ローゼンクロイツ家。
その家名が知れ渡ったたのは遥か昔の事。
それこそ、98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが皇帝となるずっと前からブリタニア皇族に仕え、主要貴族として時には政治にも携わってきた。
シャルル皇帝の即位時に起きた反乱……血の紋章事件の際も反対派皇族を一斉に炙り出した功績もあり、特にここ数十年の成長は目を見張るものがあった。
それこそ、皇族との縁談が持ち込まれるほどには。
遥か彼方の祖先からずっと、皇族に仕える事に誇りを持ち、血統を守ってきた。
それが今はどうした?
まるで自分達の歴史がゴミだと言わんばかりに、悉くを破壊されている。
「──────」
美しかった庭園の花々は無骨なナイトメアに踏み潰され、生まれ育った家は最早瓦礫と呼ぶに相応しかった。
「ふ、ふざけるな───」
どれだけの時の積み重ねがあったと思っている。一体どれだけ、この国に貢献してきたと思っている。
憎い。憎い。憎い。
玉座にふんぞり返るあの少女が。脳裏にチラつくあの皇帝の微笑みが、見下した瞳が、ただただ憎い。
元々、アルカ・ヴィ・ブリタニアとかいう死にぞこないの皇女など、認めてはいなかった。
今に限った話では無く、アイツがアリエスの離宮に居た時からずっと。
皆、同じ気持ちだった。
だからこうして一斉蜂起を起こした───結果がこれだ。
何の前触れも無かった。
あの皇帝は何の前触れも無く、唐突にあの男を送り、我が神聖な領地を火の海と変えた。
「ご機嫌如何かな? ローゼンクロイツ伯爵……ああ、失礼。
黒髪の隙間から垣間見える、アメジストの瞳が挑発的に細まる。
ジュリアス・キングスレイが。
「貴様ら…こんな事をして……。ただでは済まないぞ!」
「ふっ。おかしなことを言う。一体貴方に何が出来る? 特権に寄生するだけしか芸の無い一族の貴方が」
主要貴族などと名ばかりだろう。とジュリアスは言った。
先代皇帝は良くも悪くも、足元の貴族達に無関心だった。彼にとって、ブリタニアがより強大になったという結果こそが大事だったのだから。
だから特権に縋り、裏で悪事を働く貴族が多く蔓延った。
このローゼンクロイツの様に。
「そもそも、過去、シャルルに取り入れたのも裏切りがあっての事だろう」
「!」
「シャルル派に戦況が傾いたから鞍替えしただけの事……。そんな奴ら、手元に置く必要が何処にある?」
カチャリと冷たい鉄の感触が彼の恐怖心を掻き立てた。
ジュリアスが連れている神官の様な風貌の部下が、その手に持つライフルを彼の額に押し付けているのだ。
「ま、待て───!」
パン、と音が響く。
きっとまだ意識があったなら、あれやこれやと思っても無い言葉を並べていただろう。
「キングスレイ卿」
「何だ」
すっかり静かになった男の傍ら、部下からの報告がジュリアスの耳を打つ。
「────そうか。なら後は任せる。滞り無く行え、更地にせよと陛下からの御命令だ」
「イエス、マイロード」
ジュリアスは身を翻し、乗ってきた飛空艇へ歩を進める。
先程までの無感情な顔付きとは打って変わって、呆れ半分、嬉しさ半分といった複雑な表情で。
「……全く、過保護なやつだな」
その呟きは、船内で待機していた茶髪の青年の耳にしっかりと届いていた。
▼
ブリタニア国内は真っ二つに割れていた。
新皇帝を支持する者とそうでない者。
決まって前者は庶民やナンバーズで、後者は貴族だった。
皇帝、アルカ・ヴィ・ブリタニアの振る舞いはそれほどまでに苛烈なのだ。
ブリタニアの国是、世界の1/3を統べる強国である由縁、不平等を良しとするその文化を悉く破壊しているのだから。
貴族階級の廃止、財閥の解体、ナンバーズの解放………。古き文化、過去の栄光などは全て真向から切り捨て、まるで自分が新たな世界を創ると言わんばかりに。
