黒の騎士団の潜水艦にある無数の部屋の中でも群を抜いて広い部屋。
ゼロの私室で魔女、C.C.は少女の帰りを待つ。
その顔に浮かぶ表情は機械の様で感情が読み取れないものの、立ったり座ったりを繰り返し、落ち着かない様子だ。
「ゼロ! アルカは一体……。」
『私にも分からない。 ただ一つ分かる事は異常なまでに疲弊している事だ。 今は休ませよう。 カレン、君は先に藤堂達の所へ。』
部屋の扉越しからゼロとカレンの会話が聞こえる。
(やっと戻ってきたか。)
話を終えた様子のゼロは、アルカを横抱きにしながら自室へと脚を踏み入れる。
「遅いぞ。」
部屋の主を迎える挨拶も無く、C.C.は文句を口にした。
『C.C.……、アルカは…。』
「ああ、分かっている。 そこのベッドに寝かせろ。」
C.C.が示したのはゼロの私室にある、一人を寝かせるには大きすぎるベッド。
ゼロは彼女の言う通りにアルカをベッドに下ろし、自身の仮面を取る。
「いつからこうなった?」
「島にある遺跡の様な物の前に立った時からだ。」
「他に変わったことは?」
「……そういえば、倒れる直前、胸の辺りを押さえて苦しそうにしていた。」
「やはりそうか。」
ルルーシュへ質問をいくつかしながら、C.C.は靴を脱ぎベッドへ上がる。そしてそのままアルカの上へと跨り、何時から持っていたのか、その手に持つナイフを彼女の胸へと突き立てる。
「おい、何を……。」
ルルーシュの疑問に答える事無く、そのままナイフを勢いよく下へとスライドさせた。
音を立てながら、アルカの着るパイロットスーツが引き裂かれ、彼女の年相応の胸が外気へ晒された。
「おい、C.C.!!」
当然の奇行に、ルルーシュは立ち上がり怒りの声を上げる。
「なんだ? スーツなら予備があるだろう、いちいち声を荒げるな。」
「そうでは無くて――――!」
「いいから黙って私に任せろ。 何、取って食う訳じゃない。」
それに、とC.C.は言葉を続けた。
「いくら妹とはいえ、乙女の柔肌をそう、まじまじと見るものでは無いぞ。 分かったなら、カレン達の所へでも行ってろ。」
彼女は淡々と、しかし目線はアルカの胸元を見つめながら、話す。
「……分かった、任せよう。」
ルルーシュは渋々という様子ではあったものの、了承し仮面を被る。
隠し事は多い、が嘘はつかないし、アルカの対して危害を加える様なことはしない。ルルーシュはその二つに関しては信頼を置いている。
了承したのもその心情の現れだろう。
『変な事はするなよ。』
「分かっている、このシスコンめ。」
ルルーシュは部屋を後にし、部屋にはアルカの呼吸の音だけが残る。
「………」
C.C.は口を開くことなく、自身の細長い指をアルカの胸の間に滑らせる。
「…ん………。」
くすぐったいのか、アルカから吐息が漏れる。しかし深い眠りに落ちているのか、起きる様子は無い。
「お前にとって、どっちが幸せなんだろうな……。」
C.C.の問に答える者はこの場に居なかった。
◇◇◇
皇歴2005年
「珍しいな、お前が頼み事なんて。」
薄暗い部屋の中に1人の少女の声が響いた。
黄金の瞳に作り物みたいに整った顔立ち、人形の様な無感動な表情。
彼女はその手に持つ資料に目を通しながら、この部屋に居るもう一人の人物に問う。何の用だ、と。
「そんな大それた事じゃないわ。 ただの相談よ。」
柔和な笑みを浮かべているドレスの女性、マリアンヌはその手に抱いている赤子に視線を向けながらそう言った。
「私は見ての通り忙しいんだ。 子どもの面倒ぐらい自分で見たらどうだ?」
「あら、貴女いつも、自分はお飾りだ~、って言っているじゃない。 たまには友人の頼み位、聞いて欲しい物だわ。」
「……わかったよ。」
嚮団の研究員がまとめた研究資料をバサッと机に放りだし、C.C.はマリアンヌの方へ向く。
嚮主という立場から形式上、資料に目を通しているものの、本来彼女は研究になど興味は無い。
資料を放り投げたのは、それの表れだろう。
「それで?」
「この子の名前を考えて欲しくて。」
マリアンヌは自身の腕の中で眠る赤子をC.C.に見せる。
「そいつは…、例の……。」
「そう、例の血筋を混ぜた私の子ども。」
そこにはついこの間、生まれたばかりの子ども。マリアンヌの第三子。
話には聞いていた、しかし実際に会うのはこれが初めてだった。
「……自分の子どもの名前くらい、自分で考えたらどうだ?」
仮にも母親だろう、と呆れながらC.C.は言った。
「そうと言ってもねぇ、もう二人も名前を考えたのよ? 何も思いつかないわ。」
それに、この子はお腹痛めて産んでないし。マリアンヌは肩を竦めて語る。
「………。」
体外受精、マリアンヌがこの子を産むときに選択した方法だ。
