嘘の無い世界を創る。
すなわち個人という壁を無くし、人類が平等な意識の元で生きる理想郷。
「そんな力が…私に?」
「正確に言えばその剣に…だが、まぁ使えるのは君だけだし結果は同じかな」
岩に突き刺さった剣……O.O.の言葉を借りるならば選定の剣をアルカは見つめる。
「一体どういう仕組みで………」
「さっき尊き血の……つまり私の一族の役割について話しただろう?」
「願いを…届ける……?」
「そう。厳密に言うとね、私がみんなの代わりにお願いをしていたんだ。この上の世界、茜空の向こう側にあるCの世界。君はそれを知っている筈だよ。コード保持者というのはそういうものだ」
「………集合無意識…」
それは生まれながらにして備わっている普遍的な潜在的な意識。
自然に安らぎを感じたり、昇ってくる朝日に神々しさを感じたり、暗闇に恐怖を感じたり………。
そんな共通の認識。
「例えば、だ。争いをやめさせたいのなら、争いは醜く凄惨なものだと伝えれば良い。仲良くさせたいのなら、人類はみんな兄弟だと伝えれば良い。つまりそういうことさ。そうやって我々は国を運営してきた。この剣を用いてね」
「じゃあこれは…アーカーシャの剣は集合無意識にアクセスするための鍵?」
「どちらかと言うと鍵は僕らで剣は扉、もしくは道かな? ま、この際どちらでも構わない。君が剣を抜けばCの世界が現れるってこと」
まぁ最も個人の心の壁を取り払うなんて機能は無かったけどね。とO.O.は笑う。
「そのシステムを組み上げたのは他でもない皇帝だ。全く、シャルル皇帝もめざといよね。まさかこんな骨董品を神殺しの武器にしてしまうなんて。そして君はその担い手という訳だ。……いや、武器そのものかな。ねぇコード
O.O.の煽る様な視線がアルカに刺さる。
「そのコードAはまだ不完全なままだけど?」
「ふぅん?」
今度は興味深そうに瞳を細くした。
アルカが分かるのが意外だったのか、それとも──。
「まぁ仕組みは大体分かった。漠然と私が必要…としか知らなかったから、ちょっとスッキリした。でも、必要なのは今の私では無いでしょう。足りない何かは、まだ貴女のもの」
「……確かに、肝心なモノはまだ私の中だ」
ふと、O.O.は自身の帯を解いた。
はらりと色白の身体を包んでいた和服は地に落ち、曝け出された細い四肢。
──そして、その胸の谷間に刻まれた幾何学めいた紋章。
「コレだろ、君が言っているのは」
まさしくそれは力の源。
人の歴史のその裏で、細々と受け継がれていった古きコード。
「それが無ければ、私は剣を抜けない」
「そうだね。今の君は中途半端に覚醒した状態だ」
「剣を抜かなければ、C.C.と共に死ねない」
これは皇帝との取引だ。
その力を計画の為に振るう代わりに、私達のコードを奪い取って貰う。
前回、黄昏の間に訪れた時、交わした取引。
「そうだね。何て壮大な無理心中なんだ」
結局のところ、皇帝の求める覚醒とは、ここに居るO.O.から正式にコードを受け継ぐこと。
現実の私の身体が保持者のソレにならない限り、皇帝はこの失われたコードを得ることは出来ない。
当初の予定と逆になってしまったが、結果的には同じこと。
神を殺した後に、殺して貰えればそれでいい。
「………少し、昔話をしようか」
そう、O.O.は言った。
「僕には従者が居てね。何、特別な事は無い。僕の一族では至って普通の事だった」
貴き血が宗家としたならば、従者はその分家。つまりは枝分かれしているものの、同じ血が流れる家族。
「代々、宗家の当主には分家の当主が付き従う決まりがあった。僕が生まれるよりもずっと前から」
宗家当主…つまりO.O.の役割は国を治めると同時にコードを受け継ぐこと。
なら分家の方は?
