「アルカの容体は安定した様だ、まだ意識は戻らないが…。」
「そうか。」
「…お前の言う通り、ラクシャータにも伝えたぞ。面会は極一部の人間のみ、と。」
「そうか、すまないな……。」
黒の騎士団が制圧した式典会場の一室、恐らくユーフェミアやダールトンといったブリタニア側が控室として使っていたであろう部屋で、ルルーシュは項垂れていた。
糸が切れたのだろう。
C.C.の言葉に対しても、覇気の無い返事が続く。
「……様子を見に行かなくていいのか?」
「ああ…、行くさ。仮面を付けてな。………ふっ、実の妹の見舞いにすら、素顔を晒せないとはな。」
ルルーシュの自虐する様な笑みに、C.C.は表情を曇らせる。
「…現在、各地で日本人による暴動が起きているそうだ。他のブロックのブリタニア軍はそれの対処で動けない。正真正銘、コーネリア軍との一騎打ちだ。」
「………。」
「黒の騎士団側に加勢するテロ組織の残党や民間人を含めるとこちらの戦力は数万を超えるという。今も各地の日本人を吸収しながらトウキョウ租界に向け、進軍中だ。…文字通り戦争だな、これは。」
「…………。」
ルルーシュは相変わらず項垂れたまま、反応を示さない。
「……ルルーシュ、今ならまだ戻れるぞ。仮面を取らないのなら、アルカを連れ、ナナリーと共に身を隠せ。お前達なら生き残る事は容易いだろう。……そうでないのなら―――――。」
「覚悟を決めろ、か。……ふん、言われなくても分かっているさ。ここで逃げてしまえば、ユフィを殺した意味が、アルカが撃たれた意味が、今までの犠牲が、全て無意味になってしまう……!」
彼の言葉に段々と力が入る。
「ああ、そうだ。俺はゼロだ、力ある者に対する反逆者だ。元より引き返す道など無かったんだ……、だから!!」
自身の横に置いてあった仮面を手に取る。
顔を上げたルルーシュのその瞳には、強い意志が宿っていた。
◇◇◇
トウキョウ租界 ブリタニア政庁 会議室
「駄目だ!」
ギルバード・G・P・ギルフォードの一喝が、会議室に響く。
各将官から、現状の報告を受けていたギルフォードは決断を迫られていた。トウキョウ租界に進軍している黒の騎士団及び、加勢したイレヴン達をどう対処するか。
現在、エリア11のトップであるコーネリアは、ユーフェミアの自室に籠ったまま、応答が無い。
無理も無いだろう、最愛の妹を失ったのだから。彼女の中には、ユーフェミアが行った虐殺に対する困惑と疑念、妹を失った事による虚無感で一杯だった。
そんな状態の中で、コーネリア不在のままで対処しようと提案した将官達の意見を一刀両断した。
彼は信じているのだろう、コーネリアが喪失の海から脱出し、再び指揮を執ることを。
「良く言った!ギルフォード卿。それでこそ、コーネリア様の騎士!」
会議室の扉が開かれ、会議に新しい声が加わった。
「貴女は……!戻られていたのですか!」
騒然とする会議室の中、ギルフォードが驚きを口にする。
そこには紫色のマントを身に着けた女性が居た。声は普段と変わらぬものの、その雰囲気は抜き身のナイフの様に鋭く、何時もの気さくな雰囲気は身を潜めている。
「ああ、つい先程な。本国から新型を持ってくる為の手続きで少し時間はかかってしまったが……。」
ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム。皇帝直属の騎士であり、帝国最強の一角。
そんな彼女がここ、エリア11に戻ってきた。
「ギルフォード卿の言う通りだ、殿下を信じて待て。彼女を信じて、防衛の準備を進めろ。貴公らは殿下に命を預けた軍人だろう?」
ノネットはそう語りながら、会議室に居る軍人達を一人一人見渡す。
「なに、彼女はここで止まる様な女性じゃないさ。……私が保証しよう、軍人としても、士官学校の先輩としても、な。」
彼女の言葉を聞き、決意を固めた将官達は顔を見合わせ頷く。
「ほら、覚悟を決めたなら
「「「「Yes,My Lord」」」」
将官達が口を揃えてノネットに敬礼を行い、それを見て彼女は満足そうに頷く。
「エニアグラム卿はどうするおつもりですか?政庁に残るのなら、ここの指揮を執って欲しいのですが……。」
「ん?私か?出撃するさ、騎士として。その為の新型だしな。殿下にもそう伝えておいてくれ。」
それに、と彼女にしては珍しく、曇った表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「確かめたい事もあるしな。」
◇◇◇
記念式典会場に止まっていたユーフェミアのG-1ベースは今や、黒の騎士団の移動拠点として使われていた。
正面に掲げるブリタニア国旗は赤く塗りつぶされ、トウキョウ租界侵攻の旗印になっていた。
