「被検体:コード
「…随分と懐かしい名前。そんな呼ばれ方した時期もありましたね……。貴女は私の事を知っている様ですけど。ごめんなさい、私には憶えが無い。」
「……ああ、そうだろうな。お前にとってみれば取るも足らない存在だろうよ。」
努めて声音を明るく、シャーリーに心配を掛けない様に。
そう思考しながら、アルカは周りを取り囲む嚮団関係者を観察する。
一挙手一投足も見過ごす事は出来ない。
敵はギアス能力者か、だとしたら能力は、発動条件は?
今のアルカ達は圧倒的に情報が足りない。
それをロロも分かっているのか、ギアスを発動する事無く、彼も観察に徹していた。
(ロロ、奴らを知ってる?)
(…うん、1人だけ。あそこの金髪の男。それ以外は僕も知らない。もしかしたら所属が違うかも。)
(金髪の能力は?)
(そこまでは…。)
敵に聞こえない様に小声で、アルカとロロは情報を交換する。
「目的は? 私達の所に来たってことは、兄上では無いんでしょう? 寝返ったロロへの報復? 知り過ぎた彼女を口封じするため? ―――――それとも。」
「お前だよ、コードA。お前を迎えに来た。」
リーダー格であろう褐色肌の女性が、真っ直ぐアルカに指を差し、淡々と告げる。
「嚮主様がお呼びだ。戻ってこい。」
「……私にとって戻る場所は彼女と兄上の所であって、貴方達の所じゃないんだけど………。」
「お前の意志は関係無い。」
良い性格しているよ、とアルカは嘲り笑って僅かに後退し、後ろにいるロロに耳打ちをする。
(合図したらギアスで全員の動き、止められるかな。)
(その後は?)
(全員殺す。)
(……君もそういう事言うんだね。いいね、実にシンプルだ。)
話を終えると、アルカは懐から拳銃を取り出して、それを足元に置き、両手を上に上げる。
「抵抗しないから教えてくれない? 何故今になって私を?」
「さぁな。私はただ命令を遂行するだけ。」
「……まるで人形ね。」
「否定はしない。…そう私達は人形。嚮団に拾われたあの瞬間から、嚮団の意志のままに動く事を運命づけられた。お前には分からないだろうな、逃げ出したお前には…!」
言葉が後半になるにつれて、女の語気が強くなる。
「私にとってはそれが誇りであり、生きる意味。例え、どんな手を使ってでも任務を遂行する……!」
その時、女の瞳が赤黒く染まり――――。
「……え? 何これ……。どうして私が、私達が見える、の?」
「…何?」
突如、異変を訴えるシャーリーだった。
困惑した様子で虚空を見つめたまま、その歩を進める。
「何これ、いや、気持ち悪い! 進んでいる筈なのに…、どうして!!」
(…っ! 視界を入れ替えた!?)
シャーリーの言葉、行動からアルカはそう結論付ける。
自分自身の姿がゲームの様に三人称視点で見える事、進んでいるのにも関わらず変化の無い視界。
分かっていれば、ある程度対応出来たかもしれない。
しかし、そんな異常が突如振りかかればどうなるか。
視界から入る情報は脳に多大な影響を及ぼすという。当然、脳が混乱する。距離感が計れなくなり、バランス感覚が崩れ――――。
記憶が戻ったばかりというのもあるのだろう。
シャーリーの頭はキャパを超え、彼女は意識を落とす。
「ロロ!!!」
「分かってる!!」
アルカの声に応じ、ロロもギアスを発動する。
絶対停止の結界が展開され、この場において動けるものをアルカとロロのみ。
アルカはロロの声と同時に足元の銃を発砲。目の前居た褐色肌の女の額に銃弾は吸い込まれ、その額を割る。
仕留めた事を確認したアルカはすかさず銃を他の者へ発砲―――することは出来なかった。
しかし。
「めんどくせぇから動くなよ。」
「…う、がっ!…は、はっ………。」
「っ!」
男の声に制止され、アルカはその動きを言われた通りに止め、視線を向ける。
そこには地面に這いつくばって心臓を抑えるロロと、その頭に銃を突き付ける20代半ば程の金髪の男。
「……どうやってロロのギアスの中で?」
「…問題だ。こいつの能力の弱点、知ってるよなぁ?」
「心臓が止まる事、でしょ。」
「正解だ。んじゃあ、もう一つ問題だ。俺のギアスは触れた事のある人間の体温を上げる。こいつがまだ嚮団に居る時に、めんどくせぇ発動条件を満たしていた訳だが…。何故こいつのギアスが続かなかったんだと思う?」
「……脈を意図的に早めたのか。」
「おお、正解だ。賢く成長していて俺は嬉しいぜ。」
走れば息切れをするだろう。
熱が出れば鼓動は早くなるだろう。
人間からとってすれば、誰にでもある当たり前の生理現象だ。
対象の体温を上げる、とこの男は言った。
それが嘘偽りが無いなら、この男はロロ自身が気付けない程、徐々に徐々に体温を上げていったのだろう。
丁度、ロロの心臓がギアスに耐え切れないラインまで。
