嚮団全体が揺れる。
比喩では無い。本当に揺れているのだ。外部的な要因によって。
――――ふざけるな。
無数のKMFが、雪崩の様に流れ込んでいく。
――――ふざけるな。
この場に居るものを殲滅する為に。
――――ふざけるな。
囚われた彼女を救うために。
――――何が頼もしいだ。
ルルーシュは以前にC.C.に聞いた、ギアス能力の詳しい詳細を。
その時、彼女はこう答えた。
―ギアスとは、ある種の才能、と。
彼女は言った。
ギアスの能力、発動条件、持続時間、効果範囲、その全てに至るまで個人差がある、と。
そしてその個人差は、決して後天的に付随するものでは無く、生まれつき決まっていると。
加えて、彼女はこうも言った。
―そういう点では、アルカは非常に才能に恵まれていると。
その言葉を聞いたルルーシュは思ってしまった。
―頼もしい、と。
当時のルルーシュはまだギアスの暴走はしておらず、その力に陶酔していた。
ギアスの真相を知らない立場の者としては、その抱いた感想は一般的な反応だっただろう。
しかし、例えそうで合っても、ルルーシュは許すことが出来ない。
そんな感想を抱いた、過去の己自身を。
「…何が頼もしい、だ。…何が才能だ。その才能の所為で、アルカは――――、アルカは!!!!」
ジェレミアが言うには、嚮団の構成員の殆どは、幼少期の頃からそこに身を置いていたという。
戦争孤児、捨て子等の表の世界で居場所の無い子ども達が、無作為に選出され、嚮団の為に教育される。
だがその中で、例外ある。
それは才能。
時に嚮団は、その才能を持った人物に付け込み、利を得ようとする。
それこそ、アルカやジェレミアの様に。
「その頼もしい才能とやらの所為で、アルカは連れて行かれたんじゃないか…。過去も、そして今現在も!!」
その端正な顔に激しい憎悪と怒りを乗せ、ルルーシュはただただ叫ぶ。
「終わらせなければならない―――。私が……、この俺が!!!!!」
ルルーシュは蜃気楼のキーボードに指を滑らせ、通信のチャンネルをオンにする。
ゼロとして、団員達に指示する為に。
妹を取り巻く嚮団の影を、断ち切る為に。
「黒の騎士団に告ぐ! 皇アルカを、彼女を探し出せ!
邪魔する者は排除して構わない……。女も、老人も、子どもですらも!!
研究データは全て廃棄。その痕跡すら一切残すな!」
その行動が、後の亀裂を生むとも知らないまま。
▼
意識が覚醒する。
「………。」
淡いミルク色の髪をした少女は、周りの騒動に気にした様子も無く身体を起こし、その歩を進める。
「………。」
そこに感情は無く、義務的に、機械的に、彼女は歩き続ける。
「………。」
身体に纏うのは布切れ一枚。
それ以外、彼女が身に纏う物は無く、裸足のまま。
廊下に散乱している瓦礫が、彼女の足を切った。
「………。」
辺り一面に転がる死体から漏れ出ている血液が、彼女の足を汚した。
「………。」
それでも彼女は進む。
中央の扉を目指して。
『皇様!』
そんな彼女を見て、声を掛ける者が居た。
「………何。」
彼女は足を止め、声の主の方へ向く。
黒の騎士団の保有する暁から、1人の男が焦りの表情を浮かべて、彼女の元へ飛び出した。
「良かったです、ご無事で! 今、ゼロが貴女の救出の為に、この施設を――――。」
ゼロ直属の部下、零番隊の平隊員である彼は、矢継に言葉を紡ぐ。
五月蠅いな―――。
「それにしても、この施設は一体? ブリタニア軍の軍事施設と聞いて来てみれば、居るのは研究員や無抵抗の子どもと老人ばかり。ここは本当に――。」
