「大宦官め…、天帝八十八陵までもその欲で穢すか!」
星刻の眼前に広がるのは無数の砲弾の雨に晒される歴代の天子の墓所。
そこはこの国に住む者にとって神聖な場所であり、時に命にも代えがたいもの。
それを、大宦官達は……。
「全軍攻撃を中止しろ! あそこには天子様もおられる!」
『分かっておらぬな、星刻。あそこは歴代の天子が眠る所。つまりは墓。』
『今の天子は埋葬する。』
『既に新しい天子は手配したしな。』
『オデュッセウス殿下とも釣り合いの取りやすい人形だよ。』
大宦官達は厭らしい笑みを浮かべながら、さも当然の様に言葉を紡ぐ。
星刻の中には、ほんの少しではあるものの望みがあった。大宦官達にまだ人間としての心を持っている事を。
しかし、彼の期待はあっけなく打ち砕かれる。
「貴様ら、天子様を!」
激昂した星刻は、怒りのまま大宦官達の乗る竜胆へと刃を向ける。しかし、その刃は新たに現れた刺客により阻まれた。
『君かい? クーデターの首謀者は?』
可変型KMF「トリスタン」。そしてそれを駆る最強の騎士「ジノ・ヴァインベルク」。
彼は好戦的な笑みを浮かべたまま、神虎と刃を交わす。
「ブリタニアは引け! これは我が国の問題だ!」
『でも、国際的にはあっちが国の代表だから、さ。』
星刻は顔に焦りを浮かべる。
大宦官からは裏切られ、ブリタニア軍には敵として認識された。
まさに絶対絶命、言葉通りの袋の中の鼠。そんな彼の手を取るのは、果たして―――。
▼
戦場は混沌に満ちていた。
黒の騎士団、星刻の部隊に対して無差別に攻撃を行うブリタニアと中華連邦軍。
中華連邦の航空部隊を叩いたと思えば、ブリタニアからの攻撃が。ブリタニアを撃とうとすれば、地上から鋼髏の砲撃が。
そしてその合間も天子の乗る斑鳩は弾丸の雨に晒され、ナイトオブラウンズ達の猛攻は続く。
「枢木スザク!」
『アルカ! 君はまた…!』
蒼のKMFを駆る少女は、向かってくる敵を薙ぎ払いながら、ブリタニアの白騎士と相対する。
「各機、一騎当千の気構えで迎え撃て!」
奇跡と謳われた男は、斑鳩に向かう敵軍を食い止めつつ、部下に指示を出す。
「敵は、殲滅。」
裏切りの騎士の名を冠する機体を駆る少女は、その力を持って破壊の限りを尽くす。
そんな乱戦状態の中、黒の騎士団の指導者「ゼロ」は、大宦官達と最後の対話を試みていた。
『ほう? 直々に敗北を認めるのかな? しかし、もう遅いわ。』
『……どうしても攻撃を止めないつもりか? このままでは天子も死ぬ。』
ゼロの言葉を聞いた大宦官達は、元々にやついていた笑みをさらに深くし、嘲り笑う。
『天子などただのシステム。代わりなどいくらでも居る。取引材料にはならぬな。』
『貢物として、ブリタニアの爵位以上を用意しろと?』
『実に安い見返りだったよ。』
『領土の割譲と、不平等条約の締結がか!?』
『我々には関係ない。ブリタニア貴族である我々には。』
天子とオデュッセウスの結婚。
その華やかな字面の裏で結ばれた条約は、ブリタニアに有利な内容だった。一歩間違えれば、中華連邦の名前は奪われ、新たに数字に代わっていた可能性すらある程の。
それを大宦官は、関係無いと切り捨てた。
そんな彼らにルルーシュは、激しい憤りを覚える。
『残された人民はどうなる!?』
『ゼロ、君は道を歩く時、蟻を踏まない様に気を付けて歩くのかい?』
『国を売り、主を捨て、民を裏切り…、その先に何を掴むつもりか!?』
『驚きだな、ゼロがこんな理想主義者とは。』
『主や民などいくらでも湧いてくる。虫の様にな!』
その後の笑い声は聞くに堪えないものだった。怒りのまま通信を切り、ゼロは思わず立ち上がり、声を上げる。
『腐っている…! 何が貴族だ! ノーブル・オブリゲーションも知らぬ官僚が!』
こんな奴らが蔓延るから世界は一向に良くならない。
ルルーシュの胸中には激しい怒りと嘆きが渦巻いていた。
▼
少女は嘆く。戦争を続ける者達に。
少女は駆ける。自らの目でその光景を見る為に。
少女は叫ぶ。この戦いを止める為に。
「やめて! もうやめて! こんな戦い!」
戦いが終わらない外の世界に行っても経っても居られなくなった天子は、友人である神楽耶の制止を振り切り、斑鳩の甲板で叫ぶ。
「きゃっ…!」
激しい爆風にその軽い身体は煽られ、天子はその場に倒れ伏す。
一歩間違えれば命を落としてまう程に危険な場所にただ一人。
それを彼は見逃す男ではない。
『天子様!』
戦闘中であるのにも関わらず、敵に背を向けてまで星刻は天子の元へと駆け付けようとする、が。
『……、ぐっ! 翼が!』
『余所見なんてするから…。』
先程まで相対していたトリスタンからの攻撃によって、神虎は片翼を失う。
しかし、それでも。
「今だ。天子を撃て。」
『『『『『
世界の全てが天子の敵になろうと。
(もってくれ…、神虎………。私の…、私の命をくれてやる…!!!)
