どうぞ
兄上と姉上が暮らしているというクラブハウスにルーベンと共に向かっている。
この学園に二人が居る、もうすぐ会える。兄上と姉上に再会するという私の悲願がようやく叶うというのに、なぜか少し怖い。二人は私の事を憶えているのだろうか。私という存在は二人にとって重荷になるのではないか。そんな思考が脳内を駆け回る。
「…本当にこの学園は広いですね、流石はトウキョウ租界で一番のマンモス校です。」
恐怖心を紛らわす様に私はポツリと呟く。
「エリア11で唯一の中高大一貫校ですからなぁ。ここまで大きくなるなんて始めは想像もしていなかったです。」
私の数少ない自慢です。とどこか誇らしそうにルーベンは胸を張る。
「さ、着きましたぞ。ここがクラブハウスです。」
アッシュフォード学園の学生会館。パーティーやイベント事に使われるらしいが、イベントが無い限りは一般生徒は基本的に出入りしないらしい。宿泊施設も整ってあり、生活する分には申し分ないとのこと。
「本当に…兄上と姉上が……ここに………」
走った訳でも無いのに息遣いが荒くなる、勝手に手と脚が震える。再会したらまず何て声を掛けるべきか、どのような表情をするべきか。そんなことばかりを考えてしまう。頭が上手く働かない。
「お三方の再会に私が同席するのは野暮ですな。ここで失礼させていただきます。」
ルーベンはそう言い残し、この場を去った。
「はい…案内、ありがとう、ございます……」
自分でも驚く程か細い声が出た。きっとルーベンの耳に届いてないだろう。いや、今はそんなことどうでもいい。
クラブハウスの扉の前、私は深く深呼吸をし、扉の取っ手に手を掛ける。
「ごちゃごちゃ考えても仕方がない…行こう。」
自分自身の臆病な心に鞭を打ち、私はクラブハウスに足を踏み入れた。
◇◇◇
クラブハウス内の広々とした廊下を進んで行くと、開けた部屋に行きついた。リビングだろうか。品のあるテーブルとイス、テレビやラジオ…といった生活家具が目に付いた。
足が悪い姉上の為だろう、家具は最低限しか配置されておらず、広々とした空間が確保されている。
「本当にここで暮らしているんだ……」
話だけではいまいち実感が湧かなかったが、実際に生活感のある風景を目にすると改めて此処に住んでいるという事実を認識させられる。
「ナナリー?咲世子さん?」
「!!!!」
不意に後ろから聞こえた男性の声にハッとなり、声の主の方へ勢いよく振り向く。
「帰ったの、か……?」
まっすぐな黒い髪に紫色の瞳、10人すれ違えば10人が振り返るであろう整った顔立ち。そんな少年が目を丸くさせながら私の方をじっと見ている。
ああ、間違いない。この人が私の……
「―――
無意識に私はそう呟いた。
◇◇◇
最後にこの目でアルカを見たのは本国に居た頃、俺が父…いや、あの男に日本に渡れと言い渡される少し前、ナナリーの病室でだ。
ナナリーが横たわるベットのシーツを握りしめ、ただ、ただ彼女は涙を流しながら、弱々しい声でナナリーの事を呼んでいた。看護師によると一晩中その様子だったという。
目に隈を作り、嘆くことしか出来ないアルカに俺は声を掛けることすら出来なかった。
怖かったのだ。アルカに非難されるのが、なぜ守れなかった。と
今思えばあの時、臆する事無く声を掛けるべきだった。あの光景を最後に、アルカは俺達の前から姿を消したのだから。
日本へ渡る俺達を見送りに来た異母兄弟達にアルカの事を聞いても誰も所在を知らない様だった。
日本が敗戦し、ブリタニアの植民地となった後、俺達はアッシュフォード家に匿われ、姓を「ランペルージ」に変えた。皇族としての俺達は死んだのだ。
偽りの平穏を手に入れた俺がまず最初に行ったこと、それは、アルカ・ヴィ・ブリタニアの手掛かりを探すことだった。出来る限りの手は尽くしたが、調べてもそれらしい手掛かりは出てこない。結局、現在に至るまで何の成果も得られなかった。俺たちはただ、アルカと再会出来る事を祈りながら過ごすことしか出来なかった。
