「何? アーニャが?」
「は、はい…。サザーランド一個小隊分を率いて出撃された様です……。現在、黒の騎士団のKMF『無窮』と交戦中で…。」
「おいおい……。」
部下からの報告を聞き、ジノは思わず頭を抑える。
婚礼の義に突如として現れ、天子を攫ったゼロ及び黒の騎士団。ジノとて皇族殺しであり、今や一番の反ブリタニア組織である彼らを見逃すつもりは毛頭ない。
しかし、そうも言っていれないのが現状だ。
いくら中華連邦のトップとブリタニア皇族の結婚が認められようと、中華連邦内でブリタニアの所属である自分達が軍事行動を起こす訳にはいかない。何故ならここはまだ、ブリタニアの領土では無いからだ。婚礼の後の細かい擦り合わせや取り決めを経て、正式に領土として認められる。
朱禁城でのスザクと藤堂の交戦は特例中の特例。あの場に居たシュナイゼルとオデュッセウスに危険が及ぶ可能性があったからこそ認められた行動であり、あくまでも天子の誘拐は中華連邦側の問題。
中華連邦からの正式な要請が無い限り、よそ者のブリタニア軍は大人しくするしかない。
だと言うのに。
「ふむ、それは困ったね。いくらラウンズと言えど、他国での勝手な行動は目に余る。」
共に報告を聞いていたシュナイゼルは、その端正な眉を僅かに下げて嘆く。
「すぐにアーニャに引く様に言ってくれ。」
身勝手な振る舞いで他国の市民を戦闘に巻き込みました、となればいくらブリタニアとて無傷では済まない。
アーニャには後でしっかりとお灸を据えなきゃな、とジノが考えていたその時。
「一体何の問題がありますかな?」
ふと、新たな声がこの場に加わった。
声の主は中華連邦の実質トップである大宦官の内一人。
「……それはどういう意味でしょうか?」
スザクが眉を寄せて静かに問う。
「アールストレイム卿の行動は私達、中華連邦の事を思っての行動。非難すべき行動ではありますまい? 私達はもう、
「…それは中華連邦から我々に対する正式な要請と受け取っても?」
「………。」
シュナイゼルの言葉に対して、大宦官からの返事は無かった。あったのはただの笑みだけ。意地汚くて厭らしい、保身に長けた笑み。
「ふむ、そうですか。」
シュナイゼルは静かに目を伏せ、思考に耽る。そして。
「ヴァインベルク卿、今すぐトウキョウ租界み援軍を要請。部隊の編成に取り掛かってくれるかい? 枢木卿は私と共に作戦のすり合わせを。黒の騎士団の事は君に聞いた方が良いからね。出撃は5時間後。2人とも、頼りにしているよ。」
「「イエス、ユアハイネス。」」
「アーニャは、そうだな…。」
シュナイゼルは言葉を止め、モニターに目を受ける。
そこに映し出されているのは先程、反旗を翻して捕らえられた星刻達。
「適当なところで引き上げるように伝えてくれるかい?」
▼
「あーもう! しつこい!!」
追尾式のボマーを躱し、隙を見てモルドレッドに斬りかかる。しかし、強固なブレイズルミナスに阻まれ、その機体に傷1つ負わす事も叶わない。そんな状況がもう15分近く続いていた。
(明らかに前よりシールドの強度が上がっている…。機体の改造…、いや出力を上げたが正しいか?)
