戦争のマスターの一人よ!」
「説明ありがとう、リン。これでわかったかしら、ライダーさん?」
イリヤがそう問いかけると、あろうことかメイプルが。
「私はメイプルだよ!」
と、真名を暴露した。さすがにこれには、イリヤも目を丸くする。
「ちょっと、さっきも言ったけど、未来の英霊だろうと真名を明かしてんじゃないの!」
凛はそうダメ出しをする。だが。
「へえ、未来の英霊なんだ」
「……あ」
凛のうっかり大爆発である。だがしかし、それも悪いことばかりではなかった。
「でも、私ばかり情報をもらうのも悪いから、バーサーカーの真名も教えてあげる」
「え?」
凛にとっては寝耳に水、である。
「バーサーカーの真名は、ヘラクレスって言うんだよ」
「「「ヘラクレス!?」」」
凛、士郎、そして桜が思わず声を上げる。しかしそれも致し方ない。何しろ、それ程有名な英雄…、いや、大英雄なのだから。
『どうする、凛。相手は十二の試練を乗り越えた大英雄だ。勝ち筋はあるのかね?』
霊体化したままに尋ねるアーチャー。
「……相手が大英雄なら、それこそ貴方本来の戦い方に専念するべきでしょう?」
『だが君達にヘラクレスの攻撃を防ぐ手段など…』
「それなら任せてよ!」
メイプルが二人の会話に割って入る。
「クラスはライダーだけど、防御力には自信があるんだ!」
「……だそうよ?」
二人の意見に、アーチャーは深くため息を吐く。
『……わかった。では私は、与えられた仕事に専念するとしよう』
そう言い残し、アーチャーの気配が遠ざかっていった。
「作戦会議は終わり? それじゃあそろそろ始めるね。
やっちゃえ、バーサーカー」
その戦闘は熾烈を極めた。道の真ん中で始まったそれは、セイバーがバーサーカーを往来のない場所へと誘導してゆく。足の遅いメイプルは取り残されるかと思いきや、気がつけばセイバーの前に出てバーサーカーの攻撃を防いでいた。
そして外人墓地へと場所は移り、戦いは本番を迎える。
バーサーカーの重い一撃をセイバーはいなし、斬り込んだ剣をバーサーカーは大きな鉈の様な剣で受け止める。セイバーが一歩引いたところで、遠方から射られたアーチャーの矢が降り注いだ。しかしそれをものともせずに剣を振り下ろしてきた所を、メイプルが盾で受け止める。その隙を突き斬りつけたセイバーの剣を、バーサーカーは紙一重で躱して…。
「ちょっと、アレのどこがバーサーカーなのよ!?」
バーサーカーの、セイバーをも凌ごうかという格闘センスに凛が愚痴る。
「狂化に飲まれようとも変わらぬその剣技、さすがはヘラクレスと言った所でしょう」
セイバーは称えつつも、刹那の思考。そして。
「ライダー、バーサーカーの隙を作ることは出来ますか?」
「ええと、わからないけどやってみる。失敗したらごめん!」
セイバーの質問に答え、メイプルは単騎、バーサーカーに突っ込んで行く。バーサーカーは剣を振り上げメイプルを叩き切らんとし、メイプルはその攻撃を盾で受け止め。
「悪食 !」
そう叫んだ瞬間、バーサーカーの剣が光の粒子となって盾に吸収される。
「何よ、それ!?」
悪食を初めて見るイリヤの、驚きとも文句とも取れる、あるいはその両方の意味を込めた言葉が口をついた。
「はあっ!!」
気合いと共にセイバーが踏み込み、その間合いにバーサーカーを捉える。しかしこのままでは、先程と同じように躱されるのがオチだ。だが、バーサーカーが動くよりも先に、メイプルが仕掛ける。
「シールドアタック!」
メイプルは盾を突き出したまま、飛び込むようにバーサーカーに体当たりした。ハッキリ言ってメイプルの筋力では、バーサーカーにダメージなど与えることなど出来ない。盾も途轍もない性能を秘めているものの、あくまでも防具である事に加え神秘の薄い時代の英霊ゆえ、バーサーカーの防御力を突破するランクには達していない。
しかし、ほんの一瞬の足止めくらいの効果はあった。そしてその一瞬さえあれば、セイバーには事足りる。
ざん、とバーサーカーの右脇腹を切り裂き、通り過ぎた先でくるりと半回転、背後から心臓を剣で突き刺した。