しかし、
「―――お兄ちゃん……」
そんな、彼女が。一切の行方が分からず、生死さえも不明だった、俺たちの妹が。
目の前に、居る。
ああ、間違える筈もない。
「――――アルカ……」
病室でナナリーを泣きながら呼び続けていたアルカ、俺の最後の記憶にある彼女より背も伸びているし、まだまだ幼い顔立ちではあるが成長を感じられる。…当然か、5年も経っているのだから。
陶器の様な白い肌、穢れを知らない淡いクリーム色の髪。俺やナナリーと同じ、アメジスト色の瞳。身内という事を差し引いても可憐であり、どこか神聖さすら感じる。将来、間違いなく、美人に成長するだろう。
そんな彼女は瞳に涙を貯め、あの時と同じように、弱々しく。
「あ…い、たかった…!」と呟いた。
いや、同じではないか。弱々しい声ではあるが、間違いなくその声には、歓喜が含まれているのだから。
俺は泣きじゃくるアルカを抱きしめる。
「…相変わらず、泣き虫だな………」
「人の事、言え…ない…でしょ……!」
気づけば俺も涙を流していた。
◇◇◇
「…美味しい……」
「特別な茶葉を取り寄せたものでな、お前に振る舞えて良かったよ。決して裕福とは言えない生活だが、
「昔から紅茶、好きだったもんね。」
「ああ、自然と心が落ち着くんだ。」
泣きじゃくっていたアルカを落ち着かせる為に、紅茶をいれた。本来はナナリーとのティータイムを楽しむために用意した物ではあるが、アルカもナナリーと同じく大事な妹だ。奮発しても構わないだろう。
……これは追加でまた、取り寄せる必要があるな。これからは3人で飲むことが出来るのだから。
「落ち着いたか?俺でそんなに泣いたんだ、ナナリーと再会した時はどうなるんだ?」
「もう泣かないもん。姉上との再会は、うーん、そうだな。
姉上、私です。アルカでございます。覚えてらっしゃいますか?
みたいな感じで冷静に大人っぽく語りかけて…泣きじゃくる姉上をこの胸で受け止める!」
アルカは「ヴィ」家の末の妹だ。いや皇族全体で見ても末端と言ってもいいだろう。その幼さ故、王位継承権は90位、最下位だ。
そうした背景もあるのかもしれない。成長した姿を見せ、認めてもらいたい。という気持ちが強いのだろう。我が妹ながら可愛らしいことだ。
「ふ…それにしてもお兄ちゃん、か。懐かしいな、散々コーネリアに矯正されていたが、結局直らなかったんだな。」
「いや、あれだけ言われてたんだよ?流石に直ったよ。さっきのは、うん、感極まって…」
普段はそんなこと無い、たまたまだ。とアルカは主張する。まぁ確かに、こうして話しているとナナリーの事を姉上と呼んでいる。本人としてもお兄ちゃん、お姉ちゃん呼びには多少の恥ずかしさを感じているのだろう。それがわからない
分かっていても、ついつい意地悪をしたくなってしまう。
アルカはナナリーとは違い、快活な性格で、表情が豊かだ。ユーフェミア寄りの性格、というべきだろうか。それは今も健在らしい。
つまりは、弄り甲斐がある。
「ともかく!私は昔のままの、泣き虫のアルカでは無く!立派に成長したというのを姉上に……」
唐突に乾いた電子音が部屋に響いた。音が鳴った扉の方へ眼を向けると、メイド服を着た黒髪の女性と、車椅子に乗った栗色のウェーブがかった髪の可憐な少女が居た。咲世子さんとナナリーが散歩から帰ってきたのだ。
「ルルーシュ様、ただいま戻りました。」
「今帰りました、お兄様。…あら……?紅茶の匂い…お客様ですか?」
「ああ、おかえり、ナナリー。実は……「お姉ちゃん!!!」
俺の言葉を遮り、アルカはナナリーの元へ駆け寄る。ナナリーの前で床に膝をついた、かと思うとそのままナナリーの太ももへ顔を埋め、また泣き始めた。
目の見えないナナリーは状況が呑み込めず困惑している様子だったが、自身にしがみつきながら泣いている存在を確かめるかの様にアルカの頭に手を伸ばし、「あ…」と小さい声を漏らした
「…そんな、もしかして…アルカ………なのですか??」
