「ええ~!? アルカ、手伝えないのぉ!?」
「クラスの方の手伝いを約束しちゃって……。」
「そんなぁ……。 学園祭が一番忙しいのに……。」
ショックのあまりテーブルに体重を掛け、身を乗り出すミレイ。
向かい側に座っているアルカは苦笑をしながらも、申し訳無さそうにしている。2人の顔の距離はお互いの息遣いが感じられる程に近い。
「だからってまだ生徒会でもないアルカを巻き込まないでくださいよ、会長。」
その様子を少し離れた場所で見ながら、ルルーシュは口を開く。
声からはそう感じられないが、そのキーボードを打つ指がせわしなく動いている事から、彼も忙しい事が伺える。
「だってぇ、アルカちゃん優秀何だもん……。 後、傍に居ると私のやる気がグンっと上がる。 可愛いから。」
「完全に私情じゃないですか。 アルカ、気にしなくていいぞ。 お前は過ごしたい様に過ごせばいい。」
うーん、と口にしながら予定を確認するアルカ。
「あ、でも私のクラスでの手伝いは基本的に午前に集中しているから、午後からの巨大ピザ作りはお手伝い出来るよ。」
「……ホント?」
目を潤わせながらも、期待を込めた目でミレイはアルカを見つめる。
「うん、最近学校休みがちで手伝えなかったし、いいよ。」
「い、よっしゃー! 流石アルカ! マジ天使! アルカしか勝たん!!!!」
つい先ほどまでの殊勝な態度からは想像出来ない程の反応を見せるミレイ。
その光景にルルーシュは呆れつつも、どこか安心しきった様な表情をしていた。
これが学園祭開催の1週間前。
そして、現在。
アッシュフォード学園、学園祭当日。
ナナリーによる猫の泣き真似による開始宣言がされてから間もなく、校内は沢山の人で盛り上がっていた。
ランスロットを主役とした演劇、生徒自身が的となったモグラ叩き、お化け屋敷やコスプレの館等と言った趣向を凝らしたものから飲食店まで。
色取り取りの出し物がひしめき合っている。
その中でも一際盛況しているのがここ、中等部の教室で開かれているメイド喫茶。
「ほら、アルカちゃん! 笑って笑って!」
来店した生徒に写真を撮られつつ、アルカは笑みを作る。
(メイド喫茶って聞いてないんだけど……。)
アルカが事前に知っていた情報は喫茶店という事のみ。
手伝うって言っても適当に厨房とか客引きとかのつもりだったのに、まさかホールスタッフを任されるとは思わなかった。
ましてやメイド服を着るなんて。
(まぁ、これも午前中だけ……。 がんばろう。)
静かに決意を固め、注文を取るべくアルカはホールを歩く。
「おい。」
ふと、声を掛けられ、アルカは声の主の方へ向く。
「は~い―――」
「このメイド特性タピオカピザをくれ。」
そこには長い髪を二つ結びにし、高等部の制服を身に包んだC.C.が居た。
彼女は足を組み、背もたれに体重を掛けながらメニューを見つめている。
「ってC.C.?」
予想外の来客に、アルカは目を丸くする。
「ああ、来てやったぞ。外が騒がしくて二度寝が出来なかったからな。全く、祭り事があるなら事前に言ってくれればいいものを……」
「……ごめんね。」
アルカは勿論伝えようとしたが、それにルルーシュはストップを掛けた。彼曰く、「面倒事はごめんだ」と。黒の騎士団と学園祭の準備び追われ、日に日にやつれていった兄を不憫に思い、アルカは素直に従ったのだ。結局、ルルーシュの思いも虚しく、C.C.はこうして出てきているのだが。
「まぁ、いいだろう。良い物も見れたしな。アルカはそういうのも似合うんだな。盲点だったよ。」
C.C.は品定めをする様に、アルカの全身をじっくりと眺める。
「そんなにジロジロ見られると恥ずかしいよ……。えっと、タピオカピザだっけ?」
「ああ、この私がお前達のピザの評価をしてやろう。」
「あはは、お手柔らかに……。」
普通のメニューを作っても面白くないという、どこぞの会長の様な意見が大多数を占めた事により、この喫茶店のメニューの八割はゲテモノ料理で占めている。
常人では考え付かない様な料理の数々にアルカは面を喰らったし、今でも引いている。
そんな中、ピザをこよなく愛し、ピザのエキスパートとも言えるC.C.がこの喫茶店のピザを注文した。
アルカの内心は冷や冷やである。