つまり、この赤子は機械によって受精が行われ、こうして生まれるまでの過程を全て機械の中で過ごしてきた。
この子に対しての執着が無いのだろう。
「親とは思えない態度だな。」
「私に一般的な親を求めちゃダメよ。 貴女だって分かっているでしょう?」
「……ああ、そうだったな…………。」
C.C.は寝ている赤子に視線を向ける。
「良く寝ているでしょう? 薬で眠らせたの。 この子、母親の私に抱かれても中々寝付かないから困っているのよ。」
「はっ。 案外、お前の内面でも覗いているのかもな」
「……まさか、貴女じゃあるまいし。」
こんな母親ならそうなるのも当然の様に思えるがな。
C.C.は内心そう毒づいた。
「話が逸れたわね。 それで、どうなの? C.C.。」
「名前、名前か……。」
急にそう言われても何も出てこない。
何か由来になりそうな物は無いかと彼女は辺りを見渡す。
部屋にあるのは簡素なベッドと机、それと本棚。
「………アルカというのはどうだ?」
C.C.は本棚を見つめながら呟いた。
つられてマリアンヌも本棚へ視線を向ける。
「アルカ…、
2人の見つめる先には一冊の本。
「良いわね、中々おあつらえ向きな名前じゃない。 ……ねぇ、C.C.、貴女はその
「……なんだそれは、別に深い意味は無い。 ただ最近読んだ本を思い出しただけだ。」
まぁ良いわ、とマリアンヌは踵を返し部屋を出ようとする。
「もう行くのか?」
「仮にも一国の皇女が生まれたのよ? もう周りは五月蠅いくらい大騒ぎ。 これでも忙しい身なの。」
マリアンヌはうんざりと言った様子で部屋を後にした。
「……何を詰める、か。」
これが私とアルカのファーストコンタクトだった。
・
・
・
薄暗い部屋の中、C.C.は目を覚ました。
「………懐かしいな。」
そう呟き、未だに起きる様子の無い少女へと視線を向ける、頬を撫でる。
「本来だったらあの時、名前を捨てさせるべきだったのだがな。」
これではルルーシュに甘いと言った立場が無い。
結局、自分が生きてきた痕跡を残したかっただけかもしれない。
「嗚呼、私のアルカ。 どうかお前だけは変わらないでくれ。」
そう言葉を紡ぎながら、C.C.は静かに目を閉じた。
◇◇◇
『どうだ、調子は?』
キョウトが用意したラクシャータ専用のラボ。
そこに足を踏み入れたゼロはここの主に問う。
「頼まれたフロートユニットの整備とハドロン砲の調整は行ったわぁ。 ドルイドシステムの方も問題無さそうだし、後は……。」
『パイロット、か……。』
2人はゼロが強奪してきた第六世代KMF「ガウェイン」を見上げる。
このKMFは機体本体を動かす前席と、ドルイドシステムや武装の管理を行う後席の二種類、操縦席が存在する。
神根島から脱出する時はゼロ一人で操縦していたが、このKMFの真価は二人のパイロットを持って発揮する。
『アルカなら―――』
「アルカちゃんはおすすめ出来ないわぁ。」
ゼロの考えを汲み取ったのか、言葉を遮りラクシャータが口を開く。
「このガウェインはいわば指揮官専用の移動砲台。 情報処理能力と後方射撃に秀でた機体。 アルカちゃんの様な前線で活躍出来るパイロットは乗るのは勿体無いわよぉ。」
それ、と彼女は続ける。
「仮にアルカちゃんが乗るとして、今度は無窮のパイロットが居なくなるわぁ。 貴方のオーダーでアルカちゃんに合わせて改造したんだもの、もうあの子以外には乗れないわよぉ。 同じ理由でカレンちゃんもダメね。」
『……そう、だったな。』
ラクシャータの反論に対し何も言えず、ゼロは考え込む。
ゼロの脳内で、パイロット候補はある一人の人物へと絞り込まれた。
(あの女、ちゃんと操縦訓練やっているだろうな……。)
不安しか残らないが、ここで考えても仕方ない。
ゼロは思考を切り替える。
『分かった、ご苦労だった。 パイロットの方はこちらで何とかしよう。 引き続き頼む。』
「はいは~い。 フロートユニットの方はアルカちゃん優先で良いのよね?」
『ああ。』
ラクシャータはその手でキセルを遊びながら、空いている片手でパソコンを操作する。
「ねぇ、ゼロ。」
ラボを後にしようとした時、ラクシャータから話しかけられ、足を止める。
「貴方ってロリコン?」
『…………………………何?』
全く予想をして無かった問いに、ゼロの思考が止まる。
「だって、アルカちゃんをすごい気に掛けているじゃない? まぁ年齢と血筋考えたらそうなるかもしれないけどさ、それでもちょっと過保護な位に。」
『そんなことは……。』
「幹部達が影で噂してたわよぉ、ゼロはロリコンだ、って。」
『…なん、だと………。』
◇◇◇
トウキョウ租界 政庁 総督室
『ふぅん、仮面の少女、ですか。』
「ええ、神根島でゼロと共に居たそうです。」