そんなG-1ベースに設けられた医務室にカレンは居た。
視線の先には、未だに意識の戻らないアルカ。
室内には、アルカの心臓の動きを知らせる電子音だけが響いていた。
「………アルカ…。」
ベッドの前に設けられた椅子に座り、お守りを握りしめている。
シンジュク事変の前に、KMFで出撃するカレンが無事で帰れる様に、と神社から持ってきた交通安全のお守りだ。
廃墟同然の神社から出来るだけ綺麗な物を持ってきたらしいが、今までずっと持ち歩いていたのもあって、所々布が解れ、洗っても落ちそうにない汚れが付いている。
「初めて会った日から、思えば随分遠い所まで来たわね。貴女と出会って、ゼロと会って、私達は変わった。」
レジスタンスでも、学校でも、戦場でも。仲間として、友達として、戦友として、時には本当の姉妹として、カレンとアルカは過ごしてきた。
兄を失い、母の事も嫌っていた当時のカレンからすれば、初めて心の底から背中を預けられる友達だった。
「何時も貴女は一生懸命だった。私達に物資を調達して、操縦訓練をして。黒の騎士団結成後も率先してナイトメアの整備をして、戦場では誰よりも敵を倒して……。その小さい身体の何処に、そんなパワーがあるんだろう、って皆不思議に思っていたわ。」
でもね、とカレンは言葉を続ける。
「貴女は頼りになるけど、本当は私、アルカにそんな事して欲しくは無かった。最初は全然そんな事思っていなかったのに、次第にそう考える様になった。貴女は陽だまりの中でルルーシュやナナリー、学園の皆と過ごしているべきだわ。……だから、次に目を覚ました時は、アルカがそんな世界で過ごせる様に、私達がここで……!」
カレンは優しくアルカの頭を撫でる。相変わらず、彼女からは反応が無い。
「…行ってくるね。」
お守りを強く握りしめ、カレンは部屋を後にした。
◇◇◇
トウキョウ租界 上空
「…ユフィ、僕には分からないよ……。どうして君は、あんな事を………。」
ユーフェミアを失ってから数時間。
スザクは今も変わらず、医務室で項垂れていた。そんな彼の背中は飼い主に捨てられた犬の様に小さく、普段の頼もしさは息を潜めている。
「教えてあげようか?」
そんなスザクに声を掛ける者が居た。いや、現れた。
声の主の方へスザクは振り向く。
「え…、子ども……?どうしてアヴァロンに…。」
そこにはスザクの言う様に子どもが居た。
脚まで届く緩いウェーブかかった金髪、どこか超常的な雰囲気を纏った少年。
「初めまして、枢木スザク。僕の名前はV.V.。」
「…V.V.……?」
少年の紡ぐ言葉には一切の感情が込められておらず、機械の様に淡白だ。
「教えてあげるよ、ユーフェミアの身に何が起きたのか。そしてゼロと、君が目撃したアルカの特殊な力について。」
少年は口元に笑みを作り、言葉を紡ぎ始めた。
◇◇◇
『聞くがよい、ブリタニアよ!我が名はゼロ。力ある者に対する反逆者である!』
ガウェインに乗り込んだゼロ=ルルーシュは、上空からトウキョウ租界を見下ろしながら呼びかける。
『0時まで待とう、降伏し、我が軍門に下れ。』
トウキョウ租界の外縁にはコーネリア軍。ゲットーの方面から攻めてくる黒の騎士団を迎え撃とうとしているのが分かる。
『これは最終通告だ、0時まで待つ。我が軍門に下れ。』
言い終わると、ゼロはマイクを切り、仮面を外す。
現在の時刻は23:57分。
外縁に陣を敷くコーネリア軍との睨み合いが続いているが、それもあと数分で終わる。
数分後には大勢の人間が死に、多くの物が破壊されていく事になるだろう。
ルルーシュは眼下に映るトウキョウ租界を眺めながら改めて覚悟を決める。が、その時。
「……ん?」
彼の携帯が突然鳴りだした。
ナナリー、もしくは生徒会の誰かかと思っていたが、ルルーシュの予想は大きく裏切られた。
ユーフェミア。
携帯の画面には、そう表示されていた。
(馬鹿な、あいつの番号など…。……いや、騙っている奴がいる。)
ブリタニア軍関係者か、皇族か、それとも―――――。
現在の時刻は23:58分。
「…………っ。」
ルルーシュは舌打ちをしながら、電話に出る。
『ルルーシュ、僕だよ。』
電話の相手は、ルルーシュも良く知る人物であり、想定内の人物でもあった。
「スザクか、どうした?こんな時に。」
『ルルーシュ、今学校?』
「いや。でも、もうすぐ帰るよ。」
『そう…、電話をしたのは皆に伝えて欲しい事があって。』
「何だい?こんな時に。」
二人の少年は、戦争前とは思えない程の穏やかな声音で会話を続ける。
しかし、その二人の穏やかな声音の裏には、激しい怒りが見え隠れしていた。
『空を、空を見ないで欲しい。』
「え?」
『ルルーシュ、君は殺したいと思う程、憎い相手が居るかい?』