「……分かった。本当にもう抵抗しないから、その銃を退けて。」
「!? アルカ、何を……。」
「私が一緒に行ったら、2人には手を出さないと約束してくれる?」
手に持っていた銃を部屋の隅まで蹴り飛ばし、アルカは諦めた様に肩を竦める。
「俺らにはこいつらを殺さねぇ理由が無いんだが。」
「待て…。」
「今この現場は枢木スザクが指揮を執ってる。彼がここに駆け付けるのも時間の問題。2人を殺したとして、死体を片付ける時間は無い。そこの女の死体も含めてね。」
「……だからどうした。」
「良いのかな。彼はギアスの存在もV.V.の事も、全てを知っている。そんな彼が、3人の死体を見たらどう思うかな?」
枢木スザクという人間は、学業に反して、存外頭が回る。
シャーリーとロロが死んだとなれば、関係者である彼はその下手人を探すであろう。
そして辿り着く、このイケブクロ駅に誰が訪れ、何が起きたか。
「表舞台に引きずり出されるのは、本望じゃないでしょ?」
めんどくせぇ、と頭を掻きながら、男は口を開く。
「…分かったよ。こいつらには手を出さない。」
「話が早くて助かるよ――。」
「……待てよ!!」
身体を蝕む熱で苦しいのか、頬を赤く染め、息を切らしながらロロは叫ぶ。
「アルカ、どうして僕を庇う!? 君なら僕を見殺しにして、シャーリーだけを助ける事だってできただろう!」
「……そうね。」
「なら何故! 君は僕の事が嫌いなんだろう!?」
「ええ、嫌い。」
「それならどうして――――。」
「貴方が、兄上の事を本当に好きだから。」
さも当然、と言った様子でアルカは口を開く。
「目を見れば分かるよ。私と同じ目をしている。嫌でも理解させられた。貴方は兄上の心からの味方なんだ、って。助ける理由なんて、それで十分。」
「おら、行くぞ。もたもたしてるとめんどくせぇ事になる。」
「分かった。――――兄上の事、よろしくね。」
複数の足音と共に、アルカはこの場から姿を消した。
残されたのは意識を失い、力無く倒れるシャーリーと、
「クソ…、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ……! クソォォォォォォォ!!」
この日の事を少年は忘れないだろう。
初めて、本当に初めて、人が互いに思い合う気持ちの片鱗を、身を持って学んだのだから。
▼
トウキョウ租界に複数ある機情の基地の中でも、とりわけ人気の少ないこの場所で、ルルーシュ達は居た。
「…なん、だと………。」
「………ごめんなさい……………。」
「…アルカが、連れて行かれた……だと?」
身体から力が抜け、近くの椅子に乱暴に腰を掛けるルーシュに、声を掛けれる人間はこの場に居なかった。
「僕達を庇って…、それで……。」
「お前は…、お前は抗うだけの力を持ちながら! 黙って見ていたのか!」
感情のまま、力強く机を叩くルルーシュに、シャーリーは思わず肩を震わす。
「…それで、ロロ・ランペルージ。アルカ様はどちらに?」
荒ぶる主君とは対照的に、至って冷静な様子のジェレミア。
彼なりの従者としての姿勢なのかもしれない。
「V.V.の名前が出てたから、多分、嚮団の本部…。」
「ふむ…、ルルーシュ様。本部の場所なら私が把握しています。今すぐに部隊を編成し、作戦を――――。」
「ああ……。V.V.め、ふざけた真似をしてくれる。この俺から、アルカを…! アルカを……!」
「あの、ルル……。私も何か―――。」
シャーリーは震える声を必死に抑えながら、恐る恐る名乗り出る。
何か、手伝えることは無いか、と。
イケブクロの駅で起きた事は粗方聞いた。
アルカはシャーリーとロロを守る為に自らの身を差し出した、と。
あの時の彼女自身、何か出来た訳でも無いし、手伝えることも限られているのはシャーリー自身も分かっている。
それでも、じっとして居られないのは彼女の性格からなのだろう。
「シャーリー・フェネット。ギアスに翻弄された哀れな少女よ。君が力を貸してくれるとして、一体何が出来ると言うんだ。」
「……それは…。」
「ギアスも持たず、KMFも乗れず。戦う事が出来ない君に、アルカ様は救えるか?」
「……ジェレミア。良い。彼女には俺から話す。」
いくらか落ち着いたのか。先程の苛立ちは見せず、ルルーシュは口を開く。
「悪いがロロを連れて外してくれ。」
「御意。」
了承するや否や、ジェレミアは力弱く項垂れるロロを連れ、この場を後にする。
気まずい雰囲気が流れる中、ルルーシュは苦し紛れの笑顔を浮かべて口を開いた。
「……済まないな。悪い奴では無いんだ。きっと一般人である君を巻き込みたく無いんだと思う。」
ルルーシュの謝罪は言うまでも無く、先程のジェレミアの言動だろう。
「ううん…。何も出来ないのは、私が一番分かっているから……。」