「分家の役割は至ってシンプル。守る事。守護者…なんて言われ方もしていた」
貴き血が永代に渡って栄える様に。その敵を撃ち滅ぼし、魔の手から命に代えてでも守る……それが守護者の役目。
「守護者の家系も少し特別でね。コードを守るという側面から、大体には人並外れた身体能力が備わっていた。いくつもの争いで戦果を上げて貰ったよ。それに何回も数えきれないほど、守ってもらった。……そうそう、僕の代は丁度、優しい瞳をした男の子だったよ。しかも同い年ときたもんだ」
分かるだろう?
向けられた視線がそう物語っていた。
「月並みの表現だが、僕は好きになってしまったよ。その守護者の子を。僕だってもとより人間だったんだ、意外…なんて思わないでくれよ?」
「素敵な事ね」
「だろう? 初めて恋心を知った時、身体が熱くなったさ。……しかし、それは許される恋では無い。君にだって分かるだろ?」
「…………ま、よくある事ね」
貴族は何より血を重んじる。
それが国を治める家系とあれば、余計に。この世に同じ立場で自由に振る舞える者がどれほど居るだろうか。
「まさに日本版ロミジュリさ。まぁ敵対関係では無かったが………。ごめん、少し脱線したね。…………丁度私がその恋を自覚した時、許嫁が居たんだ。国の領土に隣接した国の王……。当時の日本の中ではそこそこの武力を持った国だった」
小さな島国に無数の国が存在してた当時は争いが絶えなかったという。
コード、という不確かなモノで国を治めていた彼女の国にとって、周りに誇示出来る分かりやすい力が必要だったのかもしれない。
「自分で言うのも何だが、僕はとっても可愛いだろ? 僕と添い遂げられるのなら喜んで国を差し出すと言ってくれていたさ………でも、僕は少々我儘でね」
政略結婚に踏み込める程、大人では無かった。
誰かもよく知らない男と、自分の意思が介入する余地も無く誓いを立てるよりも、淡い恋心を大事にしたかった。
「実は陰でコソコソ付き合っていたんだよ。守護者くんとね。だから隣国の王などどうでも良かった。……僕が正式に自国の王座を継いだその時、断ってやったのさ。………でもまぁ、それがいけなかった」
相手が武力国家だと言うのを失念していた。
そこの王は長年、私と添い遂げる気で準備をしていたのだ。だからその今になって、たった一言で今までの積み重ねを否定されたもんだから、怒りに怒った。
───実力行使で、僕を攫いに来た。
「酷いものだったよ。兵士どころか、無抵抗の民草まで皆殺しさ。……でも一番酷いのはきっと僕自身だ」
自らのエゴを優先して罪無き人々を犠牲にした。天秤に掛ければどちらに傾くか、分かっていた筈なのに。
「当然、守護者くんも殺された。……数には敵わなかったんだろうね。彼と交わした最後の言葉だけが、私の中に残った」
争いが終わる様に祈っててくれ。
そう戦いに出る前、彼はそう言った。
「流石に諦めたさ。僕が折れれば、残った民は救われる。もう受け入れるしかないって」
若かったなぁ。とO.O.は自嘲な笑みを浮かべる。
「でもそんな争いがあった後だ、当然納得出来無い者も出てくる。それに僕自身、気が気じゃ無かった。何せ旦那は恋人の仇だ、許せる筈も無い。だけど僕は国を治める立場の人間…表立って対立も出来ない」
「…………」
「丁度、僕の子どもが生まれた時、コードを正式に受け継ぐ事になった。……そう、それまでの僕は君と同じ、中途半端な状態だったんだ。我が一族ではその代の当主が子を産んだらコードを先代から受け継ぐ…そんなルーティーンがあった。当然の帰結だろう? 受け継いだら子を産めなくなるのだから、繁栄どころじゃあない」
O.O.は静かに続ける。