反発する者は全て力で抑えつけ、無理矢理にでも推し進めるその姿勢に対し、あまりにも先が見えず、超合衆国も手をこまねいている始末。
つまり、今の世界にこの皇帝を止めるものは存在しない。
「私の元へ、下りたいと?」
「は、はい。仰る通りです…皇帝陛下」
玉座の前で跪く男が居た。
身なりは上々、容姿はそこそこ。
時代が時代ならば女性には困らなそうな、そんな男だった。
そんな彼はその上物のスーツに皺を作りながら、皇帝の様子を伺っていた。
体躯に不相応な玉座に座る皇帝は、それこそ人形に見間違える程だ。
色白い肌と感情の無い瞳、整った容姿がますますそれを助長させていた。
しかし、だからこそ恐ろしい。
彼女はその透き通った声でブリタニアという国を破壊し、蹂躙しているのだから。
それも顔色1つ変えずに、悪びれる様子すら見せず。
「ふぅん、それで?」
喰い付いた。と男は内心で笑みを作った。
ある程度の自信はあったが、皇帝の僅かに上がった口角を見て、それは確信へと変わった。
彼の家はKMFの台頭に乗じて成り上がった、比較的歴史の浅い貴族であった。ナイトメア用の武装を主に製造するを生業としている言わば武器商人の様な役割を担っていた。
だから男にとってKMFは専売特許であったし、皇帝がかの【閃光】の娘と聞き及んでからは、謁見する機会を伺っていた。
────閃光の娘とあれば、KMFの話題にも喰い付く筈だ、と。
実際、新体制になってからと言うもの、以前にも増してKMFの配備が進んでいた。
これは単純にシュナイゼルを主とした反皇帝派の離反に際する戦力の穴埋めだけでなく、皇帝自身が戦事に関心があると、そう男は考えたのだ。
だから、ただ呑気に特権に縋っていた貴族達とは違い、勤勉に武器を作り続けてきた自分達ならもしかして───そう、淡い希望を抱いてここに来た。
男の売り込み文句はこうだ。
来るシュナイゼルとの直接対決に向けて進めている軍の配備を手助けする、と。
「一部武装の製造を貴方に託せ、と?」
はい。と男は答えた。
製造ラインを絞れば効率は上がる。
極簡単な話だ。
「見返りに何を求める?」
何も。ただただ、陛下の世の安寧を。
「────へぇ」
勝った。と男は確かな手ごたえを感じた。
件の皇帝は、そのアメジスト色の瞳を興味深そうに細め、こちらに笑みを向けている。
完全に読み通りだった。
皇帝とは言えまだまだ子ども。反発するのではなく、相手に寄り添い、持ち上げ、少しでもいい気分にすれば必ず隙は生まれる。
そう、思っていた───。
「舌先三寸*1とはこの事ね。まぁ、ジョークとしては面白いわ」
しかし続いた言葉は表情とは裏腹に、冷たく突き放したもの。
これには男も困惑を示す。
だから思わず食い気味に返してしまった。
私は嘘なんて吐いて無い、と。
「あら、流石に詳しいですね。
最初、皇帝が何を言っているのか分からなかった。
しかし、彼女はその困惑している様子すらも楽しむ様に、薄い笑みを浮かべている。
「武器の製造なんて頼む訳ないでしょう? 中華連邦の錻力…なんて言いましたっけ……嗚呼、鋼髏。サザーランドにも劣るガラクタが付けている物と同じのを使えって? 貴方が横流ししているお友達なら喜ぶかもね。でもそれと同列に見られるのは心外」
顔がみるみる青くなっていくのが自分でも分かった。
バレている。
「裏でコソコソと中華連邦に武器を横流しして私服を肥やしてた売国奴に居場所はあると思っていて?」
無知だと、侮っていた。
だってこの皇帝は、つい先日まで本国に居なかったと聞いていたから。
この数年で成り上がった貴族の生業も、その裏でしていた事も、把握しているとは思っていなかった。
「ノネット、私は武器商人が来ると聞いていたのですが? これじゃあ良くて道化です」
皇帝は溜息を吐きながら、横に控える騎士、ノネット・エニアグラムへ愚痴を零す。