以前に交戦した時は太平洋の真上。お互いに補給も出来ず、援軍もほぼほぼ見込めない条件下だった。恐らくエナジーの消費を抑える為に出力を下げていたのだろう。
「………っ…!」
押しても押し切れない現状に、歯痒さを覚え力任せに刀を突きつける。
阻まれている刃を無理矢理押し込もうとしているその時、ブレイズルミナスと太刀の間に生まれている火花の合間から、巨人の手が伸びてくる。
「……クソ…!」
無窮の頭に向かって伸びてきた手を紙一重で避け、再びモルドレッドとの距離を取る。
モルドレッドの出力は従来のKMFと比較が出来ない程に大きい。たった一掴みでKMFの装甲を握りつぶしてしまう程だ。
「……っと…。全く、やりにくいったらありゃしない。」
アルカはその目を鋭くし、射殺さんばかりの視線でモルドレッドを見据える。
「まだまだ甘いわねぇ。」
そんなモルドレッドのパイロットであるアーニャは、さも楽しそうに呟く。その様子と言葉遣いは普段の彼女からは想像が出来ない程明るい。
まるで遊び相手を探す童女の様にその顔に笑みを浮かべながらアーニャは無窮を見つめる。
「的の大きさは平均以上。早さはそれなり。遠距離武装は無し。パイロットは…まぁ及第点かしらね。暇つぶしになると良いけど……、ん?」
アルカとアーニャの間に生まれた一時の間。
品定めをするアーニャの元に通信が入る。モニターに表示されている名はジノ・ヴァインベルク。
『アーニャ。戦闘中に悪いが聞いてくれ。中華連邦から我々に正式な要請が出た。今から5時間後、エリア11からの援軍と共に出撃となる。』
「………。」
『シュナイゼル殿下からの命令だ。…………っ…すぐに帰還するように、と。』
シュナイゼルからの言伝を聞いた途端、アーニャは僅かに口角を下げ、小さく舌打ちをする。
『もう一度言う、戦闘を切り上げて帰還してくれ。……アーニャ、今回の独断先行は目に余る。この後お説教してやるから、大事になる前に―――。』
「あー、五月蠅い。口五月蠅い男って苦手なのよねぇ。」
苛立ちを隠す様子も無く、アーニャは愚痴を零しながらジノとの通信を一方的に切断する。
「撤退、か。ホント、優等生君は私をイラつかせるのが上手いわね。このままアルカを倒して、トレーラーを破壊すれば全て済むことなのに。周りに求められる事を汲み取り、模範解答の結果を提示する……。ああ、気持ち悪い。」
べーっと舌を伸ばし、嫌いな物を食べてしまった子どもの様に苦々しい顔を作る。
「んー、まぁいいわ。どうせずっとはこうしていられないんだし。我慢してあげる。」
そう言いながらアーニャは視線を落として表示されているモニターに指を滑らせる。
一つ目のターゲットは無窮。二つ目のターゲットは―――――。
「ルルーシュ達の乗るトラック。」
アーニャの声に応じる様に、モルドレッドは両肩の砲門を構える。
「っ! シュタルクハドロン!? こんな街中で!」
太平洋での戦いにおいて、ブリタニアの浮遊戦艦を一撃で沈めた破壊兵器。
打ってこない、と思っていた。打つはずがない、と決めつけていた。市民の生活圏であるこんな市街地で、ましてや異国の地で。
だが認識が甘かった。相手は誰だ、中華連邦では無い。ブリタニアだ。
「クソ、カールレオン級を一撃で落とした威力…。どこまで吹き飛ぶ…? 砲門の矛先は……。」
天子とゼロの乗るトラック。
「カレンっ!! 今すぐ輻射波動をワイドレンジで展開して!! デカいのが来る!」
『デカいのって…、あんたはどうするのよ!?』
輻射波動だけではあのハドロン砲は防ぎきれないだろう。だけど幸い、私達とカレン達には距離がある。輻射波動の影響を受けずに、私が射線に割り込めるくらいの距離が。
「私が盾になる! 輻射障壁で威力を落とせば、紅蓮で打ち消せるでしょう?」
『あ、あんた…。』
「まぁ、なるべくカレンの負担にならない様にはするから。それじゃ、よろしく。」
カレンのコックピットに、静寂が訪れる。
『……紅月君………。』
下を向き、項垂れているカレンの元へ、藤堂の通信が入る。
「藤堂さんは、前の警戒をお願いします。」
『………。』
「後ろは、私達が守りますから。」
『…分かった。』
操縦桿にぶら下げてあるお守りを握りしめ、カレンは祈るように額に当てる。
「……死ぬんじゃないわよ、アルカ。」
カレンは覚悟を決め、紅蓮のその特徴的な鍵爪を開く。