「毎回、儀式の時は神根島に当主が訪れる事となっていてね。僕は憎き夫を国に残し、まさに外の遺跡でコードを先代から受け継いだ────」
「それだけ聞くと、何で貴女の代でコードが途絶えたかわからないけど?」
「まぁ焦らないでくれよ。ここからが僕のちょっとした反攻撃の始まりなんだから」
先代……つまりはO.O.が自身の母を殺した後、本来であればそのまま国に戻る筈だった。
しかし、彼女はそうはしなかった。
結局のところ、許せなかったのだ。
夫が、国が、あの人の犠牲の上で生きている自分が……。
「僕は遺跡の扉を開けた。精神だけをこっちの世界に移し、閉じ籠って祈りをささげた。今後、あのような醜い争いが起きないよう、血で血を洗う事は醜い事だと、集合無意識に語り続けたんだ」
「……願いを…届ける役目、か」
「元より戻る気は無かった。ここで果てるまで祈りを続ける事が、せめての報いだと思った。現実の肉体が朽ち果てて帰る場所が無くなっても。だからコードは失われたんだよ。他でも無い最後の継承者である私が、精神の存在となって切り離された空間で生き続けているのだから」
「………なるほど。どれで時を重ねるごとに貴女の血…というよりは因子が薄れていき、貴女は子孫との接点を無くしていった」
「まぁコードが無くても国を治め続け、現代まで続く体制を作りあげたのだから、それもそれで良しと思っていたさ。……ただまぁ、僕を殺せる存在が生まれない……っていうのは寂しかったがね」
国が安定し、無事に血も受け継がれ、争いは順調に減っていった。
コードが存在しない中でも滞りなく時が流れる様を見て、O.O.は自身は不要だと判断し、祈る事をやめ、観測者に徹した。
「自身の役割が必要無いと悟ったその時、僕は孤独に苛まれた。すぐ上の世界に…集合無意識には彼が居るのに…
死にたくなった。
この永劫の時を終わらせたくなった。
「そこに君が現れたんだ! 正統な後継じゃない…しかしそれが何だ。私と並ぶ…いや僕以上に高い適正を持つギアス能力者!」
「……そう…つまり貴女も死を望むのね」
我が子を受け止める様な穏やかな表情で、両手を前に差し出すO.O.。
「さぁ、私の願いは話したぞ。そしてもう一度聞こう。君の本当の願いは何だ? アルカ・アングレカム。死にたい…なんて受け売りだろう? 彼女がそう言っているから、そう言っているだけだ。それしか君は知らないから!」
「何を──」
「嫌われたくないから、不要と言われたくないから、必要とされたいから君は全てを彼女に差し出す。時間を、身体を、願いすらも…!」
「っ! 知った風に………!」
ふわり、と温かな匂いがした。
その香りにアルカは憶えがある。C.C.だ。彼女と同じ香り。鼻にかかる彼女の黒髪が、アルカの固まった思考を解す。
「……小さいな、君は。そんな小さい身体で戦ってきたのか」
「放して…!」
抱きしめられた。他でも無いO.O.に。
元より小柄な体躯のO.O.でも、そのまますっぽり覆えてしまうほどアルカの身体は小さい。
「アルカ……君は死にたいんじゃない。ただ同じでありたいだけ。嗚呼、死は確かに平等だ。でも、死んでちゃこうして触れ合う事も、体温を感じる事も出来ないぜ?」
「……私…は」
「受け入りの願いでは無く、自分の願いを語れよ。君の
「…………………」
O.O.はアルカの手を掴み、自身の胸にそれを寄せた。
小さな掌と、刻まれたギアスの紋章が重なり、そして輝く。
「悔いのない選択をする事だ。君の先代……
ああ、でも。
と黒髪の少女は続けた。
「守護者……いや、枢木くんを選んだことだけは、失敗じゃなかったけどね」
永劫の時を生きたもう1人の魔女は、微笑みながら消えていった。