コードギアス 久遠のアルカ   作:キナコもち

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TURN25 破滅の光

 

 

 兄さんは僕が嫌いだ。

 

 

 気付いた切っ掛けは何だったか。

 ああ、そうだ。アルカが嚮団に連れて行かれた時だ。

 

 あの時、僕は彼女に問いかけた。

 

 

僕の事が嫌いなのだろう、と。

 

 

 彼女の答えは想像通りだった。

 

 

ええ、嫌い、と一言。

 

 

 そう呟いた時の目は思わず凍えてしまいそうな程冷たくて、同時に何処か既視感を覚えた。

 

 そう、兄さんの目だ。

 僕を見つめる時、 時折同じ目をしていた。

 

 よく考えれば分かる事だ。

 最愛のナナリーの立場を奪ったのだ。

 妹がそれを許せていないのに、長男である彼が許せる筈が無い。

 

 

 そう気付いた時、足元の土台が崩れる音が聞こえた。

 戦う理由を、生きる目的を、全て失った様な感覚に襲われた。

 全ては兄さんの為に行動し、兄さんと自分の未来の為に戦ってきたのに、その兄さんから嫌われているなんて。

 

 

 実際、それに気付いた後の僕は酷いものだった。

 兄さんもそれを感じ取ったのだろう。使い物にならない、と思っただろう。

 

 嚮団への強襲作戦からも外されたし、それ以後の作戦にも関わることは無かった。

 

 

 怖かった。

 いつか消されるんじゃないかって。

 

 誰も訪れる事の無い部屋の片隅で、思考に耽る。

 兄さんの事、自分の事、アルカの事、嫌いという感情のこと。

 

 考えて考えて考えて考えて。

 どんどん沈んでいく思考の中で、ふと思った。

 

 

アルカが自分を助けた理由ってなんだっけ?

 

 

 

 

「第二優先事項の確保か…、良しいいぞ。紅蓮が戦場に戻り次第、咲世子は僕と一緒にナナリーを……うん、15階層までの障害はクリアした。うん、頼む。」

 

 

 ブリタニアに捕らえられていた紅月カレンが見つかった、と咲世子からの報告が入る。

 これで僕達が課せられた任務は残り一つ。

 

 

 アルカはあの時、行動で示した。

 人に対する思いやりを。

 

 例え嫌いでも、その未来に自身の存在が無くても、その人の笑顔に繋がる選択を優先する。

 それが、それこそが本当の愛情。

 

 

(……改めて言葉にするとむず痒いな。)

 

 

 僕は今まで自分のことしか考えず、兄さんを含む周りの人達の事を考えようともしなかった。

 しかし、今なら――。

 

 

(悔しいが兄さんの未来にはナナリーが必要だ。……兄さんが幸せになる為ならば。)

 

 

 

 ナナリーを確実に保護する。

 それが残された僕の任務だ。

 

 

 

 

「蜃気楼、ナイトオブシックスと交戦に入りました!」

 

 

 斑鳩のオペレーターを務める少女、後藤が声を上げる。

 

 

「ゼロの援軍に行ける部隊は!?」

 

「それが…玉城さんしか……。」

 

 

 ナイトオブシックスの操る機体、モードレッドの装甲はナイトオブラウンズの中でも随一だ。

 無窮や紅蓮等のワンオフ機ならともかく、玉城が乗る様な量産機の武装ではその装甲には傷一つ付ける事は出来ないだろう。

 玉城が悪いんじゃない。相手が悪すぎるのだ。

 

 

「無窮蒼天式、以前、ナイトオブトゥエルブと交戦中!」

 

「木下部隊全滅、租界内の電力が復旧します!」

 

 

 始めはこちらに傾いていた戦況も、徐々にブリタニア側へ。

 

 

「クソ…、どうすれば……、ナオト…!!」

 

 

 斑鳩で支援をしようにも、この巨大な機体ではただの的。

 扇は劣勢に置かれたこの状況を理解しつつも、動けないでいた。

 

 

 

 

「基本システムは同じか。」

 

 

 久々に身に着けたパイロットスーツの感触を確かめながら、自身の愛機を起こす。

 画面に映し出される見慣れた日の丸。それを上書きするかの様に現れたブリタニア国旗。

 紅蓮が改造された証だ。

 

 あまり良い気分はしないが、今はそうも言ってられる状況では無い。

 

 

「ゼロ様の現在地は捜索中。アルカ様はシンジュクゲットー上空にて交戦中です。」

 

