これはあくまでも旧体制での話だが。
ナイトオブラウンズには数字の順番はあれど、それに序列は無い。
あくまでも皇帝の元に集った円卓に座る騎士達の席次であり、それ以上もそれ以下も無い。
だからラウンズは皆、平等な立場の元で公務にあたっていた。
しかし、これはあくまでもナイトオブワンを除いての話。
ラウンズの中でも唯一、ナイトオブワンだけはその意味合いが変わってくる。
皇帝直属の騎士であるラウンズの中でも、より上の立場…つまり実質的な右腕であるナイトオブワンは、事実上の騎士団長としての役割を有していた。
また、それに合わせて他のラウンズに無い特権を有しており、その中でも最大の物が【エリアの統治】。つまりブリタニアが有する植民地エリアの内、好きなエリア1つを自分の物に出来る。
本来は皇族、またはそれらに選定された主要貴族のみが有する特権を、騎士である身ながら有していたのだ。
実際、元ナイトオブセブン:枢木スザクはその特権を利用してエリア11を統治しようとしていた。
力さえ認められればナイトオブラウンズは、ナンバーズ出身であるスザクにとって最上位の地位であり、内部から変えるという彼の抱いていた願いに実に沿っていたものである。
皇帝:アルカ・ヴィ・ブリタニアの手によってナンバーズ制度が撤廃された今、ナイトオブワンの特権は無効となり、既存の該当エリアも解放された筈だった。
しかし─────。
元ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインが治めるエリアはその限りでは無かった。
各地にある植民地エリアの中で、エリア1は属領になってからの歴史が長く、既に反帝国派閥も淘汰されていた。立地も本国から程良く近く、資源も軍備も豊。衛星エリア*1の見本と言っても過言では無く、そこに住まうナンバーズ達もブリタニアの支配を甘んじて受け入れていた。
それには単に時間的な問題以外にも、このエリアの長、ビスマルク・ヴァルトシュタインが優れた統治者である事が起因している。
ビスマルク・ヴァルトシュタインを一言で表すのなら高潔な騎士だった。
自らが統治者である自覚と、常に規範有れと己を律する事で、エリアに住まう国民や部下達に常にその背中を見せて来た。
この国の国是であり、故シャルルが良しとしていた弱肉強食の風土を良い方面で体現したいた男とも言える。
彼の意識にブリタニア人、ナンバーズの偏見は無く、あるのは強者か、それとも弱者か。強者であればそれ相応の評価を下し、弱者ならそれは守るべき対象であった。
だからエリア1に住まう人々は、実力があれば誰でも平等に活躍出来るチャンスがあるし、仮に何があってもビスマルクが守ってくれる。
そんな安心感と共に生活していたのだ。
最も、彼が第一にしていたのは皇帝シャルル・ジ・ブリタニアへの忠誠であり、彼がエリアを焼けと言えば迷わずそうするのだが、結果的にはビスマルクは良い統治者としてその名を轟かせた。
また本国に近いのもあって、軍備が整っていたり、主要な国家機関が集約されていたりと、ブリタニア全体にとってみてもエリア1は模範的なエリアとして扱われていた。
だ
即ち、エリア1は旧皇帝の支配体制の象徴であり、大国となったブリタニアの全て。強者である証明の様な場所。
逆に言えば、ここが陥落すれば、即ち完全なるブリタニアの崩壊を意味する。
だから彼は新皇帝体制になった後も手放さず、ここに居続けた。
ナンバーズの解放もしない、エリアも明け渡さない。
私は新皇帝を認めない。とでも言う様にビスマルクは崩れかけの玉座に座り続けた。
「ヴァルトシュタイン卿!」
広大なエリア1を一望できる政庁、その管制室。
監視役の部下が声を荒げてビスマルクの名を呼んだ。
未だに旧ラウンズの、純白のマントを羽織った彼の名を。
「帝都ペンドラゴンより熱源反応! 数は一機!」
「ふむ」
アルカ・ヴィ・ブリタニアが即位してからというもの、彼は帝都を監視し続けていた。
必ず、このエリアを取りに来る。
そう、確信があった。
「境界に防衛ラインを敷け、地上部隊は狙撃のみ、航空戦力は全て出せ……戦艦もだ。決して市街地には入れるなよ」
「イエス、マイロード」
このエリアはブリタニアにとって非常に大きい役割を持つ。
それは新体制になっても…いや、新体制になったからこそだ。
現在、ブリタニアにおける主流の機体であるガレス。ガウェインの量産機であるそれは、その殆どをこのエリア1で製造している。
