あなたを心より尊敬し敬愛するあなたの娘、ロミ=ロジャーズは、今日で人生を終えるかも知れません。
「おめ女だったんが……」
一生のお願いをここで使います。
どうか助けて、グレートセブン!!!!!
#1
その日はごく普通の、いや、どちらかというと気分がいい時寄りの、新月の夜だった。
お風呂からあがって、短い髪を乾かして、寝る前に本を読んで、サイドボードのランプを消そうとした時だった。
窓の外の真っ暗闇の中に、生き物の気配を感じた。誰かいる?いやまさか、きっと猫か何かだろう……そう思ってベッドに潜り込んだ、はずだった。
次に目覚めた時には、天井の低い狭い部屋の中で横になった状態だった。
私は確かに布団に潜り込んで間もなく、深い眠りについていた。
なのに、ここは、どこだ?
目の前の壁を押して見たけれど、びくともしない。
だが、背中に微かな振動を感じる。
よく考えてみたら、左右の壁も近い。
寝ぼけていたことと自分のおかれている状況を理解できず思い違いをしていたが、これは狭い部屋の中ではない。自分の体格ぴったりの箱の中だ。
「棺?」
ふと、口をついてでた言葉。いやいや、そんなはず。だって私、生きてるし。
「……」
もしこれが本当に、棺だったとしたら。死んでない私が入った、棺だったとしたならば。
「待って!!ちょっと待って!!!私生きてます!!!死んでないです!!!!ここから出して!!!!!」
一刻も早くここから出なければならない。ありとあらゆる面をガンガン叩いたが、拳が痛くなるばかりでうんともすんともいわない。
「何かの間違いなんです!!!私はまだ死にたくありません!!!」
狭い空間の中で必死に暴れていると、背中の振動がなくなった気がした。もしかして気がついてくれた?!
「あのっ……」
再び訴えを叫ぼうとした瞬間、眼前からコツ、コツ、と何か硬いものが軽く当たった音がした。それを聴いた途端にふっと瞼が降り、崖から突き落とされたように、胸元から全身へと重みが伝わりそのまま気を失っていた。
「ジム=ロジャーズ君」
兄の名前だ。兄が呼ばれている。ということは、兄が近くにいるのだろうか。
兄とはしばらく会っていなかった。
私には生まれつき左耳がない。日常生活に大きく支障はないが、定期的に専門医にかからなければいけないことと、時々起き上がれないほどの体調不良に見舞われるため、故郷を離れて都市部に暮らしている。実家の母と兄は元気にしているだろうか。
「いつまで寝ぼけているんです、ジム=ロジャーズ君!」
「えっ?」
ぼんやりと薄闇の広がる天井を眺めていたら、大きな宝石のついたハットを被り、ペストマスクのような仮面をつけた男がにょきっと現れて視界を遮られた。
「早く“闇の鏡”の前へ」
ちょっと待って、確かに兄のほうが美形かもしれないけど。私髪短くて男っぽいかもしれないけど。私はジムじゃなくてロミ。ロミ=ロジャーズ。性別違うし。
と、抗議の言葉は次から次へ溢れ出て来るのだが、うまく口が利けない。この怪しげな仮面越しの金色の瞳によって、金縛りにあっているみたいに。
さあ、と促されて私はゆっくりと起き上がった。そして足元を見遣ると、やはり私は黒い棺に寝かされていたようだ……。生きててよかった。
覚束ない足取りで歩き出すけれど、なんだか視線を感じる。四方八方から鋭く射抜かれているような気がして、体中に穴が空くみたいだった。
ふと、辺りを見回してみると、ひとつの違和感に気が付いた。
私、もしかして――
「汝の名を告げよ」
“闇の鏡”とやらを目の前にすると、それがそう語りかけてきた。
「ロ」ミ、と言いかけて、反射的に口をつぐんだ。私はジムじゃない、これは明らかに人違いされている。しかし、ここで自分の正体を明らかにするのは、絶っ対に、百害あっても一理もないのは明白だった。
何故なら、ここには男しかいないから。
ざっと見て100人以上はいるこの空間の中で、私と同じくらいの歳格好の人も、前に立っている偉そうな人も、さっきの怪しげな仮面の人も、全員、男だ。
しかも、この感じ……みんな、並々ならぬ魔力の持ち主だ。私は身体にハンデを抱えている分、魔力も弱く一般人とさほど変わらない。しかし、感じることはできるだけあって、この空間に押し潰されそうなほどの魔力が滞留しているのが痛いくらいに伝わってくるのだ。
「どうした、汝の名を告げよ」
再び鏡に促され、私は意を決して口を開いた。
「ジ、ジム=ロジャーズ、……です」
それを聞いた鏡は、一瞬迷ったように沈黙した後、
「汝の魂の形は――」
と口を開き、私は思わず息を飲んだ。
「幾多の海を統べるが如く広い心と」
後ろのほうで不敵な笑い声が聴こえた気がした。
「障壁を物ともせず励む姿勢の美しさ」
また違う嘲笑に近い声。
「オク……いや……ポ……」
?????
