全てを失った。
ルルーシュ・ランペルージとして大切にしてきたもの。
そして仮面の男として築き上げてきたもの。
前者は家族や友人、後者はゼロという存在そのもの。
抗って、戦い続けて。その過程で抱えたしらがみや願い。
ルルーシュ/ゼロとして背負ってきたそれらは、気づけば零れ落ちていた。
そんな彼に残ったのは原初の願い、全ての始まり。
それは紛れもない復讐心。
母を見殺しにし、妹達の人生を踏み潰し、強者が弱者を虐げるこの世界を作り上げた皇帝。
大儀などは無い。
ただただ父に対する私怨が、ルルーシュを突き動かす。
瞳に歪な光を宿らせ、混沌を生みながら。
嗚呼、ここに居るの嘘偽りの無い俺だ。
ゼロでも無ければルルーシュ・ランペルージでも無い。
家族の仇を撃つと決めた、あの日の─────。
「我が名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。マリアンヌ皇妃が長子にして、帝国に捨てられし皇子!」
▼
血に塗れた人生だ。
最初に殺したのは実の父親。次に殺したのは数えきれない程の日本人。
徹底抗戦を唱える父が居なくなれば、戦争は回避出来ると思っていた。しかしその実、事態は悪化したばかりか日本という国が歴史から消えた。
思えば最初からそうなる運命だったのかもしれない。
ナイトオブラウンズという今の立場も、元を言えば友達を売り、大勢を犠牲にして得た血塗れの席。
今こうして動いている心臓だって、フレイヤという殺戮兵器で得たモノに過ぎない。
過程を大事にしたいと口では言いつつ、最終的に自分が取る行動は何時だって最悪のものだ。
ギアスの呪いの所為なんかじゃない。結局のところ、自分の存在自体が穢れているのだ。
ならば最早、過程など無意味だ。
何を選択したところで、得れる結果が血に濡れた未来なら、自分は喜んで血を流し続けよう。
そうすることで皆が平和になるのなら良いじゃないか。
元よりこの手は汚れ切っているのだから。
「────陛下」
「……シュナイゼルの、指金か?」
醜いのは、僕だけでいい。
▼
「あらまぁ。もう始まってるわ」
まるで舞踏会にでも遅れてしまったのかの様な声音で、アーニャ・アールストレイムは言った。
いや、正確には彼女の姿をした別の誰かがそう言った。
「ルルーシュの仕業だな」
「あの子も好きねぇ」
知る人が見れば分かる状況。
神根島に駐在するブリタニア軍同士が戦闘を行っていた。
当事者からしたら、何が起ているか訳が分からないだろう。何せ、味方だと思っていた奴がいきなり撃ってくるのだから。
しかしそのタネを知っている者……とりわけそれを何回も見てきたこっちからすれば些か滑稽に見えるというもの。
奴の十八番だからな。
影で高笑いしている様子が目に浮かぶ。
「早くシャルルの所行きたいのに、余計なことしちゃってさ」
心底面倒くさそうに呟く彼女の言い草は、息子に向けて放った言葉とは到底思えない。
しかしそれはとうの昔から分かっていた事。コイツに……マリアンヌに人並の親の感情などありはしない。
「ありがとうね、C.C.」
「………………………」
自分の目的のために娘を殺す母親が居たとして、それは人間と言えるのだろうか。
「私の代わりにあの子を育ててくれて」
恍惚な表情でそう語る彼女は、怪物にしか見えなかった。
▼
そうして時は戻る。
世界にとってはほんの数刻の出来事、されどそこに生きる人々にとっては重要な時間。
少女が観測していない僅かの間に、舞台は整い、役者も揃いつつあった。
少女=アルカの世界に選定の剣が出現、その同時刻。
シャルル・ジ・ブリタニアとその息子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが対峙していた。
黄昏に包まれた間、父の背後には螺旋状に蠢く剣の様な何か。
「さぁ、時間はたっぷりあるんだ。話してもらうぞ。真実を」
神根島の遺跡、祭壇。そのモノが持つ役割はルルーシュは既に知っている。
扉だ。この黄昏の間に干渉する為の扉。
ならば、それを破壊してしまえばどうだろうか。この間と現実世界の結び目があの扉ならば、そこを解いてしまえば孤立したも同然。いくら不死身の肉体であろうと、いくら力を持っていようと。何も出来なければ死んだも同然。
「今頃、お前が入って来た扉とやらは瓦礫と化しているだろうな」
「………愚かな事よ」
「さぁ、答えて貰おうか。母さんを殺したのは誰か。そして何故守らなかったのか………」
「可笑しいな事を言う。人には真実を求めるか……。ここまで嘘を吐いてきたお前が?」