「なに、そう身構えるな。私はピザに関しては寛容だぞ?」
「んん……、口に合うと良いんだけど……。じゃあ、注文伝えてくるから、ゆっくりしててね?」
パタパタと小走りでアルカはその場を後にする。
そんなアルカの後ろ姿を目で追いながら、C.C.は小さく呟いた。
「メイドプレイ、か……。」
◇◇◇
「接客業って案外疲れる……。」
その辺の出店で買ったジュースを飲みながら、アルカは学園内を散策する。
あの後C.C.にピザを届け、しばらくホール内の注文を取っていたが、想定よりも客の引きが早かった為、早めにあがらせて貰った。
C.C.はアルカが仕事を終えるまで喫茶店内で待っていたが、この後もお手伝いがある為、一緒に散策は出来ないと伝え、先にクラブハウスに戻るように言った。勿論、この後ガニメデで作る予定の世界一のピザを届ける約束をして。
「さてさて、お手伝いの時間まで暇になってしまった……。」
生徒会(主にミレイ)が発案した世界一のピザ作り。それのイベント進行の手伝いを買って出たアルカだが、その手伝いは午後から。まだ一時間も時間がある。
(ホラーハウスでぬりかべしてるカレンを揶揄いに行くか……、それともご飯にするか……。)
ホラーハウスの驚かし役、初期型のグラスゴー並に熱くてやってられない、とカレンからメッセージが来ていた事から、相当面白い事をやらされているのが想像出来るが、今の時間にカレンが働いている保証も無い。
そして何より、お腹が空いた。
(どうしよっかなー。)
辺りをキョロキョロと見渡すと、見知った人物が目に入った。
(姉上に、咲世子さん…。それにあれは……。)
車椅子に乗ったナナリーに、それを押す咲世子。その2人だけなら何時もと変わらない光景だった。しかし、2人に追従する様に歩く1人の少女の存在が、異常な光景と変えた。
毛先がカールした腰まで届くピンク色の髪。サングラスと帽子をしているが、見間違える筈ない。
(ユフィ姉……?)
・
・
・
クラブハウス内のルルーシュ達が暮らす区域に作られたリビングで、3人の少女が机を囲む。
「……あの、黙っていてくれますか? 私達のこと。」
その目が開く事は無いものの、しっかりと目の前のユーフェミアを見据え、眉を下げてナナリーは呟く。
ナナリーに同意する様に、アルカも真剣な瞳でユーフェミアを見つめる。
「でも、このままじゃ……。」
ユーフェミアが反論する様に、口を開く。
彼女の言いたいことはアルカもナナリーも分かっている。一生逃げ続ける生活を続けても良いのか、そう聞きたいのだろう。自らの身分を偽り続け、誰が味方で敵かもハッキリしないまま怯える日々。辛いとは2人も思っている。叶う事なら平穏に暮らしたいと。
だからアルカとルルーシュは立ち上がったのだ、本当の平和を手に入れる為に。
ここでユーフェミアを頼ってしまえば、待っているのはブリタニア帝国による保護。ユーフェミアがこっそりと匿ったとしても、その彼女が皇族である限り、ブリタニアによって生かされている事には変わりない。
そんな事実を、アルカは到底受け入れる事が出来ない。
ユーフェミアの言葉に対し、口を開こうとした時、隣のナナリーが口を開いた。
「いいんです。私は、お兄様とアルカが一緒ならそれで。」
「あ………。」
「…………。」
ユーフェミアは気づかされた様に、アルカは複雑な表情を浮かべ、それぞれ反応を示す。
(一緒ならそれでいい、か。)
要するに今の生活で満足している、幸せだ。そういう意味だ。
一瞬、アルカの中に迷いが生まれる。戦う理由の一つにナナリーの幸せがあるからだ。しかも、本人の口から今の環境が十分と、確かにそう出てきた。
(戦う必要なんて無かった?)
兄と姉に再会したあの日。3人で助け合いながら過ごしたこの1年。そこには確かに、求めるものが在った。
(いや、それで良しとするなら、私達が戦っている意味は? 流した血の意味は?)
様々な思考がアルカの脳裏を駆け巡る。
(……それに。)
瞳を静かに閉じる。
瞼の裏には一人の魔女。
長い年月をたった一人で過ごし、決して死ぬことの無い少女。
C.C.と会って何度目かのあの日。アルカがC.C.へ言った言葉が頭の中でリフレインする。
…ルカ。………アルカ………、アルカ!
