「どうだったぁ? 新しい無窮は?」
クルクルと。キセルを手で遊びながら、ラクシャータは上機嫌な様子で言葉を紡ぐ。
「以前よりも出力も上がってましたし、何より武装が多くて戦いやすかったです。」
「ふっふふ~。そうでしょうともそうでしょうとも。」
「超電磁式榴散弾銃砲はどうでした? 日本解放戦線の物に手を加えたのですけど……。」
超電磁式榴散弾銃砲。
カワグチ湖で起きたホテルジャック事件の際に、日本解放戦線が使用していた兵器。
本来は発射に膨大な電力が必要だったが、ガウェインのハドロン砲の制御に利用した技術の応用で単体での利用を可能にしたリニアガン。
「威力と速度は申し分無いけど…、発射レートが……。」
「まぁあまり連射するようなものじゃないからねぇ。ご所望とあればそういうやつも作るけどぉ……。」
「ありがとうございます。でもそれはまた別の機会に。私達の置かれた状況は未だに芳しく無いんですから…。」
「あんたにもゼロからの連絡は来ないのぉ?」
呆れた様な口調のラクシャータに、少し寂しそうな表情をアルカは浮かべる。
「……ええ、まぁ。」
▼
「……とは言ったものの、実際はどうなんだ?」
アルカとC.C.に割り当てられた個室。
簡素なベッドが一つあるだけの狭い部屋で、アルカを膝に乗せたC.C.は携帯を覗き込む。
「連絡は来るけど、こっちの内容に関する返事だけ。そうか、分かった、って。今後の動きに関する事も一切無し。」
「普段は偉そうにしてる癖に、メンタルは脆いからな。私が傍に居れば尻を叩いてやったものを。」
ぶっきらぼうながらも、何処か心配をしている様なC.C.。
そんな彼女を見て、アルカは笑みを浮かべたが、それも一瞬の事。すぐにその顔に影を落とす。
「……気持ちは分かるけどね。兄上にべったりだった姉上が目の前で枢木スザクの手を取った訳だし、それにあの宣言でしょ? 兄上の想像以上に姉上が自立出来ているっていうのがショックだったんだと思う。今までは狭い世界で完結してたから余計に。」
「行政特区日本…、か。なぁ、お前自身はどうなんだ?」
「特区の事? うーん、私はちょっと……。」
「そうでは無く。ナナリーがこちらの手を取らなかった事に対してだ。」
ああ、そっちか。と頬を掻きながらアルカは呟く。
「確かに少し寂しいけれど、兄上程堪えている訳では無いかな。最終的に幸せに過ごせるならそれで良いし……。」
「そうか。……全く、あいつも見習って欲しいものだな。」
「あはは…。まぁ私が戦っていける理由は、こうして傍に居るからさ。」
ふふっと笑みを零しながらアルカは預けている背にさらに体重を掛ける。ベットが軽く軋む音と、C.C.の息づかいがだけが耳に入った。さっきまで饒舌に喋っていたのに、打って変わって静かになったC.C.を不思議に思い、アルカは彼女の顔に目を向ける。
そこに感情は無かった。目を見開いたまま、顔を一切動かさず、ただただアルカを見つめている。
「C.C.?」
長い様で短い沈黙に耐えきれず、アルカは戸惑った様子で名を呼ぶ。
「お前は……。」
「うん……?」
「お前は本当に煽るのが上手だな。」
「…へ……? ………きゃっ!」
アルカのお腹に回していたその腕を、上へ上へと蛇の様に這わせ、胸部に達した辺りで服の中へと忍び込ませる。
「全く……折角人が我慢して寝かせてやろうと思ったのに…。もう遠慮はしないからな。明日のミーティング、まともに出席出来ると思うなよ?」
「え、いや……、ちょ…………。」
引き攣るアルカに対し、怪しく、厭らしく、妖艶に笑みを浮かべるC.C.。
幼い抗議の声もすぐに甲高い声へと変わり、ベットの軋む音と荒い息遣いが部屋に満ちた。
◇◇◇
「うう、C.C.め……。加減を知らないんだから………。」
目の下に隈を作り疲労の色を浮かべ、アルカは腰を摩りながら廊下を歩く。
思い通りに動かない身体に鞭を打ち、ミーティングに時間通り参加したまでは良いものの、ここに来て限界が来たようだ。
「前々から思っていたけど…、前世があるとしたらC.C.は獣か何かなんじゃないか………。ん、カレン?」