剣を引き抜くと、バーサーカーはびくんと体を震わせ、がくりと両膝をつく。
「やった!?」
メイプルがそう口にした。そしてそのフラグは即座に回収される事になる。バーサーカーの傷口がみるみる塞がっていき。
「■■■■■■-!!」
雄叫びをあげたバーサーカーが腕を振り上げ、メイプルを殴り飛ばす。
吹き飛ばされたメイプルは、いくつかの墓石を破壊し地面を数度バウンドしてようやく止まる。
「ライダー!」
「メイプル!?」
思わず叫ぶ桜と士郎。
「残念。バーサーカーは十二の命をストックしているの。倒したければ、十二回命を刈る事ね」
説明をするイリヤの言葉も耳に届かず、桜と士郎はメイプルに駆け寄ろうとする。が。
「ふぅ、ビックリしたぁ」
何事も無かったかのように、むっくりと身を起こすメイプル。狂化を付与されたバーサーカーと、前回の聖杯戦争でクラスこそ違えど面識のあるセイバー以外は、当然の事ながら皆、唖然としている。そう。遠くから視認していたアーチャーでさえも。
「な、メイプル? あんた大丈夫なの!?」
すぐに正気を取り戻した凛が思わず尋ねる。
「うん、へーきへーき! さっき言ったでしょ。私、防御力には自信があるんだ!」
「いや、自信があるってレベルじゃない気がするんだが…」
士郎も突っ込まずにはいられなかった。だが、これが油断と言わずしてなんと言う。
「シロウ!」
叫ぶようなセイバーの呼びかけに慌てて振り向けば、バーサーカーが士郎達の目前にまで迫っていた。
拳を振り上げたバーサーカーの前にいたのは。
「桜っ!!」
「あ…」
慌てて飛び出した士郎が桜を突き飛ばす。その瞬間、バーサーカーの拳は振り下ろされ。
「カバームーブ!」
突然士郎の前に現れたメイプルが、盾で防ぎ、勢いを殺しきれずに再び後方へ吹き飛ばされる。しかしお陰で士郎は無傷でいられた。
「うう~、桜や士郎さんを狙うなんて、もう許さないんだから! カバームーブ!」
立ち上がったメイプルがそう宣言すると、再び士郎の前、即ちバーサーカーの前に瞬間的に移動する。しかし今度はバーサーカーが後ろへと飛び退き、メイプルと距離をとった。
「セイバー!」
メイプルが声を上げると、直ぐさまセイバーがバーサーカーの間合いに入る。
「カバームーブ!」
三度、今度はセイバーの前へと移動し、短刀を引き抜きバーサーカーに突き立てようとする。
本来ならこの攻撃では、バーサーカーの皮膚を傷付けることも出来ないだろう。
だが。思考ではなく本能が。バーサーカー…、いや、ヘラクレスに、あの攻撃は危険だと訴えかけていた。
ならば躱せばいいのだが、今の彼にはそれが出来ない。その後ろには、彼が護るべき少女がいたから。もちろんメイプルは、それを狙っていたわけではない。彼女の運による偶然の産物だ。
兎も角も躱すことが出来ない彼は、メイプルの腕を掴み、その攻撃を止めた。
メイプルはちらりと桜を見る。それに気づいた桜は、こくりと頷いて。
「……やっちゃえ、ライダー!」
先程のイリヤと同じ文言を、ライダーに置き換えて飛ばした。
「
メイプルがそう言葉を紡ぐと、短刀から禍々しい色をした三首の竜が現れ、その内の二本の首がバーサーカーを絡め取る。
「■■■■■■-!」
雄叫びをあげ、バーサーカーは二本の首を引き千切るが。
「遅いよ!」
残りの一つが毒の息を吹き付けた。
「!? ■■■■!!」
「バーサーカー!?」
もがき苦しむバーサーカーに声をかけるイリヤ。やがてバーサーカーは腕をだらりと下げ、顔をメイプルへと向ける。その瞳には先程までとは違う、理性の光が宿っていた。
『……まさか毒竜退治の逸話を残す私を、毒竜で倒すとはな』
「え? 十二回命を刈るとか言うアレは!?」
「英霊は逸話からは逃れられない。ギリシャ神話の大英雄ヘラクレスの死因は、ヒュドラの毒によるものよ」
そう。メイプルにはその知識は無かったが、彼女の攻撃は奇しくも、バーサーカーの命のストックを無視して死を与えるに足るものだったのだ。
凛の説明に得心がいったメイプルは、再びバーサーカーに視線を向ける。バーサーカーは既に、光の粒子へとなりかけている。