自身の名が呼ばれている事に気付き、アルカはハッと目を開ける。
「アルカ、どうしたの? 体調でも悪い?」
心配する様に、ナナリーはアルカの顔を覗き込み、その手をアルカの手へと沿える。
「あ、いや、少し考え事を……。」
「案外、寝てたとか? ほら、この子。昔から寝坊助さんだったし。」
ユーフェミアが意地悪な笑みを浮かべる。
あの時の仕返しのつもりか……?とアルカは内心呟く。
「本当に大丈夫だよ? 心配しないで。」
心配する姉を落ち着かせる様に、アルカはナナリーの頬を撫でる。
「それで、えーっと、何だっけ?」
「あー! やっぱり聞いてなかった! ルルーシュは何処に居るのって聞いてたのよー!」
呆れたながらも何処か微笑ましい表情を浮かばながら、ユーフェミアは声を上げた。
◇◇◇
「母上のガニメデがピザを作ってる……。」
かつて、閃光のマリアンヌとして名を馳せた母が乗っていた機体。
幾つもの敵を打ち取り、戦場を駆けていたKMFが、ピザを作っている。
企画書や昨年の映像を目にした時も感じたが、やはり実物はより鮮明に感じる。シュールだと。
ましてやそれを操るのが兄上では無く、現役の騎士。枢木スザク。
彼の存在が、より一層際立たせる。
「去年までは俺の役目だったんだが、やはり本職には敵わないな。」
「今日は驚くことばかり、貴方達がこんな近くに居て、しかもスザクの友達だったなんて。」
ガニメデを操縦し、ピザの生地を順調に大きくさせていくスザクを見ながら、ユーフェミアは嬉しそうに、ルルーシュは堅い表情を浮かべながら話す。
「私は、皆が幸せにならないと嫌なの。」
「でも、会うのはこれで最後だ。」
楽天的なユーフェミアとリアリストのルルーシュ。
それぞれの性格を色濃く表した会話だ。
「ううん、良い方法思いついたから。」
ルルーシュの言葉を気にすることも無く、どこか胸のつっかえが取れた様子でユーフェミアは口を開く。
良い方法?とアルカが聞き返そうとしたその時、一陣の風が吹いた。
唐突に拭いたその風は、ユーフェミアの帽子を吹き飛ばし、彼女の纏めてあった長い髪が露わになる。
「え、ユーフェミア様!?」
エリア11の副総督であるユーフェミアは、当然メディアの露出も多い。加えて、イレヴンを騎士に任命するといった前例の無い行為に反応したメディアが毎日特集を組んでいたものだから、ユーフェミアのその姿は多くの国民の脳裏に染み渡っただろう。
その結果、サングラスをしているものの、そのシルエットが完全に露わになった事により、周囲の人間に存在がバレてしまった。
1人の女子生徒の声をきっかけに、ユーフェミアの元に生徒やミレイが呼んだメディアが集まってくる。
「ルルーシュ、アルカ! ナナリーを!」
「悪いがそうさせてもらう!」
皇族と親しく話していたことだけでも注目を引くのに、メディアにまで写されてしまったら、自身の生存がバレてしまう。
ルルーシュはナナリーの車椅子を押してアルカと共に人目の付きにくい場所へと退避する。
「危ない! 走らないで!」
ユーフェミアが来ている、という事実にガニメデの周りにいた生徒や来場客が一斉に、彼女の元へと流れていく。
文字通り人の波に足を捕らわれ、バランスを失ったガニメデはピザの生地を手元から放してしまった。
その光景をとある1人の人間以外は気にも留めず、ユーフェミアへと押し寄せる。
会場に来ていたセシルや特派のスタッフ、ユーフェミアのSPが人の波を止めようとするも、あまりの人数にユーフェミアと共に揉みくちゃにされてしまう。
その光景に見かねたスザクは、ガニメデを操縦し、彼女の元へと駆け付け、ガニメデのその手にユーフェミアを乗せる。
おとぎ話の様な光景に、周りは見惚れつつも、意識はユーフェミアへと注がれる。
「ユフィ姉様は……?」
「大丈夫、スザクが駆けつけてくれたみたい。」
「よかったぁ……。」
アルカの言葉を聞き、ナナリーは安堵の息を漏らす。
「ねぇ、お兄様。」
「ん?」
「スザクさんとお姉さま、お似合いですよね。」
「……姉上………。」
唐突なナナリーの言葉にルルーシュは困惑の色を浮かべ、アルカは悲しそうな表所を浮かべる。
「ユフィ姉様、スザクさんと上手くいったんですって。」