「ゼロの援護を優先に動きます。――あの子が負ける筈ありませんから。」

 

 

 アルカへの信頼を口にするカレンの様子を微笑ましく思い、紅蓮の機動準備をしながら咲世子は僅かに口角を上げる。

 

 

「えぇ…と、紅蓮、聖天……八?でいいのかしら……?」

 

 

 モニターに映し出されるのは今の紅蓮を表すブリタニア語。

 

 

 Superlative

 

 Extruder

 

 Interlocked

 

 Technology

 

 Exclusive

 

 Nexus

 

 

 全ての科学技術を突き詰めた究極の機体。

 名を―――。

 

 

「紅蓮聖天八極式、発進!!」

 

 

 その背にある真紅の翼を広げ、紅蓮は戦場へと駆ける。

 

 

 

 

 一筋の紅い光が戦場に迸る。

 その速度は目で追えず、ナイトメアのモニターでも捉える事は叶わず。

 軌道上の居たブリタニア軍のナイトメアは悉く破壊される。

 何が起きたか理解する暇も無く。

 

 

「ゼロ、今どこに……!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「よぉし、そのまま離すなよ。」

 

「「「「イエス、マイロード!」」」」

 

 

 モルドレッドの相手を終え、戦線に復帰しようとしたゼロの元に現れたのは、薄紫色の悪趣味な機体。

 ナイトオブテンが操るパーシヴァルだ。

 蜃気楼の前に現れた彼は、たちまち部下のヴァルキリー隊との連携で蜃気楼を捕縛する。まるで見世物の様に。

 

 無防備な蜃気楼にパーシヴァルは自身の刃を突きつける。

 その武装は、絶対守護領域を突き破る程の威力は無いが、蜃気楼のエネルギーを削るには十分過ぎる代物で。

 それを知ってか、操縦者であるルキアーノ・ブラッドリーは舌なめずりをしながら、消耗していくゼロを見つめていた。

 

 しかし。

 

 

「?」

 

 

 豊富な経験から、もしくは血に飢えた獣の勘からか。

 こちらに迫る戦力に気付き、蜃気楼から一歩後退する。

 そして、それと同時に。

 

 

「え、何が起きたの!?」

 

「嘘……。」

 

 

 自身の部下の悲鳴と激しい爆発音が響く。

 

 破壊された。

 視認することすら叶わない速度で。蜃気楼を捕らえていた4機が、一瞬で。

 

 拘束が解かれ、自由になった蜃気楼と静観していたパーシヴァルの間に、真紅にナイトメアが立ち塞がる。

 

 

「カ、カレンか……?」

 

 

 何処か見覚えのある様で見違えた真紅のナイトメア、紅蓮を見つめながら、その存在を確かめる様に呼びかける。

 

 

「はい! 親衛隊隊長紅月カレン、ただいまを持って戦線に復帰しました!」

 

 

 

 

 もう何度刃を交えたことか。

 

 

(っ強いな……、それに――。)

 

 

 無窮の用いる武装を、考えつく限りのアプローチを。

 全ての手札を切るつもりで戦闘を繰り返すも、そのどれもが決定打にならない。

 

 

(読みにくい!)

 

 

 予想にもしない角度から斬撃が繰り出され、レールガンを当てようにも変形機構によって的が絞れず。

 

 

(アレクサンダのデータは見た事がある。従来のナイトメアよりも柔軟な運動性能、それに付随する機動性。機体可動域の広さを考慮するに、死角はほぼ無し……。)

 

 

 これを考えた製作者は変態、と思わず罵倒したくなるほどの常識から外れた性能。

 

 

(しかしそれらを存分に活かす為に武装は少なく、決定打も無い…。私と同じね。)

 

 

 アルカはすれ違いざまに放たれた攻撃を、()()()()対応する。

 予測不能な角度から攻撃が繰り出される現状、その方が余計な労力を使う必要が無いからだ。

 

 

(多分このまま戦闘を続けてもお互いに倒すことは叶わない。……そうなると、戦闘時間が長い私の方が不利か。)

 

 

 エナジーとて無限じゃない。

 激しい戦闘をすればそれなりに減るし、フロートユニットで浮いているだけでも消費されていく。

 膠着状態のこの状態でどっちが有利かは子どもでも分かる話だ。

 

 

「…このままでは埒が明かないし、気分転換にお茶しながらチェス…なんてダメだよね?」

 

「とっても素敵な提案、ねっ!!」

 

 

