蓬莱島を見渡せる監視塔へと続く窓に覆われた廊下を、島の様子を眺めながらアルカとC.C.は歩く。
目に映るのは物資を船から運び出す男達、昼食を用意する女達、その傍らで遊ぶ子ども達。ゲットーでも時折見られた光景だが、ここの方が皆の表情が活き活きとしている。ブリタニアの支配権から逃れ、自由になれた事が余程嬉しいのだろう。
「まぁ、油断は出来ないけどな。」
「事前に話はつけてたとはいえ、無償でここを貸出……、って訳は無いよね。」
「余程のお人好しじゃない限りはそうだろうな。」
中華連邦。
世界最大の人口を誇る連合国家。本来であれば世界を支配出来るほどの国力を持つが、その実態は老体そのもの。国家の象徴たる天子。その地位を影で操る支配層が専横跋扈しており、国民は貧困と停滞に苦しめられている。
「総領事館で嫌と言う理解したが、大宦官共は保身に長けているからな。ブリタニアが甘い蜜を垂らせばすぐに寝返るぞ。」
「その前に首都を私達の物に……、ね。世界有数の大国を同時に相手取るなんて骨が折れるなぁ。」
「だが洛陽さえ落とせば―――。」
「ブリタニアの倒す条件が揃う。頑張らないとね。」
ふわぁ、と欠伸をしながら身体を思いっきり伸ばす。固まっていた身体がほぐされていくのがとても気持ち良い。
そんなアルカの様子をどこか観察する様な目で眺めていたC.C.は、何時もの様に起伏の少ない声で言葉を紡ぐ。
「あれだけ寝たのにまだ眠いのか?」
「最近寝ても寝た気がしなくてね。やけにリアルな夢とか見てさ。前も時々あったけど、最近は特に多い。」
遠い昔の、本でしか見た事無いような村の風景、そこに住む人々の営み。
自身が本国に居た頃の記憶から最近の出来事まで。
まるでビデオテープを再生しているかの様な感覚で、瞼の裏に流れていくのだ。
「………ねぇ、C.C.。私って……。」
アルカが意を決して口を開いたその時、目的の部屋から大きな物音がした。人が2人ほど、床に倒れた様な音。ルルーシュに何かあったのかと思い、アルカはドアまで駆け付けて部屋に勢いよく入る。
「兄上っ! だいじょ…う…………ぶ?」
視線を下げるとカレンに押し倒されている構図で呆然としているルルーシュと、頬を赤らめて服をはだけさせたカレン。
年頃の男女。二人っきりの密室。押し倒し。はだけた服。赤らめた頬。
ぼわっと湯気が出そうな程、アルカは顔を赤らめて、2人から視線を逸らす。
「え、っと……。お邪魔…しま、した………。」
「「待て待て待て待て!!!」」
そう小さく、弱々しく言い残し、部屋を去ろうとするアルカに、ルルーシュとカレンは慌てて声を荒げた。
「はぁ、緊張感の無い奴らめ……。」
目の前で繰り広げられるコメディに、C.C.は呆れた色を浮かべて、部屋に置いてある食べかけの冷めたピザを口に運んだ。
やはりピザは出来立ては一番だな、少し固くなった生地とチーズを咀嚼していると、慌ただしい神楽耶の声が響いた。
『ゼロ様、斑鳩に来てください! 大変な事が……!!』
▼
斑鳩
ブラックリベリオン後、ラクシャータが建造した浮遊航空艦。
神根島近海に沈んでいたガウェインからハドロン砲とドルイドシステムを移植している新たな旗印。
そんな斑鳩の館内の指令室に、黒の騎士団の幹部の面々は顔を揃えていた。
『何? 政略結婚?』
「えぇ、皇コンツェルンを通して式の招待状が届いたのですけれど…。新婦はこの中華連邦の象徴、天子様。友人として、私達を招きたいと…。」
「私達……? 神楽耶だけじゃなくて?」
神楽耶の含みを持たせた言い方に、アルカは眉根を寄せて尋ねる。
「えぇ。アルカ、貴女にも。皇家に対しての招待状なの。」
「全く、神楽耶だけにしとけば良いのに、天子様っていうのは随分律儀な人ね。」
面倒くさいという態度を隠そうともしないアルカに、神楽耶は苦笑いを浮かべる。
『相手は?』
「ブリタニアの第1皇子、オデュッセウスとか言う人。」
「あいつか…。」
「あ? 知ってんのか?」
「そりゃあね。ブリタニア相手にしてるんだから、敵国の情報位は…。まさか、知らずに戦ってた?」
アルカの呆れた視線に、玉城は思わず目を逸らして、頬を掻く。
「用意してた計画は間に合いません。まさか、大宦官が……。」
ゼロのすぐ後ろで控えていたディートハルトが、神妙な顔持ちで呟く。
