少女の顔は今にも泣きそうだった。
「………。」
華やかな装飾が施された会場。祝福の声を上げる大人達。女の子なら誰もが夢見る舞台。だと言うのにも関わらず、彼女は今にも泣きだしそうだった。
「……同情しているのですか?」
そんな少女の様子を眺めていると、隣に座っている神楽耶が口を開いた。
「………どうして、そう思うの?」
「目は口程に物を言う、という言葉を知っていまして?」
得意げな顔をして神楽耶は、古くから伝わることわざを紡ぐ。
「……確かに、この式に思う所はある、かも。」
「へぇ、意外。アルカなら『人の上に立つ者なら当然です』ってキッパリ切り捨てそうなのに。」
少し意外そうに、そして茶化す様に私達の後ろに控えていたカレンが会話に入る。
「カレンの中の私ってどういう……。うん、まぁ普段だったらそう言っていたかも。けど…。」
家の為の、民の為の、国の為の政略結婚。この世界では良くある事だ。上の立場になればなるほど、その機会は巡って来る。想い人と結ばれる事なんてほんの一握り。本来だったら泣きわめく様な事では無いだろう。
しかし、それは当人に十分な教育がされているなら、の話だ。
本来であれば家の者や側近が。この国では大宦官がその役割であろうが。その立場の大人達が教育する義務がある。家や国の為に身を捧げる覚悟を、その必要性を。
「天子様には十分な教育が施されていない。やるべきことを放棄した末の政略結婚なんて胸糞悪いだけ。」
苦虫を噛み潰した様に顔を顰めて、アルカは忌々し気に口を開く。
元皇族というのもあって、今回の事にそれなりに思う所があるんだろう。
しかし、本当にそれだけか、と神楽耶は考える。
アルカの言い分は一理あるが、彼女の目に宿る苛立ちを説明するのには不十分だ。他にも彼女が憤る要素がある筈だ。
だけどそれに行きつく欠片を神楽耶は持ち合わせていないし、本人に問いただす時間ももう無い。
本当にそれだけですか、という言葉を飲み込み、神楽耶は穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふっ、それを止める為に私達が居るのでしょう?」
神楽耶がそう呟いた時、会場の扉が勢い良く開かれた。
この場に居る誰もがその光景を見て、驚愕の色を浮かべていた。
「我は問う、天の声、地の叫び、人の心…。何を持ってこの婚姻を中華連邦の意思とするか!」
腰まで届く程の艶やかな黒髪、切れ長の目。
後ろに複数の兵を携え、その手に持つ剣を掲げて。
男、黎星刻は高らかに声を上げた。
「血迷ったか、星刻!?」
豚の様に太った大宦官。名前は、……えぇと、忘れた。
とにかくその男が声を荒げる。
その答えが号令であった様に、会場の警備役として配置されていた兵士達が一斉に星刻に迫る。
「黙れ趙皓! 全ての人民を代表し…、我はこの婚姻に異議を唱える!」
そんな彼らの問答の背後で、ミレイを始めとする来賓客達が会場を後にする。
ミレイが会場を後にするのを目で追い、完全に視界から外れるのを待ってから、アルカは口を開いた。
「私達も下がろうか。星刻の協力者だってあらぬ疑い掛けられるのも面倒臭いし。」
「そうですね。私達も為すべきことを為しましょう。」
・
・
・
永続調和の契り。
中華連邦に古くから伝わる約束の形。
過去に星刻は天子とそれを交わした。命を助けられた礼として。狭い世界に囚われている天子を外の世界へと連れ出すと。
契りを交わしたその瞬間から、星刻の心は天子と共にあった。
例え、彼女がその事を憶えていなくても、全ては天子の為に。
だから星刻には迷いが無い。祖国を裏切る事となっても、世界を敵に回したとしても。
「星刻!!」
幼い少女の声が場内に響く。
大宦官達の怒号、金属がぶつかり合う音、それらの騒音に包まれているのにも関わらず、その声はハッキリと耳に届いた。
(覚えて、おられた……!)