「え……?」
アルカ、ナナリー、ユーフェミアでお茶をしたあの時、ユーフェミアは話した。キュウシュウ戦役での出来事を。
スザクに対し告白をし、彼がそれに応えたことを嬉しそうに、幸せそうに。
「きっとお2人なら、幸せになれますよね。」
「ナナリー…、お前……。」
言葉とは裏腹に、眉を下げ、寂しそうな表情をするナナリー。
妹のその表情にルルーシュは顔を険しくし、ユーフェミアを睨みつける。
そんなルルーシュの心情を知らずに、3人の無事を確認したユーフェミアは笑みを浮かべる。
(良かった、無事で。)
私の所為で彼らの平穏が壊れてでもしたら大変ですもの、と内心でそう呟く。
「ユーフェミア様! 一言お願いします!」
ふと、ガニメデの足元から声がした。
視線を下げると、そこにはトウキョウ租界を代表するメディア会社のアナウンサーとカメラマンの姿。
「この映像を、エリア全域に繋いで頂けますか?」
「は? ライブでですか?」
ユーフェミアは決心に満ちた顔で口を開く。
「私から、大切な発表があります。」
必死に考えて、ようやく形になった方法。
「神聖ブリタニア帝国、エリア11副総督、ユーフェミアです。」
今日ナナリーに会って、ようやく覚悟が決まった。
「今日は私から皆様に、お伝えしたいことがあります。」
誰もが幸せに過ごせる、私の理想郷。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、富士山周辺に行政特区日本を設立する事を宣言致します!」
◇◇◇
「何? ブリタニアが!?」
「日本を…認める……?」
人々の困惑の声が上がる中、ユーフェミアは続ける。
「この行政特区日本では、イレヴンは日本人という名前を取り戻す事になります。 イレヴンへの規制、ならびにブリタニア人の特権は特区日本には存在しません。」
やめろ、ユフィ。ルルーシュの心がそう悲鳴を上げる。
「ブリタニア人にも、イレヴンにも、平等の世界なのです!」
全てを抱擁する聖母の様な笑みを浮かべ、ユーフェミアは高らかに宣言する。
しかし、少なくともルルーシュとアルカには悪魔の様に見えた。
「聞こえていますか? ゼロ! 貴方の過去も、その仮面の下も、私は問いません。 ですから、貴方も特区日本に参加してください!」
ルルーシュとアルカは顔を見合わせる。
お互い驚きと怒りが入り混じった様な表情を浮かべ、目を震わせている。考えている事は同じなのだろう。このままでは黒の騎士団が無くなってしまう、と。
行政特区日本、聞こえは良いが、要するに、
特区日本に指定されたエリアに中に居れば確かに安全なのだろう。しかし、それでは今と何も変わらない。
ブリタニア領土内に作るという事は、言い換えればブリタニアの気分次第でどうとでもなるという事。常にブリタニアに首根っこを掴まれている状態になるのだ。加えて特区のトップになるユーフェミア自体がブリタニア皇族。ブリタニアの庇護下で生かされるという事実は変わらない。
それでも、作ると宣言しただけならまだ良かった。無視を続け、裏で工作をし、頓挫させればいいのだから。
しかし、ユーフェミアはゼロへ、黒の騎士団へ参加を呼び掛けてしまった。
今のイレヴンの意見は真っ二つに割れている。
黒の騎士団の様にブリタニアと戦い、自由を勝ち取る反逆を支持する声と、枢木スザクの様にルールの中で生き、正当な評価を狙う恭順を支持する声。
この状態で黒の騎士団がユーフェミアの声を無視したらどうだろうか。
日本人の解放を目標とする黒の騎士団の信用は失墜し、空中分解。良くても戦力が大幅に下がり、ブリタニアにそのまま反逆者として叩き潰される。
それではもう一つの選択肢、ユーフェミアに応じた場合はどうだろう。
ユーフェミアは争いを良しとしない。十中八九、武装解除を求められ、戦う大義名分すら失うだろう。
黒の騎士団が形として残っても、せいぜい特区内の自警団止まりだろう。
(違うんだよ、昔とは………。)
ルルーシュの目に怒りが、憎しみが。
(俺達は顔を隠したテロリストで、君は……!)
ユーフェミアに対して、一度も向ける事の無かった敵意。
(………ユーフェミア!!!!!)