「アルカ。」
腰の痛みにばかり気を取られて気付くのに遅くなったが、カレンとばったり出くわした。
彼女は何処か思いつめた様子で、普段の覇気は身を潜めている。
「食堂、今荒れているわよ。特に玉城が。」
「ああ、だろうね。」
去年の特区以降、日本人達のブリタニアに対する反感は強まっている。それは黒の騎士団内部でも同様だ。それに加えて新総督のナナリーによる特区日本の再建宣言。そうなる事は容易に想像できる。
どうせ今頃、ブリキのお姫様なんて信頼するもんじゃねぇよ。とか言っているところだろう。
「あれ、そういえば髪……。何処かにお出掛け?」
今のカレンは髪をストレートにしている。所謂、学園お嬢様スタイルだ。
「うん、ちょっと租界にね。」
そう言い残して、カレンは思いつめた様子のままアルカの横を通り過ぎていく。
「……ふぅん。」
▼
まだ日も昇っていない早朝の旧シンジュクゲットーの再開発地区にある建設現場で、一組の男女が言い争いをしていた。
いや、言い争いという表現は相応しくない。女が一方的に声を荒げているのに対し、男は顔を下げたままで、人形の様だった。
そして女は手を大きく振りかぶって、男=ルルーシュの頬を思いっきり叩く。
その光景を少し離れた所で眺めている1人の幼い少女。
(あらら…。)
女=カレンはルルーシュに一言言い残すと、涙を流しながらその場を去った。
涙を拭いながら翔けるカレンを見送って、幼い少女=アルカは自身の兄の元へと歩を進めた。
「今のは痛かったでしょ?」
「…アルカ、見ていたのか。」
「こうして落ち着いたところで会うのは久しぶりだね。」
ルルーシュの傍により、腫れた頬へ手を伸ばす。
「カレン容赦無く叩いたね……。後でちゃんと冷やしなよ?」
「何故俺に構う?」
「妹の私にそれ言う?」
「…………。今の俺は、ゼロではない。俺は仮面を―――!」
「だったら尚更聞く必要無いよね。」
「――――っ。」
カレンと話していた時とは対照的に、ルルーシュは眉間に皺を寄せて感情を露わにする。
「私は別に、兄上が仮面を棄てても棄てなくてもどっちでもいいの。兄上が舞台から降りたなら、また別の誰かが上がるだけ。傍から見たら、
「…っ! どういう事だ!? お前は…。」
「私は戦いをやめないよ。元々は1人でやるつもりだったんだし。私が望む未来にはね。姉上は勿論の事、兄上も一緒に居なきゃダメなの。皆が笑顔にならないとダメ。だから仮面を棄てるなら私を見送って、再び仮面を取るなら……。」
それに取り巻く皆の願いを纏めて背負う覚悟を決めて。私のも、勿論兄上自身のも。
「……!!!」
そう言い残して、アルカもカレンの様にここから去る。しっかりした足取りで、迷いの無い表情を浮かべて。
「………ふっ。」
ああ、そうだ。
ルルーシュは笑みを浮かべた。
何故、こんな簡単な事に気付かなかったのか、と。
「最早俺個人の願いだけで収まる様な範疇では無い。」
あいつは、アルカはとっくに分かっていたのだろう。ゼロの仮面の意味を、重さを。
だから、ナナリー奪還作戦の後も俺と違ってブレなかった。
「まだまだ甘いな、俺は。」
・
・
・
エリア11の新総督、ナナリー・ヴィ・ブリタニアが着任して早々に宣言した行政特区日本の再建。エリア11に住む日本人達は勿論、黒の騎士団やゼロに対しても参加を促す声を掛けた。過去は問わないから手を取り合おうと。
当然、一年前の惨劇から支持する声は上がらず、黒の騎士団の参加も絶望的かと思われていた。
しかし。
『ゼロが命ずる! 黒の騎士団は全員、特区日本に参加せよ!』
ゼロの一言が状況を一変させた。
そして。
『ゼロを国外追放するのはどうだろう?』
ゼロから持ち掛けられた会合。その場に居合わせている枢木スザクを始めとする面々は驚愕の色を浮かべた。
「黒の騎士団は!?」
「捨てる気だろ。自分の命だけを守って。」
確かにジノの言う通りだ。ゼロの言葉を鵜呑みにすれば、の話だが。
スザクの心に迷いが生じる。