周囲は小さくざわついて、鏡が迷ってるぞ、初めて見た、と口々に言うのが聴こえてくる。
私は片耳しかない分、聴き取りにくいような小さな声や、本来聴こえるはずのない物や動物等の声が聴こえる、ちょっと変わった能力がある。こういうざわざわ声、噂話なんかは、普通に話している声よりも強く、耳にというより直接脳内に響いてくる。
「オ……ポム・フィオーレ寮へ」
ポム・フィオーレ、……ってなんだ。
「最初オって言ったぞ……」
「結局ポム・フィオーレか……」
またざわざわ声。頭が痛くなってきた。
誘われるままふらふらと列に並ぼうとしていたその時、ずきっとひと際強い痛みが脳髄を貫く。ふらついた身体を支えるように、誰かが肩を抱いてくれた。
「あ、りがとうございます」
「千鳥足だな、気を引き締めろ仔犬」
透き通るようなオリーブ色の瞳。白銀と漆黒の髪。すごく綺麗だな、と思うと同時に、はっとして全身に緊張が走った。
「す、すみません、でした……」
言葉遣いや高圧的な態度と裏腹に、身体を支えてくれた腕は不思議と安心感があった。なんか急に暑くない?この部屋。
その後も何人かが“闇の鏡”の前に連れられて、ハーツなんとかとか、サバなんとかとか言われては、それぞれに列をなしていった。
それがひと段落した後、あの仮面男が前に立ち、声高らかに宣言した。
「これから入学式を始めます!ようこそ、ナイトレイブンカレッジへ!!」
……入学式???
…………ないとれいぶんかれっじ?????
まて。待て待て待て。
ナイトレイブンカレッジって、なんか聞いたことあるぞ。
有名な、全寮制の、……男子校。
どうりで、と思う反面、なんで?が頭の中を支配する。
いやいや、まさかジムがこんなお坊ちゃん学校に???
で、なんで私が、ジムの代わりにここにいるの???
戸惑いと、疑問と、この先どうしようという狼狽と。
ずっと、ここでばれたらまずいという気がしている。
耳鳴りにも似た心拍。変な汗が止めどない。
っていうかあの怪しげな人が学園長なんだ……
頭の中がもやもやぐるぐるしている間に、入学式も終わりにさしかかっていた。
が、その時、遅れて現れた新入生が鏡に「魂の形はない」と言われたり、たぬきみたいな猫が火を吹いて暴れだしたり、偉そうな人達がてんやわんやしだした。
こんなんじゃ、あの人達……先生ということだろうか、人違いだと訴えるのも今は無理そうだ。
「はぁ、こんな厄介な入学式は初めて……」
私達の列の先頭に立つ、これまたとても美人な人が、そう呟いて頬に手を添えた。
「さ、ポム・フィオーレ寮生はついてきて」
なんか騒ぎになっているけど、いいんだろうか。と、思いつつ伝える術もなく、私もその流れに乗って歩き出した。ふと振り返ると、赤髪の小柄な人と、銀髪の知的そうな人があの猫を追いかけていくのが視界の隅に入って、消えていった。
ここが、寮なのか……
ポム・フィオーレ寮と呼ばれる、私たちの生活拠点に辿り着いたところで、前に立つ人が変わった。
この人が、副寮長のルーク・ハント。
さっきの人が、寮長のヴィル・シェーンハイト。
二人とも独特でいて、男の人なのにすごく美しい……なんか、すごいな。
そんなことをぼんやり思っていたら、ふわっといい匂いがかすめた。――香水か?
「あんた、その耳」
はっとして振り返ると、いつの間にかすぐ隣に寮長が立っていた。やはり左側は反応が遅れてしまう。こんなに多くの人の中に入ることが近頃なかったので、すっかり意識から抜け落ちていた。
「あ、これは……」
気味悪がられるのはもう慣れている。左耳を隠そうとした瞬間、寮長がその手首を掴んできた。
/ To be
/ continued