いくら救出の為だとは言え、やりすぎだ。
それが何も事情を知らない兵士達の感想だった。
事実、ここはギアスを研究している秘密組織の本拠地。
ギアス能力者を大量に抱え込んでいる事実を考慮すれば、関係者の殲滅は妥当と言える。
相手が、どんな超常の力を行使するかは、実際に相対しないと分からないからだ。
だが、そんな事情をゼロが彼らに教える筈も無く。
「五月蠅いよ。」
アルカを見つけた事による安堵からか、自身の疑問を口にしていた彼は、他でも無い目の前の幼い少女に、言葉を遮られる。
「……はい?」
「五月蠅い。黙れ、黙って、黙ってください。私に関心を向けないで、私に構わないで、喋りかけないで触れないで。」
「アルカ様?」
「嗚呼、貴方は悪い子。――今すぐ、黙らせてあげる。」
男は少女の言葉のまま、自身の舌を嚙み切った。
▼
「…ああ、クソが。めんどくせぇ……。」
金髪の青年は悪態をつく。
か細く、弱々しく、今にも死にそうな声で。
「……流れ弾に当たった、だけで、これ、か………。俺も、ついてねぇな…。」
その青年の身体は惨憺たる状況だった。
左脚は上から落ちてきた瓦礫に潰され、右の腹部は丸ごと吹き飛んでいる。
生きているのが不思議な位、彼の周りに夥しい程の鮮血が広がっていた。
黒の騎士団の強襲を知った彼は、抵抗する訳でも、逃げ出す訳でも無く、真っ先に彼女の元へと向かった。
幼い頃、共に過ごし、そして自ら離れてしまった彼女の元へ。
何故、彼女の元へ行こうとしたかは分からない。
ただ、気づいた時には自然と足が向かっていた、それだけの事だった。
彼女が眠るという研究室に向かっている最中の事、彼は不運に見舞われた。
黒の騎士団が放ったであろKMFの弾丸が、青年の腹を翳めたのだ。
翳めたと言っても、それは軍事兵器であるKMFの弾丸。
本来、生身の人間に向けられるものでは無い。
当然、無事では済まない。
腹が吹き飛ばされた衝撃に、青年はバランスを崩し、その場に倒れた。
撃たれた。と認識出来たのはその後すぐの事だった。
青年が倒れている間にも、事態は進む。
黒の騎士団は次々に施設を破壊していき、瓦礫を積み上げていく。
そして―――。
「…結局、俺は、何をしたかった、んだろうなぁ―――」
人間、死ぬ寸前は冷静になるらしい。
自身の行動についてを振り返っているその時、すぐ近くでペタペタと歩く音が聞こえた。
「――あぁ?」
その音の主の方へ視線を向ける。
本人の物かどうか分からない程、赤く汚れた真っ白な脚。
それとは対照的に、汚れが一切見当たらない淡いミルク色の髪。
青年が先程まで意識を 向けていた少女、その本人だった。
「――何だよ、その顔。」
少女の顔は何処までも無表情ではあったが、その瞳の奥には確かに感情があった。
そして、その瞳に青年は見覚えがある。
少女は嫌い、と言う。
少女は己の言葉に従い、全てを拒絶する。
それは今も昔も変わらない。
しかし、昔の彼では分からなかった事がある。
ギアスを手に入れ、人から道を踏み外した今の彼に分かる事。
「………寂しそうな顔をしやがって。」
彼は過去に少女の元から離れた。
それは彼女が理解出来なかったから、異形の存在の様に感じ、恐怖心を憶えたから。
そして、その少女は彼の意志を汲み取ったかの様に、突然姿を消した。
心にしこりが残った。
もしかしたら、歩み寄る余地があったのではないか、と。
もしかしたら、彼女は自分達と変わらないのではないか、と。
もしかしたら――――。