『毒竜を操る盾の英雄よ。我が主を、どうか頼む…』
バーサーカー…、ヘラクレスはそう言い残すと、光の粒子となって消滅した。
「バーサーカー…。嘘、そんな…」
呆然として呟くイリヤ。そしてすぐに、メイプルをキッと睨みつける。
「よくもバーサーカーを! 許さない!」
メイプルに怨みをぶつけると共に、イリヤの魔力が膨れ上がり、身体中に血管のような模様が浮かびあがる。
「よくわかんないけど、これ、絶対にやばいやつだよね?」
イリヤが放出する魔力量と、凛の表情を見て確信する。
「……もう、しょうがないなぁ」
そう言うと、メイプルは短刀を鞘に納め…。
「パラライズシャウト!」
キンッ、と打ち鳴らしながらその言葉を紡ぐと、イリヤに電気が走ったかのような衝撃が走り、地に伏してしまう。
「な、に…?」
「『パラライズシャウト』って言って、名前の通り麻痺を与える攻撃だよ」
胸を張って言うメイプル。ドヤ顔で言う彼女は、普通の人間とさして変わらない。
「えっと、凛。イリヤちゃんをお願いできるかな?」
メイプルの願いに、凛は盛大なため息を吐く。
「まったく、仕方がないわね。バーサーカー…、ヘラクレスの最後の願いも、無下には出来ないしね」
遠坂凛は、魔術師としては
「へぇ、あの嬢ちゃん、なかなか面白いじゃねえか」
教会の屋根の上に佇みそう言ったのは、青いタイツに似た衣装の男、ランサーだった。
「戦闘技術はたいしたことないが、ここぞという時に機転が回りやがる。それに、対象を魔力に換えて吸収する能力も注意が必要だし、何よりあの防御力は異常だ。バーサーカーの攻撃喰らって無傷って、どんなバケモンだよ!?」
最後はただの愚痴である。
「……まったく、俺の槍とどっちが強いのかねえ」
ランサーはニヤリと嗤い呟いた。
墓地に接する林の中。戦闘の一部始終を見ていた、黒いジャージ姿の金髪の青年。
「……やはりバーサーカーでは、
とは言うものの、面白いものを見たような笑みを浮かべている。
「しかしセイバーのみならず、クラス違いとはいえ
ククク、と嗤いを噛み殺す青年。
「だがまだだ。
教会から離れた、円蔵山に建立された柳洞寺。その門前に二つの人影がある。その内の、フード姿の女性が、使い魔から送られてきた映像をもう一人の人物と共に見ていた。
「まさかあの筋にk…コホン! ヘラクレスを、こうもあっさりと倒すなんてね」
驚きと感嘆を含んだ微妙なニュアンスで言う、フードの女性。
「魔力化して吸収する能力に転移しての防御、ヒュドラの使役に麻痺付与の攻撃。何よりあの異常なまでの防御力。まるで生きた要塞だわ」
フードの女性の言葉を聞き、もう一人の人物は、ふっ、と軽く笑みを浮かべる。フードの女性は僅かに訝しむが、気を取り直して話を続ける。
「宝具を抜きにしても、まだまだ隠し球がありそうだけど、アナタはそれに対抗する手段はあるのかしら、アサシン?」
アサシンと呼ばれた人物は顎に手を当て、考える素振りを見せてから言った。
「さあ、ね。どのみち、あの防御を抜くのは生半可な事じゃないわね。
……でも、まあ、『
そう宣言をすると、アサシンと呼ばれた
バーサーカーとの闘いから半日ほどが過ぎた。
ここは円蔵山の中腹から林の中を進んだ先。人が立ち寄らぬ洞窟のその奥に、一人の少女がいた。
少女は洞窟の最奥に現れた
(こんなもののためにマ…、雁夜さんは…)
十年前の聖杯戦争で、比喩ではなく命を削り亡くなった、一人の男を思い浮かべる。やがて目を瞑り顔を伏せ、暫くして再び顔を上げたとき、それは決意の表情へと変わっていた。
「……行かなくちゃ。雁夜さんと切嗣さんの、それぞれの願いを叶えるために」
そう自分に言い聞かせて、少女は洞窟の出口へと歩き出すのだった。
メイプルの「ヒドラ」は本来の「ヒドラ(Fateだとヒュドラ)」ではありませんが、「ヒドラの毒」という概念のためにバーサーカー(ヘラクレス)は敗れました。要は「奇跡の前に聖杯の真偽は問題じゃない」のと同じ理屈です。
一応今回で、この話は終わりです。続きを書く(連載になる)かどうかは、作者の気分とモチベーション次第です。