「アハッ、アハハハハハハ!!!」
激しい振動に襲われる中、アルカは歓喜の声を上げながら歩みを進める。
誰もが悲鳴を上げている今の状況に、場違いな程の明るい笑い声。
そんな彼女を不審がる人物は、この場には居なかった。
それもその筈、彼女が進むのは従業員専用の区画。
この騒動で従業員は全員、客の非難誘導に駆られており、この区画に残っている者はほんの一握りだ。
「あー、本当に最高、ハハッ!やっぱり、記憶を失っても兄上は兄上だ!」
彼女がこうも嬉しそうにしている理由はルルーシュの行動にある。
黒のキングに目を付けられたカレンを、彼はチェスという形で助けようとした。
力ある者に対する反抗心。
それを記憶を失っている状態のルルーシュから、行動として確認出来たのだ。
こんなに嬉しい事は無い。
アルカは愉快そうに笑みを浮かべながら、とある一室の扉に手をかざす。
彼女の手の平を認識すると、電子音が響き、扉が開いた。
その部屋の中に居るのは、軍服に身を包んだ一人の男。
「お待ちしておりました、皇様。」
アルカの入室と同時に、男は礼儀正しく頭を下げる。
「ここまで協力してくれてありがとう。……預けた物、返してくれる?」
「はい、こちらに。」
アルカの言葉に、男はとあるアタッシュケースを差し出す。
渡されたアタッシュケースを開けると、そこには仮面と銃が入っていた。
彼女はその二つを取り出すと、もう用済みなのかケースをその場にほっぽりだす。
彼の名前を、アルカは憶えていない。
それもその筈、彼はアルカが適当にギアスを掛けた機密情報局の軍人だ。
別に、ここにこうして誘導してくれれば、彼じゃなくても良かった。
たまたま。
そう、たまたま彼は彼女の目に捕まったのだ。
ブラックリベリオン以後、ブリタニアの手から逃れる事が出来た黒の騎士団は、C.C.を除いて世界的に指名手配されている。
それはこの少女、アルカも例外では無い。
しかし彼女の場合、指名手配と言っても素顔は公表されておらず、世界に知れ渡っているのはゼロと同じく仮面の姿のみ。
どうやらノネットは、本当に誰にも話していないらしい。
「やっぱり
アルカは手元にある仮面で手遊びしながら呟く。
誰に対して語っている訳では無い。
ただ単純に、上機嫌故に口を開いている様子だった。
「…皇様、私はこの後何を………。」
傍に控えていた男が、困ったような表情を浮かべて指示を仰ぐ。
それに対し、「ああ、そっか。」と何かを思い出したかの様にアルカは呟いた。
「そういえば、貴方には私のお願いを聞いて、ってギアスを掛けたんだっけ。うん、もう良いよ。ありがとう。
――――――――さよなら。」
アルカは何のためらいも無く、彼の眉間に向かって銃口を向け、その引き金を引いた。
目の前のアルカの傀儡だった人間は、夥しい血を吹き出しながら、力無くその場に倒れる。
「――――さてと、行きますか。」
アルカは目の前の死体を一瞥する事無く身を翻し、仮面を被り部屋を後にした。
▼
『ゼロを見失った?』
『ごめん!気が付いたら彼の弟役に奪い取られてて……!』
カレンにしては珍しい、とアルカは思った。
彼女の身体能力はハッキリ言って人の域を超えている。
並の軍人等、相手にすらならないし、何より紅蓮を乗りこなせるんだ、言うまでも無いだろう。
だから彼女を従業員として忍び込ませ、兄上の護衛に任命した。
しかし実際、彼女は兄上を監視の弟役に奪い取られ、見失った。
余程、監視の弟役の腕が立つのか。
それとも、何か別のイレギュラーか。
『気にするな、紅月。今、俺達が探している。』
通信を聞いていた卜部が、割って入る。
『ええ、そうですね。カレンはこのまま地下の搬入口へ。紅蓮を受け取って。その後は卜部さんと合流。卜部さんは僚機と共にブリタニア軍の掃討、及びゼロの捜索。
私はこのまま、予定通り機情局の支部に向かいます。』
『分かったわ。』
『承知。』