「申し訳ありません。この男が是非に、と。陛下の軍に勝るとも劣らない物を用意すると息巻いていたモノですから」
紫色のマントを羽織った女騎士は淡々と言う。
違う、そんな事は言っていない。
自分はただ、本当にちょっとでも皇帝と手助けになればと思って提案しに来ただけだ。
配下に加われば、気に入って貰えれば、命は助けてもらえると、そう思って。
しかし、口は動かなかった。
皇帝の冷たい瞳が、こちらを見つめていたから。
有無を言わさぬ重圧が、この身体を拘束している。
「つまり、私の軍は貴方のガラクタを使うのに相応しい、と? ────不敬極まりない」
突如、男はその頭を地面に押し付けられた。
いつの間にか後ろに回っていた男が取り押さえたのだ。
恐ろしい。
ここで男は、今まで感じた事のない恐怖を憶えた。
先代皇帝には威厳があった。皇帝たる威厳、覇者たる威厳、勝者たる威厳。
そんな絶対性があったから、寧ろ分かりやすかった。超えてはいけない線引きが、踏み込んではいけない領域が。
しかし、この皇帝にはそんなものは無い。
気まぐれの様で論理的、論理的の様で気まぐれ。まるでこちらの命を、人生を持て余す悪魔の様。
最初から、全てお見通しならば、何も言わずに初手で殺せば済む話なのだ。
いやそもそも、謁見の場を設ける必要は無かった。
あたかも、自分自身に恐怖するその反応が見たかったと言わんばかり。
「その耳障りな舌、三寸ほど切ってしまいましょうか。それでもまだ喋る元気があるのなら、またお話を聞いてあげましょう。まぁ最も、生きていたらの話ですが」
男が見た最後の光景は、それはもう美しい少女の顔だった。
▼
逃げる様にコックピットに逃げ込んだ。
操縦桿を握れば、シュミレーターに没頭すれば、モヤモヤが晴れると思ったから。
しかし、それは全くって言っていいほど逆効果だった。
「────アルカ」
操縦桿にぶら下がるお守りがチラつく。
1年前…体感的にはもっと遠い昔の様にも感じるが……とにかく1年前に、彼女から貰ったモノ。
ずっと一緒に戦ってきた仲間だった。時には家族だとすら思っていた。
共通の敵を持ち、途中からは共通の秘密も持ち、支え合っていた。少なくとも、私はそういう気持ちで居た。
中華連邦でブリタニアに捕らえられ、騎士団を離れた時は毎日毎日、彼女の事を思わない日は無かった。
「────アルカ」
そして念願の戦線復帰。
ブリタニアから逃れ、騎士団のエースとして再び舞った戻った時には、アルカは居なかった。居たのは彼女の半身であるKMFの無窮だけ。見るも無残な、最早修理など不可能なレベルでボロボロとなった蒼い残骸。
死んだ。
縁起でも無い事を考えてしまっていた。口では生きていると言いながら、頭の何処かで諦めていた自分が居た。
だけど、彼女は生きていた。
生きて、また私の前に現れた。
───しかし、その彼女は全くの別人の様だった。
「──アルカっ!!」
世界を冷めた瞳で映し、その声音は何処か見下していて、張り付いた笑みは人形の様だった。
誰だ、あれは一体誰だ。
アルカの瞳には折れない意思があった。アルカの声音は想いやりがあった。アルカの笑みは温かく人間らしかった。
あの不釣り合いな玉座に座る彼女を、私は知らない。
「…どう、して………」
今の超合衆国は新皇帝である彼女をどうするかで揺れている最中。
一見、振る舞いを見れば悪としてきたブリタニアそのものを破壊しているのだ。彼女を支持する声も出始めている。
彼女の事をあまり知らない人達が、彼女の存在は善か悪か、そう判断しているというのに。
最も彼女の近くに居た筈の私は、何も判断が出来無い。
一言、言って欲しかった。
言ってくれれば、私は自信を持って判断出来たかもしれないのに。
あの場に居るルルーシュとスザクが羨ましい。妬ましくさえ思う。
共に戦ってきた時間は……私の方が長いのに。
「アルカにとって、私は何なの?」
握り占めたお守りは何も答えてはくれない。