有り得ない。
と誰かが言った。
そう、有り得ない。
あの少女が、玉座に座る事は決して。
アルカ・ヴィ・ブリタニアは皇族の中でも末端も末端。
他に何人、皇族が居ると思っているのだ。他に何人、先立つ兄妹達が居ると思っているのだ。
既に軍人として、為政者として、成果を挙げている者も居ると言うのに。
今まで何もしてこなかった……国にすら居なかった末妹が、皇帝だと?
いや、そもそも………
「生きていた……?」
ギネヴィアは知っている。いや、彼女だけでない。オデュッセウスも、カリーヌも。この場に居る皇族、主要貴族全員が知っている。
彼女、アルカ・ヴィ・ブリタニアは、マリアンヌを追う様に殺された、と。
「そうです、お姉様。地獄の底から舞い戻ってきました」
死んだとされた少女は穏やかな笑みを浮かべ、またも雄弁と語る。
気に喰わない。
チラリ、とある女性の面影が重なった。
庶民の出でありながらラウンズまで上り詰め、あまつさえ皇帝の側近として迎え入れられたあの女。
マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの顔がチラつくのだ。
「う、嬉しいよ、アルカ。生きていたなんて。しかし…少々悪戯が過ぎるんじゃないか? そこはお父様の───」
「相変わらず何も見えて無いようですね。お兄様」
これではシュナイゼルの陰に隠れるのも当然です。
そう、玉座の少女は嘲笑う様に自身の
「先代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは私が殺した。よって、次の皇帝には私がなる。─────弱肉強食はこの国の国是でしょう?」
今度こそ宮殿は困惑に包まれた。
呆然とするもの、怒りを表すもの、恐怖を感じるもの。反応は様々であるが、誰一人として彼女の即位に賛同するものなど居ない。
しかしそんな様すら娯楽映画だと言う様に、相も変わらず彼女の顔には笑顔が張り付いていた。
「あの痴れ者を排除しなさい! 皇帝陛下を
混沌としたこの場で、一早く平静を取り戻したのは第一皇女、ギネヴィアだった。
いきなり皇帝を名乗る少女よりも、既存の皇女に従うの極自然の事。衛兵達は玉座の少女にその切っ先を向け、始末しようと試みる。
────しかし、その刃が少女の首に届く事は無かった。
「おっと、オイタが過ぎるな? 皇帝の御前だぞ?」
槍の切っ先が切り落とされていたからだ。
零れた刃はカランと虚しく音を立て、剣を携えた
「皇帝陛下への無礼を、見逃す訳にはいかない」
そしてもう1人。
少女の盾となる様に立ち塞がる茶髪の青年。
「紹介しましょう。私の騎士、ノネット・エニアグラム卿。そして枢木スザク卿。彼らには新しきラウンズとして、それぞれナイトオブワン、
さらに宮殿内の困惑は増していく。
かつて先代皇帝に忠誠を誓った円卓の騎士達が、今では皇帝を自称する少女の前で跪いてる。
温厚で有名なオデュッセウスですら、その異常さに僅かに身震いを覚えた。
「そして───もう1人」
しかし、少女は淡々と告げる。
既に決定事項だと。お前達に拒否権は無いのだと言う様に。
そう、元より関係無いのだ。
第一皇女が反発しようと、第一皇子が危機感を覚えようと、この場に居る誰一人として賛同していなくても、玉座の少女には関係無い。
「次期、帝国宰相を紹介します」
コツコツと、ブーツの踵を地に鳴らしながら、その眼帯の男は現れた。
どこまでも黒かった。艶やかな髪も、身に纏う服も。
死神を彷彿とさせるその男の存在も少女と同じ様に異質だった。
かつてユーロ・ブリタニアで指揮を執った軍師。パリへの侵攻に多大なる貢献をした後、死んだ筈の男。
「
彼もまた、皇帝の元に跪き、頭を垂れる。
「……あ、アルカ……君はこんな事をして──」
危機感を覚えつつも、オデュッセウスは対話を試みた。一切理解は出来ないし、策も何もない。しかし彼は自身の知る妹だと信じて語り掛けた。
これが現代で無ければ、平和な世の中であれば、平凡ではあるものの彼は良い統治者となったかもしれない。
「いや、そもそも。先程の仮面は一体………?」
聞きたい事は沢山ある。
皇帝殺し、次期皇帝の座、離反した2人のラウンズ………。
しかし、まず第一に解消すべきはあのテロリストと同一の仮面。
親族殺しは…まぁ悲しい事だが皇族・貴族ではよくある事だ。
あと2つに関しても、力を持ち過ぎた皇族や騎士達が過去に起こした事例がある。
どちらも歴史としては一般的に知り渡っている事柄も多いし、今起きたとしてこの国の根幹が揺れる事は無い。
だけど、あの仮面だけはダメだ。
皇……つまりイレヴン達にとっての皇族の様なもの。