『いいや、ブリタニア側の仕掛けだろう。』
「だとしたら、俺達は……。」
『最悪のケースだな。』
ある1人を除いたメンバーの顔に影が差す。それぞれが今後の事に対する事について頭を回していた。そんな中、玉城だけが状況を飲み込めず、疑問を浮かべていた。
「んだよ、皆して。俺達はブリタニアとは関係無いだろ? 俺達は国外追放されたんだしよ!」
「はぁ!?」
「あの…、罪が許された訳じゃ無いんですけど…。」
「それに政略結婚ですし、中華連邦が私達を攻撃してくる事だって…。」
この政略結婚の意図は、ブリタニアと中華連邦の劣悪だった関係を解消する為のみならず、中華連邦をブリタニア側に置く事にある。事実上、中華連邦に亡命している形である黒の騎士団と日本人達にとってすれば、ブリタニアの支配下に再び置かれる可能性が非常に高い為、到底無関係などでは無い。
「じゃあ、何か? 黒の騎士団は結婚の結納品代わりか!?」
「あら、上手い事言いますわね。」
「使えない才能に満ち満ちているな。」
「呑気こいてる場合か!? 大ピンチ何だぞ、これは!!」
どうやらようやく玉城にも事の重大さが伝わったらしい。彼の大騒ぎをBGMに、ディートハルトとゼロは話を進める。
「ゼロ、この裏には。」
「ああ、もう1人居るな。こんな悪魔みたいな手を打ったやつが…。」
良くも悪くも凡庸であるオデュッセウスがに、こんな事が出来るとは思えない。彼を駒に見立て、このシナリオを描いたものが居るはずだ。ゼロとアルカの頭には、今同じ人物が浮かんでいるだろう。
「優等生…。」
玉城が騒ぎ立てているこの場では、誰の耳にも入る事は無いだろう。それ位の小さな声で、アルカはその言葉を口にした。
ああ、そういえば母上が彼の事をそう呼称していたな。
第2皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニア。
ルルーシュが唯一勝てなかった男にして、玉座に一番近い人物。
そんな彼が今、中華連邦に。
◇◇◇
天子とオデュッセウスの結婚式を明日に控えた夜。
朱禁城の迎賓館では華やかな宴が開かれていた。
ブリタニアと中華連邦。それぞれを代表する貴族たちが華やかな装いに身を包み、会話や料理を楽しんでいる。
それは、警護役のナイトオブラウンズ達も例外では無かった。
「スザク~! これだろ? お前の言っていたイモリの黒焼き! どうやって食べるんだ?」
何時も通りの人懐っこい笑みを浮かべたジノは、大皿を抱えて駆け寄って来る。
その手に持つ皿の上に乗っているのは、虎の様なフォルムをした生き物が。
「それは料理の飾りだよ。」
「飾り?」
ジノは不思議そうな、そして理解できないような表情を浮かべて、スザクの言う飾りを眺める。
そんなやり取りの裏で、アーニャはアーニャでカメラを回し、自身の記録の為の写真を撮り続ける。
世界中が絶えない戦争に疲弊している中、今この場に居る人間だけはそれを忘れて各々の時間を過ごしていた。
「神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル第二皇子様、ご到着。」
そんな中、今パーティーの中でも飛び抜けて重鎮であろう人物の到着を知らせるアナウンスが場内に響く。
皆一様に開いていた口を閉ざし、意識を会場の入り口へと向け、その姿を一目入れようとする。
「おぉ……。」
誰かが感嘆の声を漏らした。
それほどシュナイゼルの姿はこの場に相応しく映ったのだろう。
2m近くあるであろう身長、堂々とした風格、加えて誰もが羨む美貌。
そんな男が、部下であるニーナの手を引いて現れた。
「お久しぶりです。皇帝陛下から、この地ではシュナイゼル殿下の指揮下に入るようにと。」
先程まで自由にパーティーを楽しんでいた3人も、表情を公務に切り替え、シュナイゼルに膝を付く。
「ラウンズが3人も…、頼もしいね。ああ、ただ……。」
「あ、何か?」
「ここは祝いの場だ。もっと楽にしてくれないと。」
「分かりました。」
シュナイゼルの言葉に笑みを浮かべて、3人は立ち上がる。
シュナイゼルは決して自身の立場を振りかざしたりする人間じゃない。そういう人種であれば、今頃ロイドはKMFの開発に携われていないだろう。