天子が襲撃に晒されるその寸前で、神虎は天子の元へと辿り着き、一身に攻撃を受け止める。
手首のスラッシュハーケンを回し、天子に銃弾が通らない様に。
「お逃げ下さい! 天子様!」
例え弾を落としきれず、機体に着弾しようとも。
「折角外に出られたのに、貴方はまだ何も見ていない。ここは私が防ぎますから!」
「で、でも、星刻! 貴方が居なきゃ、私は、貴方と、貴方と………!」
天子はその目から大粒の涙を流しながら、ただただ叫ぶ。
それは紛れも無く、天子自身の気持ち。大宦官の操り人形としてでは無く、ただの天子としての。
「っ! 勿体なきお言葉…。されど…。」
スラッシュハーケンの回転が弱まり、次第に被弾が増えていき、神虎が悲鳴を上げる。
(私には救えないのか? 守れないのか?)
天子を守る為ならと、一度は命を投げ出そうとしていた。
しかし、天子の顔を見て、願いを聞いた時、一緒に行きたいと心から願ってしまった。
だから星刻は願う。
「誰か、誰でも良い! ……彼女を救ってくれ!」
そして、その声も虚しく、無数の巨大な砲弾が神虎諸共吹き飛ばそうとした、その時。
『分かった、聞き届けよう、その願い。』
星刻は確かに聞いた。仮面の男の声を。
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斑鳩の甲板に向けて放たれた無数の砲弾は着弾し、神虎諸共吹き飛ばした。
少なくとも、シュナイゼルの目にはそう映った。
「……ん?」
しかし、それは思い込みであったと、彼はすぐに思い知る事となる。
「…あのナイトメアは……。」
神虎と天子の前に立ち塞がった漆黒のKMF。
そのフォルムはガウェインを彷彿とさせるも、件の機体よりもコンパクトである。
『中華連邦並びに、ブリタニアの諸君に問う。まだこの私と、ゼロと戦うつもりだろうか?』
そう雄弁と語るゼロの声に、アルカは顔を綻ばせる。
「…もう、遅すぎだよ。」
ゼロが自ら最前線に現れる。
保身に長けていると言われていた彼の行動に、ブリタニアも中華連邦も、誰もが驚きをあらわにする。
『何をしている!? 一斉射撃で仕留めよ!』
動揺から一早く戻ってきたのは、意外にも大宦官だった。
『なるほど! それが大宦官としての返答なのか!』
ゼロ=ルルーシュはその反応が予想通りだったのか、愉快そうに声を上げながら操縦桿代わりのキーボードに指を滑らす。
その操作に反応して、漆黒のKMFの周りには防壁が展開され、飛んでくる砲弾を防ぐ。
その防御力の高さに大宦官は思わず狼狽える。自身の攻撃が星刻達はおろか、前線を張るゼロにすら傷一つ付ける事が叶わなかったから。
「ふっふっふ~。KMF『蜃気楼』。その絶対守護領域は、世界最高峰の防御力なのよぉ。」
ゼロ専用KMF『蜃気楼』。
ラクシャータが開発を手掛けた第八世代相当KMF。
ガウェインのドルイドシステムを流用することで高い演算能力と防御力を実現した指揮官機。
それに加えて。
『さぁ、チェックメイトだ! 拡散構造相転移砲…、発射!』
蜃気楼の胸部からプリズム状の液体金属が射出され、それを追う様にレーザーが照射される。
放たれたレーザーは先行するプリズムに当たり、そして乱反射した。反射したレーザーはその熱量であらゆる敵性兵器のみを破壊していく。正確に、針に穴を通す様に。範囲攻撃にも関わらず味方に一切の危害を加えず。
「ふむ……。」
ゼロの乗る新型KMFによって中華連邦軍はほぼ壊滅、ブリタニア側の残存戦力はエリア11から連れてきた数機のヴィンセントとラウンズ達。
戦局の把握にその目を動かしながら、シュナイゼルは疑問を口にする。
「ゼロはどうして、このタイミングで出てきたと思う?」
「は…?」
朱禁城の一件から今まで、黒の騎士団はずっと逃げ続けていた。当然、物資の補給、援軍との合流などしていない。
それならば、あの新型KMFは最初からあの艦隊に居たという事になる。
出てくる場面はいくらでもあった。無窮とモルドレッドの交戦、紅蓮二式が捕縛された時…、挙げればキリが無い。
それでも彼がそうしなかった、という事は、何か別の意図がある筈だ。