天子は星刻の名前を頻りに呼びながら、右手を掲げる。あの日星刻と躱した約束の形を再びその手で作って。
「わが心に、迷い無し!」
星刻の顔に笑みが浮かべ、駆け付ける。自身の名を呼ぶ花嫁の元へ。あらゆる障害に阻まれつつも、お互いを想い合う2人の男女。
そんな光景を、この男の目にはどう映っているのであろう。
あと少し、あと少しで天子に手が届きそうだった。これが良く出来た創作物であれば、星刻は天子の手を取れたであろう。
しかし、そんな事をこの世界が、仮面の男が許す筈も無い。
天子の頭上、式場の中心に掲げられた中華連邦とブリタニアの国旗。それが舞台の垂れ幕の様に天子の姿を隠す。
突然の異変に、星刻も、ブリタニア軍も、中華連邦も、皆動きを止めた。重力に従って地に落ちていく二つの国旗。
その裏から二つの影が姿を現す。花嫁衣装に身を包んだ天子と、漆黒の仮面を身に着けた男、ゼロ。
『感謝する星刻。君のお陰で、私も動きやすかった。』
「……それはどういう意味かな? ゼロ。」
怒り半分、困惑半分。といった様子で星刻は静かにゼロに問う。
『動くな!』
静かに歩み寄る星刻を、ゼロは制止した。その手に持つ銃を、天子に突き付けて。
「黒の騎士団には、エリア11での貸しがあった筈だが?」
『だからこの婚礼を壊してやる。君達が望んだ通りに。ただし、花嫁はこの私が貰い受ける。』
「………! この外道がぁ!!!!」
星刻の怒りが、憎悪が、一身にゼロへと向けられる。普通の人間なら物怖じしてしまうだろう。もしかしたら腰を抜かして天子を解放したかもしれない。それほどの鬼気迫る迫力が彼にはあった。
しかし、相手が悪い。ゼロは普通の人間でも無い。その精神はとっくに破綻してしまっているのだから。
『おや、そうかい? フフフフ…、ハハハハハハハハハハ!!!』
さもその視線が気持ちが良いとでも言う様に、ゼロは狂った様に笑い続けた。
▼
KMF輸送用のコンテナの中。整備が行き届いてない荒道に揺られながら、アルカは困っていた。
「あの…、天子様。その、困ります……。」
「あ…、ごめんなさい……。」
式場から天子を連れ出す事に成功した黒の騎士団は、斑鳩に向けて移動していた。
ブリタニアからも中華連邦からも追われる立場となってしまった以上、一切の油断は許されない。現状、追手が来ていなくても、だ。
当然、アルカもそのつもりだった。何時でも出撃出来る様にパイロットスーツを身に纏い、無窮の傍らで待機していた。
そんな彼女を、神楽耶は呼び出した。何でも自慢の妹を天子に紹介したい、と。
ただ、それだけの筈だった。
「珍しいんですよ、天子様にとって。自分より歳が下の方と会った事無いんですから。」
「まぁ、それは分かるけど……。」
私だってC.C.と旅を始めるまで同じ状況だった。
でも、だからと言って…。
「動物みたいにペタペタ触れなくても…。」
「うぅ…、ごめんなさい。」
さっきからずっとこの調子だ。
私が何を言っても、謝るばかり。だと言うのに私に触れるその手を止める様子は無い。若干の鬱陶しさを感じるものの、その手を振り払おうとも思わないし、強い言葉で拒絶も出来無い。
どうも私は天子様が苦手だ。実際に話してみてハッキリと分かった。
この人には裏が無い。邪気も下心も打算も。ただただ純粋なのだ。
毒気が抜かれる。今まさにそんな気分を味わっている。どうも私は、この手のタイプの人間が苦手らしい。
え? 姉上はどうかって?