これは立地以前に、ガウェインを開発した研究チームがこのエリア1に居るからであり、ビスマルクが駆るギャラハッドもガウェインから派生した機体だからだ。
つまりこのエリアをアルカが手にすれば戦力は潤い、手に出来なければ……。
(反撃の機会はある、か)
ならば今はあの皇帝が放った刺客を────。
「そ、そんな………! 対象、第一次防衛ライン突破! 依然速度を落とさず…いえ、速度を上げて接近中!」
「───」
有り得ない。とビスマルクは思った。
本国からこのエリア1まで。距離的に近いとは言え、これ程の短時間でここまで接近する事など、既存の兵器では不可能だ。
それこそ、ミサイルの速度と同等のトリスタンですら、この時間では無理だろう。
ならば導かれる答えは1つ。
「……新型か」
・
・
・
その少女は嗤っていた。
それはもう美しい笑みを、天使と見間違えてしまう程の笑みを浮かべて軽やかに口を開いた。
「あら、少し早すぎたかしら。全然歓迎の準備が出来て無いじゃない」
向けられた銃口から弾が発射された頃には、もう少女の機体はそこには居ない。
その軌道を追おうと必死に目を動かしても、気づいた時にはもうすぐ後ろ。
ナイトメアは玩具の様に切り捨てられ、辛うじて翳めたとしても、その武器では掠り傷1つ付けられない。
「メインの会場はまだ先かな?」
その機体を駆る少女は三日月の様に口元を歪めた。
▼
その日、日常は崩壊した。
皇帝が変わったと言え、エリア統治者であるビスマルクが首を縦に振らなければこのエリアは変わらない。
そう信じるに足りる、実力と実績があの男、ビスマルク・ヴァルトシュタインにはあった。
それこそ、新しい皇帝となったアルカ・ヴィ・ブリタニアとなる少女よりも遥かに。
エリア1の住民にとって、このエリアの住民だという事自体が誇りだったのだ。
だから何の不安も無く、与えられた平和を享受するこのエリアで、何時も通りの生活をしていた。何時も通りに買い物をして、何時も通りにご飯を食べて、何時も通りにテレビを観る。
そんな時だった。
家のテレビが、街頭モニターが、ラジオが、至る所の情報発信源が、ブリタニア国営放送に切り替わったのだ。
それ即ち、新皇帝がまた何か動いたという意味で────。
『元エリア1にお住まいの皆様。私は神聖ブリタニア王国第99代唯一皇帝、アルカ・ヴィ・ブリタニアです』
声が聞こえた。
尊大で、横暴で、可憐な少女の声だった。
内容が内容で無ければ、思わず聞き惚れてしまう程の声。
『私は悲しい。世界は今、新たなステージに進んでいるのにも関わらず、未だにこの場は旧き時代に取り残されてしまっています』
そんな声が
『故に私自らが視察に来ました。今も尚、旧い体制にすがるその浅ましさを。不平等の不条理を』
途端、エリア中に轟音が響いた。
まるで何か爆発した様な、何かが崩れ去る様な、このエリアとは無縁だった音。
住民達は皆そろってその方向を見た。
それはこのエリアの中心に聳え立つ、象徴の様な場所だった。
ブリタニア政庁。
天を突く程の高い摩天楼であったそれは、半分になってしまっているのだから。
『嗚呼、安心してください。皆様に危害を加えるつもりはありません。ただ1つ、示してくれれば良いのです』
黒々と立ち込める煙の中から、人型のシルエットがぼんやりと浮かんだ。
それは絶対的な支配者の様に、
段々と煙が晴れると、そこに現れたのは蒼の巨人。
一般的なナイトメアと比べると、その全長は比較的高く見えた。しかし身長に反してその体躯は細く、何処か女性的。背中の紺碧の翼は有り余る力を示す様に揺らぎ、その特徴的な額の角の先には、花の様な……円状の何かが浮いていた。
そう、正しく天使とも言えてしまいそうな、神秘的な機体だった。
そしてその機体からは、同じ様に可憐な少女の声が発せられている。
『─────忠誠を』
その名を無窮
正式名称は
未来永劫、世界の果てに至るまで。
全ての支配の象徴。
即ち、
▼
誰もが唖然と天を仰ぐ中、それに刃を向けた騎士が居た。
廃ビルと化した政庁のその真下から、巨大な剣を突きつけて皇帝へと向かう黒い機体。
その機体を見るや否や、少女は、アルカ・ヴィ・ブリタニアは微笑みを浮かべる。
『良かった。生きていたのね、ビスマルク』
向けられた剣……ギャラハッドが持つエクスカリバーを受け流しながら。
そう声音を弾ませて、まるで既に故人となった女性と同じ様な声音で皇帝は語る。
「やはり来たか! アルカ!!」