 接近と離脱を繰り返し、少しずつ少しずつ攻勢に出ようとするが、やはり押し切れない。

 ゼロの援護に行かなければならないという焦りと、攻勢に出れない歯痒さに襲われる。

 

 しかし、その時。

 アルカにとっての吉報が、モニカにとっての凶報がそれぞれの元に届く。

 

 

『紅月隊長及び紅蓮、戦線に復帰しました!』

 

『ブラッドリー卿、奪取された紅蓮と交戦の後、―――戦死しました…。』

 

「「!!」」

 

 

 前者は好戦的な笑みを浮かべ、後者は動揺から目を見開く。

 

 

「どうやらチェスどころじゃ無くなった様ね。」

 

 

 顔を強張らせたモニカが言う。

 

 

「――ええ、全く。」

 

 

 獣を狩る狩人の様にアルカは目を細める。

  

 

「これで後先考えずに戦える!!」

 

「………何?」

 

 

 無窮に装備されていた銃身が切り離される。それ以外の武装も、外殻さえも。

 

 

「エナジー消費激しいし、何より()()()。中華連邦の時に使った時、身体への負担大きかったから極力使いたく無かったんだけど―――。」

 

 

 細い指をモニターに滑らせ、システムを起動させる。

 

 

「――貴女が悪いんだよ?」

 

 

 少女の口が三日月の様に歪む。

 

 コックピット内の照明が落ち、彼女を照らすのは非常灯とモニターの赤い画面の光。

 無窮の心臓であるドライブの音が大きく鼓動し、コックピット内の温度が上がる。

 

 

―――S.K.A.N.D.A.システム、オーバードライブ。

 

 

 そう呟いた後、無窮は消えた。

 

 

「っ!」

 

 

 いや、消えた訳では無い。

 実際にフローレンスのファクトスフィアはギリギリ無窮を捉えている。

 しかし――。

 

 

「早い……!」

 

 

 フローレンスの真後ろから、コックピットに向かって一閃。

 即座に機体上部を回転させ、腕部の固定されたエッジで受け止める―――事は叶わなかった。

 

 

「くっ…!」

 

 

 エッジを構える事は間に合わず、機体の片腕を犠牲にして何とか凶刃から免れる。

 手の平から肘まで深々と刺さった太刀を見つめ、モニカは額に汗を浮かべる。

 

 

(何とか間に合った…。全く反応出来ない速度では無い…けど――。)

 

 

 使い物にならなくなった腕をパージする。

 

 

(それでもギリギリ…、一歩でも遅ければ…!)

 

 

 ただ速度が上がっただけと言えばそれまでだが、たったそれだけの要因でこの少女の脅威は何倍にも膨れ上がった。

 彼女の戦闘データは以前、目を通した事がある。

 彼女の基本戦術は急所を狙った短期決戦。少ない労力で相手を無力化する、非情に効率の良い戦法。

 力押しのヴァルトシュタイン卿や枢木卿とは真逆のタイプだ。

 

 そういった戦法を好む分、機体パワーはそれほど重要じゃ無かったのだろう。

 ブリーフィングでの共有の通り、攻撃は比較的軽いものだった。

 しかしその分、速度は僅かにフローレンスを上回っていた。

 この機体の超次元的な可動域が無ければ、今頃私は串刺しになっていた。

 

 だが、ここに来て無窮の速度が遥かに上がった。

 今まで対応出来ていた急所を狙った攻撃の鋭利さがさらに増したのだ。

 まるで気分は猛毒が仕込まれた刀をもった騎士と対峙する様で。

 

 

 相手を翻弄するその姿は正に――。

 

 

(閃光……!!)

 

「―――その名前、嫌いなんだけど。」

 

 

 ふと、耳元で声がする。

 

 

「!!」

 

 

 実際に耳元で囁かれた訳では無い。

 しかし、そうと錯覚する程の至近距離に、無窮は居た。

 

 モニター越しに映る機体の鋭い目に、モニカは恐怖を憶える。

 

 

「く、クソ!!」

 

 

 機体を回転させ、両腕のエッジを突き刺す形で繰り出す。

 それは無窮のバインダーの装甲を貫き、そして―――。

 

 本体には数センチ届かず、その凶刃は完全に停止する。

 

 

「……な!」

 

 

 咄嗟に展開された輻射障壁の影響を諸に受け、腕部の駆動系が焼き切れ、突き刺さったエッジを抜く事も叶わない。

 つまり―――。

 

 

「つ・か・ま・え・た。」

 

 

 少女の楽しそうな声と同時に、展開されているバインダーの内側から格納されていた太刀が姿を現す。

 

