「ユフィ!今の命令は忘れろ!」
ルルーシュのギアスに掛かった者は、その命令が完遂するまで行動を終える事は無い。
そのことを理解しつつも、ルルーシュはそう言わざる終えなかった。
そんなルルーシュの声が聞こえてないのか、足元に転がっているニードルガンを手に取り、ユーフェミアは駆ける。
「待ってくれ!ユフィ!!」
残されたルルーシュの悲痛な叫びがG-1ベース内に木霊した。
ユーフェミアはドレスを持ち上げながら走る。舞踏会を後にする童話のお姫様の様に。
長い様で短い廊下を抜け、ユーフェミアは再び壇上へと戻った。
「副総督、ゼロは……。」
何の連絡も無く突然ユーフェミアだけが戻ってきたことから、ダールトンは不思議に思い問いかける。
やはり、そんな彼の声も聞こえていないのか、ユーフェミアは足を止めない。
ステージの中央に立ち、何時もと変わらない優しい表情で、何時もと変わらない明るい声で、彼女は高らかに告げた。
「日本人を名乗る皆さん、お願いがあります!死んで頂けないでしょうか?」
ユーフェミアの言っている意味が理解できず、会場に居る日本人達は皆一様に眉をひそめる。
今何と言った?
嘘だろ?
何かの冗談だろう?
そんな困惑した声が辺りから上がる。
「えーっと……、自殺して欲しかったんですけど、ダメですか?じゃあ、兵士の皆さん皆殺しにしてください!虐殺です!!」
今度こそ会場から明確なざわめきが、悲鳴が上がる。
「マイクとカメラを切れ!!」
この異様な光景に戸惑いつつも、ダールトンは兵士に指示する。
全世界に中継されている以上、ユーフェミアの乱心にしろ、ゼロの策略にしろ、放送する訳にはいかないからだ。
『やめろ!ユフィ!!!』
取り乱した様子のゼロがステージに向かって走ってくる。
「止まれ!テロリストが……!!」
ゼロがユーフェミアの元へ行くのを阻止する為、近くに居た近衛兵が足止めをする。
『退け…!退くんだ!!』
一刻を争う事態に、手段を選んでいる暇は無い。
ゼロはすかさずギアスを掛け、兵を退かそうとする、が。
『あっ………。』
一発の乾いた銃声が会場内に木霊した。
最前列の席に座っていた老人は、胸から血を流しながら、力無く椅子から滑り落ちていく。
周りに居た日本人は崩れていく老人からユーフェミアへを視線を映していく。
笑顔を崩すことなく、こちらに銃口を向けるブリタニア皇女。
「わぁぁぁぁぁ!!」
老人の隣に居た女性が悲鳴を上げた。
「さぁ!兵士の皆さんも早く!!」
「ユーフェミア様!一体、どうなさったのですか!?おやめください、この様な事は……ぐっ………!」
ダールトンの身体から力が抜け、片膝を付く。
彼が撃たれたと認識したのはその後の事だった。
それくらい信じられないのだ、ユーフェミアのこの異常な行動が。
「さぁ、ブリタニアの皆さん!!」
突然の虐殺命令に戸惑っていたブリタニア軍人達は気づかされた。
命令に従わなければ殺される、と。
華々しい記念式典は、狂気の渦に飲み込まれた。
◇◇◇
日本人の、いや、だった者達の、夥しいほどの死体が辺り一面に転がっている。
会場に響くのは鳴りやまない銃声と人々の悲鳴。漂うのは硝煙の香りと血の臭い。
子どもを抱いたまま死んだ母親の死体。
ナイトメアに頭を撃たれ、顔が判別出来ない程抉れた死体。