「行政特区日本ではご苦労だったね、枢木卿。」
「……申し訳ありません。私の独断でゼロを…。」
「構わないよ。ナナリーの信用が落ちた訳では無い。それに、ゼロの性格も知れたからね。」
柔和な笑みを浮かべて、スザクの肩を軽く叩く。
「さぁ、仕事の話はほどほどにして、君達もパーティーを――――」
「皇コンツェルン代表、皇神楽耶様、皇アルカ様、ご到着。」
「……おや。」
シュナイゼルは言葉を遮り、自身も先程通ってきた入口へと意識を向ける。
皇神楽耶と言えばエリア11に伝わる古くからの名家であり、ブラックリベリオン後に処刑されたキョウト六家の生き残り。特級犯罪者であるゼロ、および黒の騎士団の支援者。中華連邦に亡命していなければ、今頃桐原と共に処刑されていたであろう人物。
それに皇アルカ。まぁ彼女の紹介は不要だろう。彼女もまた、処刑されるに値する人物。
そんな彼女達が、指名手配されているのにも関わらず、こうして姿を現すのだ。興味を惹かれるのは必然だ。
「皇……、何!?」
皇の名を冠する2人が参加するというのは事前に聞いていた。ブリタニアからしてみれば犯罪者の彼女達も、天子様からすれば招待客。こちらから手を出す訳にはいかない。しかし、そうだからと言って、まさか。
「ゼロ……!」
「紅蓮のパイロットも居るじゃないか。」
「ほう、これはこれは……。」
会場がどよめき、皆それぞれの反応を見せる。
神楽耶と仮面を身に着けたアルカの後ろで控えるカレンと仮面の男。この場に居る筈の無い、招待される筈の無い人物。
「衛兵!」
狼狽えながらも声を荒げた大宦官に従って、槍を持った数人の兵士が4人を取り囲む。
「やめませんか、諍いは。本日は祝いの席でしょう。」
「ですが…。」
「皇さん、明日の婚姻の義では、ゼロの同伴をご遠慮いただけますか。」
あくまでも礼儀正しく、しかしながらも有無を言わさない覇気を纏って、シュナイゼルは言葉を告げる。
「それは…、致し方ありませんね……。」
「ブリタニアの宰相閣下がそう仰るのなら……、引け!」
シュナイゼルの言葉に異を唱える様子も無く、大宦官は兵士を下げる。
(シュナイゼル…、目の前に姿を晒したな!)
ルルーシュの視線に気付いたのか、スザクがいち早くシュナイゼルの前に現れ、遅れて他のラウンズも立ちふさがる。
スザクの身体の位置は丁度シュナイゼルの視線を遮り、ギアスは届かない。
(ふん、流石に警戒しているか。)
険しい顔でゼロを見据えるスザクからその身を守ろうと、神楽耶とアルカもゼロの前へと乗り出る。
「枢木さん? 覚えておいでですか、私を。」
「……当たり前だろ。」
皇家。
キョウト六家の盟主であり、枢木の宗家。
「キョウト六家の生き残りは、私達だけとなりましたね。」
「その生き残りっていうのは、彼女も含まれるのかい?」
「あら、当然ですわ。アルカは紛れも無く私の妹ですよ?」
「…妹……。」
皇アルカ。彼女が、アルカが皇の性を名乗り始めたのは丁度ナリタでの戦い辺りからだと言う事が、捕らえた黒の騎士団員からの証言で分かっている。それまでは学校でも使っていたアングレカムという性を名乗っていたそうだ。
つまり目の前の仮面の少女は間違いなく、ルルーシュの妹であり、僕の知る彼女だ。
(ブリタニア皇族と皇家の間に生まれたハーフ…。いやしかし、家系図に彼女の名前は…。)
軍に入る前に、キョウト六家の事や家系図については洗いざらい調べた。皇家に神楽耶以外の子どもの名前は無かった筈だ。
(アルカが、血縁……。)
神楽耶のハッタリ、という可能性もある。しかし、自分でも不思議な程、彼女が血縁という事実をすんなりと受け入れられる。
『何か?』
無意識にアルカを見つめていたようで、スザクの視線に気づいたアルカは電子混じりの声を不愉快そうに上げる。
「気を付けてくださいな、アルカ。きっと次の標的は私達ですわよ。枢木さんは、親族を殺すのが好きなようですから。」
「…桐原さん達は、テロの支援者だった。死罪は仕方無かった。」
神楽耶の刺々しい言葉に、スザクは反論を述べる。
「お忘れかしら? 昔、ゼロ様があなたを救ったことを。その恩人も、死罪になさるおつもり?」
「…それと、これとは……!」
恩知らず、という言葉が神楽耶の目の奥から聞こえてくる。