そう、その通りだ。
ルルーシュは嘘を吐き続けてきた。名前を偽り、本心すらも偽り、仮面すら被って全てを騙してきた。
しかし、それは人が当たり前にやっている事だとルルーシュは思う。
他人に話を合わせる、場に溶け込む。人は常に誰かが我慢をして自分を殺して、本能を抑えて生きている。そうすることで国や民族……ミュニティが生まれている。
「そうだな。しかしお前もそうだろう。俺がゼロという仮面を被ったように。お前は皇帝と言う仮面を被っている。誰しもが仮面を使い分ける。……最早、人はペルソナという仮面無くしては───」
「違うな。未来永劫によって嘘が無駄だと悟った時、ペルソナは無くなる。理解さえしあえれば……争いは無くなる。……それがラグナレクの接続…世界や欺瞞を脱ぎ捨て、真実をさらけだす」
シャルルは既に知っている。嘘は虚しく、無意味なものと。嘘があるから争いは起き、混沌とした世界が生まれる。
だからここから起きる事は全て真実だ。
───例え、死んだとされていた女性が目の前に現れようと、全ては偽りの無い真実。
「来たか、マリアンヌ」
「大きくなったわね、ルルーシュ」
「母……さん…?」
マリアンヌは穏やかな笑みを浮かべて柔らかく微笑んだ。そう、まさに絵に描いたような理想的な母親……聖母の様な笑み。全てがあの時のままだ。ルルーシュが皇族として過ごしていた9年前と同じ。当時の記憶をそのまま映し出したのかの様な。
「これも幻想か!? こんな事をして───!」
有り得ない。間違いなくあの日、母は死んだ筈だ。だってこの眼で直接見たのだから、疑いようの無い。
「うーん、本物なんだけどね。ま、このシステムじゃなければ元の姿は取れないケド」
しかしそれはマリアンヌ本人によって否定された。
「…本物……?」
表情が、仕草が動作が。一挙手一投足が記憶通りの母だった。理性では否定しつつも、本能でこの人物はマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアだと、そう叫んでいる。
「ルルーシュ…先程の問いに答えよう」
半世紀前、とある兄弟が居た。
至って普通の、何処にでもいる兄弟だった。お互いを信じ、愛し、心を通わせ、共通の母を持っていた。
唯一、普通とかけ離れている事があるとするならば、それは彼らを取り巻く環境だった。
彼らは皇族だった。
一つの国を治める皇帝から枝分かれした、その枝先の末端。次の帝位を狙って血みどろの競争が繰り広げられる……そんな環境で育った。肉親同士で殺し合う、嘘に塗れた世界。兄弟の母もその帝位争いに呑まれ、友好的だった異母兄弟も、また別の兄弟の手によって命を散らす。
元々、優しい心の持ち主だった。とりわけ弟の方は、虫を一匹も殺せないほどの。
だから胸中に抱いた絶望もすさまじかった。
生まれた環境を疎ましく思った。嘘に塗れた世界を憎悪した。
そして少年達は誓った。嘘の無い世界を作ろう、と。
「私もC.C.もその同意に賛同したわ。でも、V.V.は……」
誓いを立てた兄弟の内の弟……シャルルにとって、マリアンヌという女性は初めての友人とも言えた。
偽りだらけの世界で、いつしか自身の心すらも閉ざしてしまった彼にとって、兄以外で本音で語り合える唯一の人間。
心を通わせるのを諦めていた彼にとって、彼女との出会いはまさに転換期であり、シャルルも徐々に変わっていった。
本心を曝け出す事が、楽しいと感じ始めたのだ。
時を重ねれば重ねる程、その思いは増していく。それに比例して、マリアンヌとの関係もより親密なモノへと変わっていった。
しかし唯一、その変化を受け入れられない者が居た。
シャルルの兄であるV.V.。
彼は焦った。
既に不変の存在となっていたV.V.にとって、変化は何よりも恐ろしいもの。自分だけが取り残されてしまう。
───血を分けた弟すらも、自分の先を行ってしまう。
だから排除した。
V.V.にとって当たり前の事だった。育った環境がそうさせた。
自分の、自分達兄弟の理想の邪魔をするならば、原因を取り除けばいいと。
「夜中に呼び出された私は彼に撃たれた。何発も何発も、即死だったでしょうね、
だがマリアンヌには秘密があった。V.V.ですら知らない秘密が。
────人の心を渡るギアス。
そのギアスの発動条件は身体が死を迎えること。
密かにC.C.と契約し、手に入れていた力。
マリアンヌ自身、使用した事など一度も無かった。契約の事を知っているのも、契約者であるC.C.と夫であるシャルルのみ。