コーネリアは神根島での出来事をまとめた資料に目を通す。
『神根島……、と言えば枢木少佐が半狂乱になったやつですね。 あやつは無事ですか?』
「一時は軍規違反として捕らえられたものの、シュナイゼルお兄様の口添えですぐに釈放されました。 特に処罰も求められなかったそうです。」
『ははぁ、あやつは運が良い。 こうして人から好かれる点もある意味才能でしょう。 こうしてコーネリア様にも気に入られているのだから。』
快活な声を上げながら、ノネットは笑う。
「…やめてください、私は一人の軍人として彼を評価しているだけであって……。」
『ハイハイ、そういう事にしておきましょう。 ……それで話を戻しますが、仮面の少女について他には?』
再びコーネリアは視線を資料に落とす。
「他には何も。 近くに居たユフィも枢木も素性に繋がる情報は得られなかったそうです。 それは赤毛の少女も同じですね。」
『そう、ですか……、歳の方は?』
「これは憶測ですが、赤毛が10代半ば~20代前半。 仮面のが同じかそれ以下と報告が上がっています。」
ここでコーネリアはふと、疑問に思う。
やけにノネットが仮面の少女に興味を持っている事に。
「……仮面の少女に何か?」
『ん? ああ、いや大したことでは無いんです。 仮面のとはチョウフの時に一戦交えていますから、純粋に私を打ち負かしたものに対する興味ですよ。』
「あの仮面の少女が一本角のパイロット、ですか…?」
『まぁ殆ど勘ですが、恐らくそうでしょう。』
赤毛の少女が紅蓮と呼ばれるKMFから出てきた事は確認が取れている。
消去法で考えると、確かに仮面の少女が一本角のパイロットである可能性が高い。
「藤堂ら旧日本解放戦線の黒の騎士団への加入に、ランスロット並みのスペックを持った二機のKMF、それを扱えるパイロット。 そしてゼロによる新型の強奪。 中華連邦の方でも不穏な動きがあるという。 頭が痛い話だ。」
コーネリアは自らの頭を抑え、溜息を吐く。
『まぁ、そう気を落とさないでください。 もうじきダールトン将軍の子ども達、グラストンナイツがエリア11に配備されるのでしょう? 私ももうじき、そちらに戻ります。』
ああ、そういえばとコーネリアは顔を上げる。
「……あの子の事、何かわかりましたか? 私の方は調べる時間が取れず……。」
黒の騎士団への対応に、ユーフェミアと枢木の件、シュナイゼルの訪問と、ここ最近のコーネリアは多忙を極めていた。
『お恥ずかしながら確信に迫る情報は全く。 当時の事も調べようにも情報も殆ど残っておらず……。 彼女と交流が合ったアーニャ…、アールストレイム卿も何も憶えておらず、当時警護をしていたジェレミア・ゴッドバルト辺境伯は行方知らず……。』
苦笑いを浮かべながらノネットは続ける。
『ヴァルトシュタイン卿に聞こうにも、彼は今EUの方に行ってましてね、捕まえられませんでした。』
「……そう、ですか。」
無駄足だったか、とコーネリアは顔に影を落とす。
『ただ……。』
「?」
『あの事件、不可解な事が多すぎますね。 あの子と思われた顔が潰された子どもの死体。 聞けばアリエスの離宮の目の前に転がっていたらしいんです。 変じゃないですか? 彼女を殺した事をアピールしたいのなら顔を潰さない方が効果的。 彼女を殺した事を隠したいのなら、そんな目立つ場所に死体を置かなきゃいい。 中途半端なんです、下手人の行った事が。』
当時、立て続けに起こったヴィ家の不幸に動揺し、冷静な思考を保つ事が出来なかったコーネリアはそこまで頭が回らなかった。
今思い返してみると、確かにおかしい。
『それに子どもの死体は葬式が行われる事無く、すぐに火葬。 下手人は翌日には見つかり、その場で射殺。 事件の発生から収束まで早すぎる。 皇族が一人、死んでいるのに。 殺されたのも、ルルーシュ様とナナリー様が当時の日本へ渡ってすぐの事。 まるで彼女を死んだことにして、生かした様に見える。』
後ろ盾の無い皇族というのは悲惨なものだ。
他の家から激しく攻められ、将来性が乏しい為、従者も就かない。
加えてアルカは唯一の身内となった兄と姉も失い、文字通りの天涯孤独。皇位継承権も最下位。
そんな状態では当時5歳の彼女はとても生き残れないだろう。
『これは私の主観ですが、生きていますよ。 アルカ様は。』
ノネットの脳裏に仮面の少女の姿が浮かぶ。
KMFの操縦センス、状況判断。 太刀の運び、間合いの図り方。
過去に共に訓練に明け暮れた幼いアルカの姿が重なる。
(確かめる為にも、私は……。)
再び彼女はエリア11へと踏み入れる。
まさかの一度も主人公が喋らない回。
当事者が関与していない場所で勝手に物語が進むのも、コードギアスの良さだと思いますの。