「……悪かったなぁ、理解してやれなくて。」
青年の声は少女に届く事無く、崩壊の音に飲み込まれた。
「ああ…、寒い…。寒いのは、嫌だなぁ……。」
名前も知らぬ青年は静かに息を引き取った。
▼
扉から、光が漏れ出ている。
嚮団内部でも中央に位置する祭壇。
その中央に佇む巨大な扉が、文字通り開いていた。
その光に包まれながら、祭壇の階段に力無く腰掛け、1人の少年。
「シャルル…、何故今になってV.V.のコードを奪った?」
その少年を見つめる、1人の少女。
「……。」
少女の疑問に答える者はこの場におらず、水が地に落ちる音だけが響く。
「V.V.……。お前さ、マリアンヌの事、好きだったんだろう?」
愛憎という言葉がある。
愛情と憎しみ、相反する気持ちを同時に抱いてしまう人の複雑な気持ちを指した言葉だ。
彼は異常なまでに、マリアンヌという言葉に反応し、激情していた。
その反応の裏には彼女に対する愛情があったのであろう。
最も、その答えを持つ者は、先程この世を去ったばかりだが。
「むかつく。安らかな顔で眠っちゃってさ。」
V.V.を眺めるC.C.の背後から、少女の声がした。
C.C.は僅かに視線を後ろに向け、優しい笑みを作った。
「……起きていたか。」
「えぇ。」
少女、アルカも同様に笑みを浮かべながらC.C.の隣へ座り、彼女の肩にその頭を乗せる。
「――静か。雑音も、騒音も、何も感じない。まるで何時か見た、月が浮かぶ水面の様。」
先程の様子とは打って変わり、静かに優しく、味わう様に、アルカは言葉を紡ぐ。
その言葉は一字一句C.C.の元へと届き、彼女の中へ入っていく。
「……思い出した様だな。」
「…ええ。」
「この世界は嫌いか?」
「…ええ。」
そうか、と静かに呟き、肩に乗せるアルカの頭に、C.C.も同様に頭を乗せる。
「私を、恨んでいないか?」
「寧ろ、感謝してる。だって、あのままの私だったら、貴女を残して私一人で先走しっただろうから。
心の向くまま雑音を消し続けて。きっとこの身が破滅するまで続けたと思う。」
2人の少女は静かに会話を続ける。
「貴女は私に名前をくれた。ギアスをくれた。C.C.がくれたものが、貴女の存在が、私を繋ぎとめてくれた。」
「……でも、随分と遠回りをしてしまった。」
「その遠回り、私は好きだよ。好きだった。――でも。」
「もう疲れてしまった、か。お互いに。」
「……ええ。」
アルカは肩から頭を離し、C.C.の顔を見つめ、手を沿える。
「貴女の願いは私が叶える。」
「お前の願いは私が叶えよう。」
2人はクスリと笑い合う。
「なぁ、アルカ。私の事、好きか?」
C.C.の言葉に一瞬キョトンとしたものの、すぐに笑みを作り、彼女は答えた。
「殺したい位に。」
▼
黄昏の空に浮かぶ神殿で、ルルーシュは邂逅した。
自らの父であり、怨敵。
殺したいほど憎み、ギアスという力で抗う事を決意した相手。
神聖ブリタニア帝国第98代唯一皇帝「シャルル・ジ・ブリタニア」。
今まさに、彼がルルーシュの前に立ちはだかっていた。
皇帝の持つギアス能力は記憶の改竄。
発動条件はルルーシュやアルカと同じく、相手の目を直接見る事。
出し惜しみなど出来ないルルーシュは先手を打ち、皇帝にギアスを掛ける。ただ一言、死ねと。
ルルーシュの言葉に従い、皇帝は自らの命を絶った。
絶った、筈だった。
しかし相手はその手腕で一代にしてブリタニアを超大国へと発展させた怪物。
ルルーシュの想像を優に越してくる。