その一族の1人である少女が、ゼロに付き従いテロ活動を行っていたのは周知の事実。
そんなテロリストの仮面を、アルカは身に着けてここに現れた。
そしてよりにもよって、皇族である自分達の事を兄、姉と呼んだ。
その意味が分からない程、オデュッセウスは間抜けでは無い。
だから彼女に否定して欲しくて彼は問うた。
自分が討ち取り、その戦利品だと、高らかに掲げて欲しかった。そんな淡い展開を、望んでいた。
「皇アルカ。そう、私のものです」
「は?」
しかし、そんなオデュッセウスの希望もあっさりと吐き捨てられる。
「まぁどちらでも、好きな方で呼んでください」
少女は静かに立ち上がる。
体躯は大きくない。その手足も簡単に手折れてしまいそうなほど細く、肌は人形の如く白い。
しかしそんな可憐とも言える外観にも関わらず──いや、だからこそ彼らは目を離せなかった。
「いずれにせよ、お前達の王の名である事に変わり無いですから」
その唇から紡がれる言葉から。
その毒々しく輝く
「私が望むのはただ1つ───忠誠を」
鈴の様な声音が、聖少女の様な可憐な声が響いた。
それがさも合図かの様に、先程までざわめきに包まれていた宮殿内は静まり返る。
「イエス・ユア・マジェスティ」
沈黙を破ったのは他でも無いオデュッセウスだった。
焦燥と困惑に駆られていた筈の彼の顔は何処までも穏やかであり、丁寧な所作で膝を付く。
そしてそれに連なる様にギネヴィア、カリーヌ。次第に宮殿に集まった全員がアルカを前に頭を垂れた。
「「「オール・ハイル・アルカ! オール・ハイル・アルカ! 」オール・ハイル───!」」
まさに讃美歌の如き響き。
宮殿内を震わす、新たな皇帝の誕生を称える歌は、いつまでも続いた。
▼
「ハッハッハ!」
男は笑っていた。いつになく上機嫌に、心の底から楽しそうに。
例え肉親がギアスによって歪められていても、例え母国が奪われようと、彼は楽しそうだった。
元々、この男にとってブリタニアという国は、世界の1/3を統べる国すら、ちっぽけに見えていた。
だから今更、国を1つ取られた位で、焦る様な事は無い。
相手が動けば、こちらも合わせて動けばいいだけ。
いや寧ろ、先に手の内を晒してくれるのならば、この後の展開も予測しやすいというもの。
「ありがとう、ルルーシュ。いや、ジュリアス・キングスレイと言うべきかな? 表に出てきてくれたお陰で、動きやすくなる」
だから男は…シュナイゼル・エル・ブリタニアは感謝を述べた。
勿論、皮肉ではあるが。
「殿下…お言葉ですが……相手は、皇アルカ……新皇帝の方では?」
そんなシュナイゼルに水を差す様に、黒の騎士団を離れた男、ディートハルトは疑問を投げる。
「アルカは差し当っての問題では無いよ。彼女は賢いけど…、人の上に立つ様なタイプでは無いだろう?」
シュナイゼルにとってのアルカ・ヴィ・ブリタニアは武人……要するにコーネリアやラウンズの様な戦場でこそ真価を発揮するタイプだ。
勿論、全く向いていないとは思っていない。親が親だし、何よりルルーシュの妹なのだから。
しかし、圧倒的に経験が足りなさすぎる。
帝国から離れなければ、その才能も開花したかもしれないが、所詮、彼女は帝国の捨て子。外の世界で学べる事など、たかが知れている。
仮にアルカがルルーシュと同じタイプならば、皇神楽耶を蹴落として当主に成り代わり、日本の実権を握っていただろう。
「勿論、戦場では会いたくないがね」
「しかしその心配も無いのでは? 彼女は皇帝。戦場を駆ける役割は……」
「ふむ、さぁ。どうかな。僕にはアルカがクイーンで、ルルーシュがキングに見えるけどね」
暗にシュナイゼルはこう言いたいのだ。
アルカは形だけの皇帝であり、その裏で糸を引いているのはルルーシュ。アルカの即位も、自分自身を宰相にしたのも、全て意味があってのこと。
シュナイゼルはそう考えている。
「仮に、ルルーシュが手を打っていると仮定しよう。向こうの戦力は枢木卿、エニアグラム卿、それとアルカ。もしかしたらオレンジくんも一緒かな?」
エニアグラム。その名前を聞いたコーネリアの顔が曇る。
「強大ではあるが、旧ラウンズが離反している以上、使える戦力は少ない。きっと暫くは、各地で起きる反発の制圧で忙しいだろう。僕らはその間に───カノン」
「はい。トロム機関から……既に完成していると…」
「うん、じゃあ試運転だ。まずは帝都ペンドラゴンへ。あぁ、気付かれない様に慎重にね」
「兄上!」
咎める様なコーネリアの声に対し、シュナイゼルは穏やかな微笑みを返す。
「まだ打たないさ。国はルルーシュ達にあげようじゃないか。しかし」
その先の世界を獲るのは、彼らのギアスか、それとも─────。
シュナイゼル・エル・ブリタニアは好戦的な笑みを浮かべた。