ナナリーが名を口にした途端、アルカはさらに泣いた。
「やれやれ…言ってた事とやってる事、逆じゃないか?」
◇◇◇
「…取り乱した………」
目を充血させたまま、アルカは本日三度目の紅茶を口にする。
「…さっきもこの光景を見た気がするな。」
「五月蠅い、兄上。」
意地悪が過ぎたのか拗ねてしまった。
「泣きじゃくる姉上を私が抱きしめる筈だったのに……」
「ふふ、逆でしたね。可愛かったですよ、アルカ。」
「むぅ…」
また泣いてしまったアルカを落ち着かせる為、再び紅茶をいれた。
俺もそうだが、アルカも大概、紅茶が好きだ。
「…落ち着いた事だし、いいか?アルカ、俺達と別れた後の事を聞いても……」
アルカは先程とは打って変わって、神妙な表情となり、ポツリポツリと話始めた。
◇◇◇
「そうか、その
ギアスの事、カレンが所属するレジスタンスの事は伏せ、二人に私の大まかな経緯を話した。死んだことになっているとはいえ、まだまだ平穏とは言い難い兄上と姉上の環境に、ギアスや物騒な組織を持ち込む訳にはいかない。
「しかし、ブリタニアに……」
「うん、捕まった。私を逃がす為に。」
「………」
「………」
不安を隠し切れない、といった様子で二人は私を見つめる。おそらく私が心配なのだろう。恩人の為に自身の身を切るのではないか、と。
「心配しないで。折角二人と再会出来たんだもの。これ以上は望まないよ。それにブリタニアに捕まったってことは、もう……」
「生存は絶望的……仮に生きていたとしても取り戻す手段も力も無い…」
「お兄様!!」
咎める様に姉上は声をあげた
「いや、いいの、姉上。わかっているから…。これからは兄上と姉上、
そう、私は3人の平和の為に行動を起こさなければならない。そこに兄上と姉上を巻き込む必要は無い。私だけでやってやる。何年かかろうとも。
「そうか……。」
静寂が部屋を支配する。重たい空気を振り払う様に、兄上は話題を変えた。
「今はシュタットフェルト…だったか?そこの家に寝泊まりしているんだろう?そいつには連絡したのか?」
「あ…」
まずい、カレンに連絡するの忘れてた。あれから何時間経ったのだろう。もう日も傾いてきている。
「色々、報告しないとだし、お礼しなきゃだし、私の荷物も向こうだし……」
今後の活動とか、相談しないと……
「と、取り敢えずカレンの所へ行ってくる!夜ご飯までには!帰るから!!」
まずは電話しないと…私は校内にあるという電話を探す為、クラブハウスを飛び出した。
「慌ただしいな…。」
「ええ、昔と変わらず…」
慌ただしいのは違い無いが、心地良さと懐かしさを感じる。
「今日の夜ご飯は豪勢にいこう、咲世子さんに頼まないとな」
「ふふ、楽しみです。」
きっとナナリーも同じ気持ちだろう。
◇◇◇
「んで。運良くアッシュフォード学園の生徒だったあんたの兄と姉にあの後そのまま、再会したと…」
うんうん、と綺麗な髪を揺らしながらアルカは頷く。
「足の悪い姉は寮での生活は困難。理事長の計らいで、ルルーシュとナナリー…だっけ?二人は特別にクラブハウスに住まわせてもらっている……」
全寮制である筈のアッシュフォードで寮に入っていない
私は病弱設定で通っているので特例の通いだ。
「そこにあんたも一緒に住むつもり…と」
そうなんです。と嬉しそうに目の前の少女は頷く。畜生、可愛い。
「まぁ、理事長からの許可は貰って無いのだけど。問題無いだろうって兄上が。」
「レジスタンスはどうするの?」
「勿論活動するよ、カレンと同じ二重生活」
「意外と辛いわよ……」
「わかってるけど………折角肉親と再会したんだもん一緒に居たい…」
それはそうだろう、誰だってそうだ。私だってお兄ちゃんが生きていれば同じことを望むだろう。
「別に止めはしないわよ、家族とは一緒に居るべき。」
「…何から何までありがとう、私の我がままを聞いてくれて。」
「ただし、時々泊りに来なさい」
ぽかん…とした表情でアルカは私を見つめる