二人の返事を皮切りに、アルカに再び静寂が訪れる。
『ここ、かな。』
運んでいた足を止め、目の前の扉を眺める。
特に変哲もない普通の扉。
取り付けられている電子ロックに、先ほどの軍人が持っていたカードを翳す。
電子音と共に、鍵は解除され、扉が開いた。
部屋の中には、複数の軍人と巨大なモニター。
部屋の様子を眺めていると、アルカの存在に気付いた軍人達がこちらに銃を向ける。
彼女は知る由も無いが、ブリタニア軍において皇アルカという少女は、ゼロに次ぐ危険人物として知れ渡っている。
元ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムを二度下し。
ゼロの死後は、壊滅状態の黒の騎士団を纏め、新たな先導者として一年間ブリタニア軍の追跡から逃れ続けてきた。
そんな規格外と言ってもいい人物が、この場に現れた。
軍人から見て、皇アルカという人物は何とも不気味な存在だった。
華やかなチャイナドレスを身に包み、そのスリットから時折見える脚は、幼いながらも何処か妖艶な雰囲気を発していた。
首から下だけを見れば、何処かの貴族の令嬢の様でもあったし、精巧に造られた人形の様に可憐であった。
しかし、それを台無しにするかの様な、仮面。
仮面と身体のミスマッチさが、軍人の不安を、恐怖を煽る。
「お前は…、皇アルカ……!」
1人の軍人が、この場の雰囲気に耐えきれず声を荒げた。
その声に意識を戻したアルカは、何も語らぬまま自身の仮面に手を掛ける。
その行為に軍人達は、テロリストが目の前に居る事実を忘れ、アルカの被る仮面に意識を向ける。
それもその筈、晒される事の無かった素顔が、仮面が取り払われるにつれ、あらわになっていくのだ。
その光景に目を奪われている軍人達は、何とも言えない背徳感の様な気持ちに襲われた。
その晒されていく素肌は、染み一つ無く、陶器の様だった。
その唇は、甘い果実の様だった。
その目は、何処までも深く、宝石の様でいて、真っ赤に染まっていた。
「死ね。」
少女の死を告げる声が、室内に響いた。
▼
その室内は、血の臭いに満たされていた。
少女の足元には、先程までは命のあった人間達。
普通の感性を持ち合わせている者ならば、不快感をあらわにするだろう。
しかし少女は最早、普通の感性等持ち合わせてはいない。
少女にとって、部屋を満たす血の香りも、足元に転がる死体も、全てが供物にしか見えなかった。
魔王を復活させる為の、供物。
少女、アルカはモニターに映し出されているバベルタワーの地図と、それに重なる様に点滅するポインターに視線を向ける。
「C.C.、兄上は地下の駐車場の近くに居る。」
『ああ、分かった。すぐに向かおう。場合によっては今この場で、記憶を戻す。いいな?』
「うん、構わないよ。」
『お前はどうする?』
「ここにあるデータを全て消してから行くよ。その為に来たんだし。」
そうか、と小さく呟いてC.C.は通信を切った。
ルルーシュの元へ向かったんだろう。
機密情報局によるルルーシュの監視は徹底している。
授業や放課後、風呂やトイレに至るまで、彼の全てを監視している。
ルルーシュの行動範囲に合わせて支部を設置し、その全てを記録しているのだ。
それはここ、バベルタワーとて例外では無い。
ここの支部にはバベルタワーにおけるルルーシュの行動が全て記録されている。
アルカ達、黒の騎士団はこの一年で今日初めて、ルルーシュに対して明確な行動を起こした。
それこそアルカやカレン、C.C.がこうして表に姿をあらわすほど。
今後の活動の為にも、ブリタニアの思い通りにならない為にも、今回の作戦に関する情報は可能な限り抹消しておかなければならない。
特にルルーシュ、C.C.の2人に関しては入念に。
「思い通りになると思うなよ、シャルル・ジ・ブリタニア…!」
そう呟く少女の目には、明確な怒りが宿っていた。
◇◇◇
(テロリストの、仕業………?)