でも、っとシャーリーは続ける。
彼女はまだ諦めていないのだ。ルルーシュの平穏を取り戻す為に自分が出来る事を、必死に彼女は模索する。
「な、何か私に出来る事とか無いかな。その、ほら戦いは出来ないけど、オペレーターとか…。あ、そうだ、私もルルみたいに不思議な力が使えたら―――。」
「駄目だ!!!」
シャーリーの言葉を遮り、ルルーシュは声を荒げ、彼女の提案を一蹴する。
「君はこの力の恐ろしさを身を持ってしているだろう? 人を簡単に歪めることが出来る力だ。それを、俺は! ――――君に使って欲しくない。」
「……ルル。」
ルルーシュは両手で顔を覆い、項垂れる。
ここまで取り乱した彼を見たのは、シャーリーとて初めてのことだった。
「アルカは俺が連れ戻す。君が気負う必要は無い。」
顔を上げ、寂しそうな表情をしながらそう告げるルルーシュは、ぶっきらぼうに告げる。
それがシャーリーには我慢ならなかった。
気づけば彼女は右手を思いっきり上げ、ルルーシュの頬に向かって振り下ろした。
乾いた音が室内に木霊する。
「何も分かってない…。」
「シャーリー…?」
「ルルは何も分かっていない!」
シャーリーはルルーシュの瞳を真っ直ぐ見つめ、自身の胸中の想いを吐き出す。
「どうしてそんなに一人で背負おうとするの!? いつもいつもいつもいつも!
自分独りで背負い込んで! 本当は辛いのに仮面でその顔を隠して! 自分は平気だよって皆に、自分にまで嘘までついて!」
「……それは。」
「クラブハウスに残されたナナちゃんがどんな顔してルルを待っていたと思っているの!?
記憶を取り戻した私が、どんな気持ちで……、ルルを…!!」
感情が抑えきれなくなったシャーリーはその場で泣き崩れ、呼吸を荒くする。
「……周りを信頼できないなら…、信頼出来る様になるまで私が傍に居てあげる。
ルルにとってこの世界が嘘なら、私が本当になってあげる…。
―――だから!!」
私を頼ってよ。
弱々しく、しかし力強く、シャーリーはルルーシュを見つめてそう懇願した。
「……、シャーリー…。どうして、そこまで…。」
「……そんな、簡単な事も分からないの?」
「俺は君の父親を殺したんだぞ…。」
「うん…。」
「俺は君に嘘を付いた。」
「分かってるわよ…。」
「それなら何故―――っ!」
ルルーシュの言葉はそれ以上、続かなかった。
文字通り、唇を塞がれたからだ。
シャーリー自身の唇で。
「好きだから―――。私がルルの事、好きだから。」
「……シャーリー…。」
ルルーシュとて、彼女の気持ちには気付いていた。
気付いていながら、遠ざけていた。
自分には守る為と言い聞かせていた。
しかし、それはただ逃げていただけだったのかもしれない。
「…シャーリー。やはり俺は、君を巻き込みたくない。」
「……ルル。」
「それは君を信用出来無いからじゃない。君は俺にとっての日常だからだ。
俺は、日常を守る為に仮面を取り、今は日常を取り戻す為に戦っている。」
「………。」
「最初は引き返す道んど要らないと思っていた。自身の望む未来に、自分の居場所など考えていなかったからな。
でも改めて、様々な人と、君に触れて。俺自身を待ってくれている人が居るのだと知った。
俺はそこに帰らなければいけない、戦って未来を勝ち取って、そこに。
―――――君には、そこで待っていて貰いたいんだ。」
「…それって……。」
「全てを知った上で、俺の日常を支えて欲しい。
俺を、俺の帰るべき場所を照らしてくれ、シャーリー。」
彼女が、シャーリーが了承の言葉を口にする事は無かった。
その代わり、二つの男女の影が再び重なった。
▼
「……よろしいのですかな。」
「ああ、済まないな。汚れ役を買わせて。」
「…さて、何の事やら。」
シャーリーを寮まで見送ったルルーシュは、密かに護衛していたジェレミアに声を掛ける。
「アルカ様の事は、既にC.C.にも報告済み。騎士団の方も、零番隊が動けるそうです。強襲の際には、私やロロも。」
「ああ、頼む。」
ルルーシュは拳を強く握り締め、決意を瞳に宿す。
戦う理由をまた一つ、増えた。
帰るべき場所が新たに出来た。
「決行は明後日。目的はアルカの奪還。立ち塞がる障害は、全て薙ぎ払え。」
「御意。―――して、ルルーシュ様。お耳に入れておきたいことが。」
「何だ。」
「その、あの事件の後の皇女殿下の足跡……、つまりは嚮団時代のアルカ様に関してです。」
ルルーシュは聞く。
決して明かされる事の無かった過去の話。
断片的にしか知らなかった魔女と少女の物語。
そして思い知る。
自身が考えていたよりもその闇は根深い事を。
ルルシャリ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!