「レジスタンスの活動もお互いしやすくなるし、それに、あんたが家にいると…その、えーっと、、、たの…しいし……」
私の言葉はを聞きアルカはにたぁと笑みを作った
「ふふ、カレンって素直じゃないよね。もちろん遊びに行くよ、せっかく出来た友達なんだし」
「はいはい…どうせ私はひねくれてますよっと。んで、あんたの荷物は……」
「そのまま預かって貰っててもいい?中身殆ど普段の生活に必要無いものだから…銃とかナイフとか…」
なんていう物を持ち歩いているんだ、この幼女は。まぁ今までの生活を考えると仕方がないが。
「あ、でも黒いパーカー。あれだけは持っていく。」
ああ、アルカが寝るとき、毎回握りしめているやつか。
「あの所々縫ってある、オーバーサイズのやつ?欲しいならそれくらい買ってあげるわよ?」
「あれはお金じゃ買えないよ…
「…確かにそれは替えが効かないわね。わかったわ、それだけ取りに行きましょう。」
◇◇◇
翌日
アッシュフォード学園 クラブハウス アルカの部屋
「もうお昼…か……」
寝すぎてしまった。疲れていたのだろう。
それもそうだ。昨日カレンと別れた後、クラブハウスに戻った私は兄上と姉上、3人で食事をし、そのまま夜が更けるまで話し込んでいたのだから。
…慌ただしい一日だった。たくさん泣いたし、たくさん笑った。
ここに
沈みがちになってしまう思考を振りほどく。その光景を実現させる為にこれから行動を起こすのだろう、弱気になるな。
深呼吸をし、部屋を見渡す。
兄上に案内された部屋だ。私の部屋らしい。今まで誰も住んでいなかったというこの部屋は、不自然な程に綺麗で、家具が揃っている。
ダブルサイズの大きいソファ、テレビと本棚、パソコン。
本国に居た時ほど、という訳では無いが、一人で使うには十分すぎる程広い。二人で使っても狭苦しくはならないだろう。今まで誰かとずっと一緒に過ごしてきた私からすると、広すぎて寂しさを感じてしまう。
後から知ることになるが、私といつ再会しても良い様にと、兄上は掃除を欠かさなかったそうだ。家具が揃っているのもそうした思いから、だという。
「兄上も起こしてくれればいいのに。…ふわぁ………」
昨日が慌ただしかった影響なのか、中々動く気が起きず、ついつい欠伸をしてしまう。元々寝起きが良い方では無いけど…
「まぁ、気を使ってくれたのかな…」
なんて考えていると、廊下からドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
ん?誰だろう?兄上…な訳無いだろう、立ち振る舞いが基本的に上品な兄上はそんな事しないはず…。姉上な訳でも無い。
昨日兄上と姉上と一緒に居たメイドの人…咲世子さんだろうか……。うーんでもそんな慌ただしい人には見えなかった。彼女はおしとやかな女性…ていう印象だ。
「実は私、音を立てずに走ることが出来るんですよ、ふふ」とよくわからない事も言っていたし…
うーん、うーんと頭を悩ませていると、足音がピタリと止んだ。丁度私の部屋の前くらいで。
そして部屋の扉の電子ロックが何故か勝手に解除され、扉が開いたと思ったら、見るからに快活な金髪の女性が勢い良く、部屋の中に入ってきた。
「ルルーシュとナナちゃんの可愛い可愛い妹ちゃんは、ここかにゃぁーーーん!!!」
今日も慌ただしい一日になりそうだ。
接する人によって立ち振る舞い変わる人って少なからずいますよね。
積極的になったり受け身になったり。
原作での言葉を借りるなら仮面を被って本心を表に見せない、ということですかね
アルカはその部分の切り替えが露骨というか、かなりギャップがある性格です。(つもり)
身内には甘々、敵には苛烈。身近な人以外には興味が無い。必要とあらば平気な顔して嘘を付く。その辺りを意識して執筆しています(つもり)
ルルーシュや、小説版ナナリーにも強く見られた傾向ですね。
一部の人だけにしか心を許さないキャラ……いいよね………。