ルルーシュの前には、夥しい程の死体が転がっていた。
カジノに居た従業員、客、殺し合っていた兄弟、黒のキング。
人種も、立場も関係無く、ただただ無情に、平等に、その命を失っていた。
黒の騎士団による犯行かと一度は考えたが、ルルーシュの頭に一つの疑問が浮かぶ。
(いや、しかし。イレヴンまで……。)
イレヴンを、自分達と同じように虐げられている立場の人間を、こうも簡単に殺すだろうか。
違う。とルルーシュの心が叫びを上げる。
彼の記憶にある黒の騎士団は、そんな事はしない筈だ。
違和感。
ルルーシュが感じたのは不快感よりも違和感の方が強かった。
こんな状況だと言うのに、ついつい意識を思考に回してしまうのは悪い癖か。
だから気づかなかった。
彼の目の前に、一機のKMFが佇んでいるのを。
「はっ!黒の騎士団……!?」
ブリタニア軍のグラスゴーを基にした改造機、無頼。
ブラックリベリオン時には黒の騎士団の主力として使われていた第四世代相当のKMF。
ルルーシュは思わず後ずさる。
黒の騎士団の敵は言わばブリタニアそのもの。
軍属では無いにしろ、ブリタニア人である自分は敵なのだ。
ゼロが生きていた頃はブリタニア人であろうと、民間人には手を出さなかった。
しかし、ゼロの死後、彼らの代表として現れたのは皇アルカという仮面の少女。
上が変われば組織も変わる。
それをルルーシュは、学生でありながら理解している。
怯えるルルーシュを余所に、無頼はそのハッチを開ける。
コックピットの座席が飛び出し、中から一人の少女が現れた。
「ルルーシュ。」
その声は何処までも無感動で、機械の様だった。
白いパイロットスーツを身に纏った、人形の様に整った少女。
緑色の髪を靡かせ、黄金の瞳をルルーシュに向けている。
「迎えに来た、ルルーシュ。私は味方だ。お前の敵は、ブリタニア。」
「……え?」
殺す訳でも無く、助ける訳でも無い。
ただただ少女から紡がれる言葉に、ルルーシュは先程とは違う動揺をあらわにする。
「契約しただろう、私達は共犯者。」
「契約? ……共犯者?」
「私が、私達だけが知っている…。本当のお前を。」
「本当の、俺。」
ルルーシュの記憶には存在しない少女。
知りもしない少女の言葉が、ルルーシュの中で溶ける。
嘘を言っている様には思えなかった。
日常に感じていた違和感に対する解を、この少女は知っている様に思えた。
ルルーシュは少女に意識を奪われたまま、歩みを進める。
近づく彼を見て、少女は僅かに笑みを浮かべて、手を差し伸べた。
舞踏会へ誘う魔女の様に。
しかし、その差し伸べられた手をルルーシュが取ることは無かった。
ルルーシュと少女しか居なかったこの場に、一発の銃声が響く。
誘われるがままに歩みを進めていたルルーシュは、上の空だった意識を戻す。
無頼のコックピットに足を掛け、見下ろしていた少女が、ゆっくりと落ちていく。
その胸を、真っ赤に染めながら。
「お、おい!」
落下する少女を、なんとか受け止めたルルーシュは声を荒げる。
撃たれた少女は、彼の腕の中で脱力し、意識を失っている様だった。
「あ……、ブリタニア軍………?」
意識を腕の中で眠る少女から、銃声がした方へと向ける。
そこには一機のサザーランドと、それを囲う様に整列したブリタニア軍人達が居た。
一瞬、ブリタニア軍による救助隊かとルルーシュは期待を寄せたが、それもすぐに裏切られる。
火炎放射器を持っていた軍人が、一斉に辺りの死体を燃やし始めた。
「おい、待てよ……。何を……!」
炎は激しく燃え上がり、死体を飲み込んでいく。
人の皮膚が燃える臭いと、喉を焼くような熱だけが充満した。
「お役目ご苦労。ルルーシュ・ランペルージ君。」
サザーランドに乗っていた男が口を開く。
「役目…? 何のことだ!?」
貴族でも軍属でも無いルルーシュに、ブリタニア軍から役目を与えられた記憶など無い。
そう、今のルルーシュは何も知らない。
この世界を。
「私達はずっと観察していた。」
困惑するルルーシュを余所に、男は言葉を紡ぎ続ける。
懐から取り出した手帳に目を落としながら、男はそこに記載されている内容を読み上げる。
その内容は、ルルーシュが起きてから今に至るまでの行動の記録であった。
「今日の、俺だ……。」
「飼育日記という所かな。餌の。」
「餌…?」
「罠と言ってもいい。その魔女を、C.C.を誘い出す為の。」
「待ってくれ! 何を言っているんだ!?」
何も分からない。
餌の意味も、魔女も、C.C.も。
男の言っている事は何一つ、ルルーシュには分からなかった。
「私は男爵だからね。これ以上、餌と話す事は無い。」
そんなルルーシュの声を鬱陶しいと言わんばかりの態度で、男は吐き捨てる。
「さ、処分の時間だ。これで目撃者は居なくなる。」
何一つ理解出来ないルルーシュであったが、ただ一つ。分かった事があった。
それは自分はもう、この男達にとって用済みであるという事。
軍人達の持つ銃が、一斉にルルーシュへと向けられる。
(俺が、終わる? 何も分からずに。…こんな、簡単に……?)