いやいや、あの人は意外と計算高くて意地悪だよ。
私がそう考えている間にも、話はどんどん進んで行く。
「なんだか、物語に出てきた巫女様みたいで…。」
「巫女? それって神社とかに居るあの?」
天子の言葉に神楽耶が興味深そうに尋ねる。
「うん…、子どものころに星刻に読んでもらったお話…。それに出てくる巫女様に似ているの。」
聞けばその物語は、特別な力で村を治めていた巫女の家系に生まれた少女が、自らを犠牲にして人々の争いを止めるという内容らしい。
「随分と物騒な内容ですね…。」
物語としては良くありそうな話ではあるが、少なくとも子どもに聞かせるような話では無い。
「まぁ! その話なら知っていますわ! 巫女様の献身的な姿勢とその従者の覚悟…、素敵な話ですよね! でも確か…、巫女様の容姿は黒髪ではありませんでした?」
「そうなの? じゃあ全然私に似ても似つかないじゃん。」
「あ、うん…、見た目は、そうなのだけど…。その、雰囲気? みたいなものが……。」
「ふふっ、物語上の人物に雰囲気が似てるなんて、天子様も存外、ご冗談を仰るのですね。」
何とも曖昧で現実味の無い言葉に、今の状況を忘れて思わず笑ってしまう。
「あら、あながちそうでも無いと思いますよ?」
神楽耶は何処か得意げな顔を作り、胸を張る。
「皇家とは元々、神に身を捧げた巫女の家系ですもの。現代に近付くに連れ、廃れていったものではありますが。」
「じゃあ、やっぱり!」
目をパッと輝かせ、天子が口を開いたその時、コンテナ内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。追手に追いつかれたのだろう。
「ゼロ!」
『ああ。 君もカレン達に加勢してくれ。ここで追いつかれる訳にはいかない。天子様はこちらで手厚く保護しよう。』
そうと決まれば雑談に興じている暇は無い。
アルカは身を翻し、自身の相棒、無窮へと足を運ぼうとする。しかし。
「天子様?」
腕を掴まれ、引き留められた。
今日初めて会い、ほんの少し話をしただけなのに、随分と懐かれたものだ。
私の腕を掴む彼女の顔には心配と寂しさといった感情が浮かんでいる。そんな彼女の手を優しく取り、下ろさせる。
「天子様、私は貴女が好きな巫女様に似てるとは思えません。私はそんなに出来た人間じゃない。だから、そんな顔をしないでください。貴女がそうするべき相手は、他に居るでしょう?」
渋々と言った様子ではあるものの、小さく頷いてくれた天子を背に、アルカは再び無窮へと足を運び、乗り込む。
キーを差し込み、寝ている無窮を叩き起こす。機体全体がドライブの微弱な振動に包まれ、コックピット内の温度が上昇していく。
「無窮蒼天式、皇アルカ。出ます。」
コンテナの天井が開いたのを確認し、勢い良く空へと羽ばたかせる。
『アルカ! 加勢に来るの遅くない!?』
「これでも急いだんだけど……。」
カレンの乗る紅蓮と藤堂の乗る斬月。今の黒の騎士団において航空戦力として数えられる貴重な機体。
しかしその機動力も今は活かせていない。ゼロ達の乗るトラックを護衛するという名目上、離れる訳にもいかないからだ。つまり、守る事は出来ても撃退は出来ない。
「戦いにくそうね。」
『何か策でもある訳?』
「カレンと藤堂さんがトラックを守って、私が遊撃に回る。無窮の方が機動力高いし、そっちの装備の方が守りに向いてる。街中で超電磁砲ぶっ放す訳にもいかないしさ。」
『…任せて、良いんだな?』
斬月の主武装である刀で飛来する砲弾を切り伏せながら、藤堂は静かに問う。
軍人として、大人として、まだ子どもであるアルカに前線を任せることに若干の負い目は感じている。しかし、彼女の言い分はこの状況において実に合理的で理に叶っている。
確かに機体性能的にも、パイロット特性的にも。
「当然。」
『……そうか、分かった。紅月君!』
『はい!』
『聞いた通りだ! 攻撃は全てアルカ君に一任する。私達は防衛だ。一片足りとも通すなよ!』
『承知!』
カレンの声を合図代わりに、アルカは無窮を敵陣に向かって突っ込ませる。
背中の滑走翼と一体になったバインダーで機体を包み込み、銃弾を弾きながら閃光の如く迫る。
「遅い。」
遅い。全てにおいて。
敵の行動の一つ一つが。
「そら、もう一機。」
相手がこちらに対応する前に攻撃を叩き込む。
相手が照準を合わせる前に移動する。
相手より一歩先へ。一手早く。
母が教えてくれた戦いの基本。
「……つまらない事を考えた。」
もう何機目だったか。
追手のサザーランドを切り伏せながら頭に浮かんだ人物を記憶の片隅に追いやる。
「結局、私の思い違いだったのかな―――。ん?」
無窮に向かって飛んでくる複数の熱源。
アルカはこれを知っている。
回避しても無駄だと判断したアルカは、傍で様子を伺っていたサザーランドを掴み盾にする。
無数の熱源はサザーランドに着弾し、辺りは黒煙に包まれた。
「全く、サザーランドが居る時点でおかしいとは思ったけど。」
太刀で煙を切り払い、視界をクリアにする。
目の前にはさっきの熱源の主であろう大柄な機体が佇んでいた。
「シュナイゼルは政治が下手になったのかな? それとも、独断?」
両肩に巨大な砲門を身に着けたワインレッドの装甲。裏切りの騎士の名を冠したワンオフ機。
「アーニャ=アールストレイム!」
「………。」
モルドレッドの中で、アーニャは微笑む。
その笑みは年齢にそぐわない母性と妖艶さを兼ね備えていた。