ここ一年で、スザクは変わった。一年前の出来事から人を想って行動する事よりも、合理的に行動する事の方が多くなっていた。それを自覚もしているし、多少の負い目も感じているスザクにとって、今の神楽耶の言葉は心苦しいものであった。
「残念ですわ。言の葉だけで、人を殺せたらよろしいのに。」
(…怒ってる。)
(…怒ってるわね。)
(…怒ってるな。)
元婚約者という立場か、それとも従妹だからか。スザクの事を嫌っているのは知っていたが、本人を目の前にして若干、リミッターが外れているらしい。
その証拠に表情は笑顔ではあるものの、その額には青筋を浮かべている。
(……あまり生意気言わないようにしよ。)
怒ると怖い、という点は姉上に似ているな、と呑気な事を考えていると、後ろにいるゼロが口を開いた。
『シュナイゼル殿下。一つ、チェスでも如何ですか?』
「ほう?」
興味深そうに笑みを浮かべて、シュナイゼルは言葉を漏らす。
『私が勝ったら、枢木卿を頂きたい。神楽耶様に差し上げますよ。』
「まぁ! 最高のプレゼントですわ!」
チェス、シュナイゼルとルルーシュ、共に得意とする盤上の遊戯。皇族時代からチェスでは敵無しだったルルーシュも、唯一シュナイゼルには勝てた事が無い。
これは挑戦なのだろう、シュナイゼルへの。そして、過去の自分への。
「…では、私が勝ったら、その仮面を外してもらおうとしようかな。そちらの彼女のも、ね。」
『………っ。』
シュナイゼルに微笑み掛けられたアルカは、少し後ずさり、思わず神楽耶の服の袖を掴む。
「アルカ…?」
昔から、シュナイゼルの事が嫌いだ。
その人当たり良さそうな笑みも、丁寧な所作も、言動も、全てが計算されているようで、同じ血が通った人間だとは思えなかったから。
気味悪くて、薄ら寒くて、狂気的で。
「楽しい余興になりそうだね。」
そんなアルカの様子を気にも留めず、シュナイゼルは楽しそうに呟く。
▼
別室に移されたゼロとシュナイゼルがチェスを打ち始めてから数十分。
チェスにしてはスピーディーな展開で、試合は進んでいる。
そして。
「チェックメイト。」
シュナイゼルが静かに宣言した。自身のキングをゼロのキングの前に置いて。
会場に動揺が走る。素人目にも自殺行為だという事が分かるだろう。
次はゼロの手番、つまりは彼が駒を進めればシュナイゼルのキングはゼロに打ち取られ、敗北する。
『何ですか、これは? 拾えと言われるのか、勝利を。』
(これじゃあ、兄上はキングを取れない。いや、取らない。)
ルルーシュはプライドが高い。他者からの施しは一切受けず、自ら未来を掴み取ることを信条としている。それは過去の出来事から来る彼の生き方であり、対立する父への父への反抗とも言える。
ゼロは駒を進める事無く、自身のキングを後退させる。
「皇帝陛下なら、迷わず取っただろうね。」
ゼロの行動に驚きの表情を浮かべる観客達とは対照的に、シュナイゼルは何もかもを見透かした様な笑みを浮かべてゼロを見つめる。
「君がどういう人間か、少し分かった気がするよ。」
(シュナイゼル……!)
シュナイゼルは続いて笑みを崩すことなく、アルカの方へ視線を向ける。
「どうだい、レディ。君も一局どうかな?」
シュナイゼルの瞳には、2人の仮面の人物はどう映っているだろうか。もしかしたら、仮面の下の顔が見えているかもしれない。そう思わせる程、シュナイゼルは堂々と、不敵に笑っていた。
『わ、私は―――。』
「ゼロ! ユーフェミア様の仇!」
『っ!』
アルカの言葉を遮り、半狂乱になったニーナがナイフを突きつけてこちらへ向かってくる。
「やめるんだ! ニーナ!!」
そんな彼女の行為を止めたのはカレンでもアルカでもなく、スザクであった。
ナイフを持つ手を取り押さえられたニーナは、抵抗しつつも呪詛を吐く。
ゼロにだけでは無く、止めたスザクや、ゼロを守るカレンに対しても。
「余興はここまでにしよう。」
場が持たないと悟ったシュナイゼルは、黒の騎士団の面々に退場するように促す。
「それと、確認するが明日の参列はご遠慮願いたい。次は、チェスなどでは済まないよ。」
これ以上この場に居ても何も得られないだろう。そう判断したゼロはアルカ達を連れてこの場を後にする。
ニーナの啜り泣く声と恨み言を聞きながら。