シュナイゼルは頭を回す。この対局を、引き際を見極める為に。
「シュナイゼル殿下! 報告が! 現在、中華連邦各地で暴動が発生! 上海、寿春、北京……、その他14か所で同時多発的に……!」
思考に更けていると、部下の一人がシュナイゼルの疑問の答えを報告する。
モニターに映し出されたのは怒りの声を上げながら街で暴れる臣民達。
「ゼロが待っていたのはこれか…。」
驚き半分、関心半分、と言った様子で彼は呟く。
「ゼロと大宦官との通信記録が横流しされた様です。」
アヴァロン内でオペレーターを務めていたセシルが、その横流しされたという通信記録を再生する。
その内容は、余りにもお粗末で酷いものだった。
ゼロと敵対するシュナイゼル達ですら、ゼロの味方をしたくなる程に。
「いつの間にか、形勢を逆転された様だね。」
黒の騎士団の全部隊が、攻勢へと転じる。
彼らは待っていたのだ。この状況が作り出されるのを。
「殿下、空爆すれば、まだこちらの……。」
「……いや、撤退する。国とは、領土でも体制でも無い。……人だよ。民衆の支持を失った大宦官に、我が国に入る資格は無い。」
これが盤上のゲームなら、シュナイゼルは迷わず攻めの一手を取っただろう。しかし、現実はそんな簡単なものではない。
「全軍、撤退準備。」
『イエス、ユアハイネス。』
無窮との交戦を止め、スザクは戦線から離脱していく。アルカも戦いを続ける気は無いらしく、その太刀を仕舞い上空へと上がっていくスザクを見送る。
「流石、優等生。引いてくれたか。……だけど…。」
「あの男……、皇帝なら…。」
「皇帝陛下だったらどうしていたかな?」
アルカ、ルルーシュ、シュナイゼルは奇しくも同じ人物の事を思い浮かべていた。
▼
そこからはあっという間に事態は収束した。
シュナイゼルから見捨てられた大宦官達は、星刻によって粛清され、民衆の暴動も大宦官が死亡した事によって治まった。
大宦官という病も消え、名実共に盟主となった天子様は天子様らしく国を導いていくつもりだと言う。
まだまだ世界を知らない彼女にはこれからも苦難がふりかかるかもしれないけど、まぁ大丈夫でしょう。頼りになる騎士が居るのだから。
誰もが喜びの表情を浮かべ、真の盟主を祝福した。
しかし、私は心から喜ぶことは出来なかった。
カレンを取り戻すことが叶わなかったからだ。どうやら天帝八十八陵での決戦の前にブリタニアに引き渡されたらしい。
―――必ず取り戻す。
そう私は兄上と誓い、これからも抗い続ける事を共に誓った。
そして――――。
「その場合、同時に日本人の誰かと結婚して頂くのが―――。」
「貴方、またひっぱたかれたいの?」
『……アルカ?』
私は今、憤りを感じていた。
冗談、にしては笑えない戯言を言うディートハルトを睨み付ける。
「…アルカ様、これは高度に政治的な―――。」
そのディートハルトは面倒くさいといった様子の表情を浮かべ、私を嗜めようとする。
ああ、本当にこの男は腹立たしい。
「違います! 単純な恋の問題です! 政治で語る事ではありません!」
「うん、そうだな。私もアルカ達と同意見だ。」
それ見た事か。
お前の考えに異を唱えるのは私だけでは無い。
『…なっ……。』
私やC.C.までもが反発するとは思っていなかったゼロ…、兄上は思わずと言った様子で同様の声を上げる。
…もう、相変わらず物事を難しく捉えすぎなんだから。天子と星刻がお互いを見つめる視線、交わす言葉。今まで気づく要素は沢山あったというのに。
「良いですか、私達は戦争をしているんですよ?」
負け時とディートハルトは目付きを鋭くし御託を並べる、が。
「お前は黙っていろ。」
「お前…!? 参謀に向かって!」
彼の味方をする者はこの場に居ない。
「……ゼロ、ご裁可を。」
「ゼロ様なら分かってくれますよね!?」
「…ゼロ。」
『…うっ……、それは…。』
ゼロに注がれる皆の視線。
その視線の圧…、主に私を始めとする女性陣からの視線に押され、ゼロは一歩、また一歩と後退していく。
「ゼロぉ! 昨日の件だけどよ……。って、まだ取り込み中?」