死体、死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体。
「やめろ、ユフィ!!」
会場の真ん中で、踊るように身体の向きを変えながら、その手に持つマシンガンで命を刈り取るユフィ。
彼女の意識は日本人を殺す事だけに向けられており、ゼロ=ルルーシュの叫びは届かない。
「これを……、俺のギアスが………。」
「ゼ、ゼロ……」
足元から声が聞こえ、視線を声の主へ向ける。
そこには老婆が居た。全身を血の色に染め、その目に涙を貯めながら、ゼロのマントに縋りついている。
「私達の…、日本の……救世主……、希望は、あな、ただ……け……。」
そう言いながら老婆は息絶えた。
「……やめろ…、私は救世主じゃ、メシアなんかじゃないんだ………。」
やめろ、俺に押し付けるな。
罪を償えと、全てを背負えというのか。
静かにルルーシュの心は壊れていく。
・
・
・
『まて、アルカ!ゼロの指示も無しに!!』
「だからと言って異常でしょう!こんな時でも貴方は自分で行動出来ないのですか!!」
少女は激昂する。
指示をただ待ち、突入を渋る副指令の扇要に。
「付いてこないのならば、私一人でも突入します!」
『待ってアルカ!』
カレンの制止を無視して、アルカは無窮を最大速度で走らせる。
虐殺、その言葉を皮切りに、ラジオの放送が途絶えた。ブリタニア側の情報規制だろう。
そしてその後すぐ、会場から上がった黒煙。
今の状況は、事前に聞いていた作戦の概要から、乖離し過ぎている。
「……虐殺…。」
会場に近づくにつれ、ハッキリと聞こえてくる銃声と人々の悲鳴。
アルカの無窮を目にし、歓声を上げる場外の日本人。
ブリタニアを壊せ、ユーフェミアを殺せ。
憎しみに満ちた声ばかりが、アルカの耳に入る。
「……いったい何が…。」
式典会場の封鎖されている門を突き破り、彼女は式典会場へと足を踏み入れた。
覚悟はしていた、犠牲は出るだろうと。
覚悟はしていた、ユーフェミアを穢す事になると。
覚悟はしていた、筈だった。
「……っ!!なに、これ………。」
そこには、想像以上の死体の山が築かれていた。
そこには、想像以上の狂気が渦巻いていた。
そこには、この世のモノとは思えない光景が広がっていた。
「……うっ………、うぅ…………。」
口を抑え、胃から込み上げてきたモノを無理矢理飲み込む。
口内に不快感が残ったが、今の彼女にそれを気にする余裕なんて無かった。
「…はぁ、…はっ………。これじゃあ、まるで…………。」
―――あの時みたいだ。
アルカの脳裏にかつて過ごした村の情景が、村民の顔が、彼らが命を散らしていく様が浮かぶ。
止まらない冷汗を拭いながら、彼女は周囲を見渡す。
「あ、あれは、ユフィ…ね、え……。」
1人の人物が目に留まった。
アルカも良く知る、心優しい少女だった。
分け隔てなく誰に対しても笑顔を振りまき、争いを好まない少女。銃や血などとは無縁な存在、だった人。
そんな彼女が、ユーフェミアが。その全身を返り血で染め上げながら、殺戮の限りを尽くしていた。
「…やめて、よ………。」
アルカの悲痛な呟きが、コックピット内に響く。
私達は彼女に何をさせようとしていた?
ゼロを撃たせ、彼女を悪として演出しようとした。
彼女の善意を捻じ曲げてまですることだった?
それは――――。
この光景と本来やろうとしていた事、何が変わらない?