対してビスマルクには再会を喜ぶ気すら見られない。
まるで親の仇の様な形相で睨み付ける。
『つまらない男。再会の挨拶も無しなんて』
ビスマルクが駆る「ギャラハッド」は、その大柄の体躯も合わせて非常に機体パワーの高いナイトメアだ。
この世に切れない装甲は無いとまで言わしめた大型の剣状の武器「エクスカリバー」に十基の「スラッシュハーケン」、戦艦にも採用されているエネルギーシールドの「ブレイズルミナス」。その搭載されている武具の数々は全て最高峰。
本人の操縦技術も相まって第八世代の中ではトップ……いや第九世代にまで迫ると言われていた、が。
「ぐっ!!」
呆気なくその太刀筋は見切られ、ついでと言わんばかりにカウンターを喰らってしまう始末。
ビスマルクが決して弱いのではない、アルカが……無窮がそれほどまでに強いのだ。
「エナジーウィング……! これ程までとは」
KMF技術を驚異的に発展させた悪魔の技術。
第二次トウキョウ決戦時、ナイトオブテンであったルキアーノを瞬殺し、たった一機で戦況を巻き返した紅蓮に付いていたものと同じモノ。
それが今、かの皇帝が乗る機体に、無窮の背中に燦然と輝いている。
「愚かだなアルカ! 皇帝が自ら出てくるとは!」
『王が自ら動かなければ部下は付いてこない。兄にそう教わりましたから』
一撃、一撃。
隙を見ては繰り出すその攻撃が、全て届かない。
その太刀でいなされたり、その翼で回避されたり。返しに繰り出される反撃は目で追う事すらやっとで防御が間に合ったとしてもただでは済まない。
これを、この光景をビスマルクは知っている。
「───閃光」
かつては夢見ていた。
マリアンヌ王妃の子である彼女が、アルカがその名を継いでくれるのを。
共にラウンズとして肩を並べ、共に切磋琢磨する未来を。
しかし、そんな日は来なかった。
あろうことかこの少女は自らの父を、皇帝を殺し、その計画すらも!
「いくら閃光の娘と言えど!!」
今は忠義が勝る!
「不当なる王位の簒奪など認められん」
ビスマルクには秘密があった。
それこそ皇帝やマリアンヌしか知り得ない秘密。
彼の閉じられたその右目には、ギアスが宿っていた。
普段は使う事は無い。
使うべき相手と判断した時、または勝ちに執着した時、それの瞳は決まって開かれた。
未来を読むギアス。
戦場に身を置くビスマルクにとって、これ以上は無い力だ。
相手の動きが見える。これがどんなに、アドバンテージだったか。
実際、このギアスを持ってしても勝てなかった相手など、1人しか居なかった。
だからいくら娘と言えど、いくら第九世代と言えど。
この力を使えば決定的な勝利が掴めると、そう思ってしまっていた。
『……
一瞬の事だった。
正に、閃光と言うに相応しい一時の事だった。
無窮の頭上に浮かぶリングから、何やら重々しい音が響いた、その数秒後の事だった。
「……ば、馬鹿な…」
そのリングの形を作っていたソレは、ギャラハッドに牙を向いたのだ。
『無窮の武器が太刀だけだと思っていて?』
リングを形作っていたソレは、蓋を開けてみれば旧式の無窮のバインダーを小型化した様なモノだった。それらが幾つも繋がり合って、円状に形作って浮かんでいたに過ぎない。
よく見ればそのバインダー1つ1つには、それぞれにフロートユニット、ブレイズルミナスが搭載されている。
そう、ギャラハッドの機体に無数に刺さるソレらにも。
「これが…第九世代………!」
ブレイズルミナスが攻撃装備として転用されているのはヴィンセントで知っての通りだ。
しかし、脅威なのはそこじゃない。
真に脅威なのは、これらが完全に無窮と独立している事。
『もっと楽しみたかったけど、残念ね』
動かない。機体が動かない。各部駆動系に完全に突き刺さっている。
殺そうと思えば、コックピットを狙えば済む筈だ。
つまり、手加減されている。
完全にかの皇帝に命を握られている。
『ご苦労様、ビスマルク』
皇帝アルカは静かに告げた。
その言葉にどんな意味が込められていたのか、それは誰にも分からない。
無駄な足掻きに対する皮肉か、それとも自らの母を長らく敬愛していた事に対する労いか。
でもどのような意図であれ、最早関係無い。
だってビスマルクが居る筈のコックピットには深々と太刀が突き刺さっているのだから。
『貴女が母の名前を出さなければ、もう少し長生き出来たかもしれませんね』
かつて帝国最強を謳った騎士は、ゴミの様に切り捨てられた。
機体の名前を考えた時の自分「卍解みたいだな…」