「ふーん、案外人に頼める子なんだ。それとも使えるモノは何でも使う質? どっちにしろ、そういう所はルルーシュ似なのね。」
標的のトラックを守るように追随していた紅蓮の動きを観察しながら、少し失望したかの様な口調で呟く。
「でも、もう時間切れ。」
砲門が激しく光ったのと同時に、無窮はその場を飛び立つ。出せる限りの最高速度で、出来るだけの最短距離で。
そんな無窮を追う様に、モルドレッドの全身から追尾式のボマーが一斉に射出される。
「っ! 時間が無いというのに!」
追ってくるボマーを輻射障壁で防ぎ、ルートを変えて躱し、太刀で切り落とす。
激しい爆音と光の点滅に囲まれながら、アルカは思考を回す。
これじゃあ、間に合わない。
自身の進行を妨げる様に、的確に厭らしい所を突いてくるボマーに、進路を変更せざる追えなくなったアルカは、唇を嚙みしめる。
「ああ、もう邪魔!」
全てのボマーを振り切ったアルカは、声を荒げながら、無窮のバインダーの中にある武装を全て切り離す。
より軽く、より効率的に。
手に持っていた達も手放し、一切の武装を取り除いた無窮はさらに速度を上げる。
しかし、まだシュタルクハドロンを追い越せない。あと一つ、あと一歩届かない。カレンとの間に入る為には、あの光線よりも速い速度を―――――。
「一歩、遅かったわね。」
市街地は激しい爆音と黒煙に包まれた。
▼
煙が、晴れる。
「……へぇ…!」
予想外の出来事に、私の心は驚きで満ちていた。
砲門から放たれたシュタルクハドロンは、紅蓮の輻射障壁に着弾し、飛び散った。
少なくとも、アーニャの視点からはそう見えた。
防がれる事に驚きは無い。当然だろう。出力を抑えて撃ったのだから。アルカが対応出来るか出来ないかのギリギリのラインで、死なない程度の威力で。
もう一度言うが、防がれた事に対しての驚きは無い。
「見直した…、見直したわ、アルカ!」
私が、驚いたのは
「どうやって間に合わせたのかしら? ねぇ!?」
視線の先には紅蓮を守るように立ち塞がり、バインダーに包まれている無窮。
展開していたであろう輻射障壁を解除し、徐々にバインダーを開いていく。次第に現れるその装甲は熱を帯びていて、周りの空気が歪んでいる様に見えた。
――ハドロン砲によって熱が伝播したか、輻射障壁の影響か。それはアーニャには分からなかった。でも今はそんな事、彼女にとってどうでも良かった。
「ああ、良いわ良いわ良いわ良いわ良いわ良いわ! 無理して出張ってきた甲斐があったわ!」
歓喜に身を震わせながら、アーニャはモニターに映る時間を確認する。
「まだまだ遊びたいけど。残念、今度は私が時間切れ。」
アルカ達の様子を見るに、追撃してくる気は無いらしい。
赤いKMFと黒いKMFは変わらずこちらを警戒しているが、無窮はコンテナ内へと格納されていく。
「また遊びましょう、ねぇアルカ。」
モルドレッドは身を翻し、朱禁城の方へと飛び立っていった。
・
・
・
『アルカ!』
無窮の足元で座り込むアルカの元へ、ゼロとC.C.が駆け寄る。
「……ああ、ゼロ…。何とか振り切ったよ。」
弱々しく笑みを作り、手をヒラヒラと振るアルカに、C.C.は顔を顰める。仮面で素顔が見えないが、ルルーシュも同じような顔をしているだろう。
「大丈夫か?」
優しく花に触れる様に。C.C.は項垂れているアルカの頬に両手を沿え、目を合わせる。
その顔は何処か熱を帯びていて、頬を上気させていた。傍から見れば風邪を引いている様にも見えただろう。
……最もC.C.は、別の表情に重ねていたが。
「あーうん、…ちょっと
作戦ではトラックの運転はC.C.の役目だった筈だ。しかし、C.C.は今ここに居る。アルカの疑問は当然のもの。
『玉城に任せてある。いくらあいつでも地図位は読めるだろう。』
「だと良いけど……、うわっ!」
アルカが何とも言えない不安な表情を浮かべたその時、車が急に止まり、彼女はC.C.にもたれる様にバランスを崩す。
「ご、ごめん…。まだ身体に力入らなくて…。」
「ああ、気にするな。…それより、止めたってことは……。」
『……着いたようだな。』
二人の様子を見ていたゼロは身を翻し、コンテナの出口へ足を運ぶ。
『C.C.。彼女の傍に居てやってくれ。』
「言われなくてもそのつもりだ。」
「うう、面目ない……。」
落ち込むアルカを彼女なりに慰めるC.C.。
そんな2人の会話を聞きながら、ゼロ=ルルーシュは誰にも聞こえない小さな声で呟く。
『さぁ、ここからが正念場だ。』