理不尽だ。
(ふざけるな……!)
理不尽だ。
(力、力さえあれば……!)
この世界は、理不尽だ。
(ここから抜け出す力! 世界に負けない力が!!)
ルルーシュは怒り、憎んだ。
この理不尽な現実を、思い通りにならない世界を。
そんな彼の気持ちに呼応するかの様に、意識を失っていた少女は、再び意識を取り戻し――――。
ルルーシュの唇と自身の唇を合わせた。
ただ触れるだけのキスだった。
恋人同士が、家族が、スキンシップで行うような、そんなキス。
しかし、彼女のキスは、そんな優しいものだとは、ルルーシュは到底思えなかった。
ルルーシュの意識は現実を離れ、別の何かに絡めとられる。
なんだ、これは。
ルルーシュの脳内に、様々な情報が流れ込む。
(力が欲しいか。)
少女の声が響く。
(力ならお前はもう持っている。)
(忘却の檻に閉じ込められているだけだ。)
(思い出せ、本当のお前を。王の力を……!)
(今こそ、封印を…、解き放つ!!)
ルルーシュに掛かっていた霧が取り払われ、様々な記憶が溢れ出す。
母の死。
二人の妹。
王の力。
黒の騎士団。
ゼロ。
(そうか………。)
(俺の日常に、棘の様に突き刺さっていた苛立ち。ああ、全ては偽りの記憶。―――――思い出した。)
(俺は…、俺は……!)
(俺が、ゼロだ!!)
ルルーシュ、許しは請わないよ。
友達だろ、俺達は。
目に浮かぶのは自身に銃口を向け、そう呟く親友だった男。
(…ああ、それがお前の答えか、スザク………!!)
再び意識は現実へと引き戻される。
何も変わらない。
燃え続ける死体も。
銃を向ける軍人達も。
理不尽な世界も。
しかし―――――。
「私を処分する前に、質問に答えてもらいたい。」
ルルーシュはゆったりとした動作で、少女、C.C.を下ろす。
心臓を撃たれた筈のC.C.は、確かに自分の脚で立ち、ルルーシュに道を譲るように彼の後ろへと移動した。
「無力が悪だと言うなら、力は正義なのか?
復讐は悪だろうか。友情は正義足り得るだろうか?」
ルルーシュはゆったりとした足取りで、前へと進む。
銃も何も持たないただ学生。
それが油断を招いただろう、男は余裕のある表情を浮かべたまま、口を開く。
「悪も正義も無い。餌にはただ、死という事実が残るのみだ。」
「……そうか、ならば君達にも事実を残そう。」
ルルーシュは最早、ただの学生では無い。
何も変わらないこの場で、唯一変わったもの。
それを彼は行使する。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。」
その一言に、男は初めて恐怖をあらわにした。
しかし、もう遅い。
「貴様達は、死ね!!」
絶対順守の力。
それに抗う事は、何人たりとも不可能。
死が言葉となって、軍人達に降りかかる。
「「「「「Yes,Your Highness!!」」」」」
目の前で自らの命を絶つ男達を、ルルーシュは詰まらなそうに眺める。
(あの日から、俺の心には納得が無かった。噛み合わない偽物の日常、ずれた時間。別の記憶を植え付けられた、家畜の人生。
しかし、真実は俺を求め続けて……。)
(そう、間違っていたのは俺じゃない。世界の方だ!!)
ルルーシュの目の前の天井が崩れ、二機のKMFが現れる。
黒の騎士団の主力、紅蓮と月下。
その紅蓮の肩には、チャイナドレスを着た一人の少女。
「お兄ちゃん!!」
紅蓮の着地と同時に、少女、アルカは紅蓮から飛び降り、ルルーシュの元へと駆け付け抱き着いた。
「世界は変わる……、変えられる………!」
妹の抱擁を受け止めながら、ルルーシュは笑みを浮かべて呟く。
そんな兄妹、二人の王に対して、従者の様に跪く二機のKMF。
「壊そう、この世界を。一緒に。」
ルルーシュに力強く抱き着きながら、アルカは願いを口にする。
その願いは、人によっては呪いの様だと感じるだろう。
人を混沌へと誘う何処までも純粋で、悪辣な呪い。
しかし、ルルーシュが求めていたものこそ、この呪いにも似た少女の願い。
「ああ、いいだろう……。なぜならば私はゼロ。」
「世界を壊し、世界を創造する男だ!!」
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