ゼロは保身に長けた人物だ。しかしそれ以上に計算高い人物でもある。懐に忍び込み、土台から崩す。彼の十八番だ。一年前の戦いで嫌と言うほど分からされた。相手がスザクの知るゼロなら、この提案に乗るのは危険だ。
だが、そうでなかった時の見返りが無視できない程大きい。
100万人の日本人、事実上の黒の騎士団の崩壊。
「あのさ、こんな話がバレたら組織内でリンチだよ?」
『だから殺されない為に内密に話している。』
「皇アルカは!? 知っているのか!?」
『何故君が彼女を気にする? 当然、彼女にも内密だ。』
ゼロの正体がルルーシュなら、真っ先に妹であるアルカを優先すると思っていた。少なくとも、一年前のゼロならナナリーやアルカのことを優先して物事を進めてきた筈だ。しかし、今はどうだ。
「………。」
「……総督の権限内でしたら、ゼロの国外追放は執行可能です。」
「ミス・ローマイヤ! ゼロを見逃せと言うのですか!?」
「法的解釈を述べただけです。」
身体が不自由であるナナリーの為にと配属された総督秘書、アリシア・ローマイヤ。
生粋のブリタニア人気質であり、冷たい現実主義者である彼女がスザクは苦手だった。
今もこうして、機械の様に事実を淡々と述べる彼女が。
『どうだろう? 式典で発表しても良い。君達にとっても悪くない取引だと思うがな。』
周りの面々は八割方、賛成の様子だった。唯一、セシルだけが困惑した様子で沈黙しているが。
「確かに悪くない。トップが逃げたとなれば、イレヴンのテロリスト共は空中分解だろうからな。」
「……しかし、犯罪者を…………!!」
スザクが個人で動ける立場なら、彼はどのように行動しただろうか。彼はあくまでも軍人、組織の人間。それはナイトオブラウンズになっても変わらない。個人の思想は大多数の人間の思想に流されていく。
◇◇◇
特区日本記念式典、当日。
ゼロの言葉に扇動され、会場に集まった100万人の日本人。無数の日本人達の合間合間にKMFも配備され、式典は問題無く始まった。
進行役のローマイヤが行政特区日本の概要を説明している間も、特に問題も起きず、ブリタニア軍兵士は拍子抜けしていた。
しかし、ゼロの法規的処分を説明し終えたところで、彼は姿を現した。
ゼロは問う。
日本人とは、民族とは何か、と。
枢木スザクは答える。
心だ、と。
その問答が何かの合図だったのだろう。会場は途端に白い煙に包まれた。
突然の異変に動揺が広がるブリタニア軍の前に、ゼロは現れた。何時もの仮面に、何時ものマントを羽織った、身体付きも、身長も違う沢山の、ゼロが。その数はおよそ100万。
この式典に参加した全ての日本人が、ゼロの姿に扮したのだ。
ゼロは煽る、全てのゼロは総督の宣言通りに国外へ逃げろと。
ブリタニア軍はそれを見逃すしかない。そもそもゼロというのは個人を指す言葉では無い。ブリタニア軍はゼロの正体を知らないのだから。手をこまねいている間にも、ゼロ達は続々と式典会場を去る。
「屁理屈。一休さんか。」
『良く知っているな。』
その様子を海氷船に乗るアルカは呆れた様子を隠さず眺めている。
「佐世子さんが教えてくれたの。ね?」
「はい。お久しぶりです、アルカ様。あまり……、お変わりないですね。」
「あまりというか、全く。これでも成長期なのに……。」
不貞腐れた様子のアルカを微笑ましい目で見つめながら、佐世子はゼロの横へと並ぶ。
彼はそんな佐世子を横目で流し見しながら、自身の仮面に手を掛け、それを外す。
端正な顔が晒され、艶やかな髪が風で靡く。
「ルルーシュ様も、お久しぶりです。」
「ああ。」
会場から逃げてきたゼロ達が、続々と海氷船へと乗り込んでいく。国外追放という処分を受ける為に。
目指すは中華連邦の領土内に位置する人工島「蓬莱島」。
舞台はエリア11から中華連邦へと移り変わる。
小さい島国から始まった戦争は、世界を巻き込み、拡大していく。
もう誰にも止める事は出来ない。
「そろそろ、かな。」
「彼女も良い感じに仕上がってきた。そろそろ、蓋を開けてみようか。」
少女にも、魔女にも、仮面の反逆者にも。