 

「チェックメイト、ね。」

 

 

 

 

「ち、違い過ぎる…、マシンポテンシャルが……!」

 

 

 カレンと交戦中のスザクは動揺を隠せずに居た。

 

 

 ブリタニアの吸血鬼と名高いブラッドリー卿を瞬く間に倒した。

 ―――彼女なら可能だろうと正直思っていた。

 

 紅蓮を改造した結果、誰にも乗れないモンスターマシンが誕生した。

 ―――それでも、自分は負けないと思っていた。

 

 それを乗りこなすデヴァイサーが居た。

 ―――それでも。

 

 

 紅蓮聖天八極式はピーキーな性能をしている分、その機体性能は既存のナイトメアを遥かに上回った第九世代だと開発者の三人は言っていた。

 それを乗りこなすパイロットが乗った時、全体出力の内の60%で第八世代のラウンズ専用機を超えるとも。

 それでも、僕は、自身の力を信じていた。

 

 

「か、勝てない……!」

 

 

 ハドロンブラスターが軽々と片手で止められる。

 たった一振りで、容易に装甲を切断するMVSが折れる。

 一握りするだけで、ランスロットを装甲ごと潰す。

  

 正面突破も奇襲も不意打ちも、全てが対応され、一つ一つの選択が叩き潰される。

 

 

「あぁ…。」

 

 

 ふと全てを悟った。

 自身の限界を、死期を。

 

 

(これは罰なんだ。父を裏切り、皆に嘘を吐き、親友を売った、僕の。)

 

 

 そう一度考えると、急に力んでいた身体から力が抜けていく。

 

 

(そうだ、これが償い何だ――。受け入れるしか無い。例え、ここで()()()()()()()――――。)

 

 

 その時、ある男の声が頭に響く。

 それは自身もよく知る、親友だった男の声。

 あまりにも身勝手で、あまりにも優しい単純な願い。

 

 

「―――お…、俺は……、生きる。」

 

 

 緑色の瞳を赤く染めたスザクは、何の躊躇いも無くスイッチを押した。

 人類史上最悪の兵器のスイッチを。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ランスロットから放たれた小さな弾頭は、瞬く間に収束し、そして広がった。

 爆発も起きず、熱も発生せず。ただただ静かに光は広がっていく。

 

 

「全軍撤退、フレイヤだぞ!」

 

「何故、ブリタニア軍は撤退している!?」

 

 

 各所から巻き起こる阿鼻叫喚。

 黒の騎士団もブリタニア軍の異様な光景に、放たれた弾頭はただの兵器では無いことを察する。

 

 

「何か不味い、斑鳩を最大最速で後退させろ!」

 

「これは、まさかスザクの言っていた―――――。」

 

 

 そしてトウキョウ租界は死に絶えた。

 

 

 

 

「これがフレイヤか……。」

 

 

 以前と変わらず、瓦礫に囲まれたシンジュクゲットーで、一人の巨漢は地に倒れ伏す小さな少女を横抱きにしながら、破滅の光を眺める。

 

 

「爆発は起きず、熱反応も無く、放射能も発生しないクリーンな核兵器……。ふん、くだらんな。」

 

 

 次第に光は収束していき、それと同時に激しい強風が発生する。

 

 

「うっ…」

 

「気を付けろよ、クシェルフスキー卿。フレイヤの二次被害でラウンズが命を落とした等、笑えんからな。」

 

 

 フレイヤはその兵器の特性上、効果圏内の空気すら消滅させる。つまり一定の真空状態が出来るのだ。

 それが収まるとどうなるか。

 一気に真空の中に空気が流れ込み、広範囲に強風を発生させる。

 

 凄まじい兵器ではあるが、今回の弾頭はリミッターが掛けられている為、この場はさほど影響を受けていない様だった。

 

 

「無窮の残骸はどうしましょう?」

 

 

 風が収まったと同時に、モニカは先程まで対峙していた機体を眺める。

 翼を折れ、機体上部と下部は切り離され、辛うじてコックピットだけが無傷の状態。

 

 

「捨てて置け、今の奴らに修理する余裕は無かろう。それに、扱えるパイロットが居ない。」

 

 

 そう言いながらビスマルクは自身の腕の中で眠る少女、アルカを眺める。

 

 

「フローレンスはまだ動くな?」

 

「は、はい。」

 

「ならば戻るぞ。陛下がお待ちだ。」

 

 

 そう告げるビスマルクの裏で、モニカは僅かに顔を曇らせた。




つまりトランザム

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