スザクの問いに、ルルーシュは静かに目を瞑り、考える。
瞼の裏に浮かぶのは、自分達を切り捨て、殺そうとした父の姿。
「……ああ、居る。」
スザクはその内から溢れんばかりの怒りを必死に抑えながら、言葉を紡ぐ。
『そんな風に考えてはいけないと思っていた。ルールに従って戦わなければ、それはただの人殺しだって。……でも、今。僕は憎しみに支配されている。人を殺す為に、戦おうとしている。皆が居るトウキョウの空の下で、人殺しを……。だから……!!』
「憎めばいい。」
『…………。』
「ユフィの為だろ?それに、俺はもうとっくに決めたよ。引き返すつもりはない。」
『妹達の為?』
「ああ……。」
二人がこうして会話をしている間にも、時は進む。
後数秒。もう少しでゼロが提示した時刻になる。
「切るぞ、そろそろ。」
『ありがとう、ルルーシュ。』
それは何に対してのお礼だったのか。
単純に相談に乗ってくれた親友に対するお礼か、それとも。
「気にするな、俺達、友達だろ?」
『7年前からずっと。』
「ああ、じゃあな。」
『それじゃ、
通話の終了と同時に、時計の針は頂点へと辿り着く。
0時を回ると共に激しく音を立てて、トウキョウ租界外縁部の道路が、ビルが、全てが崩壊していく。
正面から迎え撃とうと、外縁に陣を敷いたコーネリア軍は崩壊に巻き込まれ、その機能の大半を失った。
そんな光景を見下ろしながら、ルルーシュは顔を歪める。
「スザク、俺の手はとっくに汚れているんだよ……。それでも向かってくるのなら構わない。歓迎してやるさ、俺達は
激しい崩落音と共に、ルルーシュの笑い声が夜空に響いた。
◇◇◇
ああ、分かる。全てが、分かる。
このエリア11に渦巻く怒りが、哀しみが、憎悪が。全てが私に流れ込んでくる。
気持ち悪い、不愉快だ、反吐が出る。
これは、なんだ。人々の意思か、世界の意思か。
こんなものを一人で、背負っているのか。兄上は。
それなら、私は――――――。
「っ!!」
意識が覚醒する。
眼前に映るのは知らない天井。
最後に意識があったのは何時だ?今の状況は?ここは何処だ?
身体を起こし、呼吸器を外す。
清潔なベッドに、横に設置された心電図、そしてさっきまで取り付けられていた呼吸器。ここが医務室だというのが分かる。
「ああ、そうか。私、撃たれたんだっけ。」
記念式典の出来事を思い出しながら、お腹を摩る。
少し痛みがあるものの、どうやら傷は塞がっているらしい。
上から包帯が巻かれていて、目では確認できないが、恐らくこうして生きているという事は、上手く誰かが処置してくれたのだろう。
静かに足を下ろし、ベットから降りる。
「……っと…。」
どれくらい寝ていたのかは分からないが、相当身体に負担がきていたのだろう、少しフラついてしまった。
しかし、それだけだ。問題無い。
医務室の扉に手を掛けようとして、ある事に気付く。
「……服…。」
意識が覚醒したばかりでそこまで気に掛けていなかった。
流石にこのまま外に出る訳にはいかない。
部屋を見渡すと、ベッドの横にある椅子の上に、服が畳まれて置いてあった。
「パイロットスーツ……。」
私が普段着ている青いパイロットスーツだ。
腹部に血が付いていない事から、予備の物だと分かる。
「…まぁ、都合は良いか………。」
普段だったら、病み上がりの人間にこの服はどうなんだろう、と文句を言う所だが、事態が事態だ。
パイロットスーツを身に着け、医務室を出る。
見慣れない廊下に少し戸惑ったが、それも一瞬の事、すぐにここが何処か分かった。
「ブリタニア軍のG-1ベース……。」
廊下の壁に記されたブリタニア国旗、目立ちにくい壁の下の部分に記されたモデルNo.。
何時かの作戦前に、ブリタニア軍から拝借したG-1ベースの見取り図の記憶を頼りに、指令室へと歩を進める。
(ブリタニア軍に捕縛されたのなら、医務室に監視が居ないのはおかしい。ということは少なくとも、黒の騎士団が私を見付け、あの式典会場を制圧したと考えるのが自然。しかし、そうだとすると……。)
黒の騎士団とコーネリア軍の全面戦争中、もしくは開戦の秒読み段階。
怪我している事を忘れ、歩みを速める。
(もし、今が戦争中なら…、兄上はたった一人で全てを背負って、戦場に………!)
ユーフェミアによる日本人虐殺は兄上のギアスによるもの。それは間違いない。
しかし、果たして意図してやった事だろうか。
私はそうでは無いと思う。もしあれが、兄上が望んだことだとしたら、この
兄上の心に渦巻く哀しみが、絶望が、
「こんな重荷、1人で背負わせる訳には……、何時までも守られている訳にはいかない!!」
少女はその幼い顔に決意を宿す。
自らの願いの為、兄と共に前に進む決意を。