ゼロの言葉を待つ空気になり、文字通り逃げ道が無くなったその時、陽気な男の声が加わった。
『……いや、いい。』
「ゼロ! こちらは―――。」
『玉城の話も重要事項だ。』
そう言い残し、ゼロはこの場を後にする。
「逃げたな。」
隣で小さく呟いたC.C.の言葉に小さく頷きを返し、私は思わずため息を吐いた。
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『天子よ! 貴女の未来は―――貴女自身のモノだ。』
大げさにマントを靡かせ、ゼロは天子に手を差し伸べる。
「流石ですわ、ゼロ様!」
「…しかし、力関係をハッキリさせねば……!」
『……力の源は心にある。大宦官達に対して決起した人々も、私達黒の騎士団も、心の力で戦ってきた!』
ゼロは言う。
その人の心を踏みにじる事は出来ない、と。
「ゼロ、君と言う人間が、少し分かった気がするよ。」
星刻は温和な笑みを浮かべて、ゼロと握手を交わす。
『進むべき道は険しいが―――。』
「だからこそ、明日と言う日は
この瞬間、この時を持って、中華連邦は黒の騎士団にとっての強大な味方となる。
後の『超合衆国』。
ブリタニアに匹敵する連合国家の始まりは、この中華連邦の騒動が切っ掛けとなった。
―――――A・A著書 「帝国の崩壊」第7章より
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斑鳩内のゼロの私室。
C.C.は部屋に入るや否や、乱雑に服を脱ぎ捨て、部屋着となり、だらしなくソファに寝転がる。
そんな彼女の脱ぎ捨てられた服を、慣れた手つきで拾い上げ、綺麗に折り畳むルルーシュ。
何時もの日常の光景ではあるものの、その会話は日常とは逸脱していた。
「ようやく、これで本来の目を果たせる。」
「……嚮団、か。」
「ああ、ギアスの使い手を生み出し、研究している組織。嚮団を押さえれば、ギアスの面でも皇帝を上回れる。」
「利用する気、か。」
「使わない手は無い。敵は強大だ。手札は多い方が良いだろう。」
ルルーシュの言葉にC.C.は同意する事無く、複雑な表情を浮かべる。
「不満か?」
「…ああ、そうだな……。嚮団を探し出すのは賛成だ、だが温い。やるなら殲滅だ。徹底的に、後腐れ無く。さもないと、要らん重荷を背負わせることになるぞ。」
誰に、とは聞かなかった。
彼女にここまで言わせる人物など、ルルーシュの脳裏には1人しか浮かばない。
今、その人物はここには居ない。
「……なぁ、そろそろ聞かせてくれないか。その…、お前とアルカが嚮団に居た頃の話を。」
「駄目だ。」
取り付く島もない、とはこのことを言うのだろうか。冷たく、突き放す様に、彼女はただ一言言い放った。
「あの頃の話を私はしない。」
「お前はまたそうやって……!」
「お前は生きる為に、戦う為に私と契約し、その力を行使している。これからも変わらず戦い続けるなら、この話は聞くな。一度踏み込んでしまえば――」
お前は多分、ギアスと言う存在そのものを、許せなくなるだろう。
C.C.はルルーシュの瞳を見つめながら、静かにそう言った。
▼
「失われたコードの再現、ですか。」
かつて純血派のリーダーとしてその手腕を振るった元軍人「ジェレミア・ゴットバルト」は手元の資料に目を通しながらそう呟いた。
「うん、そっちの方が僕らにとっても都合が良くてね。」
そんな彼の前にチョコンと座り、言葉を紡ぐ金髪の少年。
「なるほど。あなた方が何をしようとしているかは分かりませんが、彼女がどういった存在なのかは良く分かりました。しかし―――。」
「うん、君が言いたい事は分かるよ、ジェレミア。資料が不足している、と言いたいんだろう?」
常に一定の声音、変化の乏しい表情。人形の様な風貌をした少年「V.V.」は退屈そうに淡々と述べる。
「それは前払いだよ。君が仕事を完遂すれば、より詳しい資料を渡すよ。だから―――。」
「分かりました。まずはエリア11、ルルーシュの元へ。……お任せください、このジェレミア・ゴッドバルト、ご期待には―――全力で。」
人の歴史の裏で暗躍していた嚮団が、今動き出す。