死んだと思われた皇帝は、再び笑みを浮かべながらその活動を再開する。
その事実に驚愕を示しつつも、ルルーシュは抗い続けた。
しかし、その抗いも何の意味も無いことを、彼は知ることになる。
「分からんのか、ルルーシュ。最早儂には、剣でも銃でも、何をもってしても――、無駄ぁ!!!!」
身体中に銃弾を浴びながら、皇帝は自らの右手をルルーシュに見せつける様に突きつける。
そこには赤いギアスの紋章。
それを意味するのは。
「っ!!」
不老不死。
C.C.やV.V.と同じ。
額を銃で撃っても、心臓を剣で貫いても、死ぬことの無い不死身の身体。
「儂はギアスの代わりに新たなる力を手に入れた。」
皇帝は、雄弁に語る。
「故に、ルルーシュ。教えてやっても良い。この世界の真の姿を。」
皇帝のその言葉が終わると同時に、ルルーシュの意識は突き落とされた。
無数の歯車と、仮面が浮かぶ世界に。
「…ここは……。」
戸惑うルルーシュの前に、シャルルの姿が再び現れる。
「ギアスとは何だ!? 貴様は何を企んでいる!?」
「可笑しな事よ。」
ルルーシュの疑問に、シャルルは嘲笑を浮かべる。
「嘘に塗れた子どもが、人には真実を望むか…。」
「何……?」
「お前はゼロという仮面の嘘で、何を得た?」
「手に入れた! ただの学生では到底手に入れられない軍隊を! 部下を! 領土を!」
しかし、その裏で。
『ユーフェミアを失った。』
「なっ。」
周りに浮かぶ仮面の軍勢が、次々と声をあげる。
『スザクやナナリーにも姿を晒せない。』
『そして、アルカも失いかけている。』
「黙れ!」
ルルーシュの苛立ちが募る。
「人は誰でも嘘を付いて生きている! 俺もそうしただけだ!」
『何故嘘を付く? 本当の自分を分かって欲しいと思っているくせに。』
『そう望みながら、自分をさらけ出さない。』
『仮面を被る。』
『本当の自分を知られるのが怖いから。』
仮面の軍勢は、ルルーシュに突き付ける。
現実を。
「嘘など、つく必要は無い。何故なら、お前が儂で、儂がお前なのだ。」
シャルルは語る。
人、という存在は、この世に1人だと。
過去も現在も未来も、人類の歴史上、1人しか存在しないと。
「1人…? 何を言っている!?」
「シャルル。」
ルルーシュが理解するのを現実は待ってくれない。
この空間に少女の声が響くと同時に、この場に現れた者達が居た。
「遊びの時間はもう終わりだ。」
そう呟く少女はルルーシュの契約者、C.C.。
そして、まるで恋人の様に、将来を共にする伴侶の様に、彼女と指を絡めて手を繋ぐ、妹のアルカ。
「C.C.? アルカまで…?」
「私にとって、それにもう価値は無くなった。」
ただ無感動に、彼女は口を紡ぐ。
「それを篭絡して、私達を呼ぶ必要も無い。私達は既に、ここに居る。」
「そうだな、C.C.。」
「……父上…。いや、シャルル・ジ・ブリタニア。私が――。」
「ああ、叶えると良い。C.C.の願いを。」
ルルーシュを除いて、この場に居る全員が、アルカさえもがC.C.の願いを知っていた事に、驚愕の色を浮かべて彼は目を見開く。
「知っているのか、アルカ…。C.C.の願いを!」
「………。」
彼女は答えない。自分が答えるべきでは無いと、そう思ったからだ。
そんなアルカの意志を汲み取ってか、C.C.は再び口を開く。
「ルルーシュ、今こそ契約条件を、我が願いを明かそう。
―――我が願いは
私達の存在が、永遠に終わる事だ。
ずれていた歯車が嚙み合った、そんな気がした。
描写の無い所は、大体原作通りっす。