「幸運だったわ。たまたま行儀見習いで来ていたアーニャ・アールストレイム……彼女が近くに居たの。そして、私はアーニャにギアスを使った………。後は貴方の知っての通りよ」
テロリストの仕業だと偽装をし、加えて娘であるナナリーを偽りの目撃者としてでっち上げた。
……有り体に言えば仲間割れ。
事実を知ったC.C.はそのまま嚮団に送り込まれたアルカを連れて姿を消した。
「ワシは兄さんと話した……しかし…」
残念だったね。
彼は白々しくそう言った。あたかも、自分は何もしていないと、そうアピールするかの如く。
──初めて肉親に憎悪を抱いた。
「兄さんは嘘を吐いた…! 嘘の無い世界を作ろうと誓っておきながら………!」
「──ふざけるな! 死んだV.V.に全て押し付けるつもりか!?」
分かった。ある程度は理解出来た。
皇帝の目指す世界、母が生きている理由。
しかし、肝心な事をまだ語っていない。ルルーシュの憎悪…その原初たる由縁をコイツはまだ隠している。
「俺とナナリーを……アルカを! 俺達
「必要があった!」
「何の必要だ!? 親が子を遠ざけるなんて───!」
瞬間、ルルーシュの脳裏に過去の光景がフラッシュバックする。
自身の契約者であるC.C.が語っていたこと。
───本当に大切ならば、遠ざけておくこと。
「……そう、兄さんの目を遠ざける為、お前達を日本に送る必要があった」
あの時の謁見の間で、主要貴族が集まる中、幼いルルーシュに告げた言葉は全て意味があってのこと。
「シャルルはもう、ヴィ家に用は無い」と思わせる為の。
V.V.がマリアンヌに向けたその憎悪を、子ども達に向く事を恐れたのだ。
数居る妻の中で、唯一心から愛した女性との間に生まれた子ども達。冷血と言われる皇帝にも、情があった。
「ワシは全てを守る為、アーニャとナナリーの記憶を書き換えた」
「ナナリー? …では、目が見えないのは心の病では無く……?」
「偽りの目撃者とはいえ、命を狙われる可能性はあったわ。真実に近づけさせない証拠が必要だったの」
「じゃあアルカは!? アイツは日本に送られてもなければ、記憶も消されていない…! なぜV.V.の元へ送り込んだ!?」
アルカ、ルルーシュにとってのもう1人の妹。
その名を口にした途端、皇帝はにわかに口角を上げ、マリアンヌは冷めた目付きでルルーシュに視線を送った。
「全ては計画の為。致し方なかったこと」
「それがあの子の役割だったからねぇ」
「───なっ」
何だこれは。何だこいつらの言い草は。
まるで、道具の様な。
「元々、アルカは殺せぬ。計画に必要な存在であるが故…、いくら
「ラグナレクの接続にはアルカが持っているコードが必要なの。知っているでしょ? あの子には日本の【尊き血】が流れている。古い血脈の失われたコードをどうしても必要だったわ」
だからV.V.の元……厳密に言えば別のコードを持つ者の元へ送る必要があった。
奥底に眠る力を引き出し、共鳴させ、新たなる不変の存在として覚醒させる為。
それ故、アルカがC.C.に連れ出されたとしても、計画上は何も問題無かった。傍に居るのがV.V.でもC.C.でも、結果的には同じこと。
「その為に調整されたデザインベイビーだもの、時が経てば覚醒する。だから後は待つだけだと思っていた。 ───C.C.があそこまでアルカに入れ込むとはちょっと予想外だったけど」
アルカを連れ出したまでは良かったのだ。
問題はその後。
彼女の行動は冷徹な魔女のソレとはかけ離れていた。
言葉では自身の願いを優先すると言いつつも、その行動には───。
「C.C.がアルカを匿ったままじゃ計画は破綻」
「マリアンヌの説得がうまくいかない以上…最早、お前を使うしか……」
「………そうか」
最初からコイツらの手の上で転がされていたという訳だ。
ルルーシュは自らを嘲笑う様に笑みを浮かべた。
ゼロと黒の騎士団の戦いは──俺の存在はC.C.を表に引きずりだす餌で……。ナナリーは自分達の都合であんな身体になり…。アルカは生まれる前から───。
「ま、色々あったけど。今はこうしてシステムは正常に動いてる。C.C.も協力してくれているし……。ありがとう、ルルーシュ。貴方の戦いは無駄ではなかったわ」
変わらず聖母の様に微笑む母が、今は憎たらしく思えた。
彼女は恍惚とした表情で後ろで蠢く剣を仰ぎ見る。
「名は体を表す……よく言ったものね。見て、ルルーシュ」
そうマリアンヌは言った。
「これがアーカーシャの剣、世界を変える…私達の
ペルソナの方もよろしくお願いいたします(ダイマ)