「…何も、変わらない…………。」
ユーフェミアに銃を持たせ、彼女の善意を悪意として世界に錯覚させる。
結局、出来上がる構図は一緒だ。被害の規模が違うだけ。
これをやろうとしていたのか、私達は。
「……ユフィ!!」
無窮をユーフェミアの元へと走らせる。
『イレヴンがっ!!!!』
「邪魔なんだよ!!!!!!!!!」
途中、無窮の進行を阻止する為にと数機のサザーランドが立ちはだかるが、アルカは気にも留めない。
サザーランドを駆るブリタニア軍人からしたら一瞬の出来事だっただろう。
無窮が接近してきたと思ったら、その次の瞬間にはコックピットごと貫かれているのだから。
目にも止まらぬ閃光の様に、アルカは無窮を走らせ、サザーランドをなぎ倒していく。
『ユフィ!……ユーフェミア!!!!』
ユーフェミアの元へ辿り着いたアルカは、コックピット内から彼女へと呼びかける。
「日本人ですね!」
ユーフェミアは呼びかけには応じたものの、その手に持つマシンガンを無窮に向け、発砲する。
当然、マシンガン程度ではKMFの装甲は貫く事は出来ず、全て弾かれる。
「なんで、どうして……!」
弾を全て使い切ったのか、ユーフェミアは焦った表情を浮かべながら銃を弄る。
そんな歪んだ彼女に対して、恐怖心と少しの嫌悪感を抱きながら、アルカはハッチを開け、素顔を晒したまま無窮を降りる。
「………やめて、止めなさい!ユーフェミア!!!」
ユーフェミアの元へと駆け寄ったアルカは、マシンガンを持つ彼女の手を掴み、懇願した。
優しい彼女がギアスによって歪んでいくのを見てられなかったのか。
それとも自身がやろうとしていた事を思い出し、自責の念に押しつぶされそうになっているのか。
どっちかは定かでは無いが、アルカは酷く取り出した様子だった。
「あら、アルカだったのね。てっきり日本人かと……。」
ユーフェミアはそんなアルカの様子を気にも留めずに、何時もと変わらぬ口調で、表情で口を開く。
「ねぇ、どう?私が行政特区日本は?きっとみんなも喜んでくれると思うの。」
アルカの顔に、絶望宿る。
(こんなになっても、まだ……!)
この行政特区日本が、彼女にとってどれほど大きいものだったか、アルカは思い知らされる。
アルカはその場で首を垂れ、強く歯を食いしばる。
「……今すぐやめて、」
「なぁに?」
顔を上げ、ユーフェミアの目を見つめる。
「お願いだから、虐殺を止めて」
アルカの赤黒く染まった右目から、鳥の様な模様が羽ばたく。
彼女の願いのギアスだ。
「そう言われても聞けないわ、命令だもの。」
「…………!!!」
アルカも頭では分かっていた。命令に対して願いでは上書きが出来ないと。
それでも、分かっていながら、試さない訳にはいかなかった。自分に出来る全ての手段を試さなければ、心が壊れてしまいそうだった。
「アルカ、私はまだ場外に居る日本人の皆さんを虐殺しないといけないの」
彼女は華麗にその場でその身を反転させながら、あっけらかんと言い放った。
アルカが知らぬ間に無窮で突き飛ばしたであろう兵士の死体から銃を取り、ユーフェミアは再びアルカを見つめる。
「……お願いだから、止めて。止めなさい……!!」
「……流石に怒るわよ?何度も言っているでしょう?やらなくちゃいけないの。」
「どうしてもと言うなら、今ここで……、私がっ!!!」
懐から銃を取り出し、ユーフェミアに向けようとした、その時。
パンッと乾いた音が響いた。
「……がっ………」
熱い。
アルカが最初に感じたのは身体に発生した熱だった。
腹部から徐々に、熱と痛みが全身へ広がっていく。
彼女は熱が集まるお腹へと震える手を伸ばす。
その手には赤黒い血がべっとりと付いていた。
これは誰の血だ?
日本人?
ユーフェミア?
いや、違う。
これは私の血だ。
撃たれた。
そう認識したのは痛みを感じてから数秒後の事だった。。
「…ゆ、ゆふぃ…ゴホッ……ハッ……」
口から大量の血を吹き出しながら、アルカはその場へと倒れる。
「ごめんなさいね。どうしても日本人は殺さなきゃいけないの。」
申し訳無さそうにそう言い残し、ユーフェミアはその場を後にする。
何だこれは。
私への罰なのか。
自身の都合で多くの人を殺めた私への。
薄れ行く景色の中、彼女は不可思議な光景を目撃する。
黄昏の空に囲まれる神殿で、高笑いをするブリタニア皇帝。
その空の遥か上に存在する、球体上の何か。
そしてその球体に記された、ギアスの模様。
「……嗚呼…、醜い……。」
アルカの意識はそこで途絶えた。
恐らく次回は主人公の出番は無いです。
主人公が負傷したことによる保護者に方々の反応をお楽しみください。